小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『なぜ「ルルレモン」はコロナ下でも急成長できたのか
苦境で光る“誠実経営”』
(2022年04月07日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナ禍が長引いて業績の回復が遅れるアパレル企業が大半だが、アスレジャーを代表するカナダのルルレモン・アスレティカ社(以下、ルルレモン)の回復は目覚ましいものがある。コロナ禍ではスタジオ・ワークアウトの激減や店舗の休業で同社も少なからぬ打撃を受けたが、適確かつ誠実な対応で苦難を乗り切り、サステナブル経営のお手本を示した。

 

■急回復を見せつけたルルレモン

 ルルレモンの21年度(22年1月期)決算は売上が前期から42.1%も伸び、コロナ前19年度を57.2%も上回った。前期に二倍強に急増したオンライン売上こそ21.6%の伸びにとどまったが、前期に33.7%減少した直営店売上は70.1%も伸びて19年度も12.8%上回り、前期に37.7%に落ちた売上シェアも45.1%とオンライン(44.4%)を僅かながら抜き返した。

 ルルレモンのオンライン売上比率はコロナ前19年度でも28.6%と高く、営業利益率は42.6%とスーパーラグジュアリー並みで、直営店部門の27.6%を15.0ポイントも上回っていた。コロナ禍の20年度は売上が倍増して営業利益率も45.1%と跳ね上がり、店舗休業で売上が激減した直営店部門の12.8%を32.3ポイントも上回ったが、21年度は直営店部門も25.8%に回復し、その差は18.0ポイントまで縮まった。それでもこれほどの収益力格差があるということは、ルルレモンの家賃負担が専門店としては異例に低い(21年度で売上対比5.1%)とは言え、店舗販売が如何に非効率なものか痛感させる。

 21年度は粗利益率※1も62.8%と前期から0.8ポイント回復したが、コロナ禍の20年度も19年度から0.3ポイントしか下がっておらず、店舗休業などで在庫が滞貨しても値引き処分に走らなかったことが伺える。棚資産回転日数は19年度の126.2日から20年度は141.7日へ15.5日も延び、21年度も151.4日と回復していないからダメージは小さくなかったが、買掛債務回転日数を19年度の21.0日から20年度は37.7日、21年度も45.4日と延ばし、CCC(Cash Conversion Cycle)を19年度の108.9日から21年度の110.5日と1.6日の延びに抑えて運転資金負担を抑制している。買掛債務回転日数を延ばしたと言っても18年度からは2週間弱であり、コロナ禍のアパレル他社のように一ヶ月も延ばしたわけではない。サプライヤーの負担にも配慮したバランス点だったと思われる。

 それでも運転資金は売上の拡大もあって19年度から21年度へ6割近く肥大したが、コロナ禍の20年度も営業利益率は18.6%に踏みとどまって純資産を積み上げたから、純資産対比の運転資金率は19年度の60.8%から20年度は31.4%、21年度は38.3%と逆に大きく改善している。販管費率は19年度の40.0%が20年度は42.6%と2.6ポイント嵩み、21年度も40.7%とコロナ前水準には戻っていない。21年度の営業利益率は21.3%と2.7ポイント回復したが、19年度の水準(22.3%)には1.0ポイント届いていないから、販管費を圧縮する新たな施策が必要かも知れない。 

純資産がたっぷり積み上がった無借金経営だから在庫処分に走らず粗利益率を保っているが、在庫回転の減速で交叉比率は18年の193、19年度の180から20年度は160、21年度は150弱に落ちているから在庫の圧縮も急がれよう。

※1・・・・ルルレモンに限らずギャップやアーバンアウトフィッターズなど北米の小売チェーンやSPAは売上原価に賃料と減価償却を含むことがあり、その分、原価率が高めに出て粗利益率と販管費率が低めに出る。賃料はResult Reportでは開示されず、遅れて発表されるSEC 10-k Fillingで開示される。本稿では賃料分を組み替えた原価率、粗利益率、販管費率で表記している。

 

■危機を切り抜けた適確な対応

 コロナ禍では店舗の長期休業に加え、感染防止でスタジオ・ワークアウトやパーソナルトレーニングが激減したこともダメージが大きかった。中でも1600人にも及ぶというルルレモンのストアアンバサダーはエクササイズの激減で経済的に大きなダメージを受けた。 

 ルルレモンのアンバサダーは多くのスポーツブランドのように著名アスリートと契約するグローバルアンバサダーやエリートアンバサダーも存在するが、ほとんどは地元のスタジオやホームレッスンで活動するストアアンバサダーだ。アンバサダーとしてエクササイズはもちろん自己啓発や交流の様々な機会を得てフォロワーが広がり、ギフティングや店舗での割引購入の優待もあるが金銭報酬は多くはなく(米国のSNSでは年間2万ドル〜5万8000ドルと伝えている)、コロナ禍でスタジオが休業したりホームレッスンが激減すれば少なからぬダメージを受けてしまう。ルルレモンにとってアンバサダーはエクササイズ体験を通じてブランド価値を高め顧客を広げる基幹のLTV(Life Time Value)ネットワークであり、アンバサダーやパートタイム従業員の苦境を傍観する訳にはいかなかった。

 そこでルルレモンが行ったのが経済的困難に直面する従業員を支援する「We Stand Together基金」、協力フィットネスクラブの運営費などを支援する「アンバサダー救済基金」の設立で、前者にはルルレモンの上級管理職が給与の20%を3ヶ月分、取締役全員が持てる現金を、一般社員も可能な範囲で拠出、後者には会社として450万ドルを寄付している。

