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ブログ(アパログ2018年08月23日付)
『イタロブランドを買わなくなった』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 この春夏を振り返って見ると、かつては毎シーズンのように買っていたイタロブランドを一点も買っていなかった。ワードローブには「LARDINI」や「LBM1911」、「INCOTEX」や「PT01」など安くはなかったイタロブランドが並んでいるが、パンツはヘビロテしてもジャケットやシャツには袖を通す気になれない。ゆえに新たに購入することも無くなった。いったい、どうしてイタロブランドを買わなくなったのだろうか。

■買わなくなった4つの理由
1)価格が高騰してお値打ち感が薄れた
 ユーロ高になって価格が高騰したのは数年前で、労働価値とお値打ちの限界ラインを超えた。それでも無理して買ったりセールを狙ったりしていたが、イタロトレンドがオワコンになった今、そこまでして買うほどの代物には思えなくなった。
2)イタロファッションがオワコンになった
 外資ファストファッションは総崩れだし、フリマアプリ「ラクマ」ユーザーの調査によれば、『ファッションの参考にしている国』でイタリアは10代〜30代では韓国や米国の後塵を拝する5位、40代でも4位で、50代でようやく米仏に続く3位と不人気。もはやアダルト層にしか支持されておらず、いまさら時代錯誤な『モテるオヤジ』を連呼されても鼻しらむだけだ。『イタロファッション=セクハラオヤジ』と受け取られかねない時代の変化にも腰が引けてしまう。
3)売場も減り品揃えも細って買い難くなった
 価格の高騰もあってかイタロブランドを扱う売場が減り、品揃えも細って選択の巾が限られ、色柄やサイズを妥協して買うには高価に過ぎて買わなくなった。
4)抜け感を欠く立体パターンがうざくなった
 抜けて軽快に着こなすのが今風なのに、イタロブランドとりわけジャケットは見てくれより凝った立体パターンで出来ており、袖を通すと肩や胴に違和感を否めない。そんな立体パターンが差別化ポイントだった時代もあったが、ノームコアを経て抜けた着こなしが定着した今日ではマイナスポイントになった感がある。

■業界事情も足を引っ張った
 価格が高止まりし売場が減って品揃えも細ったのにはインポートブランド特有の事情がある。ジャパン社やインポーターとの合弁販社が運営するラグジュアリーブランドは百貨店ではコンセ契約のブティックだが、イタロブランドなどファクトリーブランドの多くは百貨店が買い取る!!平場商材で、売上が落ちるといの一番に取引が打ち切られる。価格が高止まりして売り難くなると品揃えを絞らざるを得ず、それが顧客の失望を招いて売上がさらに落ちるという悪循環に陥りがちだ。
 インポーターとてピッティなど半年以上前の展示会でオーダーする買い取りで、ジャパンフィット別注に必要なミニマムロットの負担も重い。百貨店バイヤーの直買い付けなどは別注ロット未満のセレクト調達でジャパンフィットになっていない商品が大半だが、百貨店バイヤーの厳しい目に晒されるエージェント・インポーターの商品はジャパンフィットが必定だ。ゆえに売場が減ってミニマムロットをこなせなくなると買い付け商品が絞られて品揃えが細り、総体のミニマム取引額も割り込めばエージェント契約も破綻する。
 地方や郊外の百貨店が次々と閉まり、閉店まで行かなくても買い取りのイタロブランドは売場が無くなって行く。インポーターもミニマムロットを維持出来なくなり、ブランドそのものが日本市場から消えて行く。それがイタロブランドの実情なのだ。14年以降のイタリアからの衣類輸入減少はそんな事情を反映しているのではないか。

■神話からの卒業
 ここからは個人的な感覚も入るが、イタロブランドの替わりに買っているのはシャツSPAやカジュアルSPAの着流し感覚のライトジャケットで、間違ってもテーラリング仕立てのジャケットは買っていない。スーツにしても、肩の凝るテーラリング仕立てを購入することはフォーマルを除いてもうないだろう。通常のビジネスシーンはアクティブスーツで十分だ。これらの価格はイタロブランドの三分の一か四分の一だが、満足度は遥かに高い。
 立体パターンの洋服神話からもユーロトレンド信仰からも解放されてしまえば、快適でコスパのよい衣生活が楽しめる。長年にわたって大枚を注ぎ込んできたファッションビクティムな自分史が童話のように懐かしい。
 私にとってイタロブランドは20代から親しんで来た“神話”だったが、ものづくりの技術革新や流通の破綻、ライフスタイルの変化や価値観のナショナル回帰とともに価値が剥げ落ち、かつて20代に惚れ込んだイタ車を卒業したように、イタロブランドを卒業するに至った。魅力も愛着もあるが実生活での使い勝手や信頼性、コスパの悪さに耐えかね、より合理的な選択(車の場合はドイツ車)に至った経緯はイタ車もイタロブランドも似たようなものだ。イタ車は70年代に卒業したのにイタロブランドを引き摺ったのはギョーカイ人の性だったのだろう。
 “クールジャパン”や“ジャパンメイド”を声高に訴求するのもよいが、実生活での使い勝手やコスパ、購入利便を損なえばイタ車やイタロブランドの轍を踏むことになる。“神話”より“実話”が求められる時代に変わったのに、ギョーカイは未だ“ファッションシステム”という神話幻想に囚われたままなのだろうか。

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