小島健輔の最新論文

ファッション販売2020年03月号掲載
『デジタルトランスフォーメーションの二大潮流』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 セールを繰り返しても過半の商品が売れ残り、膨大なロスが価格を割高にして消費をさらに萎えさせるという悪循環を抜け出せないアパレル業界だが、DX(デジタルトランスフォーメーション)はそんな泥沼を脱出する突破口になると期待される。それには商品企画から生産、流通のサプライチェーンのオンデマンド化、店舗運営と販売の効率化と省人化という両面のアプローチが必要だと思われる。

 

■ダム型サプライからオンデマンドサプライへ

 卸流通が主流だった80年代までは展示会やサンプル営業での受注量による需給調整が成り立って過剰供給は一過性にとどまっていたが、90年代以降の四半世紀でSPA流通が主流になるにつれ、生産地の遠隔化とロットの拡大もあって過剰供給が慢性化し、今やアパレル業界が供給する総量の半分(18年で46.9%)も最終消化できない泥沼に陥っている。

SPA流通が過剰供給の元凶であったことは、この間のW/R比率(卸売上を小売売上で割った中間流通比率)の急激な低下を見れば明らかだ。90年には2.54だったのが18年には0.65に急落して中間外しが急進したが、この間にアパレル製品の購入数量は18%しか伸びなかったのに供給数量は2.42倍に増えている。

 SPA流通ではシーズンの何ヶ月も前から計画生産して生産地の倉庫に積み上げ、シーズン直前に消費地倉庫に移送して店舗に供給するという三段ダム型サプライ(生産地倉庫/消費地倉庫/店舗ストック)が一般的で、商社が生産地倉庫に抱える在庫を除いても在庫回転は「ユニクロ」が2.43回、「無印良品」は2.44回にとどまる(いずれも前期)。

大手SPAといえども製品仕入れが実態で、生産地の仕掛り在庫はもちろん完成品在庫もBSには計上されず、国内倉庫に納品されてようやく計上される。ユニクロなど18年8月期でようやく国内倉庫在庫をBSに計上するようになったが、それまでは国内倉庫在庫も商社の管理下にあり、店舗在庫だけがBSに計上されていた。

匠を送り込んで品質は管理しても生産と物流の管理は商社任せで、企画は自社でも生産委託した製品を一括買い上げして売り減らす小売業という枠を出ず、オンデマンドなサプライには程遠いのが実態だ。その壁を超えてオンデマンドなサプライを実現するには、素資材から開発して工場に供給し自ら生産工程をマネジメントして工賃払いするのが理想だが、大手SPAでそこまで踏み込んでいるのは「ZARA」(インディテックス社)の一部商品に限られる。

需給ギャップは調達のリードタイムとロットに比例して大きくなるから、製品買い上げ型のSPAでオンデマンドなサプライに近づけるにはロットを小口化して引きつけて調達し、短サイクルに売り切っていくしかない。世界最大級の売上規模にも拘わらず「ZARA」は業態売上でほぼ同規模の「H&M」の十分の一の生産ロットに抑えて売り切りに徹し、2256店(前期末)という規模でも4回転以上を保っている。

トレンド鮮度を訴求するファストファッションは本来、小ロット調達を売り切っていくべきで、原点は週サイクルで調達して売り切っていくキャリー型SPA※にある。キャリー型SPAの在庫回転は年間24回以上だから、ダム型サプライで3回転にも届かないH&Mなど鮮度を売り物にするファストファッションとは到底いえない。

小ロット短サイクル調達のキャリー型SPAは小規模事業ゆえに成り立つもので、事業規模の拡大とともにロットが大きくなりリードタイムも長くなれば需給ギャップが肥大して消化回転も落ちていく。事業規模が大きくなっても需給ギャップを肥大させないためには、デジタル技術を駆使したオンデマンドサプライの仕掛けが必要になる。

※キャリー型SPA・・・生地市場で買った素材を一晩か二晩で縫製し、キャリーケースで持ち帰って販売する個人商店的生鮮型SPA。韓国では東大門市場に週サイクルで通って小ロットのオリジナルを販売するローカル専門店が多く、わが国でも109系のキャリー型SPAが東大門市場に通って同様なオリジナル開発を短サイクルで回している。

