小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『アパレル小売経営に今求められる「多変数連立方程式」とは』
(2023年10月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アパレルチェーンの経営はマーケットサイド、サプライサイドはもちろんインナーサイドも睨んで、左脳と右脳はもちろん第六感まで動員して正解を求める多変数連立方程式みたいなもので、成功結果、失敗結果はそれらしく説明できても、将来の成功を確約する方程式を求めるのは至難の業だ。方程式の解を求めるには、まずデータの信憑性と相反する「変数」の構図を認識する必要があるのではないか。

 

■「変数」の性格と信憑性

 「変数」にはストレートに数字で掴める「定量」データと感覚的な要素を無理やり座標やチャートで表した「定性」データがあり、それを基に過去の結果を検証して未来を予測するわけだが、幾つも判断ミスを誘う落とし穴がある。

過去の結果は「定量」データであっても対象期間と因数設定で方向感が異なって見えることがあり(地球温暖化と寒冷化など典型的)、調査対象の絞り方次第で因果関係が異なって見えることもある(地球温暖化のCO2犯人説など典型的)。身近なところでは、売上変化を前年比で見るか19年比で見るか、客数傾向を都心店で見るか郊外店で見るか、などがその好例だろう。「定量」データでも恣意的な印象操作が可能だから、「定性」データともなれば誘導したい方向に仕組まれることが大半であり、「No.1」などの誇大広告はもちろん、会議で提出される事業計画なども印象操作を疑った方が良い。

印象操作が際立つのが未来予測で、「線形予測」(これまでの傾向を踏襲)も「周期予測」(これまでの変動パターンを踏襲)もパラメータをどう設定しても方向性は変わらない。プログラムしたアルゴリズム予測でも機械学習のAI予測でもそれは同様だ。コンサルティングファームの事業計画書など、印象操作のデパートかと思いたくなる。長期予測では使えないが、短期の変動が増幅・減衰する「周期予測」はアルゴリズムが得意とするところで、天候予測と組み合わせて品番・SKU単位の週販点数予測などで定着している。

 

■マーケットサイドの相反する「変数」

マーケットサイドの「変数」は、政策的には世代人口推移(全国/各店舗の実勢商圏)と各世代のライフスタイル・消費傾向を基本に、実務的には週・曜日・時間帯の来館者数(世代・男女で寄与度が異なる)から「入店率」「買上率」を男女・世代別に捉え、「客数」と「客単価」、アイテム毎の「買上単価」と「在庫単価」のギャップを週次に追っていく。「入店率」が低下していれば店頭のVPや単品訴求のインパクトが足らないか顧客とすれ違っている可能性、「買上率」が低下していればバラエテイ不足や鮮度低下か価格ギャップか売れ筋の色・サイズ欠品が疑われる。

アイテム毎の「買上単価」が「在庫単価」より高ければ「松竹梅」3プライスラインのバランスを上方修正する余地があるが、「買上単価」が「在庫単価」より低ければバランスを下方修正する必要があり、シーズン末の値引きロスが危惧される。その場合はシーズン末を待たず、先んじて在庫過剰の品番やSKUに限定して小幅なキックオフ(期間限定値引き)やタイムセールを仕掛けるのが賢明だ。

そんな「定量」データより客数と売上を左右するのは「定性」データであり、「個性」と「普遍性」の狭間でどう商品政策を位置決めるかかが問われる。「個性」は市場開拓の突破口になるがメジャーに普及させるには「普遍性」が不可欠で、様々な顧客や地域の要求を取り込んで最適な「最大公約数」を見出していくマーケティングセンスが勝敗を決める。ユニクロが海外進出で幾度も挫折しながら中国や欧米のローカルニーズを吸収して見出した「最大公約数」が究極の普段着「ライフウエア」だったのではないか。

アパレルでは商品の「完成度」が問われるが、「完成度」を追求すれば着こなし着崩しが難しくなり、顧客の間口を狭めてしまう。「完成度」を程々にして着こなし易い「融通性」を如何に確保するか、パターンや生産仕様の匙加減が問われるが、その点でもユニクロの進化は著しく、「UNIQLO:C」はブリティッシュモダンなウィメンズ企画でありながらメンズ売場でもサイズを揃えてジェンダーレス展開されている。

 

