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WWD 小島健輔リポート
『「ユニクロ」が抜けた“空白マーケット”を手にするのは誰か』
(2024年06月04日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 かつては価格破壊者で生活圏カジュアルのエッセンシャルストアであった「ユニクロ」が立地を登ってグローバルブランドに化け、その役割を受け継いだかに見えた「GU」も同様に立地を登って行き、「ワークマン」も「ワークマンプラス」や「#ワークマン女子」にシフトして登ってしまい、生活圏で日常衣料を供給するエッセンシャルストアは「しまむら」や「パシオス」などのコンサバな衣料スーパーに限られた感がある。皆が登って空いたカジュアルの「空白マーケット」は一体誰が埋めてくれるのだろうか。

 

■皆が登って空白化する生活圏マーケット

 衣料品に限らず店舗販売には「購買立地局面」※があって、近隣圏、生活圏、地域圏、広域圏、超広域圏と立地を登るほど客数は幾何級数的に増えていくが、不動産費(賃料と減価償却費)や人件費も相応に嵩んでいく。人件費はともかく不動産費は売上より立地の格差が大きく、日本ショッピングセンター協会の統計を見ても大商圏立地ほど売上対比の賃料負担率は高くなり、グローバル商圏(超々広域圏)の銀座や表参道では高額な賃料に見合う売上は望めず広告塔と割り切るメディアストアになりがちだ。

 衣料品の場合、小商圏で採算を採るには顧客を選ばない間口の広い品揃えによる「横売り」※と低コスト運営が必須で、ファッション性や差別化(ブランド化)を求めると「縦売り」が成り立つ(顧客を選べる)大商圏立地へ登ることになって運営コストが上昇し、付加価値(値入れ)も売値も上昇していく。

「しまむら」は品揃えも仕入れサプライも大きくは変えず「生活圏のエッセンシャルストア」を堅持して来たが、「ユニクロ」は「ライフウエアSPA」を追求して「縦売り」を極めつつ立地を登り、ナショナルブランド、グローバルブランドへと変貌していった。ローカルの生活圏ロードサイドに発して地域圏へと歩を進め、98年12月の原宿進出とフリースのブレイクを契機に大型モールやターミナルへと出店立地を登っていった。

 大型化・効率化を志向して店舗網を再編していった「ユニクロ」は郊外やローカルでも地域圏立地(パワーセンターなど)や広域圏立地(大型モール)にしか見られなくなり、ひと回り手頃で若向きな「GU」も似たような立地に布陣している。ジーンズカジュアルチェーンもリーマンショック以降、減少の一途で生活圏はもちろん地域圏でも滅多に見られなくなったから、生活圏はメジャーなカジュアルチェーンが存在しない空白域と化している。

 「しまむら」(24年2月末で国内1415店)や「パシオス」(田原屋 24年2月末で181店舗)、「パレット」(4℃ホールディングス傘下のアサージュ 24年5月末で93店舗)はコンサバなミッシー〜ミセス感覚を出ず、メンズは代理購買にとどまり、子育て世代向けの今時のカジュアルは極めて手薄だ。しまむらの「アベイル」(同312店)はネットバブル感覚のマイナートレンドを追ってメジャーな日常カジュアルから大きく外れ、「ハニーズ」(24年4月末で876店舗)もコンサバなフェミニンモード通勤服主体でカジュアルもナチュラルフェミニンに偏り、そもそもメンズやキッズの扱いがない。「ユニクロ」が登って抜けた後を担うと期待された「ワークマン」も「ワークマンプラス」「#ワークマン女子」で大型モールやターミナル施設へと立地を登り、アウトドアのファッション化に流れてアスレジャー感覚の「メトロライフウエア」から大きく外れてしまった。

 つまり、「ユニクロ」が抜けジーンズカジュアル店が消えて空白となった生活圏のカジュアル、とりわけ子育て世代やZ世代の「メトロライフウエア」を担うカジュアルチェーンは皆無と言って良いのではないか。たとえ「ユニクロ」があったとしても、コンサバNBカジュアル※の伝統的品質感に立脚する「ユニクロ」の硬めのスペック(生産仕様)は旧世代感覚を否めず、抜けた軽快な着こなしが身に付いたミレニアム世代やZ世代には好まれないだろう。