 アンバサダーには経済的救済だけでなく画期的なテジタル装備も提供している。ホームエクササイズをリモートレッスンできる姿見型双方向デジタルミラーサイネージ「MIRROR」を開発したスタートアップのミラー社を20年6月末、5,850万ドル(20年に2,010万ドル、21年に3.840万ドルを計上)で買収し、アンバサダーに活用してもらう一方、主要店舗にも導入してリモートレッスンやリモート接客に活用している。ミラー社は20年度に期待を上回る1億7000万ドルを売り上げたが、リアルに人々が戻り出した21年は1億3000万ドルに減速したと推測されている。

営業面でも、モバイルアプリやウェブサイトに投資して店舗在庫のオンライン受注引き当てなどOMO化を推進し、店舗での人数を制限した予約ショッピング、店舗からローカル出荷したり店頭渡し(ドア前)によるBOPIS対応を実行している。加えて20年には年間に100店以上の期間限定店舗を運営し、第2四半期にはカナダと米国で倉庫セールを行なって4,330万ドルを売り上げている。綺麗事に終わらず、やれることは額に汗してやっていることにも好感が持てる。

 

■北米展開とグローバル展開

 98年にカナダのバンクーバーで創業して00年に最初の直営店を開いたルルレモンは北米中心に直営店とオンライン販売を広げたが(現在、登記上は米国デラウエア州だが本社機能はバンクーバー)、海外展開には慎重だった。

10年度にオーストラリアのFCを直営(11店)に切り替えたのが最初の海外進出で、翌11年度にニュージーランド、14年度に英国とシンガポール、15年度にドイツとプエルトリコ(17年度に撤退)、香港(中華人民共和国と記載)、16年度に韓国(南朝鮮と記載)とスイス、17年度には日本とアイルランド、18年度にはフランスとスウェーデン、19年度にはマレーシアに進出。21年度末で17ヶ国に574店舗を展開しているが、米国の324店、カナダの63店を合わせて7割弱が北米で、中華人民共和国が86店とカナダを上回る。

中華人民共和国の86店には香港の9店、マカオの2店、台湾の5店が含まれるが、過去のアニュアルレポートには「台湾省」と記載しており、米国籍(デラウエア州)のグローバル展開企業としては異例に中国寄りのスタンスが指摘される。17年度以降の出店も積極的で、年平均17店近く布石を続けており、新疆など政治的問題には距離を置いている。ウクライナなど東欧にもロシアにもミャンマーにも出店しておらず、中華人民共和国を是とするならカントリーリスクとも無縁だ。

ヨガスタジオやアンバサダーを軸としたLTV戦略を重視するルルレモンは、中華人民共和国を除けば進出国での拡大に慎重だ。コロナ前19年度から直近の21年度まで増やした83店のうち19店(23%)が米国、48店(58%)が中華人民共和国であり、両国で81%を占める。南朝鮮が7店で続くが、英国の3店、シンガポールとアイルランドの2店を除く9ヶ国は1店も増えておらず、唯一、日本だけが7店から6店に減少している。インディテックスの日本店舗が直近2期間で145店から86店に激減していることとも合わせれば、衰退する日本のカントリーリスクはグローバルSPA企業にとってロシアやウクライナ並みに見られているのかも知れない。

 

■女性と従業員、社会に優しいサステナブルな会社

 ルルレモンはコロナ禍以前から顧客やアンバサダーのみならず、女性と従業員に優しい会社として定評がある。2022年1月30日現在、取締役会の約55%、上級管理職のリーダーシップチームの65%、副社長以上の50%、従業員全体の約75%が女性であり、男女同一賃金を世界で実施している。10年から13年頃には製品の品質不良が指摘されたり、創業者の肥満女性蔑視発言が顰蹙を買ったこともあったが、その責を負って創業者が去って以降、ルルレモンは理想を追求する会社になった。

 ルルレモンの社会活動はまず自社の組織内で徹底され、その理念を社会に広げていくものだ。その理念をルルレモンは「インクルージョン(Inclusion)」「多様性(Diversity)」「公正(Equity)」「アクション(Action)」とコミットメントしている。中でも最初に挙げられた「インクルージョン」は『組織や社会の中で認められていると実感できる状況』と定義されるもので、ほとんどの人にとって一生叶わない極めて崇高な理念と言えよう。

 社内でそれらの理念を実現せんとするアクションに年間500万ドルを投資すると共に、社会貢献プログラム「Here to Be」に新たに300万ドルを追加して年間700万ドルを心と身体の健康に関する不公平を解消し社会的不平等にさらされる人々の社会的平等を推し進める組織に供給し、2025年までに福祉の公平性を高めるために合計7,500万ドルを投資するとしている。

 以上は同社コミットメントを私が要約したもので正確ではないかも知れないが、こんな理念を本気でサステナブルな活動目標としている会社は極めて希少であり、そんな企業姿勢に共感して使徒となるアンバサダーや従業員の輪が広がるのも当然だろう。2021年の調査では約85%の従業員が会社にエンゲージメントを抱いている。

 日々の売上に一喜一憂し資金繰りに苦労する多くのアパレル事業者にとっては雲の上のお伽噺かも知れないが、何時の日かそんな理想を追える日が来ることを夢見て頑張るのも良いのではなかろうか。

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