小島健輔の最新論文

マネー現代
『ホロライブとにじさんじ、その「凄すぎる実力」「ビジネスモデルの中身」「意外な違い」を全分析…!』
(2023年03月19日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 17年頃から注目され始めたUTuberやVTuberが今や結構なビジネスに発展し、VTuberプロダクションのIPO(株式上場)が相次いでいる。昨年6月8日に東証グロースに上場した「にじさんじ」のANYCOLOR社に続き、3月27日には「ホロライブ」のカバー社も東証グロースに上場する。YouTubeやTikTokを楽しんでいる若者には知られていても中高年にはピンと来ないかも知れないが、IT業界がAIと並ぶ次の本命と期待するメタバースも睨んで、さらなる成長を目論んでいる。そんな両社をネットエンタメにも詳しい流通ストラテジストの小島健輔氏が解説する。

 

■UTuberとVTuberは何が違うの

 どちらもYouTubeやTikTokに動画投稿するエンターテナーだが、UTuberが本人が顔出しして活動するのに対し、VTuber(Virtual YouTuber)は2Dや3Dのアバターキャラクターが演じて本人は顔出ししない「中の人」に徹する。

 アバターキャラクターだから必ずしも年齢や性別は「中の人」と一致する必要はないが、パソコン通信時代からの「ネカマ」やメタバースの「バ美肉」(バーチャル美少女受肉)のように異なる性を演ずるのは稀だ。中には異性どころか人外(エルフや動物)を演ずるケースもあるが、「中の人」の性別や年齢をそのままに(多少の脚色はあるようだが)キャラクターを演ずるケースが多い。

容姿に加え、声もボイスチェンジャーや発声手法で変えられるが、意図してボーカロイド(ヤマハが開発した音声合成アプリ、またはそのキャラクター)を使う場合を除いては、イコライザー(周波数特性を調整する音響機器)で調整することはあっても「中の人」が地声(ファルセットを含む)で話したり歌ったりしている。

表情やアクション、ダンスは2Dアニメをコマ送りする紙芝居方式は別として、頭にベッドギヤ、手足から指先まで慣性センサーを装備して「中の人」が動く慣性センサー方式、あるいは慣性センサーの代わりに反射マーカーを身に付けて多数のカメラで撮影・合成する光学方式などのモーションキャプチャー型、「中の人」のアクションに頼らず3DキャラクターをCGソフトで動かすMMD(MikuMikuDance)方式がある。

慣性センサー方式では装備の重さで体力を消耗するし動きのキレも悪く(だからメタバースの個人利用が広がらない)、慣性センサー方式も光学方式も高額なスタジオ設備とエンジニアを要するから個人では負担が重く、資本力のあるプロダクションが使うことが多い。MMD方式は3D・CGだから生身の人間には至難の超絶技巧ダンスも容易で、ソフトも関連アプリもフリー配布だからスキルさえあれば個人でも作り込める。

3Dゲーム開発からスタートしたカバー社は高額なスタジオ設備を投じ、モーションキャプチャーで多人数が踊る3Dライブステージなども得意とするが、設備投資が嵩んで高収益化が遅れ、スマホの2Dアプリ開発からスタートしたANYCOLOR社はデジタル紙芝居的な2D動画で初期の投資を抑え、早期に高収益化して上場も先んじた。

 

■どちらのVTuberが人気なの

 カバー社とANYCOLOR社、どちらのVTuberが人気なのか、ネット動画愛好家ならご存知だと思うが、世界のVTuber人気はカバー社に集中していると言っても過言ではないだろう。

カバー社の女性VTuber「ホロライブ」メンバーは世界のVTuberランキング(3月15日現在のチャンネル登録者数)のベスト8を独占してベスト20位中17人を占める。1位のGawr Gura(ホロライブEnglish)は429万人、2位の宝鐘マリンは233万人、3位の兎田ペコラは218万人、4位の白上フブキは208万人、5位にはVTuber Groupとしてのホロライブが198万人で位置している。

 スパチャ(スーパーチャットというYouTube上の投げ銭)累計額の世界ランキングでも、潤羽ルシア(引退)の4億4056万円を筆頭に桐生ココ(引退)の3億9627万円、兎田ペコラの3億4676万円、宝鐘マリンの3億686万円までが3億円を超え、7位の葛葉(にじさんじ)を除いてベスト10を独占し、ベスト20中17人を占めている(23年3月15日段階)。

 対してANYCOLOR社(にじさんじ)のVTuberは、チャンネル登録者数ランキングで9位に壱百満天原サロメ(174万人)、15位に葛葉(149万人)、スパチャランキングで7位に葛葉(2億5500万円)、13位に不破湊(2億245万円)、16位に叶(1億8721万円)が入るのみで、カバー社とは大差がある。