 

※店舗小売業の購買立地・・・・最寄り性の強い「近隣商圏」(コンビニなどが立地する人口5000人前後の商圏)、「生活商圏」(「しまむら」などが立地する人口25000人前後の商圏)から、最寄り性と買い回り性が交錯する「地域商圏」(CSCやパワーセンターが立地する人口10万人前後の商圏)、多数の店舗が集積する買い回り性の「広域商圏」(RSCやターミナル商業施設が立地する人口40万人以上の商圏)に大別される。

※縦売りと横売り・・・同一品を補給して大量継続販売するのが「縦売り」、バラエテイを揃えて少量を売り切っていくのが「横売り」。

※アスレジャー(Athleisure)・・・・アスレチック(運動競技)とレジャー(余暇)を組み合わせた米国の造語で、スポーツウエアの機能性とレジャーウエアの開放感を日常のカジュアルに取り込んだライフスタイルやウエアリングを言う。スポーツウエアに発した合繊の機能性やイージーケア、軽さや開放感を活かした抜けて軽快なウエアリングが特徴で、ジーニングなどワーク系のカジュアルを駆逐し、アクティブセットアップはビジネスシーンも一変させた。

※コンサバNBカジュアル・・・・「ユニクロ」の価値観の背景となったポロやラコステ、マクレガーなどトラッドベースのグローバルNB。

 

■首都圏の近隣空白マーケットを席巻する「まいばすけっと」

 「ワークマンプラス」で機能性アウトドアウエアの低価格市場という空白マーケットを開拓して、18年3月期の797億円(チェーン全店売上)から24年3月期の1753億円(同)へと6期で956億円も伸ばしたワークマンに匹敵する急成長を続けるチェーンがある。アパレルとは離れるが、コンビニキラーのミニスーパー「まいばすけっと」(イオンリテール)に注目して欲しい。

 05年12月に1号店を開設して10年には100店舗、14年には500店舗、22年には1000店舗を超え、直近24年2月期末で首都圏アーバン※に1119店(約7割が23区内)を布陣している。売上高も13年2月期の550億円から16年2月期は1122億円と3期で倍増して大台に乗せ、18年2月期の1403億円から24年2月期は2578億円と6期で1175億円も伸ばしている。収益化には時間を要したものの16年2月期に黒字転換して20年2月期には累損を解消し、直近24年2月期は74億8600万円(売上対比2.9%)の営業利益を計上してイオンSM事業(売上高2兆7821億円 営業利益419億円)の売上の9.3%、営業利益の17.9%を占めるに至っている。

 アパレル業界の人には売上対比2.9%の営業利益率は低いと思えるかもしれないが、スーパーマーケット協会の23年の統計では業界平均が0.99%、売上1000億円以上の大手でも2.48%だから平均以上で、最も高収益のベルク(本社埼玉県鶴ヶ島市 売上高3461億円 関東一都六県に138店)でも4.2%だから、店舗布陣途上にしては高収益と評価すべきだろう。

「まいばすけっと」は『(コンビニ)より近い、安い、きれい、そしてフレンドリィ』と謳い、首都圏アーバンのコンビニ跡地物件など住宅街近隣の低家賃物件(平均50坪程度)にコンビニを包囲するようにドミナント出店し、徒歩3分圏の日常食品ニーズに応える「冷蔵庫」代わりの役割を狙っている。都市圏ではコンビニの商圏は半径500m(最大で徒歩7分)圏の3000人足らずと言われるから、「まいばすけっと」はせいぜい700〜800人程度のご近所商圏に徹しており、周辺を「まいばすけっと」に囲まれるとコンビニは干上がってしまう。自店も食い合いかねない密集布陣ができるのは、コンビニのようなFC店では無く全て直営店だからで、近接する数店舗を一体に運営して勤務シフトも効率化しており、エリア単位、ゾーン単位でマネジメントしている。

