小島健輔の最新論文

繊研新聞2020年12月21日掲載
『ショッピングモールの闇を照らす』
家賃条件の不合理と不公平をどう是正するか
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 マンションの一室を借りるにしてもオフィスビルのフロアを借りるにしても、借り手によって平米あたり家賃が何倍も違うなどあり得ないが、モール型ショッピングセンター(以下、ショッピングモール)という特殊な世界ではそれが常態化している。区画の位置や通行客数、形状や大きさ、販売効率による合理的な格差はともかく、テナントの風評人気?や導入交渉の駆け引き次第で何倍も違うとしたら、あまりに水もの過ぎて透明性を欠き、優遇されるテナントのしわ寄せで他テナントの家賃が割高になるという不公平も指摘される。デベロッパー(以下、デベと略す)にとってもリーシングに手間取り、賃料収入の着地も読みにくい。こんな家賃決定方式で良いのだろうか。

 

■一般商業ビルの家賃は「市場価格」

 一般の商業ビルとショッピングモールの家賃実態は大きく異なる。エスカレーターの無い小型の商業ビルでは一階に対して二階以上は4分の1〜6分の1、エスカレーターを装備した大型の商業ビルでもフロアを上がる毎に6〜7掛けに落ちていくが、客数や販売効率に見合って収斂した合理的な「市場価格」と思われる。ゆえに、駅隣接のビルなどは設計段階で地下通路やペストリアンデッキを設けて基準階を複層化しようとするし、上層階ほど家賃が高いホテルやオフィスの家賃水準と逆転する手前で商業フロアを止めてコンプレックスにする。 

商業施設の運営管理は営業催事やテナント出入りの多さもあってオフィスビルより極めて煩雑で、共益費では運営コストを吸収できないから賃料の歩留まりが悪く、前述したコンプレックスにおける商業フロアとオフィス/ホテルフロアへの切り替えは名目家賃水準の逆転より低いフロアになる。

ショッピングモールでは平面駐車場と立体駐車場のバランスを取り、平面駐車場と立体駐車場を商業棟に並行させ入り口と連絡通路を多数設定して導入客数の平準化を図り、モール内もコート(エスカレーター竪穴区画)を多数配して全ての区画にコートから80m以内でアクセスできるように設計するから、フロアやゾーンによる客数差は一定範囲に収まる。意図して設定した裏通りや購買頻度の高いフードゾーンを除けば、店頭通行客数が何倍も違うことはない。都心の商業ビルはそんな設計になっていないから、フロアを上がる毎に客数は大きく落ちるし(ゆえに上層階にシャワー効果の大型店を配する)、フロア内でもエスカレーターから離れたり周囲の店舗と客層が異なると客数がガクンと落ちる。多様な客層やテイストが交錯するファッションビルなど、区画による客数差が極端な場合がある。

ならば都心の商業ビルに比べショッピングモールの家賃格差は小さくなるはずだが、現実は逆になっている。どうしてそうなってしまうのか検証する前に「家賃」の定義を確認しておこう。

 商業施設の家賃方式は賃料と共益費を分ける「個別徴収」と一括する「総合徴収」があり、日本ショッピングセンター協会の19年調査によれば、物販店の「個別徴収」では賃料が売上対比10.1%、共益費が同2.2%の計12.3%、「総合徴収」では11.9%だったから、概ね賃料は家賃の82%を占める。実際には最低保証売上に引っかかる月は賃料負担率が跳ね上がり、アパレル店では年間で16〜17%になるから、ショッピングセンター協会の売上対比家賃比率は契約上の平均値と推察される。本稿では契約条件ではなく、共益費を含め実際に徴収される平米あたり「家賃総額」で論じていきたい。

※ここで言う「共益費」は共同販促費や駐車場負担金など賃料以外に徴収されるすべての賃借関連費用を含むが、光熱費や包括加盟によるキャッシュレス手数料は含まない。

 

■格差が大きいショッピングモールの家賃

 ショッピングモールの場合、全館平均の家賃水準に対しテナントによって上下8倍近い格差があるのが実情で、外資テナントも入る広域大型施設では10倍近くまで開くケースもある。

 平米あたりの家賃格差が開くのには合理的な理由もある。まずはフロアやゾーン、コートからの距離による店頭客数差があるが、近年のモール設計なら何倍もは開かない。それでも家賃が大きく開く合理的な理由は以下の二点と思われる。

1)奥行き利用と間口課金

 ショッピングモールはサーキット型やH型など上手くレイアウトし適切にコートを配しても全周640mほどが歩行の限界だから、多層化するか奥行き利用率を上げないと賃貸面積を増やせない。多層化すると建築費が上がるし柱も太くなって使いにくくなるから、奥行きを深く使ってもらうのが合理的だが、奥に行くほどスペースを売り難く、第3ブロック、第4ブロックとなると通常はストックなど後方施設にしか使えない。それを借りてもらえるなら、当然に家賃は安くなる。モール面の第1ブロックを定価家賃として、第2ブロックは6掛け、第3ブロックはさらにその6掛け、第4ブロックはさらにその6掛けとすると、第4ブロックまで借りれば平米あたり家賃は半額強(54.4%)まで下がる。

