小島健輔の最新論文

ファッション販売2月号掲載
2017年の焦点
『アパレル氷河期「業界全滅」の真の要因は何か、突破口はあるのか』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング 代表取締役

 

 15年秋冬頃から広がり出した“衣冷え”が天候不順も加わって16年秋口から一段と深刻化し、在庫が積み上がって期中から店頭セールやファミリーセールが氾濫するという事態に至り、もはや正価で買う消費者の方が少数派となって被害者意識を否めないという“価格崩壊”状態となっている。ここまでの事態となった要因は何なのか、果たして業界再生の策はあるのか、根源から追求してみたい。 

■自業自得の業界“集団自殺”

 ちょっと前を振り返って見ると、13年初以来のアベノミクスで円安に転じ調達コストが高騰した業界は利幅を維持せんと値上げを繰り返し、ユニクロやユナイテッドアローズさえ顧客が離反して売上が低迷。あまつさえ業界の一部はバーゲン時期を後ろ倒して利益を確保せんとする暴挙に走り、需給の法則に逆らって傷を深めた。

 それ以前の90年代まで振り返って見れば、バブル崩壊による売上減少を利幅でカバーせんとした百貨店は00年までに10ポイントも歩率を嵩上げし、百貨店アパレル業界はその分、原価率を切り下げるべく中国シフトを進めて国内産地の崩壊を招き、今や上代対比の原価率は20〜25%と言われるまで割高な価格になってしまった。しかもファミリーセールでは5〜8割引が氾濫し、プロパー時期でも大手アパレルの社員販売は5割引前後だと聞くから、顧客としてはもう正価で買わされては騙された感を否めないだろう。

 駅ビルやSCでチェーン展開するSPAにしても、00年の定期借家契約導入と大店立地法の施行によって出店投資コストが激減した一方で営業権が消滅し、営業時間が延長されて運営コストが跳ね上がり、ODMの一般化で“誰でもSPA時代”となってオーバーストアが年々加速。販売効率がじり貧になって運営コストを吸収できず、在庫を消化出来なくなって歩留まり率が悪化し、00年頃は37〜40%だった調達原価率を27〜33%まで切り下げ、中には18%程度で調達してタイムセールの乱発で消化するチェーンもあって消費者の割高感も限界に達し、万年セールの“価格崩壊”情況を招いてしまった。

 ここ3シーズンほどで情況が一気に深刻化した背景は、中国産地のコスト上昇を南アジア産地へのシフトでカバーせんとした結果、ロットが大きくなり発注時期も一ヶ月以上前倒されて需給のギャップが拡大し、素材の品質も劣化して顧客の離反を招いた事で、在庫が積み上がって形振り構わぬセール乱発を招いたと指摘されよう。

 もっと深刻なのが業界総体の供給量とマーケットの消費量のギャップが倍も開いてしまった事だ。

90年当時は輸入と国内生産を合わせて12億点弱を供給して11.5億点強が消費され96.5%が捌けていたのが、年々海外からの調達が増加して15年度は28億点近くを供給して13.6億点しか消費されず、バーゲンしてもファミリーセールを乱発してもアウトレットに回しても過半が残り、中古衣料としてトン単位で東南アジアに売られて行くという悲惨な事態に陥っている。この四半世紀で消費数量は18%の伸びに留まったのに対し、供給数量は233%にも急増したのだから、衣料品在庫が溢れて価格が崩壊してしまうのも必然と言うしかない。

 こんな事態を招いたのは『自社だけはマーケットに受け入れられる』『自社だけは成長出来る』と思い込み需給の現実に目を背けて暴走する経営者が多数を占めたからだ。確かに急成長を果たしたチェーンも少なくないが、その陰で経営が悪化して事業を縮小したり破綻した企業の方が遥かに多かった。まさしく業界ぐるみでチキンレースかラシアンルーレットに走った自業自得の“集団自殺”だったのではないか。

 

■SPA化で衣料品流通は効率化したのか

 より原点的に考察してみるなら、衣料品生産の海外移転と低価格化がもたらしたOEM/ODMの一般化による“誰でもSPA化”が果たして衣料品流通を効率化したのか否か問わざるを得ない。

 流通の効率を図る指標に「W/R比率」というのがある。Wとはホールセール(B2B)売上、Rとはリテール(B2C)売上を言い、業界のホールセール売上総額をリテール売上総額で除した係数が1.00に近づくほど中間流通が少ない効率的な流通とされるが、アパレル業界の四半世紀の変化を見る限り、果たして“効率的”になったと言えるのだろうか。

 「W/R比率」を見る限り、衣料品業界はこの四半世紀で最も“効率化”された数少ない業界とされるのだ。90年の織物・衣服・身の回り品流通のW/R比率は2.54と中間流通が小売の2.5倍もあったのが00年には1.84と圧縮され、15年には0.81と1.00を割り込んでしまった。OEM/ODMの一般化に加えて00年の規制改革(定期借家契約導入)でテナント小売業の差し入れ保証金負担が激減して商品開発に潤沢な資金を回せるようになり、“誰でもSPA時代”となってギョーカイのSPA化が加速度的に進み、1.00を割り込むという中間流通外しが実現してしまったのだ。

 では、衣料品流通はそれで効率的になったのだろうか。バーゲンしてもファミリーセールを乱発してもアウトレットに回しても、なお半分が売れ残り、そのロスとコストを穴埋めすべく原価率が切り詰められ、お値打ち感を損なって益々、売れなくなるという悪循環を極めているではないか。