当初からイオンSMのインフラ(調達・加工・物流など)に乗せて徹底したローコスト運営を仕組んで来たのに加え、チラシなど広告費を使わないEDLP(Every Day Low Price)に徹しており、コンビニより「安い」のはもちろん、23区内ではSMより安い場合が多い(郊外ではディスカウント型のSMも犇く)。イオンのPB「トップバリュ」も「安さ」に貢献しており、品揃えの2割強を占めている。

最近はコンビニでも生鮮食品を扱うケースが増えているが、「まいばすけっと」はコンビニとは次元の異なる「コンビニサイズのミニスーパー」で、生鮮三品や日配食品、冷凍食品中心に加工食品や惣菜、弁当まで必需品目に絞り(品目数はコンビニの半分以下)、コンビニのように雑貨やHBAなどの非食品は扱わず、公共料金の受付や調理加工など人手を要するサービスも一切、扱っていない。SMのような店内加工作業も一切無く、イオンSMのサプライと加工、ロジスティクスに依存して設備投資も店内作業も極力回避し、各品種の棚割りも統一して店内マテハン作業も標準化・単純化を徹底し、レジも対面式の全自動だから手間もトラブル対応も無く、パートやバイトが楽ちんに回していける。

ゆえにストレスが少ないせいか、どこの「まいばすけっと」に行ってもスタッフはホントにフレンドリィだ。多様な作業でスタッフが忙しくきりきり舞いしているコンビニではイライラさせられることも多いが、「まいばすけっと」はスタッフも余裕があるのか品出し中でも受け答えが親切で、ホッとさせられるご近所空間になっている。スタッフに余裕があればクレンリネスも行き届き、店はきれいに保たれている。

『近い、安い、きれい、そしてフレンドリィ』ゆえ、「まいばすけっと」は大都市アーバンで増加する単身世帯や母子父子世帯、高齢世帯など、インフレ下で時間にも生計にも余裕のない生活弱者の受け皿になっており、値上げを抑制できないSMや付加価値戦略に走るコンビニから顧客が流れ込んでいる。

24年2月期は64店を出店しても既存店売上は二桁伸びて一店平均売上は23718.4万円、平均日販は65.2万円とセブン以外のコンビニを凌駕し※、平均50坪とすれば年間の坪効率は474.4万円になる。価格を抑えているだけに粗利益率は25.7%とSMとしてもやや低いが(店内加工の生鮮や惣菜・弁当の比率が高いと27%を超える)、一店平均粗利益額は6095.6万円になる。

全くの推計だが、平均15時間営業として年間の運営人時量を13870h、平均人時コストを1800円と仮定するなら年間の総人件費は2497万円ほどになるから売上対比で10.53%、粗利益対比で40.96%になり、店舗段階では7%強の営業利益が残ると思われる。本部コストやバックヤードコストがどれほどかは分からないが、首都圏のドミナント布陣が進めばインフラコストを吸収して、24年2月期の営業利益率2.9%が4.0%、先々では5.0%に近づいていくと期待される。

コンビニ最大手のセブン-イレブンの都内店舗数が2891店、一都三県では6806店(24年4月末)だから、理論的には都内だけで11564店、一都三県では27224店の布陣が可能で、出店ペースは加速していくはずだ。首都圏だけで5000億円に達するのは時間の問題で、1兆円に到達するのも遠くないと思われる。「空白マーケット」を掘り当てれば、そんな幾何級数的成長が現実となるのだ。

 

※サバーバンとアーバン・・・・都市圏郊外の新興住宅地域を指す「サバーバン」に対して都市圏内の旧住宅地域を指すのが「アーバン」で、前者の典型が住居専用の一戸建て住宅地であるのに対して後者は商業地域や工業地域が近接してマンションやアパートと一戸建てが混在する再開発期の住宅地。

※参考データ・・・23年3〜8月平均日販はセブンイレブンが70.1万円、ファミマは55.4万円、ローソンは55.1万円、ミニストップは43.3万円だった。

 

