小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ラグジュアリービジネスの秘訣はインフレスパイラル』
(2022年02月24日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ラグジュアリー御三家(LVMH、KERING、HERMES)の21年12月期決算が出揃ったが、コロナ禍が長引いて業績が低迷する我が国ファッション業界の苦境を尻目に、各社ともコロナ前を大きく上回る増収増益でブランド力を見せつけた。この極端な明暗は一体何に起因するのだろうか。3社の決算を遡って探ってみた。

ƒvƒŠƒ“ƒg※ユーロの2021年1〜12月の月平均為替レートは130.2円

 

■営業利益2兆2330億円を稼ぐラグジュアリー帝国LVMH

 LVMHはルイ・ヴィトンやディオール、フェンディやセリーヌなどキラ星のようなラグジュアリーブランドを多数擁するファッション&レザーグッズ部門、ティファニーやブルガリ、ショーメやウブロなどを擁するジュエリー&ウォッチ部門、モエ・シャンドンやドンペリニオン、ヘネシーやシャトーディケムなどを擁するワイン&スピリッツ部門、ディオールやゲランなど多くのブランドを展開するパヒューム&コスメティクス部門、化粧品小売のセフォラや免税店のDFS、ハイファッションデパートに変貌したボン・マルシェなどを展開するセレクティブリテイリング部門から成る世界最大最強のラグジュアリー帝国だ。

そのLVMHの21年12月期決算は、売上が前期から43.8%も伸びて642億1500万ユーロ(8兆3610億円)とコロナ前19年も19.6%上回り、営業利益は171億5100万ユーロ(2兆2330億円)と前期の二倍を超え19年からも1.5倍になった。営業利益が2兆円を大きく超えたのみならず、営業利益率は26.7%とコロナ前19年の21.4%を大きく凌駕し、11年の22.2%も超えて同社の最高益率を更新した。売上27兆2145億円(21年3月期)のトヨタ自動車でさえ営業利益は2兆1977億円とLVMHには届かないから、とんでもない儲けようだ。

 最も伸びたのが20年末に158億ドルで買収したティファニーの売上が押し上げたウォッチ&ジュエリー部門で、89億6400万ユーロと前期から2.67倍、19年からも2.03倍に拡大。営業利益は前期の5.56倍、19年からも2.28倍に急増し、営業利益率は18.7%と19年の16.7%も超えた。

全社売上の半分近くを占めるファッション&レザーグッズ部門は308億9600万ユーロと前期から45.7%、19年からも38.9%拡大し、営業利益は前期の1.79倍、19年からも1.75倍に伸び、営業利益率は41.6%!(粗利益率ではありません)と前期の33.9%から7.7ポイントも高まって最高益率を更新している。そんな大儲けの決算発表から3週間も経たないうちに、製造コストや物流コストの上昇を理由に大幅な値上げに踏み切って顧客の焦燥感を煽る辺りに高収益ビジネスの秘訣がありそうだ。

 

■KERINGの営業利益率はLVMHも凌ぐ28.4%

 KERINGはグッチやサンローラン、ボッテガ・ヴェネタやバレンシアガを擁してLVMHと競い合うラグジュアリーグループだ。そのKERINGの21年12月期決算は、売上が前期から34.7%伸びて176億4520万ユーロ(2兆2974億円)とコロナ前19年を11.1%上回り、営業利益は50億1720万ユーロ(6532億円)と前期の1.6倍に回復して19年からも5%伸びたが、営業利益率は28.4%と19年の30.1%には届かなかった。 

売上や営業利益の伸びがLVMHに見劣りするのは、LVMHのティファニー買収のようなビッグイベントを欠いたことに加え、売上の55.1%、営業利益の74.0%を占める基幹ブランドのグッチの売上が19年比で1.1%増と伸び悩み、営業利益も5.9%減にとどまったためだ。売上の14.3%/営業利益の14.2%を占めるサンローランが売上で23.0%/営業利益で27.1%、同8.5%/5.7%を占めるボッテガ・ヴェネタが売上で28.7%/営業利益で33.1%伸びても、全体を押し上げる勢いを欠いた。

