小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『ラシアンルーレットより酷い出店の成功率』 (2018年05月07日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 当社主催SPAC研究会メンバー企業の過去3年間に開業した31大型商業施設への367店の出店事例では、売上げが予算を超えたのは8店だけ、ほぼ予算通りが127店で、6割を超える232店が予算未達、二桁予算割れも4割を超えていた。商業施設そのもののも半数以上のテナントが予算に届くような成功例は31分の4(12.9%)とさらに低く、半数前後の施設が成功水準に達していた11〜14年頃からは極端に悪化した。限られた成功施設も、当時の「テラスモール湘南」のように出店テナントのほとんどが売上予算を超えるという大ヒット事例は見られなくなった。

 好立地が開発され尽くし、難しい立地を無理に開発するケース、行き詰まった商業施設を無理に再生するケースが増えたことが主な要因だが、アベノミクスによる大都市中心部への人口と投資の集中と地方の過疎化の加速、ECの拡大による店舗販売の地盤沈下も響いていると思われる。

出店より退店が多い!

 出店数より退店数が多ければ退店率は100%を超えてしまう。それでは出店する意味がないと思われるかもしれないが、テナント出店型上場アパレルチェーン7社の退店率はアパレルの大量退店ラッシュとなった15年は192%、16年も141%と2年続いて大幅な退店超過で、退店ラッシュが一巡した17年も101%と退店が上回った。11年度からの通算でも1594店を出店して1758店を退店しているから110%の退店率だ。米国大手アパレルチェーン8社でも、15年が145%、16年が170%、17年は326%まで急増し、11年からの通算では2665店を出店して3226店を退店しているから、退店率は121%とわが国を上回る。

 前述の上場アパレルチェーン7社の退店率も04〜07年頃は20%前後に収まっていたから、近年の退店ラッシュは異常事態と言うしかない。ライフスタイルも消費行動も変わりSNSとECが主導する時代に転じたのに、従来型の大量出店を続けた果ての清算という図式なのだろう。

 幾らアパレルが販売不振だといっても、退店が出店を上回るような情況が続けば、売上規模が萎縮するのみならず除却損で財務体質まで毀損してしまう。ロードサイドにフリースタンディング出店している紳士服チェーンなどでは退店率は格段に低く15年〜20年も営業継続する店舗が大半だから、テナント出店チェーンに特有の事情と察せられる。

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退店は大きな損失を伴う

 そんなに手軽に出店や退店ができるわけではなく、出店時には内装費や敷金に加え、内装監理費/共通内装工事費/一括工事手配費/現場協力金……をデベに支払わねばならない。退店時には内装の減損処理と現状復帰はもちろん、定借期間満了以前に撤退する場合は「敷金の全額没収」「残存期間の最低保証家賃全額徴収」など“泣きっ面に蜂”の容赦ないペナルティが課せられるケースもある。

 駅ビルやファッションビルで6割弱、郊外SCでは9割以上で課せられる定借期間内退店のペナルティを甘く見てはいけない。ラルフローレンは17年4月にニューヨーク五番街の旗艦店を閉店するのに3億7000万ドル(412億円)を要したが、そのうち300億円超が13年に締結した15年間の定期借家契約の残存期間家賃ペナルティだったと推計される。

 00年3月に導入された定期借家契約で基本家賃の50カ月分(80年代までは100カ月分)と言われた入居保証金が10カ月分の敷金になって差し入れ負担こそ軽くなったが、その分、家賃や共益費などのランニングコストが高くなり、定借期間が終了すればデベ側が更新を認めない限り退店を強いられる。

 売上不振だとランニングコストの高さや最低保証売上のボーダー(『ニッパチが恐い』を参照されたい)もあって容易に赤字転落してしまうが、今や適用率が100%に迫る定期借家契約では売上不振店の契約更新は困難で、定借期間の短さ(駅ビルで3〜4年/郊外SCで5〜6年)もあって未償却内装費の減損処理が避けられない。普通借家契約店舗ならともかく定期借家契約店舗の資産価値は二束三文で、赤字店舗は早々に処分するしかないが、定借期間満了前の退店ではペナルティまで覚悟しなければならない。退店は大きな損失を伴うのだ。

儲からない店をどうして出店するのか

 出店するにも退店するにも大きな費用がかかり、出店の成功率も限界を超えて低下しているのに、儲からない店をどうして出店してしまうのだろうか。その要因は以下の4点だと推察される。

 第1はデベ側の仕掛ける“抱き合わせ出店”の誘惑に負けてしまうことで、好施設に出店するために難しい施設にも出店してしまうという構図だ。第2は既存店の売上げが落ち込む中、売上規模を維持拡大すべく無理な出店をしてしまうことだ。

 ここまではよくある話だが、その先は極めてメンタルな問題に起因する。第3は経営者が普通借家契約時代の出店財務感覚を引きずって店舗を“資産”だと勘違いしていることで、“利用権”でしかないことを理解していない。第4は過去の成功体験を引きずって“博打癖”が出てしまうことで、客観的検証では採算の見込めない案件も自社の力量と運気ならイケると思い込んでしまうことだ。

 にわかには信じがたいかもしれないが、経営者という人種は成功体験と運気に賭ける気質があり、普通借家が定期借家になり、ECが拡大して店舗販売の先行きが怪しくなっても、判断感覚を切り替えられないケースがある。『時代も情況も変ってるんですよ』と諌言すればどこへ左遷されるか分からないから、周囲も忖度に終始して傷を深めることになる。儲からない出店を続ける背景には、そんな構図があるのかもしれない。

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