■サプライサイドの相反する「変数」

サプライサイドの「変数」はコストとリードタイムであり、コストは素資材調達費や工賃、物流費や物流加工費、関税や為替が絡み、リードタイムはロットと生産ラインのキャパによる生産期間に加え、素資材調達や前工程の所要期間、工程間や製品の物流期間、通関や倉庫運用が絡むが、物流など典型的にコスパとタイパが相反するから判断が難しい。物流のコスパとタイパ、在庫の後方集中配備と前方分散配備、ディストリビューションの集中運用と分散運用については10月16日掲載の『チェーンストアとアパレルの集中戦略と分散戦術』で詳説したので、そちらを参照されたい。

適時適量のジャスト・イン・タイムを追求すれば想定外のジャスト・イン・ケースへの対応が困難になり、ジャスト・イン・ケースを想定すれば在庫効率の低下が避けられない。工場と直接取引し、物流や通関、決済を「直貿」すればコストは下がるが様々なトラブルなどジャスト・イン・ケースの対応も直裁しなければならず、製品の分納や納期調整などの融通も効かなくなる。

サプライサイドの「変数」は悉くコスパとタイパ、コスパとリスクが相反する性格が強く、個別の事象対応ではなく、根本的な政策の軸を定める必要がある。コスパと製品の完成度を優先してリードタイムの長い大ロット計画生産で製品調達してパッキンでコンテナ船送し、生産地倉庫と消費地倉庫に在庫を積み上げて継続補給する多段ダム型サプライのユニクロ、タイパと製品の鮮度を優先してリードタイムの極端に短い小ロット高速生産で工賃払い調達した製品をコンテナ空輸し、本部TCで高速仕分け・物流加工して世界中の店舗に直送する倉庫在庫レス直流型サプライのZARAなど対照的だ。メーカー発祥のZARAはCAD/CAM内製してパーツ供給し工賃払いで外部工場生産したドレスアイテムを自社工場でプレス仕上げしハンガー物流するなど完成度も高く、カジュアル小売発祥のユニクロとは根本からものづくりプロセスが異なる。

 

■インナーサイドの相反する「変数」

 インナーサイドの「変数」は「一人当たり売上」「一人当たり粗利益高」「一人一時間当たり粗利益高」という人時生産性指標、「平米当たり売上」に対する「平米当たり不動産費」の不動産費負担率があり、結果として使用資本に対する当期純利益などの資本効率指標があるが、本稿では営業指標に絞って相反する「変数」を解説したい。

人時生産性は店舗の売上規模(平米当たり売上×平米数)と運営効率(RFIDとセルフレジなどIT装備率や陳列補充方式、後方プロセス支援が左右する)、レイバーコントロール精度(正社員の変動労働時間制やパート&バイトの活用が左右する)で決まって来る。店舗規模が大きいほど一人当たり保守坪数を広げ易く、パート&バイト比率を高めてシフトも組み易くなり、セルフ販売やセルフ精算で人時量を抑制し易い。販売効率にも依るが、量販的な価格帯では400平米が分岐点で、それを超えると人時効率が格段に高まる傾向が見られる。大型店でインショップ構成をする場合も、個々の運営単位が400平米以上になるよう大箱編成にするべきだろう。

人時生産性は商品単価や粗利益率にも左右される。一見は非効率な小型店でも高単価・高粗利率なブランドショップなど意外に高いし、高単価・高粗利率に大型店舗が揃うラグジュアリーブランドなど法外な高効率になるから、給与水準も群を抜いている。低単価・低粗利率でも大型の定型店舗を営業時間を絞ってパート中心に回せば、しまむらのように突出した人時生産性(一人当たり売上4593.0万円、一人当たり粗利益1520.2万円)と高給与(平均人件費528.1万円)が可能になる。

 不動産費負担率は出店立地を上る(大商圏の多客数立地志向)か下るか(生活商圏の少客数立地志向)、テナント出店かフリースタンディング出店かで大きく変わる。上れば客数が増えて客単価も上昇し「平米当たり売上」が高まるが、日本ショッピングセンター協会のデータを見る限り、テナント出店では賃料がそれ以上に高くなる場合が多く、不動産費負担率は好立地ほど高くなる傾向がある。都心のハイストリート路面では「平米当たり売上」が高くても賃料が極端に高く、売上の30〜40%にもなるケースが珍しくない。銀座や表参道では知名度を上げる「リテールメディア」と割り切るフラッグシップ出店もあるほどだ。

