小島健輔の最新論文

マネー現代
『アパレル業界「大崩壊」を招いた「3つのすれ違い」のヤバい正体』
(2020年11月05日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

値札を隠す

安売り店でもない限り、アパレルの売場では商品に付けた値札を隠す慣習があり、顧客は逐一、商品をまさぐって値札を探さねばならない。取り付け位置も衿元や袖口、第二ボタン穴などと決まっているわけでなく、アイテムやデザインによってバラバラで、なかには裏の洗濯表示に取り付けているケースもあるから、スカートやワンピースの奥まで手を突っ込んで探す羽目になる。

顧客にとっては結構、面倒臭いから改善が望まれるが、アパレル業界にはそんな意思はさらさら無いようだ。

どうせ隠すのだから取り付け位置を統一する気もないし、どこに付けても執拗に隠そうとする。ボタン穴に取り付けた値札は内側に入れて隠すし、袖口に付けた値札は袖の内側かポケットに落とし入れる。高級ブランドのバッグなど内袋に隠してしまうから顧客が自分で探すのは困難で、販売員に価格を尋ねるしかない。

値札を見せるのは美しくないと固く拒絶しているのだ。

とことん上から目線

確かに値札がズラリと吊り下がっている光景は美しいとは言えないが、値札は顧客に商品の価格や仕様を表示するものだから隠されては困るし、今時はショールーミングするにも値札の二次元コードをスマホでスキャンする必要がある。

店側にとっても、客注や店間移動でピッキングする時は値札を照合するし、棚卸しでは値札のバーコードをスキャンするから、見えるように引っ張り出すしかない。ICタグなら隠れたままでもラックごとスキャンできるし、ピッキングもICタグ・レーダーで探せるから隠しておいても店側は困らないが、スキャナーもレーダーを持たない顧客は逐一、商品をまさぐって値札を探すという愚行を強いられる。

ひとつの商品を選ぶには多数の商品の値札を引っ張り出して触るから、多数の顧客が接触してドアノブ並みのコロナ感染媒体となりかねないが、コロナを契機に値札を隠すのを止めたという話はとんと聞かない。アパレル業界の価値観はとことん上から目線で、感染防止もポーズの域を出ていないようだ。

アパレルではようやくICタグが普及しつつあるが、流通・販売を効率的にトレースするにはICタグの中身の微細なインレイ(ICチップとアンテナ)だけを製造段階で商品に縫い込むようになるから、遠からず商品管理機能は値札から離れ、値札は顧客への表示目的に特化されることになる。ならば、なおさら隠す訳にはいかない。

タイムセールやECとのリアルタイム連携など売価変更を素早く行うためにも、スーパーみたいな電子値札に変わっていくのだろうが、いったいどんな形状で何処に付けるようになるのだろうか。

商品を大切に扱わない

物作りにこだわるなら流通・販売でも商品を大切に扱ってほしいが、信じがたいほど酷い扱いが横行しているのが実態だ。店頭で目立つのが畳み皺と挟み痕で、前者は物流段階や保管段階で段ボール箱を重ね積みすることで生じ、後者はボトムなどをクリップハンガーで挟むことによって生じる。

畳み皺はハンガー物流すれば確実に回避できるがコストが嵩むから、中高級ブランドに限られる。段ボール箱物流でもパンパンまで入れず上部に拳一個分の空間を残し、「バブルラップ」(通称プチプチ)など緩衝材を軽く挟めば荷ずれも回避できるし、入荷したら重ね積みせずラックに乗せ、当日中に荷解きして品出しすれば畳み皺は避けられる。

物流を効率化するにも畳み皺を避けるにもオリコン(折りたたみ式プラスティックコンテナ)に切り替えるべきだが、アパレル流通ではまだ例外的だ。

ちなみに、「ZARA」はドレスアイテムやアウターはハンガー物流、カジュアル単品や服飾雑貨はオリコン物流と品質管理を徹底しているが、「H&M」や「ユニクロ」「ジーユー」は一部を除いて段ボール箱物流で、「ユニクロ」や「ジーユー」は店舗後方ストックに段ボール箱を重ね積みしている。