両者の特徴を際立たせているのが男女の違いで、カバー社のランクインVTuberが全て女性であるのに対し、ANYCOLOR社のランクインVTuberは全て男性だ。ファン層も、女性アイドル主体のカバー社は男性が9割近く占めて年齢層も幅広いのに対し、芸人色の強いANYCOLOR社は若い女性や学生が多い。

 

■タレントマネジメントの違い

SNSではANYCOLOR社の新人VTuber(にじさんじEN)が多数の契約違反でデビュー早々に契約解除されたことを「またか!」と囃しているが、放任型マネジメントのANYCOLOR社では短期の脱退や契約解除も多く、直近で169人の陣容に対して18年から今日まで38人を数える。

カバー社でも“異性”との交際の発覚(女性VTuber同士の百合関係は“尊い”と好まれて問題とならない)や契約違反、誹謗中傷や体調不良などでこれまでホロライブ5人、ホロスターズ(男性VTuber)3人が消えており、台中ファンの対立からホロライブ中国の6人全員が引退するという事件もあった。直近で71人に過ぎないカバー社のVTuber陣容を考えればリスクは小さくない。

オーディションで選抜する少数精鋭のカバー社はVTuber毎にマネージャーを付けて歌唱やダンスをトレーニングし、オリジナル楽曲を提供して確実に離陸させるアイドルプロダクション方式。対してANYCOLOR社はVTuber各自の努力・実力で自然淘汰する芸人事務所方式と言われるが、力をつけて来れば相応にサポートが付く。それでも契約解除や引退で消えていくVTuberが絶えないのが実情だ。

両社ともキャラクターや名称、配信のアプリケーションや著作権はプロダクション側が所有してタレントに利用許諾し、収益の一定料率を支払う契約のようだが、問題が起きて契約解除や引退に至っても「中の人」を入れ替えてキャラクターを継続できるわけではない。キャラクターと「中の人」は一心一体のタレントとしてファンを捉えており、「中の人」の引退はキャラクターの引退に繋がる(「中の人」は新たなキャラクターになって個人あるいは別の事務所で活動を続けることが多い)。

VTuber一人当たり売上はカバー社が22年3月期の20,093万円から23年3月期見込みは25,430万円に伸びる一方、ANYCOLOR社も22年4月期の8,786万円から23年4月期見込みは13,314万円と伸びるが、まだ格差は大きい。カバー社はマネージャーやエンジニアの手厚いサポートで大半が人気者になれるとは言えコスト負担が重く、収益性では軽装備で放任型マネジメントのANYCOLOR社の方が優位にある。

 

■成長性、収益性はどちらが優位なの

ANYCOLOR社は22年4月期の売上高が前期から85.5%増の141億4600万円、営業利益が188.6%増の41億9100万円、純利益が3倍増の27億9300万円と急拡大している。営業利益率は29.6%、純利益率も19.7%とカバー社より格段に高い。23年4月期見通しも再度上方修正して売上高が76.7%増の250億円、営業利益が2.2倍増の92億円、純利益が2.3倍増の63億8000万円と躍進は止まらず、営業利益率は36.8%、純利益率も25.5%と加速しており、3月15日にはプライム市場への区分変更を申請している。

カバー社は22年3月期の売上高が前期から138.7%増の136億6300万円、営業利益は13.5%増の18億5500万円、純利益は1.9%増の12億4400万円と、売上は伸びても営業利益や純利益はあまり伸びていない。営業利益率は13.5%、純利益率も9.1%と収益力はANYCOLOR社に見劣りがする。ライブ/イベントの仕込み費用や商品販売の急拡大に伴う原価率の上昇に加え、23年4月にスタジオ、6月に本社を移転する減損損失(2億1148万円)が利益を圧迫している。

  23年3月期見込みも売上高が32.1%増の180億5600万円、営業利益が16.9%増の21億6900万円、純利益が14.7%増の14億2700万円と売上の伸びの割に利益は伸びず、営業利益率は12.0%と前期の13.5%、純利益率も7.9%と前期の9.1%から低下する。商品販売の急拡大に伴う物流費や陣容拡大に伴う人件費に加え、メタバースのエンタメ・プロダクションを目指しての巨大スタジオ投資(4914平米、総投資27億5000万円)で減価償却負担が当分続く。

投資の回収サイクルに入ったANYCOLOR社と投資負担が続くカバー社という収益力の格差は否めないが、カバー社のメタバースに通ずる3D・CG技術とエンタメ演出のセンス、世界を席巻する「ホロライブ」メンバーのタレント価値は高く評価されるべきだろう。

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