小島健輔の最新論文

ファッション販売2019年06月号掲載
『SCを見分ける4項目 迷ったら出店しない』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング 代表取締役

 オーバーストアに歯止めがかからないまま販売効率の低下にECへの売上流出が加わって大量退店が続くSCのアパレルテナントだが、そんな中でも売上を伸ばせるSCはあるのだろうか。商圏立地や競合環境にテナント構成やゾーニング、出店契約も加えて検証してみたい。
     
■限界を超えたオーバーストアと過剰供給
 00年3月の定期借家契約導入と大店立地法施行を契機に商業施設開発と出店が加速し、00年から08年にSCの商業施設面積は1.4倍、18年には1.66倍に膨張し、販売効率は08年に77掛け、18年には65掛けに低下した。その一方、商業施設デベは定期借家契約による差し入れ保証金の大幅減額をランニングコストに転嫁し、建設コストの高騰も加わってアパレルテナントの売上対比不動産費負担率は00年から18年にかけて4.6ポイントも上昇した。
 加えて同年6月の大店立地法施行に伴う営業時間の延長で販売員不足が慢性化し、店舗の運営スキルも販売力も大きく低下。POS依存のCMIによる個店対応力や消化編集スキルの劣化もあって販売効率も消化歩留まりもじりじりと低下し、それを補おうとする調達原価率の切り下げがお値打ちを損なって顧客が離反するという悪循環に陥った。
 実際、アパレル業界の小売価格対比調達原価率は80年代初期に比べると半減しており、顧客が受けるお値打ち感も半減したと思われる。加えて90年対比で購入数量が18%弱しか伸びなかったのに供給数量は2.42倍にも増えたのだから、値引き販売が日常化してもファミリーセールやアウトレットを駆使しても最終消化率は90年の96.5%から18年は46.9%まで落ち込み、焼却しても海外にトン幾らで投げ売っても流通在庫が溢れるという悲惨な状況に陥っている。
     
■退店ラッシュと定借契約の悲劇
 08年7月のiPhone 3G発売を契機とするスマホの急速な普及が消費のモバイル化/パーソナル化をもたらしてショールーミングやウェブルーミングが広がり、ECと店舗を上手に使い分ける購買慣習が一般化してECへの消費流出が加速。オーバーストアと過剰供給による販売効率と消化歩留まりの低下に追い打ちをかけることになり、15年以降、アパレルテナントの退店ラッシュが続いている。これによりSCの業種構成も大きく変化し、食物販や飲食サービス、ドラッグや化粧品、美容サービスやエンターテイメント、スポーツ関連などが拡大してアパレル店舗は主役ではなくなった。
 大量退店するアパレル事業者を追い打ったのが定期借家契約店舗の退店費用だ。00年に導入されて以来、急ピッチで広がって09年以降は90%を超え、近年はテナント出店の97%程度に達している。かつての普通借家契約店舗のような資産価値が全くなく、不採算店舗は撤退するしかないが、退店には現状復帰費用と内装投資の減損が伴うのに加え、定借期間満了前の退店にはペナルテイまで要求されるケースが頻発している。
 定借契約期間が3〜4年と短い駅ビルなど都心施設では期間内退店のペナルテイを要求されるケースは半分強だが、定借契約期間が5〜6年と長い郊外SCではほぼ8〜9割のケースでペナルテイが要求されている。駅ビルやファッションビルでは3年以下の定借契約も半分を超えるから、ペナルテイ以前に内装投資の減損負担が大きい。
 ペナルテイの内容は「敷金の全額没収」とか「家賃と共益費の6〜8ヶ月分徴収」とかで、定借期間が8〜15年と長い米国の定期借家契約で一般的な「残存期間最低保障家賃の全額徴収」ほど厳しいものではないが、営業損失や退店費用に上乗せされるのだから泣き面に蜂の辛さは想像に難くない。ちなみに近年の国内判例では、「残存期間最低保障家賃の全額徴収」と契約書で謳っていても12ヶ月を超えては「合理性がない」と退けられている。
 導入から19年も経つのに未だ定期借家契約とは何か理解していないテナント企業も少なくないようで、定借期間満了で一方的に追い出されたり、契約期間内退店で膨大な損失を被ったりという悲劇が繰り返されている。定期借家契約は「期間限定使用権」であって普通借家契約のような「営業権」は伴わないから、営業継続の保証も担保価値も全くない。
 SPACメンバーの退店理由を見ても、13年以降は「定借期間満了」が「売上不振/収益低迷」に続いて50%(二店に一店)以上を占めており、「定借期間内退店」も四分の一から三分の一に達する。今日のテナント出店では定期借家契約がデフォルトだし定借期間もデベ側の設定に逆らうのは難しく、交渉余地は最低保障売上ラインと期間内退店ペナルテイぐらいに限られる。先々で売上が伸びると見るのは今時難しいから、リスクが大きいと思ったら引くことが肝要だ。
     