 逆に小型の島店舗などモール接道面が3.14(π)倍以上に長くなるから、逆の計算で平米あたり家賃は3.14倍になってもおかしくない。ジュエリーやアクセサリーなど服飾雑貨の島店舗では実際にそれ以上の販売効率になることが多く、平米家賃を3.14倍に設定しても売上対比の家賃負担率は高くならない。それは店舗内の島陳列が壁面陳列より倍も三倍も販売効率が高くなるという経験値とも一致している。ゆえにショッピングモールの平米家賃に上下6倍程度の格差が生じるのは合理性がある。

モール建築の柱スパンは9m程度が主流だから、モールからワンブロックだと柱前スペースも含めてほぼ30坪、2ブロック目まで使うとほぼ55坪、3ブロック目までだとほぼ80坪、間口2スパンだと160坪ほどになる。「ユニクロ」級の大型店だと間口4スパン×奥行き4ブロックで約420坪になる。このサイズだと奥行き利用だけで家賃は半分まで下がるが、さらに家賃を下げるのが販売効率だ。

 2)平均水準超えの販売効率

 準核級の大型店になると共益費込みの総合徴収で10%からの交渉になるが、デベとしては確実に家賃を確保したいから最低保証売上を高めに設定したい。販売効率が低く最低保証売上も低いと賃料レートを上げざるを得ないが、販売効率が高く最低保証売上を高めに設定できるなら賃料レートは下げられる。このバランスは微妙で、テナントが賃料レートを下げるべく高めの最低保証売上を呑むと売上が落ち込む月の家賃負担率が跳ね上がり、通年で却って家賃負担が増えることもある。

販売効率が高く月度偏差が小さく、端境月も最低保証売上をクリアできるなら、大型店でなくてもこの方式で賃料レートを下げられる。年間の売上絶対額を伸ばすより月度偏差を圧縮する方が値引きや残品のロスも家賃負担も軽減されるから、MDの組み方と在庫コントロール精度が第一義に問われる。

 「ユニクロ」のように郊外ショッピングモールの大型店でもコンスタントに月坪20万円以上(国内直営店平均で28万円)を稼げるなら賃料レートを確実に下げられるが、外資SPAの多くは販売効率が「ユニクロ」の6掛け〜3掛けに留まり、インテリア系や雑貨系の大型店はさらに低い。なのにイメージや風評人気優先で導入に拘り「ユニクロ」並みの賃料レートを設定すると、結果家賃は微々たるものになる。そこに別の問題が指摘される。

 

■リーシング手順と縦割り組織がもたらす不合理と不公平

 家賃の格差が広がる要因はリーシングの手順にもある。本来なら平日商圏/週末商圏/拡張商圏ごとに分野別の占拠率を設定して必要な売上と売場面積を算出し、ゾーニングを組み立てて業種・業態の緻密な構成配置に落とし、テナント候補リストを作成してからリーシングに着手するべきだ。しかるに現実は、一般テナントの誘致を容易にすべく目玉となる大型店や人気店のリーシングが先行し、その要望を受け入れる過程で構成配置のバランスを崩して必須の業種・業態が欠落してしまうばかりか、目玉の大型店や人気店の家賃条件を切り下げたしわ寄せが一般テナントに及び、リーシングが難航してますます歪なテナントミックスになってしまう。

 大型店の売場占拠率が高いと専門店テナントが圧迫されて業種・業態のバラエティが損なわれ、却って集客力が落ちてしまうし、大型店の販売効率はスーパーマーケットや家電量販店、「ユニクロ」などを除けば一般テナントよりひと回りもふた回りも低いから集客効果も疑わしい。そんな大型店に大面積を割き低家賃で入居させるより、各分野の専門店テナントを妥当な家賃で欠落なく揃えた方が集客も売上も家賃も増えるが、大面積を手早く埋めるリーシングの効率と目玉テナント効果に目が眩むデベが少なくない。

 そんなことになる根本的な要因は商業施設デベの縦割り組織にある。テナント構成企画に着手する遥か以前に建築設計は終了して確認申請など行政手続きも進み、営業部門に手渡される頃には基礎も打ち終わっている。ゾーニングとリーシング区画は建築的に確定しており、その段階から大きく変えるのは不可能に近い。  

設定済みの大型区画を分割しては間口が狭くなって売り難く、大型区画にイン・モールを設定しては賃貸面積も売上も家賃収入も激減してしまう。飲食ゾーンの位置は配管設計で確定しているし、カーブサイド・ピックアップ用のバイパスレーンなど建築配置から設計しない限り絶対に不可能だ。営業部門としては、建設部門が敷いたレールに乗ってスケジュール最優先で粛々とリーシングを進めるしかないのが現実なのだ。