下れば客数が限られ客単価も下がって「平米当たり売上」は低くなるが、賃料はそれ以上に低くなるから不動産費負担率は確実に低下する。定期借地契約によるフリースタンディング出店なら店舗の減価償却負担は大きくなるが賃料は格段に低くなり、「しまむら」(事業部売上対比6.3%)や「ワークマン」(チェーン全店売上対比4.9%)のように販売効率は低くても不動産費負担率は格段に低くなる。

 

■各分野の政策ベクトルが一致一貫する必要がある

 このように各サイドとも相反する「変数」の選択が問われるが、サイドによって異なる方向を選択すると互いに相殺して営業効率が低下し業績が悪化してしまう。そんなバカなことは玄人なんだから有り得ないと思われるかもしれないが、それで経営が悪化したケースは珍しくない。

 典型的なパターンが出店立地を下りながら商品政策を「縦売り」したり商品単価を上げていく相反で、客数の減少に輪が掛かって値引き販売が多くなり、販売効率が大きく低下して販管費の低下では補えなくなってしまう。生活圏の食品スーパーに隣接する600坪型大型店の布陣を急ぐ良品計画の23年8月期の国内事業既存店は、インフレ局面で客単価が3.5%上昇して客数が6.8%も減少し、売上は3.6%減少して平米当たり売上は14.1%も低下した。平均店舗面積が1114平米と10.6%拡大して一人当たり保守面積は59.7平米と21.3%も拡大したが販売効率の低下で一人当たり売上は2987万円と4.4%の上昇にとどまり、販管費の上昇と値引きの増加で損益が悪化し、国内事業の営業利益率は2.5%と半減(前期は5.0%)してしまった。

 逆に一貫して出店立地を上ってきたのがユニクロで、地方のロードサイドに発して郊外SC、ターミナル商業施設、ついには都心の一等地と着々と好立地へシフトして来た。ロードサイド時代のユニクロと比べれば随分と洗練されて値段も上がり、素材と品番を集約して「縦売り」を着々と極めている。

 23年8月期の国内ユニクロ既存店は客単価が11.1%上昇して客数が3.1%減少し、売上が7.6%伸びて平米当たり売上は8.7%増加した。平均店舗面積は1030平米と1.2%拡大して一人当たり保守面積は38.25平米と6.9%拡大し、一人当たり売上は3476.6万円と17.4%も上昇して販管費率が2.3ポイント下がり、営業利益率は13.2%と0.6ポイント上向いた。

ユニクロの場合は出店政策と商品政策の方向が上向きに揃い、かつ長年に渡って一貫していることが営業効率を高め、業績を押し上げて来た。逆に良品計画は出店立地を上ったり下ったり、価格帯(=品質)を上げたり下げたり、素材と品番を絞って「縦売り」を強めたり、素材と品番を広げて逆に弱めたりと試行錯誤が続き、営業効率が上下して値引きや減損が肥大し、業績が蛇行して経営効率が悪化していった。

ちなみに「縦売り」とは同一商品を積み上げて継続補給して量販する売り方で、少量づつバラエティを揃えて補給せず売り切っていく「横売り」と対比される。客数が限られる生活圏立地では「横売り」が必定で「しまむら」はそれに徹してきたが、コロナ前の数年間はこの鉄則を逸脱して品揃えを絞り、部分的ながら「縦売り」を志向して顧客の離反を招き、業績が落ち込んだ。コロナ下のエッセンシャルシフトで生活圏立地の顧客要望を再認識し、「横売り」に原点回帰して21年2月期以降は業績が急回復している。

各分野のベクトルが逆行して打ち消しあっては業績が低迷し、数年ごとに政策の方向を変えては顧客もサプライヤーも混乱してブランディングも崩れ、値引きや減損が肥大して損益が悪化し企業体力を消耗させてしまう。そんな迷走が生じるのは企業統治に一貫性がないからで、10月12日掲載の『インフレ時代に求められる経営哲学と革命条件は何か』で喝破した通り、資本構成のオーナーシップに基づくガバナンスこそブレない経営の必須要件ではないか。

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