小島健輔の最新論文

販売革新2014年10月号掲載
インフレ時代のオムニチャネル戦略
『収益改善効果が高いEC“ショールームストア”が課題』
(株)小島ファッションマーケティング 代表取締役 小島健輔

 

 円安のもたらす輸入インフレに若年労働需給の逼迫が加わる中で強行された消費増税でインフレが玉突き型に加速する一方、給与所得の伸びはまったく追いつかず、消費とりわけ衣料消費が冷却して「単価アップ×客数減=売上減」のジレンマが深まっている。そんな中、オムニチャネル戦略も販売機会の拡大に加えてコスト削減効果が再注目されている。

玉突きインフレに直撃される衣料消費と収益

 99年来のデフレが円安とアベノミクスでインフレに転じた13年6月以降、インフレはジリジリと加速し、4月の消費増税で3%台に跳ね上がる一方、伸び悩む給与所得がようやく1%の伸びに達したのは消費増税後の6月で、ボーナス月の7月こそ2.6%増と伸びたものの通常月は1%の攻防で、3%台が続くインフレには追いつけそうもない。当然ながら、その差2%強分だけ消費は萎縮せざるを得ないが、消費増税以降の衣料消費へのしわ寄せは格段に深刻だ。
 全国百貨店売上の総額や身の回り品、紳士服はほぼ回復したものの婦人服は低迷を脱せず、スーパー衣料品は回復の気配も見えない。月度売上前年比を公表している主要アパレルチェーン16社の平均既存店売上前年比の推移を見ても、輸入インフレで単価は上昇しているが客数の減少がそれを上回り、売上減少が続いている。
 売上の減少に加え、深刻化しているのが玉突き型のコストインフレだ。ガソリン高騰や人手不足で物流費が上昇し、若年労働力の逼迫でパート&バイトから正社員まで店舗運営人件費が高騰し、家賃まで上昇に転ずる中、チェーン店からECまで営業経費が利益を圧迫している。そんな中、再注目されているのがEC拡大による営業経費率の圧縮効果だ。

EC拡大による絶大な収益改善効果

 我が国衣料販売のEC比率は通販企業のネット売上も加えれば6%台に乗ったと推計されるが、オムニチャネルを推進する先行チェーンが軒並み二桁台に乗って20%を超える企業も見られる一方、5%未満に留まる大手チェーンも依然として多く、百貨店など1%前後に留まっている。米国の大手デパートチェーン3社(ノードストロム/ニーマンマーカス/コールズ)の平均EC比率が13年度で14.8%に達し、EC売上を公表している大手アパレルチェーン10社の平均EC比率も前年の13.0%から14.4%に上昇したのと較べると出遅れ感は否めない。
 米国の大手チェーンがEC比率を伸ばしているのは販売拡張のみならず収益改善効果が極めて大きいからだ。前出10社の店舗販売伸び率が平均4.7%に留まったのに対しEC伸び率は同17.0%と12.3ポイントも高かったが、店舗とECの収益性格差はそれ以上なのだ。
 ギャップ社の14年1月期EC売上は23億ドルと19.2%も伸びて(全社は3.2%増)米国内EC比率は15.9%に達したが、営業利益率は店舗事業の11.0%に対してEC事業は22.5%と倍を超えている(今期は分けて公表していないので前期の数字)。人気失墜で業績が悪化しているアバークロンビー&フィッチ社など14年1月期は売上が11.0%も減少して営業利益率は前期から6.1ポイントも低下し2.0%と赤字寸前まで追い詰められたが、EC売上は10.9%増加してEC比率は18.9%に達している。営業利益率も店舗が米国内▼7.0%/海外店舗5.2%/計▼2.7%と赤字だったのに対しECは22.0%と大幅黒字で、全社営業利益の四割を占めるに至っている。正にECが店舗事業の赤字を埋めて利益を稼いでいるわけで、ECの収益性の高さ(経費率の低さ)を如実に物語っている。店舗事業とEC事業の営業利益を分けて開示している企業ではルルレモン社も店舗の22.5%に対してECは35.0%と12.5ポイントも高収益だ。
 米国大手チェーンがEC拡大で収益を改善しているのに対し、我が国大手チェーンの多くはECによる収益改善に積極的とは言い難い。ファーストリテイリング社の営業利益率は11年度以降、急ピッチで低下しているが、その要因は低収益な海外事業の拡大に加えて国内ユニクロ事業の急激な収益性の低下が指摘される。調達コストの上昇に加えて店舗運営経費の上昇が大きく、需給逼迫でパート&バイトの正社員化が進む来期以降、一段の悪化が危ぶまれる。
 米国大手チェーンの経営行動に習えば国内ユニクロ事業の収益悪化は十分に回避できたはずなのに、同社は海外事業拡大に傾倒してEC拡大に注力しなかった。国内ユニクロのEC比率は10年8月期の3.74%で頭を打って以降は伸び悩んでいるが、もしこの間に米国大手チェーン並みにECを伸ばしていれば営業経費率の上昇を相殺出来たと推察される。
 13年8月期で3.55%に留まるとは言え国内ユニクロのEC売上は242.4億円とアパレルブランドでは突出しており、自社運営サイトの営業経費率は23%を切るはずで、同期で32.4%に高騰した営業経費率より10ポイント近く低い。米国大手チェーンがEC拡大と海外拡大の投資効果をバランスして来たのと比較すれば、ファーストリテイリング社は海外拡大に偏り過ぎたとの指摘を免れないだろう。