 営業部門と建設部門の垣根がなく開発の初期から同時進行できるならテナントミックスもリーシングも合理的に進み、ショッピングモールの姿はもっと商圏に密着した緻密なものとなって、短期で撤退するテナントが続出するといった悲劇(投資の償却もできず定借期間内退店のペナルティまで取られる)も避けられるのではないか。

 

■デベのマーチャンダイジングが格差を広げている

 家賃の不合理と不公平が生じるもうひとつの要因が家賃設定のどんぶり勘定だ。投資回収計算から全館の基準家賃を割り出し、それをフロア毎・ゾーン毎・業種毎に割り振って区画毎に条件を設定しているが、必ずしも合理的に設定されるわけではないし、そこからの交渉で大きく振れる。設定条件で出店するテナントがある一方、ゾーンの目玉となる(その店が出るなら他店も出る)テナントを獲得するためには極端な優遇条件も提示されるから、不透明な格差が広がってしまう。

 この条件格差を招く背景が『マーチャンダイジングで付加価値を乗せ差別化する』というテナントミックス思想で、『区画の不動産価値を売る(貸す)』という不動産業の感覚とも『地域顧客の最適利便を提供する』という地域小売業の理念とも異なる。リスクをとってレバレッジをかけるギャンブルであり、家賃条件が恣意的になって不透明な格差が広がり、業種・業態が重複したり欠落する歪な構成になりがちだ。

 そんな姿はかつての百貨店にも見られ、人気のラグジュアリーブランドは巨額の内装費を負担して一桁歩率で導入する一方、大手アパレルのブランドには40%近い歩率を要求するという格差が定着していた。とは言え人気ブランドは販売効率も格段に高く、平米あたりの結果賃料は大手アパレルのブランドを大きく上回るから不合理でも不公平でもなく、販売効率が落ちれば契約更新時に歩率が上がって是正される。そんな百貨店も自前のマーチャンダイジングに行き詰まり定借テナント構成に変わりつつあるが、「販売効率×賃料歩率=結果賃料」の採算管理は継承されるのではないか。

 レバレッジをかけたマーチャンダイジングは商圏を拡大する効果はあるが、業種・業態構成を歪にして足元対応が疎かになる。ウイズ・コロナが長引く中、消費行動は生活圏に収斂しており、ショッピングモールも地域密着の緻密なテナントミックスに転じるのが賢明だ。ならばギャンブルなマーチャンダイジングも抑制され、家賃の不合理な格差も多少は是正されていくのではないか。

 

■家賃条件の透明化と出店者保護

 家賃格差を広げる要因は出店交渉の不透明性にもある。格差の大きい駆け引き交渉だから、デベはテナントに対して出店条件の守秘を強く求め、テナントも物件を特定しない一般論でない限り、めったに口外しない。結果、家賃条件は藪の中になり、路面の商業ビルやオフィスビルのような合理的な「市場価格」が形成されないまま格差が広がってしまう。

 路面の商業ビルやオフィスビルで合理的な「市場価格」が形成されるのは固定家賃条件が仲介業者や仲介サイトを通じて流通しているからで、宅地建物取引業法による「重要事項説明」義務もあって、細かい付帯条件や入居前には知り得ない瑕疵も確実に開示される。ショッピングモールの出店契約は仲介業者を介さず開発事業者直だから宅地建物取引業法による「重要事項説明」義務がなく(大手デベは宅地建物取引士資格を持った社員がきちんと履行している)、出店者を守る法律の仕組みが欠けている。ゆえに商圏規模や売上の誇大表示、抱き合わせ出店要求などが横行し、契約前の費用負担説明も十分でなく、出店時の内装工事監理費など思わぬ負担、退店時原状回復工事の業者指定、キャッシュレス決済の包括加盟義務など、契約段階で納得できない事があっても目を瞑って出店してしまうことがある。

 外資系のように逐一、専門弁護士がチェックして進める手もあるが、自社だけが針ねずみになってはデベに敬遠されるリスクもあるから、テナント事業者を守る宅地建物取引業法の仕組みが必要だ。SC業界にはリーシングをサポートする業者は数多あるが、契約まで立ち会って宅地建物取引業法による「重要事項説明」義務を果たすという話は聞いたことがない。実態は仲介に近いから、出店者の負うリスクの大きさを考えれば宅地建物取引業法による規制が必要で、家賃条件を透明化して合理的な「市場価格」の形成を図るにも、固定家賃制への回帰とデベの際を超えたリーシング仲介業や仲介プラットフォームの台頭が待たれる。

ショッピングモールの出店市場は新規開発が減少して空き区画への出店が大勢となり、コロナ禍を経て一段と高まっていくから、デベ直から仲介主力に転じてもおかしくない。コロナ禍で売り手市場から買い手市場への転換が急進する中、家賃課金もリーシングも抜本から一新される時期を迎えている。

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