小島健輔の最新論文

繊研新聞2021年05月13日付掲載
『環境省の問う「ファッション産業のサスティナビリティ」は
経営の時間軸から変えないと実現しない』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 『地球環境に優しい』を謳って「廃棄削減」「リサイクル」から「CO2削減」「脱炭素・化石燃料」、「SDGs」(2015国連サミット採択の「持続可能な開発目標」)まで企業のイメージキャンペーンが盛り上がる中、一部では実効性が疑わしいスタンドプレイやサステナビリティに逆行する本業から目を逸らす「免罪符」のような使われ方もあって交通整理が必要になっていた。このほど公表された環境省の「SUSTAINABLE FASHION」レポートはファッション業界と消費者、双方に明確な指針を掲げ、「過剰供給」と「使い捨て」をバッサリと否定して「購入の抑制」まで踏み込み、業界にとっては「死亡宣告」とも受け取れる提言に衝撃が走った。

 

■『買わないこともサステナブル』と提言

「SUSTAINABLE FASHION」レポートでは、これまで様々な立場から散発的に追及されてきたファッションと環境負荷の課題を原料生産から製品化段階、流通・物流段階、消費者の購入段階から放出とリユース段階、廃棄とリサイクル段階を一貫して数値検証し、ファッション業界と消費者、双方がどのように変わっていくべきか、極めて具体的かつ平易な語り口で提言している。

業界には『「長く着られる服」を環境負荷に配慮して丁寧に少なく作り、売れ残りと廃棄を減しましょう』、消費者には『買わないこともサステナブル』『今持っている服を長く大切に着よう』と投げかけ、『衝動買いせず本当に必要な「長く着られる服」を見極めて購入し、リユース・リサイクルに努めて廃棄を減しましょう』と提言しており、「使い捨て」のファストファッションなど全否定されている。

双方がエシカルに実行すればコロナ禍で萎んだ「新作品」アパレル消費はさらに萎縮し、代わって「中古品」のリユースや「廃棄品」のリサイクルが拡大してもアパレル業界には恩恵がない。業界の代表を集めた委員会などでは決して出て来ない利害を超越した「素直な提言」だが、「買い替え」と「使い捨て」を否定して「長く着られる服」ばかりになればアパレル業界は拡販の術がなく、リペアやリユースが広がれば「新作品」市場を圧迫するから「死亡宣告」にも等しい。

アパレルの「新作品」市場規模はピークの14兆7000億円(91年)からコロナ禍の20年でも半減したに過ぎず、過剰な付加価値追求が市場の縮小を加速して「流通在庫十年分、タンス在庫百年分」という惨状に陥り、リユースとリサイクルが主流となって「新作品」市場規模が8分の一に激減したキモノ業界が他人事とは思えなくなって来た。

「SUSTAINABLE FASHION」レポートでは敢えて触れていないが、アパレル業界は生産地の労働環境や人権問題まで絡んで政治的な対立に巻き込まれ、深刻なカントリーリスクに直面している。『地球環境に優しい』以上に『人類に優しい』は不可避の課題であり、実効性・継続性のあるサステナブルなアクションに加え、「人道」と「商売」の究極の選択が問われている。

 

■『地球環境に優しい』サステナブルなアプローチ

ファッション企業の『地球環境に優しい』サステナブル行動はA)原料生産・製品化段階、B)流通・販売段階、C)リユース・リサイクル段階の三面のアプローチがある。その主なものは「SUSTAINABLE FASHION」レポートでも挙げられているが、私なりに簡略にまとめてみた。

