小島健輔の最新論文

マネー現代
『アパレル業界、いよいよ「販売員」の「使い捨て」がヒドいことになってきた…!』
(2020年08月26日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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アパレル販売員の年収は「業界で一番低い」

ファッション業界の転職支援サービス「クリーデンス」が毎年集計している「ファッション業界の職種別平均年収19年」に拠れば、「販売員」の年収は25〜29才/30〜34才/35〜39才のいずれでも全職種中、最も低く、25〜29才では301万円、30〜34才で328万円、35〜39才でも358万円でしかない。この集計データをそのまま受け取れば、十年勤めても年収が57万円しか上がらないことになる。

14年の集計でも25〜29才で284万円、30〜34才で324万円、35〜39才で379万円だったから、25〜29才こそ17万円上がったが、30〜34才では4万円しか上がっておらず、35〜39才では逆に21万円も下がっている。給与の安い若い子を雇って使い捨てる傾向は、むしろ強まっているのではないか。

「クリーデンス」の集計は募集条件だから、実際の採用条件より高めに出ると推察される。では、大手アパレルチェーンの現実はどうだろうか。各社の直近決算期の公表値から販売員の年収を推計してみよう。

アパレル販売員の「リアルな年収」は270〜310万円

販売員の給与水準を決めるのは「一人当たり売上」だ。最も高いのが国内ユニクロ直営店の3119.2万円で、次いでユナイテッドアローズ直営店の3075.4万円(コロナ前の19年3月期は3430.9万円とユニクロより高かった)が続く。

良品計画国内直営店はやや低く2617.2万円、中堅チェーンも含むSPACリテイラーメンバー平均(当社クライアント19年6月集計、アパレルチェーンの平均的水準と見て良い)は2256.0万円とさらに低いが、郊外SC店舗主体のカジュアルチェーンは1800万円を下回る。

販売員一人当たり売上は商品単価に比例するから、低価格チェーンほど低く、高価格ブランド店では4000万円以上も珍しくない。低価格チェーンでは、ユニクロのように大型化・セルフ化して一人当たり売上を高めないと生産性が上がらない。

各社の売上対比人件費率から一人当たり人件費(店長や本部要員も含む)を算出すると、ユナイテッドアローズ直営店が489.0万円と突出して高く、国内ユニクロ直営店は386.8万円、良品計画直営店は384.3万円と大差ない。

国内ユニクロ直営店は平均955平米の店舗を30.98人で運営しているから推定12.4%の人件費率でも、良品計画直営店は同812平米の店舗を21.90人で運営しているから11.4%の人件費率でも380万円以上を払えるが、平均240平米の店舗を9.4人で運営するSPACリテイラーメンバーは340万円ほどしか払えない計算になる。

この金額は年間に企業が負担する一人当たり人件費であって通勤交通費や社会保険料など福利厚生費も含んでおり、販売員に支払われる給与はほぼ8掛けになる。ならば、国内ユニクロ直営店は309.5万円、良品計画直営店は307.5万円で、SPACリテイラーメンバー平均は272万円になり、ユナイテッドアローズでも391万円にとどまる計算だ。

ファーストリテイリングの正社員は15年度でも最低321万円からのスタートだったから、店舗の非正規雇用販売員も正社員勤務時間換算した平均値と推計する。ユナイテッドアローズの人件費は平均年齢の高さ(32.0才)も押し上げている。平均的な販売員の年収は270万円前後、大手チェーンでも300〜310万円、高額なセレクトショップやブランドショップでもせいぜい400万円までというのが現実のようだ。

加えて、完全貸与制の外資高級ブランドを除けば、試着販売用の自社ブランド服を社販割引で購入する負担もある。低価格ブランドの10%〜20%引きからセレクトショップの40〜60%引き、高額ブランドの60〜80%引きまで、価格が高くなるほど割引率もエスカレートするが、販売員の負担額は名目月給の1割以上にもなる。

それを丸々負担しては生活もできないから、一月も着て用済みになればメルカリなどで換金する販売員が多い(※アパレル販売員の社販購入の詳細については『小島健輔が指摘 アパレルの「社販割引」がヤバイこれだけの理由』を参照されたい)。

どうして販売員の給与は「安い」のか

販売員の給与の低さは生産性(一人当たり売上、正確には一人当たり粗利益高)の低さが要因だが、どうして生産性が低いのだろうか。販売員の業務の実態を知れば容易に理解できる。

販売員の業務は「接客販売」だと思われるかも知れないが、総労働時間に占める「接客販売」時間は高級ブランドやプレタ、オーダーなどでは20%前後を占めても一般には10%弱で、セルフ販売の大型店では5%にも届かない。あっても「売場案内」や「在庫探し」で、「コーディネイト」や「フィッティング」は極めて限られる。

最も多いのは「品出し・補充」や「陳列整理」などの「マテハン」業務(マテリアル・ハンドリング;店内物流作業)で、総労働時間の3〜4割を占める。有り体に言えば物流業務であり、販売員の時給単価が物流倉庫の時給単価とニアイコールになってしまう要因と考えられる。

販売員は「なに」をしているのか…?

