小島健輔の最新論文

WWDジャパン2004年8月2日付掲載
『アバクロの魅力』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

■「アバクロ」の変わらぬ魅力

 セクシーヴィンテージ・リッチなアメカジブランドとしてWASPな米国の若者に絶大な人気を誇る「Abercrombie&Fitch」。一時は修学旅行の中学生が店舗に殺到するなど若年層にブーム化してイメージの低下が危ぶまれたが、98年にまったく同一コンセプト同一MD(サイズだけ異なる)のトゥイーンズ向けブランド「Abercrombie」を立ち上げて一応この問題を解決(04年4月末で171店舗)。
 蛮カラなアウトドアイメージと高価格ゆえに、さすがの「アバクロ」も成長の限界に達して既存店割れが続き、03年末の357店(他にインショップ400)を頂点にスクラップ&ビルドに転じて04年4月末では344店舗に減少。成長力を維持すべく、00年7月にはセクシーヘルシーなサーフ系ブランド「Hollister Co.」を立ち上げて急速に多店化。内外カジュアル業界の注目を集める中、04年4月末で192店舗に達している。
 「アバクロ」の変わらぬ魅力の源泉は以下の6点と考えられる。1)本格的なアウトドア・ライフスタイルに根ざしたタフな物創り[吸湿/防寒は抜群]、2)タフなアメカジアイテムをほつれるまで加工した蛮カラなヴィンテージ感、3)テイストは通底していても、メンズは蛮カラにレディスはセクシーヘルシーに着崩せる絶妙なカップル企画[キーポイントは男女共通素材と専用素材の組み合わせとパターンメーキング]、4)異色の写真家ブルース・ウェーバーが素人学生たちをキャンパスのミューズに仕立てたカタログのインパクト、5)絵画仕立てのブルース・ウェーバー作品が随所を彩るWASPキャンパス感覚の高質な店舗環境、6)ブルース・ウェーバーのカタログから抜け出したようなイケメンとセクシーヘルシーギャルの学生ぽいフランクな接客。

■素材集約×加工/ディティール/カラー展開のMD

 04年1月期の粗利益率は49.5%と米国大手SPA企業中でも群を抜く高さで(同期のギャップ社は43.9%、リミテッドブランズ社は42.7%)、その突出した魅力とMD力を象徴している。「アバクロ」のMDには高収益に繋がる独特の構造があり、使用素材の極端な集約と加工/ディティール/カラー展開が特徴だ。
 00年5月の調査で少し古いが(現在もほとんど同様)、レディスウェア56型/メンズウェア60型/計116型をわずか22素材で構成。加工やディティール、カラーとサイズの展開で2,688SKUを組んでいた。一見は男女同一イメージに見えても22素材のうち共通素材は9に留まり、メンズ専用素材5に対してレディス専用素材は8と、フェミニン&セクシーな物性が配慮されている。
 素材をこれだけ集約して加工展開でバラエティを出しているのだから、素材調達コストや加工展開の機動性など、原価に対する付加価値の創造力はたいしたものだ。トゥイーンズ向けブランド「Abercrombie」はほぼ同一の素材とMDで構成され、サイズ展開が異なるだけだから、両者を集約した生産コストの低さは創造に難くない。

■日本でも人気爆発必至の商品力

 青春剥き出しのエロスが行き過ぎとの批判を浴びてブルース・ウェーバーのカタログが03年で休刊に追い込まれたのは残念だし、学生ぽい乗りを優先した店舗スタッフの雇用体系にも批判があるが、そんな事で人気が翳るほど「アバクロ」の魅力は柔なものではない。ブルース・ウェーバーのフォトを軸にしたイメージ戦略やハイテンションな学生感覚の接客も確かに魅力だが、商品の魅力はそれらを遥かに超えている。
 私も96年頃から愛用しているが、他では得られないタフな着崩し感、予期せぬ寒暖の変化をしっかりと吸収してくれる機能性、使い込むほど味の出る独特のくたり感が愛着を深め、今だ一着も引退させていない。レディスウェアにはこれらに加えて爽やかで危なげな色気があり、“カワイイ!”を連呼したくなる。ヴィンテージでも若々しく、蛮カラでも洗練されたセクシーな着崩しが楽しめる「アバクロ」は、若者のみならず少年少女から大人まで、アウトドアやウィークエンドを爽快に楽しめるマストブランドと言ってよいだろう。
 ウェストコーストのサーファーライフスタイルをコンセプトとした「ホリスターカンパニー」は、旬の若さを剥き出しにしたセクシーヘルシーなブランド。アウトドアな機能性やタフさは「アバクロ」より劣るものの、シェイプしたセクシーなシルエットとキレイ目な加工感、トレンディなディティールと手頃な価格で、ティーンエイジャーに爆発的に支持されている。売上に占めるレディス比率も3分の2と「アバクロ」より格段に高く、爽やかなセクシーさは“カワイイ!”を絶叫したくなるほど。
 どちらも日本に上陸すれば人気沸騰は確実だが、「アバクロ」は玄人好みのヴィンテージ感とタフさがラルフ的な息の長い人気を、「ホリスターカンパニー」は“カワイイ!”セクシーヘルシーさがマルキュウ的な即爆発的人気を勝ち得るに違いない。個性的な店舗環境と販売方法を考えれば百貨店インショップは避けるべきで、どちらも「ギャップ」のような米国資本直営(または主導)のストア展開で進出する事になるだろう。