 こんな結果を招いたのは、衣料品生産の海外移転とロット発注というSPA事業者への在庫リスク一極集中であり、発注者が利益もリスクも抱え込んでしまう(受注者側は手数料収入もリスクも限られる)水平分業の弊害と言って良いだろう。

 これまで幾度も「問屋無用論」が叫ばれてきたが、その理想を実現したSPA流通がもたらしたものは決して効率的な流通ではなかった。流通を効率化するのはSPA事業者へ利益とリスクが一極集中するバッチな水平分業ではなく、販売と生産をオンライン連動する垂直統合(デルやトヨタの方式)、はたまた流通の各段階がそれぞれにリスクを分担する垂直分業ではなかったか。衣料品業界の最盛期だった70年代の方が消化率も原価率もお値打ち感も今より遥かに高く、消費者も業界も今より格段に高感度なファッションを楽しんでいた、と言ったら皆さんは納得できるだろうか。

 当時はテキスタイラーもアパレルも自己リスクで短サイクルに見込み生産し、小売店も買取があたりまえだった。小売店は上代の70%前後で買い取り、アパレルは45%前後の原価率で生産していたから、価格対比のお値打ち感は今日とは桁違いに高く(平均単価指数と原価率水準から計算すれば2.5倍もお値打ちだった)、73年のファッション係数は10.00と今日(16年推計)の3.87の2.58倍を記録した。お買い得感と消費性向はスライドするようだ。

※「ファッション係数」とは家計消費支出に占める被服・履物支出の割合

 

■衣料品業界再生の突破口

 破綻に瀕する衣料品業界を再生する突破口は以下の5点だと考えられる。

1)まずは適正供給に徹する

 需要点数の倍も供給しているのだから売れ残るのは当たり前。売れ残ったり値引き販売するのを逆算して多めに調達するのを止め、まずは設定歩留まり率を適正に戻して供給数量を絞るべきだ。コストを下げるために無駄に色数やサイズ数を広げて販売力以上のロットで発注するなど狂気の沙汰で即刻、止めるべきだ。ZARAなど大半の企画を1〜3色展開に抑えてロスを回避しているではないか。売れ筋を深追いせずピークの山を追わず売上と在庫を平準化して計画精度を高めれば、在庫とロスを圧縮して歩留まり率を嵩上げする事が出来る。

2)原価率を上げてお値打ち感を高める

 歩留まり率を高める決定打は“お値打ち感”を高める事。アパレル各社のデータを比較すれば歩留まり率は正しく上代対比原価率に正比例しているから、原価率を高めれば歩留まり率が確実に向上する。とりわけ限界水準(業界の平均値付近)では上げ幅の倍返しが期待できる。原価率嵩上げの要は消費者が一見して解る素材である事は言うまでもなく、上代の15%を生地代に割けば誰もがお買い得と認識出来る。

3)顧客を大切にして丁寧に売る

 少子高齢化が進む今日では客数増は望みにくいから、流動客を追ってMDを崩す事なく顧客とのエンゲージメントを深め、ひとつひとつ大切に売っていく事が望まれる。売れ筋を積めば売れるというスタンスでは同質化して在庫が積み上がるだけで、エンゲージメントMD(顧客を放さない継続性MD)と丁寧な販売プロセスで年間客単価を伸ばすべきだ。化粧品業界における近年のドラッグストア型セルフ販売から対面型コンサルティング販売への回帰を参考にして欲しい。客単価が何倍にもなるのだから、客単価が低く棚作業が嵩むセルフ陳列などやってられなくなる。

4)SPAは垂直協業型へ

 在庫リスクが発注者に集中して流通ロスが避けられないバッチ調達売り減らし型のSPAはもはや非効率に過ぎて“お値打ち品”の供給が叶わないから、販売と生産がオンライン連動するファクトリーダイレクトな「垂直協業型SPA」へ転換する必要がある。顧客を掴んだエンゲージメントMDと生産ラインの操業効率を両立する仕掛けはスペックが安定した単品でないと困難で、紳士のシャツやパンツ、婦人のパンツやワンピースのシングルライナーや定型ルックライナーが現実的と思われる。

5)SPA一辺倒から垂直分業流通へ

 ショップ展開するブランドもセレクトチェーンもすっかりSPA化して濃い味の卸ブランド流通がマイナー化してしまい、百貨店が消化仕入れと個店帳合いを出られない我が国では、卸ブランドをセントラルバイイングで品番買い切りするチェーンリテーラーも見当たらない。これでは味のある卸ブランドが広がらず、新たなファッションマーケットを切り開く橋頭堡が限られてしまう。

 SPA流通が壁に当たって不振在庫が積み上がり価格が崩壊してマーケットが萎縮する現状を打破するには、テキスタイラー、アパレル、リテーラーのそれぞれがリスクを自己責任で分担して新たなマーケットを開拓する「垂直分業(買取型卸流通)」への回帰が望まれる。それがバッチ調達水平分業のSPA流通より遥かに効率的である事は70年代を振り返るまでもないだろう。

 その主導権を握るのはSPAでもアパレルでもなく、リスク先行開発型のテキスタイルコンバーターとセントラルバイイングのスペシャルティストア(セレクトショップチェーン)に他ならない。韓国のファスト・テキスタイラーが今日もなおメジャープレイヤーとして多くのマンションメーカーやブティックSPAを支え、米国のスペシャルティデパートメントストアが巨大セレクトショップとしてブランド流通を支えている状況を見るにつけ、我が国衣料品業界の四半世紀が進化だったのか退化だったのか根底から考えさせられる。

 

※米国のスペシャルティデパートメントストアとはセレクトショップ複合型のノードストロム、ハイファッションデパートのニーマンマーカスやサックスフィフスを指す。

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