小島健輔の最新論文

販売革新8月号掲載
これからの新業態開発
『オムニチャネル時代の店舗業態開発はどうあるべきか』

 ■オムニチャネル時代の環境認識
 ECが拡大して15年度は小売の総額の7.24%に達し、家電・PCでは28.3%、事務用品・文具では28.2%、書籍・映像ソフトでは21.8%、家具・家庭雑貨では16.7%、衣料・服飾雑貨でも9.0%に達し、4.5%に留まる化粧品・医薬品や2.0%に留まる食品・飲料も急ピッチで拡大している。全体で見ても欧米や中国、韓国に較べれば低位に留まっているが、スマホの普及率やコストも精度も世界最高水準の宅配サービスを考えれば欧米を凌駕するのも時間の問題で、未だ低位に留まっている食品・飲料や化粧品・医薬品も急ピッチで拡大するに違いない。
 衣料・服飾雑貨の通販比率は14.5%に達しているから遠からずEC比率もその水準に迫るだろし、英国ではネット・スーパーが定着し米国でもドライブスルー・ピックアップが急拡大する情況を見る限り、食品スーパーやドラッグストアの領域が今後の延び頭になるのは疑う余地もない。その分、店舗売上が減少するのは必然で、百貨店や量販店から専門店まで既存店売上の前年割れが定着しており、ECと店舗を一体化したオムニチャネル利便を訴求しない限り前年水準の維持は難しくなっている。その差は百貨店衣料品とアパレルチェーンの既存店伸び率の格差に如実に現れているではないか。
 スマホが行き渡りID決済が広がってモバイルショッピングがメジャー化するとともにオムニチャネル化が加速し、店舗小売業とEC事業者の両面からオムニチャネルな顧客利便が競われる今後、店舗小売業は顧客利便はもちろん運営コストでも在庫効率でもECと同列に流通プラットフォームとしてのポテンシャルを問われざるを得ない。

■店舗小売業の衰退は自業自得  
 束の間のインバウンド特需も潮が引いて店舗販売は低迷を深めているが、少子高齢化や経済の衰退というファンダメンタル要因を除けば、1)四半世紀に渡る流通コストの肥大化と商品価値の切り下げ、2)ECとオムニチャネル化の急進に対応が遅れた店舗販売の地位低下、という業界側の要因が大きい。とりわけ1)については、バブル崩壊による売上急落を補うべく92年〜00年間に百貨店の歩率が平均10ポイントも嵩上げされて納入業者側の生産原価率も相応に切り下げられた事(百貨店ほどではなかったが量販店でも類似した切り下げが進行した)、00年の定期借家契約導入と大店立地法の施行以来、営業時間の延長などによる店舗運営コストの高騰とオーバーストアによる歩留まり率低下でテナントチェーンの原価率がやはり8〜10ポイントも切り下げられた事が大きく、消費者が感じる価格と価値のバランスが大きく崩れた事は否めない。
 運営コストも在庫効率もお値打ち感も大きく悪化した店舗販売に替わるように、格段に低コストで在庫効率が高いECが拡大する中、百貨店や駅ビル、SCデベといったモルタル流通プラットフォーマーの多くはコスト切り下げの努力を怠るばかりかテナントのオムニチャネル販売を規制し課金を試みるという反動姿勢を強めており、それがまた顧客のオムニチャネル利便を損なって離反を招きECへの流出を加速するという悪循環に陥っている。そんなモルタル流通を見限り、EC軸のファクトリーダイレクトで工場出し原価率45〜55%という‘お買い得’商品を訴求するオムニチャネル直販ベンチャー(「FDOR」FactoryDirect OmniChannel Retailerは私の造語です)が次々に台頭している。既存モルタル流通との原価率の大差による‘お買い得感’‘価値感’は圧倒的な魅力で、この‘流通革命’が広がるとともに高コスト非効率に堕したモルタル流通から一段と顧客が遠のきつつあるのが実情だ。