A)原料生産・製品化段階

 1)自然素材や無農薬のオーガニック素材を使う。

2)自然分解する素材、あるいは再生素材や再生が容易な素材を使う。

 3)原材料生産段階での自然負荷を抑制し動物保護に留意する。

 4)加工と製品化段階での環境負荷を抑制し労働環境に留意する。

B)流通・販売段階

5)賞味期間が長く耐久性もあり継続販売できる定番性商品の開発に注力する。

 6)オンデマンド調達やVMIで需給対応するサプライチェーンの確立と継続に注力する。

 7)消化予測による機械的な値引き処理の前にOMOな在庫運用と編集訴求で消化を図る。

 8)在庫の適正配置やテザリング、ドロップシッピングで重複物流を回避する。

C)リユース・リサイクル段階

 9)消費者の放出する「既販品」を回収してリユース・リサイクルする。

 10)「既販品」の再流通を追跡・認証してリユース価値を高める。

11)デッドストックや中古品をサルベージしたりリペア・リメイクして再流通させる。

サステナブルなアプローチというとA)原料生産・製品化段階のアクションが目立つが、自然環境に介入するから反作用の弊害もあって実効性が見え難い上、コストを上乗せしては消費者の理解も難しく、政治的カントリーリスクも絡んで難しい判断を迫られる。B)流通・販売段階のアクションは売れ残りと廃棄だけでなくロスとコストも削減するから消費者にもメリットが分かり易く、自然循環の妨害という弊害もない。C)リユース・リサイクル段階のアクションはデッドストックや中古品の価値を高め廃棄率を下げるから消費者の理解は得やすいが、「新作品」の販売を圧迫するリスクは否めない。ならば、まずは実効性が高く経営改善効果も大きいB)流通・販売段階から手がけるべきではないか。

 

■課題が多い原料生産・製品化段階のアプローチ

石油化学材料を否定して自然材料にこだわれば伐採や大量の水使用で地球環境に負荷がかかり、動物愛護を謳ってエコファーを使えば自然分解が難しい石油化学材料の使用が拡大してしまう。「オーガニック」と言っても化学肥料を何年も使用せずに土壌からオーガニックなのか、農薬の使用を回避しているだけなのか、弊害の回避も費用対効果の検証も容易ではない。

原糸の生産・採取、紡績や染色、製品化の各段階での環境負荷や労働環境まで問われると、水平分業な調達ではトレースさえ困難で、垂直統合な調達でも全てをクリアするのは難しい。結局はサプライヤーを通じての間接管理になり、表層で辻褄を合わせていると、どこかでボロが出る。労働環境や人種差別まで問えば、販売面のカントリーリスクも生じる。

自然循環への介入は玉突きの変化を招き、自然循環を妨害する懸念がある。排ガスを放出する内燃機関を否定してEVなど電気動力にシフトすれば、その電気を作るため火力発電や原子力発電が増えかねない。自然エネルギー発電を志向すれば水力発電や太陽光発電、風力発電や地熱発電、小規模自家用ならバイオマス発電もあるが、ダム湖を要する水力発電は地域の犠牲が大きく開発余地が限られ、風力発電や地熱発電は適地が限られ発電量シェアもコンマ以下だ。急激に拡大しているのが太陽光発電だが、大規模太陽光発電は大地の熱循環を妨げ、植生と保水を損なって土砂災害を招き、自然景観を致命的に破壊する。普及とともに低下しているとはいえ太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーのコストは高く、急速な拡大は一般家庭など受益者に少なからぬ負担を強いる。

原料生産・製品化段階でのアプローチは「商品」という形になるから消費者に訴求しやすいように思えるが、生産プロセスが長く様々な課題が関わって実効性の証明が難しく、コストが上乗せされては消費者の理解も得難い。自然の営みに割って入る難しい試みの前に、流通・販売段階のアプローチが先決ではないのか。

 

■サステナブルなマーチャンダイジングとサプライ

 環境負荷を考えれば売れ残りと廃棄の最小化は必須課題で、無理のない計画で作り過ぎないことに加え、VMIなどオンデマンドに需給対応するサプライ体制が求められる。トレンドを追って賞味期間の短い「使い捨て」商品や売れ残りリスクの高いギャンブル商品に手を広げず、着回しが利いて耐久性も優れ永く着れるサステナブルな商品開発に注力するべきだ。