■伸びる、合う、商圏立地の見分け方
 出店物件を選定するのに商業施設デベの謳う出店案内を鵜呑みにすべきではないし、抱き合わせ出店の誘惑にも落ちてはならない。テナント企業は独立した事業者であって保護されるべき消費者ではないから不動産取引の「物件説明書」のような規制はなく、テナントを集めたいデベは精一杯、希望的観測や風呂敷を広げて来る。それに騙されても誰も救済はしてくれないのだ。
 商圏規模や商圏人口は希望的観測で大きく水増しされているのが普通だ。半径○km内の〇〇○人、〇〇○億円と言われても、地形や生活圏、ライバル施設との関係で歪な実勢商圏になるのが当たり前で、ハフモデル境界という実勢商圏の分岐ラインを精密に引いていけば公称数字の6掛けとか半分になってしまう。昔は実際に車で走ったりしたものだが、今日では商圏分析ソフトとグーグルマップ(3Dが加わって地形がつかめるようになった)を駆使すれば滅多に外すことはない。自社で出来ないならプロのコンサルに頼めば良いが、商業施設開発ならともかく出店判断ぐらいなら失敗して退店する損失額の1〜2%程度の費用で済む。保険料としては妥当なものだろう。
 商圏規模が掴めても、これから伸びるのか衰退していくのかで大きく違って来る。じりじりと人口も消費支出も減少して衰退していく商圏もあれば、年々数%も伸びていく美味しい商圏もある。国勢調査や地域経済動態、開発計画などを揃えて見れば滅多に外すことはないが、最も簡便に将来を掴むのは商圏の世代構成比だ。これから支出が増えていく若い世代と終活に入って消費支出が萎縮していく世代とでは先々が違う。とは言っても学生やアパート住まいのニューファミリーばかりでは世帯流動性が高すぎて先が読みにくい。
 所得水準も売上を大きく左右する。近接するエリアでも鉄道路線によって所得水準が倍も違うケースは珍しくないし、リタイア世代が増えていくと所得水準も落ちていく。今日の所得カーブは二昔前より若年にピークが移っており、40代がピークだ。所得だけでなく資産も含めての消費支出力を見るにはグーグルマップで住宅区画のサイズを見るのが速い。阪神間など、海寄りから山手へ絵に描いたように区画規模が大きくなっていくのが見て取れる。
 同じ人口や世代構成でも商圏によっては驚くほど男女比率が違うことがある。工場地帯では男性比率が高くなるし、大都市の歓楽街近くや女子大街では女性比率が高くなる。それも数%どころじゃなく20%以上の差になるケースもあり、世代によっては30%以上も違うことさえあるから、出店判断を大きく左右する。ちなみに女性比率の高い行政区画のベスト3は京都市東山区の133.7%、福岡市中央区の124.8%、札幌市中央区の121.0%だ。
     