オムニチャネルは費用対効果の見極めを

 オムニチャネル戦略はECに圧迫される店舗小売業の反撃から発したもので、『いつでもどこでも選んで買って受け取れる』顧客利便を追求すれば逆に経費率が上昇するリスクが指摘される。中でも、EC商品の店舗受け取りやEC受注品の店舗発送は物流や発送管理の煩雑を否めず、店舗運営人件費の上昇やミスの発生が避けられない。店舗をECの物流に巻き込まないとしても、店舗向け/自社サイト向け/モールサイト向けの在庫配分や相互の在庫移動は機会損失や物流コスト上昇を招きかねず、政策的に優先順序を割り切る必要がある。
 次々と新規サービスが登場するウェブ広告やSNS、店舗誘導やサイト誘導のアプリ活用もきりがないし、ジリジリとコストを押し上げるだけでなく、煩雑なアプローチに顧客が悲鳴をあげかねない。定期的に見直して一貫性のあるものとし顧客アプローチ頻度も整理し、コストと煩雑さを抑制する必要があろう。オムニチャネルブームに乗せられて次々と新規サービスを取り入れるのも考えもので、顧客利便とコストのバランスを取って収益改善効果を追求すべきと思われる。

急がれるショールームストア開発

 店舗小売業のオムニチャネル戦略で防御に回ったEC事業者が見出した突破口がショールームストアで、米国ではEC事業者が次々とショールームストアを布石しているが、物流と販売を分離するショールームストアは店舗事業をEC並みに低コスト効率化する革命でもある。
 少子高齢化で店舗労働力が逼迫して確保が困難になり賃金が高騰して行く我が国流通業界では低賃金労働力を前提としたデフレ型ビジネスモデルたる古典的チェーンストアの維持はもはや困難で、物流と販売・決済を分離して店舗労働を画期的に圧縮するショールームストアの開発を急ぐしかない。
 サンプルだけを陳列してお買い上げ品はECの物流センターから顧客に直送する完全なショールームストアはもちろん、サンプル陳列とレジでの買い上げ品ピックアップ(IKEA方式の顧客ピックアップも可)を組み合わすショールーム陳列ストアでも、店内物流労働と在庫スペース(=家賃)の圧縮効果は十分に期待出来る。これにICタグによる在庫管理やスマホ活用のレジレス決済を組み合わせば、店舗運営コストは画期的に圧縮出来る。加えて、販売員が店内物流労働や在庫管理から解放されれば接客に集中出来るから、買上げ率と客単価が向上して売上も大きく伸びる。経費が圧縮されて売上が伸びるのだから収益改善効果は絶大で、店舗販売がEC並みに低コスト化されると期待されるのだ。
 長いデフレ期を脱してインフレに転じた今日、営業経費とりわけ店舗運営経費の抑制は最大の経営課題となりつつある。オムニチャネルなEC比率拡大と実店舗のショールームストア化(ショールーム陳列ストア含む)はインフレを克服して収益性を画期的に高める決定打であり、緊急最優先に取り組むべきではないか。
※ 当社では10月16日(木)に「ショールームストア開発ゼミ」を開催致します。詳細は当社ホームページ(http://www.fcn.co.jp/)を御参照下さい。

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