■「小売の環」世代交代論もルールが一変する
 店舗小売業には「小売の環」という米ハーバード大のマクネア教授が60年も前(1958年)に提じた仮説があって、『規模の拡大が運営コストの肥大を招いて競争力が損なわれ、低コストな新手に取って代られる』とされる。製造業の場合は規模の拡大がコストの低下に繋がるのに小売業は逆なのには二つの理由がある。マクネア教授は指摘しなかったが、1)大手小売業と言えども生産ラインと直結した調達体制ではなく随時的(継続的でない)買い手に留まり、売上規模の拡大が必ずしも生産効率に直結しない、2)商物一体の流通システムゆえ多店化すればするほど在庫が偏在してロスと物流費が肥大する、が根本的な要因だ。
 この壁を超えて「小売の環」を過去の論理としたのが米国ウォルマートのカテゴリーキャップテン制によるVMI(ベンダー・マネッジド・インベントリー)だったが、販売と分断されて生産が継続されないアパレル分野などではこのロジックは成り立たなかった。オムニチャネル時代の今日では販売とリアル・オンラインで直結した生産というFMI(ファクトリー・マネッジド・インベントリー)が突破口になるのかも知れない。
 「小売の環」論にはもうひとつの欠陥が在る。それは商物一体の店舗小売業だけを見た理論である事だ。商物分離で集中的な在庫引き当てとパーソナルな顧客対応を両立出来るECがメジャー化したITネットワーク時代の今日、原始的で非効率な店舗小売業間の競争を論じても意味が無い。それらは格段に効率的で顧客利便の高いネットリテイラーやオムニチャネル・プラットフォーマーに駆逐され、多くは‘過去の遺物’となっていくからだ。そう喝破して店舗小売業の生き残り策を占うなら、そのキーポイントは以下の二点に尽きる。

1)ECのみならず店舗販売まで全社の仕組みを商物分離のネットリテイラー型に徹して顧客利便と運営効率を両立させる。
 その要は販売と在庫の一体関係を断ち切って品揃えの物理的な制約と在庫に比例する店舗運営コストを解消するオムニチャネルなショールーム販売、それを実現するリアル・オンタイムなクラウドインベントリー(在庫引き当て)とパーソナル対応の通販フルフィルメントである事は言うまでもない。そのためには、販売する在庫を悉く多数の店舗に運んで積み上げるという非効率なチェーンストアの仕組み、それを前提とした多層型の軍隊的組織構造、B2B型物流システム、会計管理軸のバッチPOSシステムなど、すべてをリセットする‘革命’が不可欠なのだ。
2)VMIから一歩踏み込んで顧客ニーズと生産効率を両立するFMIを実現する。
 サプライチェーンが真に効率的であるにはマーケットインとプロダクトアウトが表裏一体化した事業構造が究極のゴールであり、顧客ニーズと生産ラインを直結して生産効率を最大化する品揃えと調達プロセスが求められる。「随時の買い手」を超えてリアル・オンラインなサプライチェーンを確立すれば、規模が拡大するほどコストもロスも下がっていく。製造業的な「規模の論理」が成立するのだ。

■業態開発のキーポイント
 以上のような店舗小売業が直面する情況を考えれば、近年の業態開発の主流となっている既存コンテンツ(ショップ/ブランド/品種品目)の複合や編集ではECの即時パーソナルなキュレーションやレコメンドに敵うはずもなく、編集しただけ一段と非効率化してしまう。オムニチャネル&ファクトリーダイレクトな流通革命が加速する中での業態開発は編集に頼らず、顧客ニーズに向き合うシンプルな品揃えとオムニチャネルな品揃え拡張、オムニチャネル利便の最大化、ファクトリーダイレクトな商品価値の最大化に徹するべきだろう。その具体的要点は以下の5項ではないか。