リクルートジョブズが毎月発表しているバイト・派遣時給調査では「製造・物流・清掃系」の方が「販売・サービス系」より高く、直近7月の三大都市圏でも1,075円と販売系の1,049円を上回る。

次に多いのが「レジ打ち」「包装」などの「精算」業務で、食品スーパーでは3割前後を占め、大型カジュアル店でも繁忙時には2割を超える。食品スーパーのキャッシャーパートの時給を考えれば、販売員の給与が低位に止まるのもやむを得まい。

アパレル店で意外に多いのが「待機時間」で、ブランドショップなどの小型店舗では2割以上も占める場合がある。要は「店番」であって生産性はゼロだが、お客が来ないアイドルタイムでも最低1〜2人は貼り付けておかないと売場が保守できないし、トイレにも行けなくなる。

今日の週休二日制で店舗に常時一人を貼り付けるには正社員換算2.5人の雇用が必要で、小型店舗では「店番」コストが売上に見合わず生産性が極端に低くなる。前世紀までは営業時間が短く、店長が通しで頑張れば部分的な二交代制で保守できた。が、00年施行の大店立地法で営業時間が自由化され二時間も営業時間が長くなって以降、完全二交代制が必至になって運営人員が肥大し、販売員不足が常態化するようになった。

販売未経験者も採用せざるを得なくなって販売員のスキル水準が低下し、本部集中化が進んだことも給与の低さを招いたのではないか。

保守効率を上げるには大型化・セルフ化が必定で、30坪と300坪では保守効率は倍も違ってくる。ユニクロや良品計画の一人当たり売上が一般のアパレルチェーンより3〜4割も高く、一人当たり人件費も15%ほど高くできる所以はそこにある。

「デジタルなパーソナルタレント」へ…!

「精算」業務はICタグを使ったセルフ精算、それに画像解析AIを加えた無人精算で作業量をゼロに近づけられるし、「マテハン」業務もICタグと画像解析AIによるフェイシング管理やEC倉庫からの宅配によるセミ・ショールーミングストア化で圧縮できる。

一方でC&C(クリック&コレクト)が加速すれば、EC商品の店渡しや店出荷など「マテハン」業務が増え、ますます「接客販売」の比率は落ちていく。

「接客販売」とて、ウイズ・コロナが避けられない中、パーソナルタッチの「おもてなし」は売り物にならず、濃厚接触回避の店内リモート接客やEC連携のバーチャル・フィッティングが広がって圧縮が進むし、「声掛け」のアプローチも遠からずAIによるリコメンドに代わっていくだろう。

となれば生産性が高まって販売員の給与水準も改善されそうだが、現実は販売員が削減されるだけで給与水準は上がらないだろう。販売員のスキルが高まって生産性が上がるわけでなく、システム化による店舗の省人化とECシフトで店舗と販売員の必要数が急ピッチで減少するからだ。

アパレル業界では『いつかは企画やプレスに』『いつかはバイヤーやMDに』と夢を掲げ、ロープレコンテストなどで無理やり販売員を盛り上げてきたが、「使い捨て」の現実は変わらないまま、コロナというカタルシスを迎えてしまった。

前世紀までの販売員は「マテハン」「レジ精算」「店番」「接客販売」だけでなく、顧客を見た「個店マーケティング」や在庫状況を見た「編集マーチャンダイジング」も担って、エリアマネージャーやDB(ディストリビューター;在庫運用職)、バイヤーやMDにキャリアアップできるスキルが磨けた。が、POS依存の本部集中が進んで店舗がオペレーション端末と化していくに連れて販売員の役割も限定され、使い捨ての枠を出られなくなった。

ならば、店舗がECと一体化し、ITや AIで無人運営に近づいていく今後、販売員の機能は一段と使い捨ての効くオペレーション端末とならざるを得ない。販売員の側も会社組織の中でキャリアアップするより、ITや AIに馴染んでデジタルスキルを磨き、組織を超えて活躍するパーソナルタレントを志向するべきだろう。

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