そうは言ってもグッチは97億3090万ユーロ(1兆2670億円)を売り上げて37億1460万ユーロ(4836億円)の営業利益を稼いだわけだが、営業利益率は38.2%と19年の40.1%には届かず、LVMHファッション&レザーグッズ部門の41.6%にも及ばなかった。とは言え赤字企業や一桁黒字企業ばかりの我が国アパレル業界から見ればどちらも桁違いの高収益で、わずかな差を問う意味もないだろう。

 

■HERMESの営業利益率は39.3%と突出 

 HERMESは前述の2社とは異なる単独ブランドのメゾン企業だが、世界の富裕層の「HERMES」へのロイヤリテイはコロナ下も高まるばかりで、美術工芸品や宝飾品と並んで旅行が抑制された贅沢支出の受け皿となった感がある。

 21年12月期は売上が89億8200万ユーロ(1兆1695億円)と前期から40.6%、19年からも30.5%伸び、営業利益は35億3000万ユーロ(4596億円)と前期から39.3%、19年からは53.1%も伸び、営業利益率は39.3%と17年の34.6%も超えて同社の最高益率を更新した。

 HERMESは富裕層が支持する貴族的会社というイメージがあるが、財務内容を見ると盤石なお金持ち会社であることが解る。長年に渡って単独ブランドに磨きをかけ、買収による拡張を行わなかったため借入金がほとんどなく(純資産の0.3%)、超高収益の積み上げで純資産が売上よりも大きく蓄積されている。LVMHの純資産が売上の76.2%、KERINGが同77.8%であるのと比べれば、HERMESの104.8%という純資産蓄積は突出している。ましてや純資産対比の借入金比率となると、LVMHの41.4%、KERINGの44.8%に対してコンマ以下と無いに等しい。

  LVMHもKERINGも十分にお金持ち会社であり欧州貴族階級の洗練された慎重な振る舞いを逸脱することはないが、HERMESはゆったりとした時間軸の中でとりわけ貴族的に振る舞っているように見える。

 

■スローな生産と在庫回転

 3社ともブランド価値を維持向上すべく生産設備と生産要員(職人)への投資を怠らず、我が国のブランドアパレルのようにファブレスな(工場を所有しない)企画・販売会社に堕すことを拒否して来た。陶磁器やウォッチなど一部の非中核アイテムではOEM調達が残るブランドもあるし、プレタポルテは生産技術が突出した工場へ外注するブランドもあるが、ディオールやシャネルなどは自社工場(アトリエ)生産に徹している。

その分、生産設備の減価償却や生産に関わる人件費、仕込み材料や仕掛かり在庫の負担が大きくなるが、商社やOEM業社への手数料負担はないから原価の透明性は高くなる。21年のLVMHの原価率は31.7%、KERINGは25.9%、HERMESは28.7%だが、LVMHは原価率の高い仕入れ販売小売業のセレクティブリテイリング部門が売上の18.3%を占めており、同部門を除外すればHERMESと大差ない。KERINGはやや低いが、外部工場生産が多いプレタポルテの比率が高いゆえと推察される。ラグジュアリーブランドの公式通りに自社工場生産に徹するなら設備投資の減価償却が加わる原価率は28〜29%になり、ファブレスな百貨店アパレルなどより一回りも高く、高価なプライスに見合う手厚い生産コストが掛けられている。

 手間もコストもかけて主要部材から自社生産し、売れ残り品もセールを避けて持ち越すラグジュアリービジネスの棚資産(在庫)回転は極めてスローで、KERINGは268.7日、仕込みから販売まで数年を要するワイン&スピリッツ部門を擁するLVMHは296.7日と長く、人気バッグは慢性的に生産が追いつかないHERMESは205.0日と最も短いが、それでも年1.87回転に過ぎない。粗利益率が高くても在庫の回転はスローで、商品資本の生産性指標である交叉比率は最も高いHERMESでも126.9、KERINGは100.7、LVMHは 84.0にとどまる。

 ラグジュアリービジネスの本質は、手間もコストもかけて完成度の高い商品を生産し、焦らず値引きせずじっくり売っていく時空を超えたインベスティメント(投資価値のある商品)ビジネスなのだと理解される。ならば商品は時とともに減価せず、むしろプレミアムが加わっていくのが理想だ。そこにこそ、ラグジュアリービジネス成功の秘訣があるのではないか。