■商業施設特性の見分け方
 アパレルテナントにとって、商業施設の特性を簡便に見るポイントは以下の4点だと思う。
1)駐車台数から売上を掴む
 多くの商業施設を検証して来ると、SCでは駐車台数と売上が密接にリンクしていることが解る。公共交通機関の駅から離れた車アクセスSCでは駐車台数一台が年間800万円(かつては1000万円と言われた)を稼ぐというのが業界の定説で、2000台なら160億円、4000台なら320億円と読める。それは所得水準が全国平均程度の場合で、高所得商圏なら一台1000万円以上に上がるし、低所得なローカルでは700万円ぐらいに落ちる。
 駅から歩いてアクセスできる立地では、上記の単純計算を車客比率で割れば売上の大枠が掴める。全国平均並みの所得水準の商圏で車客比率が50%だとすれば1000台で160億円、全国平均比120%の高所得商圏で車客比率が40%だとすれば1000台で240億円と読める。
2)専門店テナントのバラエティを見る
 品揃えが無限に広がるECでの購入が一般化した今日では広域型SCに求められるテナントのバラエティは格段に大きくなっており、かつては150店以上と言われたバラエティも今日では200店以上、アパレル・服飾だけでも50店以上のラインナップが求められる。とは言ってもSCのモール長には限界があるから、フルサイズの三層サーキットモールでも300店前後が限界だろう。
 限られた店舗面積とモール長の中でテナントのバラエティを最大化するには低効率な核店舗やサブ核の大型店が大きな面積を占めないことが必要で、GMS核よりSSM核、サブ核もカテゴリーキラーが少ない方が好ましい。核店舗やサブ核の大型店が大面積を占めると専門店のバラエティが制約されるのはもちろん、大型店の坪家賃は一般テナントの半分前後、核店舗に至っては三分の一程度だから、一般テナントの家賃が割高になってしまう。大型店舗は奥行き深く使ってくれるから家賃が割安になるのは当然だが、一般テナントにしわ寄せが来るのも疑いない。
3)専門店テナントのカテゴリーバランスを見る
 テナントの絶対バラエティもともかく、そのカテゴリー別バランスを見れば商圏規模や客層の狙いも判る。食物販や飲食サービス、ドラッグストアや100均ストア、生活サービスの比率が高いほど足元狙い、服飾やアパレルの比率が高いほど広域狙いだと見ればよい。エンターテイメント比率が高いSCは広域狙いでも滞在時間が食われて買い物時間が限られ、物販店の売上が伸び悩むケースが多々見られるから要注意だ。
4)買い回り易いゾーニングかどうか見る
 アパレルテナントにとってはSC総体の集客力が自店の売上につながらないことも多い。客層のズレもともかく、ゾーニングが混乱して区画によって客数や客層が大きく異なれば、テナントがどんなに努力しても売上は上がらないからだ。
 かつてはショッピングを楽しむラビリンスなゾーニングがもて囃された時代もあったが、生活と生計に追われてショッピングに時間を割けなくなり、欲しい商品を自在に検索できるECが定着した今日では、最短時間で欲しい商品を見つけられるゾーニングでないとお客が回ってこない。長大なモールの中で点在する店を探し歩いては時間も体力も使い果たしてしまう。
 カテゴリーや客層が共通するテナントでゾーニングをまとめ、客数型のテナントと客単価型のテナントをバランスよく配置すると客流がスムースになり、お客は効率よく買い物が進み、テナントの売上も伸びる。そんなゾーニングかどうか出店を検討する段階では見極めが難しいが、交渉を進める過程で周辺のテナント配置を確認するのに加え、そのデベが直近に開業した同クラスのSCを一巡すればゾーニング能力も想像がつく。
     
■迷ったら引くが大原則だ
 どんなに調べて緻密に検討しても、多かれ少なかれ出店はリスクを伴う。中小のチェーンでは一つか二つの出店の失敗が致命傷になることもあるし、大手デベの出店契約では定借期間内退店のペナルテイも重い。定期借家契約は期間限定使用権であって営業権はなく担保価値もないから、営業赤字なら退店するしかなく、営業損失に退店費用とペナルテイまで加われば経営に与えるダメージは計り知れない。
 失敗によるダメージの大きさを考えれば保険料程度の費用を払ってもコンサルの情報や判断に耳を傾けるべきだし、ECが拡大していく状況では売上が伸びると期待すべきでもない。『デベの情報を鵜呑みにしない』『抱き合わせ出店はしない』『迷ったら引く』を大原則とするべきではないか。

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