 サステナブルな商品は賞味期間も販売期間も長いからシーズン中は補充して継続販売し、売れ残っても来シーズンも継続して販売するから無理に叩き売る必要もないし、改善を重ね何年も継続して供給することで「定番」としての完成度も高まり、サプライヤーとの関係もサステナブルなものになる。そんなサステナブルな商品でマーチャンダイジングのベースを固めれば、顧客が継続して売上が安定し、サプライチェーンも強固なものになる。さすれば過剰供給と叩き売り、売れ残りと廃棄の悪習も廃れ、そのロスの転嫁がもたらす「お値打ち」の劣化にも歯止めが掛かって顧客も戻ってくるのではないか。

 08年から09年にかけてH&Mやフォーエバー21が上陸してファストファッションがブームになった折、私は賞味期間も耐用期間も短い薄っぺらな「使い捨て」商品に疑念を提して『いずれ撤退は必然』と言い切ったが、フォーエバー21は破綻・撤退し、H&Mとて深刻な壁に当たって商業施設デベロッパーの不安を煽っている。

「ファストファッション」より「スローファッション」の方がサステナブルで地球環境にも消費者の生計にも優しいが、メディアと結託して買い替えと使い捨てを煽る「ファッションシステム」で拡販を図ってきたファッション業界は抜本転換を強いられる。市場が縮小する中も売上拡大に固執して過剰供給に陥っていたファッション業界もコロナ禍でようやく無理を悟り、「SUSTAINABLE FASHION」レポートで『買わないこともサステナブル』『今持っている服を長く大切に着よう』と突き付けられ、「使い捨て」から「愛用」への商品企画とマーチャンダイジング、サプライチェーンの抜本転換を迫られている。

 

■ファスト商品からインベスティメント商品へ

 「使い捨て」でなく「永く愛用」する商品とはどんなものだろうか。アパレル商品には「ファストな消費財」、「ランニングする多年性消費財」、「インベスティメントな耐久消費財」の三種がある。賞味期間も耐久期間も短いワンシーズン使い捨ての「ファスト商品」が広がるに連れ、3〜4シーズンは使える「ランニング商品」も割高なNB(ナショナルブランド)から「ユニクロ」など手頃なSPA商品に代わり、値は張るが10年は着れるブランドものの「インベスティメント商品」の価値は見失われた感がある。

 「インベスティメント商品」とはトレンドに流されない「永遠の定番」的な高品質品であり、『アイテムに特化して自社工場あるいは同レヴェルに管理された連携工場で厳密に品質管理され生産される耐久消費財』と定義されよう。欧州のファクトリーブランドが自社工場で生産するコートやジャケット、北米のワークやアウトドアのブランドが国内工場で生産するジーンズやダウンジャケット、ハワイのブランドが現地工場で生産するアロハシャツなど、発祥国のものづくり文化とブランド、アイテムと生産工場が一連に結実したものだ。

産地が衰退した我が国でも、まだ三備や西脇、尾州や遠州、北陸や桐生などファクトリーブランドを育む土壌は失われてはいない。「インベスティメント商品」が再評価されD2Cで顧客に価値を知ってもらえれば、産地発のファクトリーブランドが広がるのではないか。

お値段は張っても品質を徹底した「インベスティメント商品」は賞味期間も耐久期間も永く、ユーズドの再販価値も高いから、愛用期間や着用回数で割れば『投資に見合う』お買い得品かも知れない。「サステナブルファッション」が問われるなら、消費者もファッション業界も「ファスト商品」より「ランニング商品」や「インベスティメント商品」にシフトするべきだろう。

 

■トレーサビリティと「再販価値」

 販売されて消費者の手に渡った商品はいずれリサイクル市場に流れて「再販価値」が問われるが、近年は「再販価値」を読んで「新作品」を選別購入し、価値の損耗を最小限に抑えて短期で転売し回転購入する消費者も増えている。自社商品の定期的割引購入を強いられる販売員も、そんな回転購入者の一角を担っているのではないか。