 

■値上げ継続とセール回避でインフレ好循環

 長期に渡り成功を継続しているラグジュアリーブランドに共通するのが、値上げの繰り返しと在庫の持ち越しによるセール回避というインフレ政策ではないか。とりわけ徹底しているのが「シャネル」と「ルイ・ヴィトン」のハンドバッグで、前者はコロナ前19年から4回の値上げを繰り返して人気モデルは60%も値上がりし、後者も人気モデルは最大66%の値上がりが報告されている(販売国で価格は多少異なる)。「エルメス」の値上げは両者ほど目立たないが、為替変化に対応して数%の値上げが繰り返されている。

 もっと長い目で見れば、「ルイ・ヴィトン」は為替変化も加わって3〜4倍も高騰している。私が社会人となって初のボーナスを握ってパリの「ルイ・ヴィトン」を訪れたのは半世紀近くも前(73年)のことだが、当時の大卒初任給1.5ヶ月分でショルダーバックやハンドバッグを4点買えた。今の価格からすれば三分の一以下だが、それだけ値上げが繰り返されてきた訳だ。「ルイ・ヴィトン」の名誉のために断っておくが、為替変化と値上げだけで3〜4倍になったわけではなく、当時の塩化ビニール製モノグラムバッグはお世辞にもラグジュアリーとは言いかねる実用的で質素なものだったが、今や素材も縫製も付属も改良を重ねて完成度もラグジュアリー感も格段に高まっている。

 価格がインフレを続けるブランドは先では手が届かなくなると購入を急ぐ心理が働くから、売上も継続的に伸びていく。値引き販売されることがなく、年々、価格が高騰していくと中古品の二次販売価格もインフレし、新品で手に入りにくい人気モデルは定価以上のプレミアムプライスも付くから、更なる新品の値上げを招く。「ルイ・ヴィトン」や「エルメス」「シャネル」のバッグにはそんな好循環が長期にわたって継続している。プレタポルテでプレミアムが付くのは稀だが、「シュプリーム」などストリート・ラグジュアリーでは珍しくないから、年々インフレして売上も拡大していく。

 

■デフレスパイラルを脱してインフレスパイラルへ

 逆に見るなら、売れ残りを毎シーズンのように値引き販売し、販売が伸び悩めば価格を抑制せざるを得ず、二次流通でも更に叩き売られる我が国のアパレルブランドには強いデフレ圧力が働くわけで、日本の少子高齢化と貧困化も加わって年々、売上が必然的に落ちていく悪循環に陥っている。それをラグジュアリーブランドのようなインフレ好循環に転換できれば、一転して全てが好都合に回り出す。

 そんなことが簡単にできるわけはなく、突出した完成度を求めての生産設備投資と生産技術開発が何年も先行し、原材料の開発・調達と製品の仕掛かりから販売までの在庫回転も気の遠くなるほどスローで膨大な運転資金を要するから、もとより資金に恵まれたお金持ち企業でないと収益化する前に行き詰まってしまう。逆に言うなら、ワイン&スピリッツなど時空を超えた超低回転生産事業者、投資の規模も大きく回収期間も長い不動産開発事業者(LVMHのベルナール・アルノー会長兼CEOも不動産業出身)などにとっては自然なキャッシュフローで無理がない。どちらも時と共に減価するのではなく増価する性格の強い分野であることも共通している。

ラグジュアリービジネスは日銭の回転に依存する小売事業者やシーズンごとの資金回収を必要とするアパレル事業者には向かないが、投資先行で回収期間の長い事業者には向いており、そんな事業者による新規参入や既存ブランド事業の買収の方が遥かに近道だと思われる。我が国アパレル事業者に染み付いた業界常識、とりわけ在庫回転とキャッシュフローに関する経営感覚は中途半端で革新性が無く、超高速の無在庫経営や超低速のプレミアム経営は見えていない。そんな業界人の視野狭窄こそデフレスパイラルの元凶ではないか。

 

論文バックナンバーリスト