 

■オンデマンドサプライへの2つのアプローチ

  オンデマンドサプライを実現するアプローチは小売チェーンとアパレルメーカーで異なる。生産工程を直接に管理しない製品買い上げ型の小売チェーンではベンダーやメーカーにサプライを委任するVMI(Vendor Managed Inventory)、工賃払い調達で生産工程を直接管理するアパレルメーカーでは受注生産によるC2M(Consumer to Manufacturing)が突破口となる。そのどちらもDXが前提となることは言うまでもない。

 VMIはスーパーマーケットのグロサリーや非食品、量販店の肌着・ナイティやドラッグストアでは一般的なサプライ手法で、販売期間と棚割を定めてベンダーに棚割の維持管理と補給を委託するものだ。近年はオンラインによるPOSデータ共有と自動発注が定着しており、世界最大の小売業にしてC&C(クリック&コレクト)でアマゾンを押し返すウォルマートはVMIとSMI(Store Managed Inventory)を組み合わせて低コスト/低ロスなリテールシステムを確立している。 

DXではさらに踏み込んでAIによる週サイクル需要予測や生産仕掛り状況まで共有し、オンデマンドサプライの精度を追求する。ポスト「ユニクロ」の本命とされるワークマンが原価率65%でお値打ち品を提供できるのも、AI需要予測を共有してオンラインでコラボするVMI体制の賜物だ。

 アパレルメーカーやメーカー系SPAがD2C(Direct to Consumer)でオンデマンドサプライを追求していけば、究極はC2Mな無在庫受注生産に至る。その要は既製品の修理加工より速い超短納期生産で、パターンメイキングからマーキング、裁断から縫製まで一貫するデジタル化が不可欠だ。  

すでにパターンメイキングのデジタル化は業界に浸透しており、経済産業省・中小企業庁の「ものづくり補助金制度」(投資額の三分の2、1000万円を上限)も後押しとなって、マーキングCADから裁断CAMまで連装する縫製工場やゲージ別にホールガーメント編み機を備えるニッターも増えている。基本仕様をサイズ/素材/ディティール対応するパターンオーダーなら、国内生産では一週間どころか3〜4日で届けることも難しくないし、中国沿海部生産でも航空便を使えば一週間で届けられる。

何度もサンプルを修正するなどリードタイムを長引かせるもうひとつの難関だった企画決定プロセスも、パターンメイキングCADと連携する3Dモデリングソフトの普及で画期的に短縮されつつある。大手アパレルやユニクロなど大手SPAで3Dモデリングを導入していない企業の方がもはや少数派ではないか。

 C2Mもパターンオーダーだけではマーケットの広がりに限界がある。その突破口となるのが「ミニマム在庫補正生産型擬似C2M」で、定番的なアイテムならほぼ何にでも適応できる。ユニクロの「オーダーメイド感覚」サイズセレクトサービスはその好例で、ベーシックなシャツ/ジャケット/パンツ/スカートを2000超のサイズ組み合わせから選んで発注できるが、正午までの注文なら当日出荷して本州・四国なら翌日届く。超短納期で消費地生産しているはずもなく、中国沿海部の工場で週サイクルにサイズ在庫の差異を補正生産していると思われる。

この仕組みの原型はメーカーズシャツ鎌倉で、同社では衿型・サイズ・色柄のミニマム在庫を揃えてオムニチャネルに販売し、素材をストックした国内縫製工場で色柄を替えて週サイクルに補正生産して年間14回転、プロパー消化率99%という奇跡のオンデマンドサプライを実現している。これはアパレル主導のFMI(Factory Managed Inventory)とも言えるもので、オンデマンドサプライを追求していくとC2MとVMIという2つのアプローチは表裏一体に収斂していく。

 

■ニューリテールの要は省人時とキャッシュレス化

 店舗運営面でのDXは省人時とキャッシュレス化が要となる。少子高齢化による労働力不足と人件費の高騰に対応するにはセルフレジや無人精算、在庫管理やマテハンの効率化が不可欠だが、無人化・IT化できる領域には限りがあり、人的サービスはもちろん、マテハンも無人化できるわけではない。