■アバクロのオリジンと変貌

 「アバクロ」のオリジンは1892年創業のAbercrombie&Co.社に遡るが、今日のような姿に変貌したのは1993年から96年にかけての事。
 “Abercrombie”1号店はプロユースのキャンプ用品、釣具、狩猟用品の店として、ニューヨークのダウンタウン、ハドソン河岸にダビッド・アバークロンビー氏によって開設された。顧客のほとんどはプロの猟師や登山家、探検家達で、その一人であったエズラ・フィッチ氏が1900年から経営に参加し、1904年には社名を現在のアバークロンビー&フィッチ社に変更している。1907年には経営方針の違いからアバークロンビー氏が離脱し、一般消費者も対象としたアウトドア&スポーツグッズのストアへと転換。ほぼ同時期にカタログ・ビジネスも開始し、450ページに及ぶカタログ5万部を発行して知名度を高めていった。
 1913年にはメンズ&レディスのスポーツウェアも加え、5番街に店舗を移設。1917年にはマジソン街45丁目に12層からなる大型店を開設し、屋上にはログハウスや釣り堀、キャンプ専用フロアにはモデル・キャンプを設営する等、アウトドア・ライフスタイルを訴求。文豪ヘミングウエイやルーズベルト、フーバー、アイゼンハワー、ハーディング、ケネディ等の歴代大統領、探検家のピアリを始め、ビング・クロスビー、クラーク・ゲーブル、キャサリン・ヘップバーン等、数多くの有名人が顧客として名を連ねる等、確固たる地位を築いていった。
 戦後も60年代までは順調だったが、70年代に入ると郊外RSCへの進出の遅れや「エディ・バウアー」等の新興チェーンに押されて業績が低迷し、77年にはついにチャプター・イレブンを申請。オッシュマンズ・スポーティング・グッズが吸収したが再建は進まず、88年にリミテッド・グループに4521万ドルで全株を売却。その時の店舗数は25店だった。
 世界最大のSPA企業の座にあったリミテッド・グループによっても再建は進まず、買収した89年1月期の新規出店はゼロ、翌期、翌々期も1店の出店に留まった。92年になってメンズアパレルチェーンのコンサルタントであったマイケル・ジェフリーズ氏をCEOに迎え、「アバクロ」はようやく今日の姿へと変貌を始める。それまでのクラシックなアダルト向けアメリカンカジュアルから、キャンパスエイジの若い男女をターゲットとしたヴィンテージ風アメリカン・ライフスタイルカジュアルにコンセプトを転換。ソーシング・ルートを再編し、価格の引き下げも行った。
 消費ステージに登場し始めたジェネレーションYをフォーカスしたこのコンセプトは大当たりし、WASPな若者達の絶大な支持を獲得。毎年30%超の成長を続け、93年1月期の8530万ドルから96年1月期には2億3566万ドルと売上高は3年で3倍近くに拡大。95年1月期には営業赤字から脱し、96年1月期は2380万ドルの利益を計上するに至った。

■濡れ手に泡の売却益を手にしたリミテッドグループ

 92年には「リミテッド・ストアーズ」「エキスプレス」等の基幹レディス業態が軒並み低迷期を迎え、95年には抜本的なリストラに着手。グループをレディスアパレル、インティメイトブランズ、メンズ&チルドレンの3グループに再編するとともに、好調業態のスピン・オフを開始した。
 インティメイトブランズ株の16.9%を売却して6億4947万ドルを取得したのに続き、アバークロンビー&フィッチ株も96年6月に15.8%、98年8月には68.4%を売却して計17億6918万ドルを取得。88年の買収価格が4521万ドルであったから、名目でその39倍、物価上昇を差し引いた実質でも28倍もの利益を手にした。
 アバークロンビー&フィッチ社はスピン・オフ後も急成長を続け、00年1月期は売上高が27.7%増の10億4206万ドル、税引き後純利益高が46.6%増の1億4960万ドル、営業利益率も23.2%と頂点を記録。期末店舗数も250店に達した。リミテッド・グループ入り後、中止されていたカタログ・ビジネスも97年に再開。98年にはeリテイルも開始し、ストア/カタログ/eリテイルのマルチメディア展開に移行した。

■新たな成長戦略を迫られるアバークロンビー&フィッチ社

 01年1月期には売上高12億3706万ドル、期末店舗数は354店に達したが、急速な多店化によって既存店売上は7%減と急落。営業利益率も20.4%に低下した。以降も売上と店舗数は拡大し続けたものの、04年1月期まで既存店売上は4期連続のマイナス。営業利益率は19.4%と大手SPAの中でも最高水準を保っているが、ピークの00年1月期からは3.8ポイント低下した。
 「ホリスター・カンパニー」は好調を継続しているものの「アバクロ」の既存店割れが足を引っ張って04年2〜4月期も全社既存店売上は横バイに留まり、新たな成長戦略が希求されていた。そんな中、5月18日には元グッチグループCFOロバート・シンガー氏を社長兼COOに招聘すると発表。続いて7月には「 バナナ・リパプリック」級の洗練された上級ブランドを今8月末からスタートすると発表。ラグジュアリーブランドビジネスから人材を得て新たな成功神話に挑戦するとともに、日本や欧州への進出も目論んでいる。

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