1)オムニチャネルな品揃えの拡張と利便提供は必須条件。
 EC軸のB2C型多頻度物流体制を背景に店頭在庫のフェイシング量を最小化し、かつEC端末を店頭接客で活用して品揃えを拡張し、他店在庫の確認や取り寄せ試着、店受け取り/返品の利便を最大化する。しまむらのDBシステムと青山商事のオムニチャネル販売を一体化すれば理想に近い姿となるのに、しまむらはどうしてオムニチャネル販売を否定するのだろうか。
2)品揃えを編集せずシンプルに分類配置し、パーソナルな編集対応はEC端末に任せる。
 EC端末を接客販売に活用すれば即時パーソナルなキュレーションやレコメンドが容易だから、下手に売場を編集して解り難くする意味は無い。テイストやコンセプトで細分化した売場をシンプルなカテゴリー/アイテム別に戻し、大画面のEC端末で購買プロセスを進めてもらえば、販売効率も在庫効率も飛躍的に向上するはずだ。
3)ファクトリーダイレクトなお値打ち商品の提供。
 ベンダーやメーカー、OEM/ODM業者から調達するより工場直で調達する方が格段にコストが低いし、オンライン生産になればQRはもちろんコストも一段と下がるから、分野によっては国内工場も使える。テイスト分類など編集した売場では随時の買い手になってオンライン調達のメリットは得られないが、アイテム別売場ならVMIそしてFMIへと踏み込んで行ける。FMIにはアイテム毎の年間MDストーリーが不可欠で、顧客ニーズと生産効率/ライン稼働率を擦り合わすノウハウが求められる。トヨタの看板システムみたいなもので、アイテム特化とオムニチャネル販売を組み合わせば店舗小売業でも成り立つ。
4)供給過少アイテムに特化して付加価値を訴求する。
 リテイリングは所詮、需給が左右するビジネスだから、季節の初物には法外な値が付くし、数量限定のコラボ企画など瞬間蒸発してしまうケースもある。需要が減少するか生産が海外に移って生産力が限界まで萎縮したアイテムでFMIを仕掛ければ、供給量=売上となって高付加価値な売り手ビジネスが成立する。
 工業製品としてのコスト競争力が失われて産地が衰退し工芸品的価値に生き残りを賭けざるを得ない事、熟練職人が減少して供給能力が需要を割り込む‘逆臨界点’に達した事、の二点が揃えば‘ブランド神話の誕生’というマジックが成立する。Knotの「AT−38」やココマイスターのコードバン製ビジネスバッグなど、このロジックを狙うFDORベンチャーが注目される。‘ジャパン・メイド’もスポット調達でなく、逆臨界点アイテムをFMI的に仕掛ければ安定した市場が確保出来るのではないか。
5)購買不便立地でオムニチャネル拠点を展開する。
 メーカー視点から小売業視点に目を移しても需給ギャップに商機がある事は変らない。販売効率の低下で歯抜けになり売場が埋められなくなった地方百貨店や商業施設、大型商業施設の狭間で店舗空白域となったコミュニティ商圏、少子高齢化などで過疎となったネバフッド商圏など衰退市場は枚挙に遑がなく、そこで買物する生活者たちはそれぞれの次元で買物難民化している。地方百貨店では都市百貨店のようなブランド商材が入らず、斜陽の商業施設では新たなパワーテナントが入らず、空白商圏では買物する店も限られる。

 商物一体の古典的小売業では採算が成り立たないそんな施設や立地でも、商物分離のオムニチャネル小売業なら採算が成り立つ。自社商品の品揃え拡張によるお取り寄せやご用聞き宅配はもちろん、他社EC商品の全方位PPP(Pic-up&Pay Point)拠点として顧客の利便に応え、地域の衰退商店と老齢世帯支援を結びつけるなどコーペラティブ拠点として根を下ろせば、安定した収益と雇用を生み出せる。
 少子高齢化とコンパクトシテイ化、オムニチャネル化が進む日本では広域商圏で成功する小売業や商業施設は限られて行き、商業が空洞化する生活商圏にオムニチャネル&コーペラティブな新世代の購買サービス拠点が芽生えて行く。効率至上のコンビニには出来ない幅広いサービスを地域の商店や生活者とも協力して提供していくコーペラティブなビジネスモデルはコンビニ並みに広がって行くのではないか。

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