ブランド側とて「新作品」の市場価値を維持向上するには既販品の「再販価値」を高める必要があり、高級乗用車ブランドは自社整備した「アプルーバルカー」(メーカー保障付き中古車)で中古車相場を下支えしている。宝飾品や高級時計では偽物が流通すると「再販価値」が崩れるからシリアルNo.(製造番号)でトレースして偽物を排除するが、アパレル製品やレザーグッズでも極小サイズのインレイ(ICタグの中身のチップとアンテナ)を生産段階で縫い込んでトレースすれば再流通管理も真贋判定も容易になる。それを読めるスマホアプリをフリーでダウンロードさせれば一般消費者も騙されなくなり、偽物を流通から根絶できる。

「再販価値」を左右する最大要素は需給関係であり、過剰供給で叩き売っては「再販価値」も崩れてしまう。サステナブルな商品を需要に応じて継続供給し、もし売れ残っても叩き売らず来シーズンに持ち越せば「再販価値」も崩れない。アウトレットでもECのロングテール販売でも売り切れず倉庫に眠っている商品も、自社のユーズド業態で「中古品」として販売したり、今風にリメイクして再投入すれば新たな「再販価値」を訴求できる。

POSに基づく消化予測で機械的に値引きして期中に売り切る、という習慣は賞味期間と商品価値を自ら縮めるもので、顧客の「正価」信頼感を根底から崩してしまう。サステナブルな商品は顧客との関係を継続し

マーチャンダイジングの安定性を高めるだけでなく、在庫消化にフリーハンドを与えて「正価」販売率を高めるから「再販価値」も上向く。

 

■サステナブル経営へのスローシフト

 叩き売らないサステナブルなマーチャンダイジングとサプライチェーンを築くには、資金回転の感覚もファストからスローに転換する必要がある。

 「ファストMD」➡︎「ランニングMD」➡︎「インベスティメントMD」と、例えて言えば8回転➡︎4回転➡︎2回転と在庫回転は半分、半分に遅くなる。物作りに踏み込むほど商品の完成度は高まるが、在庫回転はスローにならざるを得ない。スローになるほど資金負担は大きくなるから、「売上債権回転日数+棚資産回転日数−買掛債務回転日数=運転資金回転日数」の政策的バランスが問われ、長期に継続量販する「ランニングMD」では資金力あるサプライヤーとの製販同盟も必要になる。「ランニングMD」では商業施設に出店しても売上金の直接収納が必須だし、「インベスティメントMD」ではD2Cから外れると資金繰りが苦しくなる。

 「SUSTAINABLE FASHION」レポートでは『より安く より多くって、いいこと?』と問いかけるが、『大量に作って 叩き売っても 大量の売れ残りと廃棄が生じる』継続できないビジネスに見切りを付け、商品もビジネスもサステナブルであろうとすれば『丁寧に作り 大切に売る』原点に回帰するしかない。在庫回転も資金回転もスローになり、顧客やサプライヤーとの関係も長く継続することが大切になるが、それがサステナブルビジネスなのだ。ファストからサステナブルへの切り替えは「経営の時間軸」から変えないと実現しないのではないか。

 

※VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。

※OMO(Online Merges with Offline)・・・・オンライン(EC)とオフライン(店舗販売)を融合するマーケティング戦略。

※テザリング…店舗間で在庫を融通して在庫効率を高めるローカル・ディストリビューション手法で、修理加工の集約やC&Cの店出荷と連携される。

※ドロップ・シッピング・・・在庫を抱えず受注してベンダーが顧客に直送するEC事業形態。アフィリエイトが受注に対する手数料収入であるのに対し、ドロップ・シッピングでは売上仕入れの差益が収入となる。

※D2C(Direct to Consumer)・・・ブランドメーカーが店舗やネットの小売業者を通さず、自社のサイトやショールーム、ポップアップストアで直販する販売形態。

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