挟み痕は別珍やベロア、コーデュロイなど起毛素材や皮革素材のスカートやパンツをクリップハンガーで挟んで陳列した場合に生じるもので(上記写真を参照)、バネ式(内側から広げる)ハンガーかクッション付きの幅広(挟む部分が広い)クリップハンガーを使えば回避できる。挟み皺の付いた商品を容認しない顧客も多いのに、何度指摘しても改善しないアパレル事業者ばかりなのは残念だ。

在庫探しで顧客を待たす

コンビニエンスストアやスーパーマーケットでは棚に商品が無ければ欠品していると受け取れるが、アパレル店では売場に色やサイズが見当たらなくても欠品しているとは限らない。色やサイズはもちろん、まったく売場に出していない商品もあるからだ。

コンビニやスーパーでは次の補充まで欠品が生じないよう陳列が崩れないよう、定期的に補充し陳列を整理する「フェイシング(棚割)管理」業務が定着しているが、アパレル業界では「ユニクロ」や「無印良品」など定番継続型のブランドを除き、ほとんど定着していない。

毎朝の品出し時に動きの速い品番を補充するぐらいで、コンビニやスーパーのように低回転アイテムは週二回、中回転アイテムは毎朝、高回転アイテムは朝夕二回(お弁当は三回)とか定めて一周しているわけではない。陳列に欠品が生じた段階でバタバタ補充するアパレル店が多いが、決まって売上のピーク時間帯に起きるから、機会損失は小さくないと思われる。

フェイシング管理を励行しておかないと、欠品による機会損失はもちろん、繁忙時に顧客を待たせて品探しにストックに入るという暴挙が頻発することになる。数人で運営している小型店舗で繁忙時に一人がストックに消えれば販売戦力が一時的ながら激減(二人なら半減)するから、絶対に避けるべきだが、そんなことより陳列が綺麗に見えることが優先されるのがアパレル業界だ。

その弊害が際立つのが百貨店のインショップで、客数の多い都心百貨店では繁忙時の機会ロスも顧客が待たされる時間も無視できないものになるが、その要因は百貨店独特の「消化仕入れ」と「定数定量陳列」にある。

アパレル業界「崩壊」は自業自得

消化仕入れ(売上時点で仕入れ)では売上が最優先されるから、限られた売場に置けるのは新鮮品と売れ筋品だけで、売れ行きの鈍い商品や売れ残り商品はアパレルの倉庫に戻される。

昔はそれを期末セールまで寝かして百貨店のセールや自社のファミリーセールで処分していたが、それでも最終的に15%ぐらいは残るのが一般的だった。今日ではセールを待たずECでクーポンを付けて売れば処分は進むが、それでも昨年の秋冬のように暖冬に消費増税が加わると最終で70%消化(三陽商会)などという事態も起きる。 

新鮮品と売れ筋品は売場に置けるといっても、百貨店インショップの限られたスペースには全色・全サイズは無理なので、主要色の中心サイズだけの陳列になりがちだ。ゆえに、接客途中で陳列していない色やサイズを後方ストックに探しに行くことになり、顧客は待たされる。そんな体験をされた方も少なくないだろう。

その元凶が百貨店特有の「定数定量」陳列規制だ。美しく上質に見えるには120cm幅ラックにジャケットは15枚まで、スカートやパンツは24枚までなどと各百貨店で陳列規制マニュアルがあり、担当スタッフが定期的に巡回して指摘する。なので詰め込み陳列はできず、接客中に顧客を待たせて後方ストックに走るしかない。スッキリ美しい陳列と顧客を待たせない品揃えとどっちが顧客の利益に適うのか、考えるまでもないが、これがアパレル業界や百貨店業界の価値観なのだ。

アパレル業界が顧客とすれ違う不思議は七つで足りるわけもなく、業界の都合や価値観を顧客に押し付けてきたアパレル業界や百貨店が、コロナ禍を経て本音で行動するようになった消費者に見限られたのも致し方なかった。

 

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