小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『絶好調アダストリアの強みと死角』
(2024年04月15日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 24年2月期は大幅な増収増益で過去最高の業績となり、付加価値戦略やOMO、海外拡大に加えて自前の衣料品から撤退するイトーヨーカ堂に商品供給するなど、多方面で勢いづくアダストリアの強みの本質と死角を探ってみた。

 

■過去最高を記録した24年2月期連結業績

 

 アダストリアの24年2月期は売上高が13.6%増の2755億9600万円と2期連続の二桁増で、コロナ前のピークだった18年2月期を23.7%上回り、「回復」の域を超えて新たな成長期に入ったことを見せつけた。営業利益も56.4%増の180億1500万円と、10年2月期の169億1000万円を超えて過去最高を更新。当期純利益も79.2%増の135億1300万円と、17年2月期の115億7500万円を超えて過去最高を更新した。

営業利益率こそファストな仕入れ型SPA体制だった06年2月期の20.3%には遠いものの、開発型SPA体制に転じて以降の16年2月期(8.0%)、17年2月期(7.3%)に続く6.6%を確保したことで付加価値志向開発型SPA体制の収益性の目処も付いた。

純資産も108億1800万円増加して715億8100万円と順調に積み上がり、純資産比率56.0%(+1.5P)、自己資本比率54.8%(+1.5P)と盤石で、ROE(自己資本利益率)も20.9%と7.6P上昇して17年2月期の21.2%に迫った。業績の上方修正と増配(60円から85円)で株価も上昇し、決算発表翌日4月5日の終値(3720円)はコロナ下の安値(20年4月1日の1118円)の3.33倍に達した。

配当性向が前期比7.6P減の28.5%でも純資産配当率は5.9%(前期は4.8%)とアクティビストがしまむらに突き付けた配当下限要求5.0%を超え、福田家と会社関係者が株式の過半を所有してガバナンスも揺るぎないから、外部環境や外部株主の圧力に左右されることなく経営意思を貫ける。財務に余裕がなくオーナーシップも定まらないアパレルチェーンの経営が揺れ動く中、アダストリアはインディテックスやファーストリテイリングに通ずる安心感がある。

営業成績は絶好調、財務もガバナンスも盤石というアダストリアに課題や死角はないのだろうか。

 

■効率の頭打ちを打破できるのか

 

 粗利益率は55.3%と0.6ポイント上向いても16年2月期の56.6%には届かず、仕入れ型SPA体制期の60%台には遠い。在庫回転が前期から0.22回減速して4.78回と5回転を割り込んで20年2月期の6.07回転の8掛け以下に減速し、10回を超えていた仕入れ型SPA体制期とは比較すべくもないが、在庫回転の低速化が値引きロス抑制を妨げて粗利益率のキャップになっていると推察される。販管費率は48.7%と1.2ポイントも低下して最悪だった21年2月期の54.0%からは5.3ポイントも切り下げられたが、40〜42%台に収まっていた仕入れ型SPA体制期とは比較すべくもない。

 開発型SPA体制でも生産の前工程や後工程まで踏み込んで生産地とプロセスを組み直せば完成度と鮮度、コストとQRの両立は可能で(3月19日掲載の『「ザラ」最新決算にみる強さの本質』を参照されたい)、データマイニング過信を脱して現場の在庫運用体制を再構築するなら、消化歩留まりと在庫回転が高まって全ての指標が大きく上向くはずだ。製販一体のプロセス革新でキャップを取り払えば、開発型SPA体制でも仕入れ型SPA体制に迫る効率は可能だと思う。

私は『ファストな仕入れ型SPA体制に戻れ』と言っているのではない。ポイント時代の繁栄をもたらした仕入れ型SPA体制は国内産地や韓国でのファスト生産が支えたもので、リーマンショックを経てそのサプライ背景が崩れ去った以上、売上が2000億円を超えたアダストリアが後戻りするのは不可能だ。生産プロセスに踏み込んで開発型SPA体制を機動化するという一択が現実なのではないか。

 

■人時効率と給与水準に課題

 

 22年のインフレ前から手がけていた付加価値政策とプライス戦略(後述する)が奏功して値上げ(客単価7.2%増)しても客数が落ちず(1.7%増)、既存店売上が9.1%も伸び、一店平均売上も1億7942万円と8.6%増えた。平米当たり売上も801千円と9.1%伸びて20年2月期を3.6%上回ったが、1000千円を超えていた仕入れ型SPA時代(06年2月期〜08年2月期 )には届かない。

