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ユニクロ「年収4割増」が巻き起こす「アパレル大異変」の“ヤバすぎる中身”
(2023年01月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ファーストリテイリングは3月から国内勤務正社員を対象に報酬テーブルを改定して年収が平均15%もアップするとリリースしているが、これで社員の年収は“国際水準”になるのだろうか。賃上げ前でも国内アパレルチェーンの賃金水準を上回っていたのに、さらに15%もアップすれば賃金格差が開き、人材がファーストリテイリングに流出してしまうとアパレル業界はパニックに陥っている。

 

■現状の平均年収は959万4000円か410万3000円か

 年収が15%もアップすると言うが、そのベースとなる現状の平均年収はどれほどなのだろうか。ファーストリテイリング社員の平均年収は959万4000円(22年8月期、以下同)というネット記事も見られるが、これは持ち株会社ファーストリテイリングの従業員1698人(平均年齢38.0歳、平均在職期間4年9ヶ月)に限ったもので、2万人前後と見られる国内勤務正社員の平均でも全世界フルタイマー従業員5万7576人の平均でもない。経営幹部と管理職、そのアシスタントなどに限られるから相当に高額になる。

 では店舗や物流施設まで含めた国内従業員の平均年収はどれほどなのだろうか。同期のファクトブックで開示している国内ユニクロの一人当たり売上2961万5000円と連結決算から推定される人件費率16.3%から、一人当たり人件費は482万7000円と計算できる。会社が負担する法定福利費や通勤定期代、退職金引き当てなどを差し引いた給与支給額を85%と見れば、平均給与は410万3000円ほどと推計される。

 これが15%アップすれば471万8500円ほどになるが、この給与水準は高いのか低いのか。

 

■国内最高水準かつグローバル最高水準

 給与水準を推計できる国内の大手アパレルチェーンで最も高額なのがしまむらの418万4000円(平均人件費492万2000円の85%と計算、以下同)で、国内ユニクロの現状はその98%とわずかに下回るが、15%アップすれば12.8%も上回って国内最高水準になる。

 次に高いのが熟練販売員主体のユナイテッドアローズで411万600円(平均人件費483万6000円)、アダストリアは280万3000円(平均人件費329万7000円)、ライトオンは257万7000円(平均人件費303万2000円)、ハニーズは240万8000円(平均人件費283万3000円)にとどまるから、国内ユニクロの新たな給与水準は国内アパレル業界では突出したものとなる。人手不足に苦しむアパレル業界がファーストリテイリングの賃金アップに震撼したのは必然で、人材の流出が危ぶまれている。

 では471万8500円という給与水準はグローバル水準と言えるのだろうか。グローバル展開するライバル企業たるH&M、INDITEX(ZARA主体)と比べてみよう。

 H&M(21年11月期、SEKの平均為替レートは12.8円)の売上は19,896,700万SEK(2兆5470億円)、従業員数は107,375人(フルタイム換算と推計)だから、一人当たり売上は1,853,010SEK(2371万8500円)。人件費3,779,100万SEKは売上の19.0%で、一人当たりは351,953SEK(450万5000円)、給与総額は3,040,700万SEKだから、一人当たり給与は283,185SEK(362万5000円)になる。人件費に対する給与比率が80.5%と低いのは社会保障費が高いからだ。

 INDITEX(22年1月期、€の平均為替レートは130.38円)の売上は2,771,600万€(3兆6140億円)、従業員数は165,042人だが内正規雇用81%/期間雇用19%、フルタイム44%/パートタイム56%と開示されているからフルタイム換算人数ではなく、一人当たり売上は16万7933€(2189万5000円)とH&Mやユニクロより単価が高いにしては低過ぎる。店舗従業員113,624人の一人当たり売上は24万3927€(3180万3000円)と単価水準に見合うから、人件費率15.1%から一人当たり人件費は36,833€(480万2000円)、直接給与比率83.7%から一人当たり給与は30,829€(401万9500円)と推計する。

  ユニクロは現賃金水準でも両社を上回るが、新賃金水準471万8500円はグローバルチェーンの首位、INDITEXを17.4%、次位のH&Mを30.2%も上回るから、グローバルでも突出した水準と評価される。

 

■額面通りに受け取れるのか

 ユニクロの新賃金水準は国内はおろかグローバルでも最高水準になりそうだが、額面通りには受け取れない一面もある。

 今回の報酬テーブル改定の対象となるのは8400名ほどで、約2万人に上る(ユニクロだけで1万2698人)国内勤務正社員の4割強に過ぎない。役職手当を廃して成果報酬制になる対象者は言わば上昇志向の“キャリア”で、地域社員など安定志向の“ノンキャリア”の方が多数派だ。成果報酬制のキャリア社員は15%アップするとしても、ノンキャリア社員はそこまでアップしないのではないか。

 471万8500円はあくまで平均水準であり、これは15年にユニクロが開示した21等級の報酬テーブルの下から4階級目のJ-4と5階級目のJ-5の中間に相当する。この報酬テーブルは下は320万円から上は3億9000万円まで122倍もの格差がある報酬テーブルで、公表当時も物議を醸したが、22年の1月には中途採用の最高年収を10億円に引き上げて格差は300倍以上に広がっている。

国際水準との比較という点では幹部の集まる持ち株会社ファーストリテイリングの平均年収959万4000円が15%アップした1103万3000円(約8万6000ドル)が問われるべきだが、成果報酬制では上級ほど累進するから20%以上のアップになるのかも知れない。それでも幹部候補生の初任給が8万ドルとも10万ドルとも言われる欧米水準にはまだ距離がある。

 

■役員報酬もグローバル水準

ファーストリテイリングの社内取締役4人の報酬総額は8億1400万円と開示されているから、柳井会長兼社長の4億円(ほかに配当収入136億6500万円)を差し引けば一人当たりは1億3800万円になる。社外取締役4人の報酬総額7000万円も合算して平均すれば6914万円余になる。

H&MのCEO報酬は固定給と成果報酬を合わせて2130万SEK(2億7264万円)と意外と薄給だが、別に430万SEK(5504万円)が年金に引き当てられる(09年退任の前任CEOの年金負債は1億2560万SEK/16億円強)。CEO以外の取締役7人と執行役6人、計13人の報酬は固定給と成果報酬を合わせて6860万SEK(8億7810万円)だから、一人当たりは527.7万SEK(6754.5万円)になる。

INDITEXの役員報酬は会長の12,443,000€(16億2232万円)が突出しており、他の内部5名、外部6名の取締役報酬の合計は8,789,000€(11億4591万円)だから、一人当たりは799,000€(1億0417万円)になる。

ファーストリテイリングの柳井会長兼社長を除いた取締役の平均報酬はINDITEXの会長を除いた取締役の平均報酬には劣るが、H&MのCEOを除いた取締役の平均報酬と大差なく、グローバル水準と言って差し支えないだろう。これに報酬テーブルに謳われた年俸3億9000万円級、年俸10億円級の取締役が加われば、役員報酬もグローバル水準を凌駕することになる。

一般従業員や幹部、取締役も報酬がグローバル水準となったファーストリテイリングは国内アパレル業界から突出し、業界の際を超えて国内外から優秀な人材が集まっていくに違いない。それこそが柳井会長兼社長が目指す成長の構図なのだろう。

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