■生活圏の「メトロライフウエア」を担うのは誰か

 コンビニより身近な近隣圏の空白マーケットを掘り当てた「まいばすけっと」の成長は青天井だが、近隣圏や生活圏の衣料品の空白マーケットを掘り当てて青天井の成長を手にするのは一体、誰になるのだろうか。

 コンビニではファミリーマートの「コンビニエンスウエア」が注目されるが、近隣圏の応急ニーズを遥かに超えたファッション性による付加価値創造と客単価上昇を狙ったもので、「近隣圏で手軽に購入する日常カジュアル」という空白マーケットを正面から捉えようとしたものではない。話題性もあって相応の手応えは得られると思うが、数千億円という青天井のマーケットに繋がるものとは思えない。

 そこで原点から考え直したいのが「日常カジュアルが必要とする感性と品質」だ。かつて「ユニクロ」がユニバレなどと揶揄され、最大公約数的画一性ゆえ何れ行き詰まるというアパレル業界の密やかな期待を裏切ってグローバルSPAにまで上り詰めた事実を正視するなら、業界が思うほど感性や品質に固執する意味はないのではないか。

フリース以前の「ユニクロ」は「水道水」※のようなカジュアルを理想としたが、グローバルSPAに上り詰める過程で内外のクリエイターとのコラボを重ねて彼らのDNAを取り入れ、最大公約数も随分と洗練されて「水道水」からかけ離れた「ブランド水」に変貌した感があるのも逆説的だ。かつて「ユニクロ」が理想とした「水道水」とグローバルマーケットが求める「ブランド水」は少なからず異なり、最盛期のキャビンの平明暘社長が「ビールのような」と謳った日常カジュアルも今日のマーケットではレトロなキャラでしかない。「水道水のような日常カジュアル」も時代と市場で変貌するものであり、購買局面でも異なると認識するべきだ。

 加えて、すっかり貧しくなって途上国返りし、ファストファッションどころかSHEINやTEMUなど中国のローカル市場(いちば)商品さえ受け入れるようになった日本人の品質信仰も怪しくなっている。

アスレジャー革命を経てカジュアルウエアからスポーツウエアへと日常衣料のインフラも一変してイージーケアな機能性の合繊衣料が定着し、軽くて薄い衣服を抜けてレイヤードするのが当たり前になった今日の消費者にとって、「ユニクロ」が理想とした度詰め素材やかっちりとした縫製仕上げは着崩しにくい高齢世代仕様と見做されかねない。アパレル業界人が固執する「品質」も、それと大差ないのではないか。

そんな今日の消費者が近隣圏や生活圏の店舗で求める「水道水のような日常カジュアル」とは如何なるものだろうか。『イージーケアな機能性の軽量素材で、体を締め付けないで抜けてレイヤードできる、自室内から近場のお出掛けまで気楽に着通せる、小綺麗で清潔に見えて近所に溶け込める(目立ち過ぎない)、メトロなデイリーライフウエア』とでも規定できるのではなかろうか。コンビニやスーパーマーケットで販売するなら、試着不要のイージーフィットでパッケージ販売という要件も加わる。

やや極端に受け取られるかもしれないが、万人に受け入れられる「水道水のような日常カジュアル」とはそんなもので、アパレル業界が考える「日常カジュアル」はお洒落に過ぎて近所に溶け込めず(「お出掛けですか?」)、過剰品質で不要に高いのではないか。「アベイル」も「#ワークマン女子」も勘違いが甚だしいし、「コカ」や「スマイルシードストア」もお洒落に過ぎる。品質は破綻がなければ十分で、お財布が傷まないロワーポピュラープライス(「しまむら」の裾値、子供服なら西松屋価格)に抑える方が大切だ。

アパレル屋にとっては面白くもない商売かも知れないが、十分にコストに合うし、何より青天井の成長が手に入る。インフレに苦しみ、お洒落な商品の氾濫に戸惑う、衣料生活弱者の受け皿になるのも良いのではないか。

 

※水道水・・・初期のユニクロが学んだ松下幸之助の水道哲学で、水道水のように良質安価で豊富に供給することを理想とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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