 一人当たり売上も推計2264.0万円と8.1%伸びて20年2月期の1994.5万円を13.5%上回ったが、2400万円を超えていた仕入れ型SPA時代には遠く、しまむらの4122.4万円(24年2月期)の55%、国内ユニクロの3476.6万円(23年8月期)の65%にとどまるのは課題が残る。一人当たり粗利益額も1251.5万円と9.2%伸びて20年2月期を13.1%上回ったが、1450万円を超えていた仕入れ型SPA時代には届かず、国内ユニクロの1665.3万円(23年8月期)の75%、しまむらの1418.1万円(24年2月期)の88%にとどまるのは給与水準の格差に直結している。

 24年2月期の平均給与(アダストリア単体)は有価証券報告書の開示を待たねばならないが、23年2月期は福利厚生費の一部(住宅手当/帰省手当/配転手当)を含んで423万1730円と開示されている。同期の連結平均人件費(福利厚生費を含む)は8H換算したパート従業員も含んで346万9400円だから平均給与は312万円程度、6%賃上げした24年2月期の連結平均人件費は370万3400円だから平均給与は333万円程度と推察されるが、しまむらの平均給与449.3万円(23年2月期)とは116万円もの格差がある。今4月も6%賃上げしても、ユニクロやしまむらも賃上げするから格差は容易に縮まらない。

 売上対比の人件費率は17.5%と前期から0.3P抑制され21年2月期の20.0%からは2.5P改善されたが、16年2月期、17年2月期の16.6%からは上振れたままで、13〜14%台に収まっていた仕入れ型SPA時代からは大きく上昇している。付加価値戦略による値上げにも限界があるから、店舗運営を抜本的に効率化しないと賃上げと利益が相反する難しい局面に追い込まれかねない。多少は拡大しても平均226平米/1億7942万円に過ぎない店舗規模を、ラインロビングや業態の複合で国内ユニクロの1030平米/9億3621万円並みに近づけていくとともに、RFIDやAIによる在庫管理やマテハンの効率化、雑貨業態や低価格業態ではセルフレジの導入を急ぐ必要がある。

 設備費率(賃料やリース料、減価償却費)は24年2月期で17.3%と前期から0.8P、21年2月期からは2.6P抑制され、仕入れ型SPA時代(08年2月期〜10年2月期)の19%台からも2P程度低下している。店舗規模の大型化で一段と低下すると期待されるから(ファーストリテイリングの23年8月期は10.5%)、賃上げによる人件費負担を少なからず吸収できるのではないか。

 

■成長へのブランドポートフォリオに翳り

 

 アダストリアは展開ブランドを、独自の成長戦略で大型化を目指す「独立型」、新たな市場やカテゴリーを開拓して成長を図る「成長型」、既存市場の深掘りで収益の拡大を図る「収益型」に分類して売上と利益のポートフォリオを組んでいるが、この3タイプが目論見通りのバランスで成果を上げていくかどうか。社内の開発力・運営力はもちろん、マーケットサイドやサプライサイドの外部環境にも左右されるから蓋然性は否めない。

 海外はブランド別の売上が開示されていないので国内売上(アパレル・雑貨事業売上の91.3%)で見たが、売上の拡大を支える「独立型」4ブランドの合計は20年2月期の1198億6200万円から24年2月期は1296億6600万円と8.2%しか伸びておらず、年率では2.0%にも届かない。大きく伸びたのは「グローバルワーク」(23.9%増)だけで、「ニコアンド」は4年で4.8%しか伸びず、「スタディオクリップ」は1.9%減、「ローリーズファーム」は5.4%減と心許ない。

「成長型」とされるブランドで100億円を超えているのは雑貨の「ラコレ」(108億700万円)と「ベイフロー」(107億8500万円)だけで、20年10月に立ち上げた「ALAND」は未だ3店にとどまり(新宿ルミネエストの期間限定店舗は閉じて「フォーエバー21」に転換)、23年4月に鳴物入りで立ち上げた「フォーエバー21」も4店(4月27日開店の新宿ルミネエストを加えて5店)にとどまる。「グローバルワーク」の生活圏型派生業態「スマイルシードストア」もまだ9店舗(4月9日段階)で、「成長型」に離陸するには時間を要する。「ベイフロー」は試行錯誤して4年で9.4%(年率2.27%)しか伸びておらず、前期から36.2%伸びた「ラコレ」とて必ずしも狙いが定まらず店舗数は15店増えても63店と、4年で売上が631億円と2.45倍になって306店舗に達した「3COINS」(PALグループ)とは比較すべくもない。