  中国ではいっとき“無人コンビニ”がブームとなったが、早くも有人運営になったり閉店したりで熱気は過ぎ去ろうとしている。個人認証の煩わしさもともかく、品揃えや人的サービスへの不満が大きかったからだ。その点、「amazon Go」はよく考えられており、決済・精算こそAI仕掛けだが品揃えは一般のコンビニと遜色ないし、人手を惜しまず一般のコンビニより多人数で運営している。

「amazon Go」は無人精算店舗であって無人運営店舗ではない。精算は無人でも品出しやフェイシング管理などマテハンは従来のコンビニとなんら変わらず、無人運営を目的としているわけではない。マテハンまで無人化した巨大自動販売機型コンテナショップも開発済みで空港やオフィスでは定着するだろうが、それとて商品の補充は人手を要する。

 「決済」は銀行口座などと紐づけたIDや生体認証で個人を特定すれば済むが、「精算」はどの商品を幾つ持ち出したのかを確実に掴む必要があり、ICタグか画像解析AIのどちらか、あるいは両方の検証を要する。「精算」は画像解析AIと個人認証ででき、フェイシング管理も画像解析AIでできるが、賞味期限管理や棚卸、入荷検品や防犯となるとICタグが必要になる。リセール、リサイクルまでトレースしてサスティナビリティを徹するなら、生産段階で商品に直接インレイを縫い込むか洗濯表示タグに金属プリントするのが確実だ。

 ICタグは量産技術や印刷技術が進んで加速度的にコストが下がり、スキャナーやスキャニングアプリなど周辺技術の開発も活発で使い勝手が高まっており、サーバーでデータ処理すれば高価なアクティブ型やRAM型でないと不可能だったことも安価なパッシブ型やROM型でできるようになって来た。ICタグ活用による省人時効果も大きく、アパレルなど中高価格品目ではバーコードからの切り替えが加速しており、経済産業省が25年を目標とするコンビニ業界への普及も目処が立ちつつある。

ICタグとAIを軸に「決済」「精算」「防犯」「在庫管理」の無人化や効率化が進み、個人データや顧購買歴、購買行動画像をベースにエントリーやレコメンドで「接客」を支援するAIも近々に実用化されるだろうが、マテハンと接客サービスはロボットやAIが支援するにしても当面、人間が担う事になる。

 セルフレジも無人精算も現金決済を引きずっては無理があるからキャッシュレス化は避けては通れない課題だが、キャッシュレス決済方式は顧客の動作工数とセキュリティを慎重に検討しなければならない。二次元コード認証によるスマホ決済(いわゆる何ちゃらペイ)も多数乱立するままではレジ前でまごつく人も出てくるし、7Payのようにセキュリティを欠いては普及も望めない。

 客数の多い食品スーパーやコンビニではFeliCa系ICカードが最も迅速・確実だし、高単価なブティックやレストランにはクレジットカードが適している。どちらの場合も巨費を投入して普及を競うスマホ決済が主流になるとは到底思えないし、ICタグとAI仕掛けの無人精算が普及すれば無用の長物になる。スマホ決済に限らず、ITの世界ではデフェクトスタンダードが決まれば競合するツールやシステムは早々と消えていく。一時のブームに流されることなく、賢明に先を見据えるべきだろう。

※インレイ・・・・ICタグに封入されるICチップとアンテナの基盤

 

■オンデマンドサプライとニューリテールが繋がれば

 オンデマンドサプライとニューリテールのDXはこれまでのところ全く別々に進行しており、両者を一貫するデジタル化は見えていない。店舗とECを連携するC&Cも製品在庫運用の効率化にとどまり、生産からのオンデマンドサプライとも店舗運営のDXとも全く繋がっていない。

アパレルメーカーのC2Mはともかく、小売側には生産から販売までデジタルに繋いでオンデマンドなサプライチェーンを築こうという戦略意思はほとんど見られないが、デジタルVMIによるオンデマンドサプライはフェイシング管理を交点に店舗運営のデジタル化と必然的につながると期待される。オンデマンドサプライとニューリテールがDXでつながれば、SPAが果たせなかった効率的流通が実現するかもしれない。

 

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