 「収益型」とされる「ジーナシス」は122億9400万円と前期から9.7%伸びても浮き沈みがあって20年2月期からは3.1%しか伸びておらず、132億2900万円と前期から6.6%伸びた「レプシィム」も同様に20年2月期からは7.7%減少している。20年2月期で77億1200万円だった「レイジブルー」は22年2月期は58億100万円に急減し、以降は「その他」に分類されている。「収益型」は付加価値政策を志向して4年で商品単価を30%以上高めているから相応に客数が減少しているはずで、先細りが否めない。

高価格帯を担う子会社エレメントルールの売上(19年2月期に本体から移管した「バンヤードストーム」「バビロン」を含む)も前期から1.3%、20年2月期からも10.9%しか伸びておらず、ここから「成長型」や「収益型」のブランドが台頭することも期待し難い。多彩なブランドが伸びているように見えても、「独立型」は「グローバルワーク」、「成長型」は「ラコレ」に依存しているのが実情で、「収益型」は先細りを否めないから、成長へのブランドポートフォリオは心許ない。

アダストリアのブランドは数年サイクルで伸びたり停滞したりと不安定な動きを見せることも少なからず、コンセプトやMD編成も流動して一貫性を欠く傾向が見られる。変化対応とも試行錯誤とも取れるが、『走りながら考える』狩猟型の組織体質と推察される。しまむらやファーストリテイリングのように基幹ブランドに集中して緻密に統制していく農耕型の組織体質とは対照的だが、多ブランドで攻めるアダストリアには適しているのかも知れない。

とは言っても狩猟型の組織が成果を発揮し続けるには属人的リソースの集中が不可欠で、手を広げ過ぎて人材が分散すれば息切れを起こしてしまう。ブランドの好不調の波を見るにつけ、商品開発のムラやブレを見るにつけ、属人的なリソースに依存する狩猟型の瞬発力の反面の持続性の弱さを感じさせる。ブランドの売上規模を50億円から500億円にできても5000億円には出来ない狩猟型の限界も指摘される。

 

■海外事業とOMO戦略にも課題が山積

 

ブランドポートフォリオに加えての成長戦略の柱が海外事業とOMO戦略だ。

海外事業売上は23年2月期の35.6%増に続き24年2月期も30.0%伸びて227億8700万円※と、20年2月期から80%伸びて連結売上の8.27%を占め、連結営業利益の6.23%を占める。営業利益率も4.9%と既に収益サイクルに入っているが、20.5%の台湾、10.9%の香港の一方で中国本土は12.4%の赤字と地域で格差がある。

日本市場に性格が近く国内のブランドマーケティングが通ずる台湾は伸ばせるが、香港は収益性に課題があり、中国本土はマーケティングとマネジメントの両面のミスマッチが指摘される。面展開して多店舗を農耕型でマネジメントする必要がある中国本土は狩猟型の瞬発力では維持できず、アダストリアには向いていないかも知れない。

中国に限らず、狩猟型の多ブランドビジネスで海外事業を継続して伸ばすのは難易度が高く、グローバル展開で成功しているSPA企業は基幹ブランド集中の農耕型がほとんどだ。多業態を展開するインディテックスもコロナを契機とした効率化の過程でローカル特性に適した業態に集約を進めており、海外展開を本格化するには「独立型」ブランドのグローバル化が必須と思われる。国内で千億円に届かないローカルブランドのまま海外展開を広げるリスクは侮れず、流れが変われば売上が急落しかねない。

アダストリアのOMOはアプリとSNSの両面から店舗の販売員を巻き込んで着実にステッブを積み上げており、24年2月期の国内EC売上は10.1%増の689億円と国内アパレルではユニクロに続く第2位の規模に達して国内売上高の28.3%(うち自社EC15.1%)を占める。自社EC「.st」の会員数は前期から200万人増えて1750万人に達し、会員売上は売上の約7割を占める。自社スタッフのインフルエンサー化も加速しており、スタッフ個人SNS総フォロワー数は前期末の573万人から1000万人へ80.6%も増え、自社EC売上に占めるスタッフボードとSNS経由の売上は3割前後とアナウンスしている。

スタッフボード提案セレクト編集OMO店舗の「ドットエスティストア」も21年5月の初出店から17店舗に達しており、バーコードスキャンによるスタイリング提案、アプリ会員なら購買履歴に基づくレコメンドも可能だが、その他のアダストリア店舗でもEC注文品の受け取りは出来る(当然に送料不要だが、EC注文品の店舗返品は不可)。現時点では取り寄せ試着は「ドットエスティストア」のみだが、オンワードのOMOサービス「クリック&トライ」の導入店舗が397店舗と前期末から57店増えて全店の58%に達し、導入店舗の売上が未導入店舗を25%上回る成果を上げていることを見れば、デジタル装備の「ドットエスティストア」に拘らずOMOサービスを全店に広げるのが先決と思われる。

自社ECのマーケットプレイス化も手がけて下着、靴下から美容家電まで8社9ブランドまで広がり、さらなる拡大が期待されるが、自社ECでの検索広告はともかく、デジタル装備の「ドットエスティストア」が17店と限られては店舗のリテールメディア化は先の課題になりそうだ。OMOサービスの全店適用と店舗のリテールメディア化は分けて考えるべきだろう。

OMOの究極はインディテックスのような店舗軸のローカルマーケテイング&ロジスティクス(地域顧客のOMO管理と店在庫引き当ての店出荷・店渡し)で、ユニクロもFC※出荷と店在庫引き当て店渡し(店出荷ではない)の併用に移行しているが、アダストリアの現状はFC出荷に依存したままだ。ローカルロジスティクスに移行するには店舗の複合大型化と再配置(テナント店舗だけでは不可能)、ローカルルート便によるテザリングとの連携が不可欠で、人時効率と在庫効率の抜本的向上にも店舗のリテールメディア化にも避けては通れない課題と思われる。すでにセントラル・ロジスティクスから全国5リージョナル・ロジスティクスに踏み出しているようだから、そんなシナリオを描いているのかも知れない。

※海外事業子会社は12月決算なので、2月決算の連結決算とは集計が一致しない。

※FC(Fulfillment Center)・・・通信販売の出荷DC(Distribution Center/保管型倉庫)で、棚入れした商品をピッキングして方面仕分けし、宅配業社に引き渡す。

 

■強みの本質は執行と監督の絶妙な分担にある

 

 好業績で勢いづく一方、効率の頭打ち、人時効率と給与水準の低さ、ブランドポートフォリオに見る成長の息切れ、グローバルブランド化できないままの海外事業拡大、後手に回るOMO、攻めには強いが面の拡大と維持には弱い狩猟型の組織体質と人的リソースの分散など、少なからぬ課題が指摘されるアダストリアだが、今の成功をもたらした「強み」には学ぶことが多い。

 2010年に「チェンジ宣言」してファストな仕入れ型SPAから開発型SPAに転じて以降、今日までの紆余曲折を振り返れば、13年6月の企画生産会社ナチュラルナインの子会社化が転換点だったと思われる。買収当時は投資に見合う効果が得られるのかと危ぶまれたが、結果は「正解」だった。開発型SPAを志しても初期は商社依存を出なかったが、素材から開発するナチュラルナインを取り込んで商品力が高まり、綿素材中心からアスレジャー革命を経て合繊の機能と肌触りも武器にする多様な開発力を確立してマルチブランド展開と相乗するようになり、今日の成功をもたらした。

 22年に始まったインフレ以前から着実に付加価値を高めて年々目立たぬよう単価を上げて来ており、インフレに押し上げられて悪目立ちする値上げを回避できたから、単価上昇ほど客数が減らず既存店売上の上昇につながった。毎月のように店頭のMDをチェックしているとライバルとは異なるハーフライン・プライシングが目に付くが、インフレを付加価値でカバーして単価アップする効果は大きかったのではないか。一味違う付加価値素材を使って、ライバルが3900円と付けるところを4500円、4900円と付けるところを5500円と付ける手法で、素材コストも上がるから原価率が下がるわけではないが、コストインフレを価格転嫁する効果は確実にあった。

 そんなテクニカルなことより、アダストリアの強さの本質は執行と監督の絶妙な分担にある。

 幾度も壁にあたりながらも断念することなく、ここぞという局面では強引大胆な買収や再編、人事を断行して目的を達成する強かさは福田三千男会長の真髄であり、蓄積された自己資本による財務基盤と株式の過半を掌握して揺るがぬガバナンスが経営目的の遂行を確かなものにしている。

執行陣が勢いに走って試行錯誤も少なからず様々な課題を抱える戦況を福田会長は異次元の時空から鳥瞰して戦略を描いており、物的リソースや人的リソースが足らないと見れば大胆的確に動く。だからこそ執行陣はリスクを賭けて走れるから組織に勢いがあり、課題解決まで試行錯誤や時差はあっても確実にゴールに近づいていく。そんな執行と監督の絶妙な分担がアダストリアを成功に導き、これからも山積する課題を解決していくのではないか。執行と監督が的確に分担されず暴走と挫折、停滞と混乱を繰り返すアパレルチェーンが少なくないことを思えば、アダストリアに学ぶべき肝はそこにあると思う。 

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