小島健輔の最新論文

ブログ(アパログ2017年12月26日付)
『鎌倉シャツは何処へ行くの?』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 「鎌倉シャツ」は日本のものづくりを象徴するシャツブランドとして、すっかりグローバルになった感があるが、昔からの顧客にとっては微妙に立ち位置がずれて行く‘違和感’を否めないようだ。それを象徴するのが度重なる“値上げ”とパターンの“コンチ化”ではないか。
 かつての「鎌倉シャツ」はトラッドな清潔感が通底する不器用なほど丁寧に作られた“日用品”で、必要以上に上質でもお洒落でもない控えめさと“5000円”という負担感のない価格が顧客に愛されていた。そのお値打ち感を支えているのが、サイズ別のボックスに素材も色柄も在るきりの在庫を並べ、その中から選択を求める独特のVMDだった事はシャツ業界の事情に明るい玄人でなければ喝破できなかったにしても、顧客は間違いなくその恩恵を享受していた。
 シャツ業界の慣行はデザイン/色柄別に全サイズを揃えて陳列し補給するというもので、百貨店が要求するように期末近くまで欠品なくサイズを揃えようとすれば期末に大量の在庫を残してしまう。その処分ロスを価格に乗せれば割高になってしまうし、欠品を避けようとすれば在庫を抱えて経営が破綻してしまう。実際に百貨店と取引するシャツメーカーの大半が経営に行き詰まり、身売りするかSPA型の直営店展開に転ずるかD2C型の受注生産型ショールーム販売に転じて生き残りを図っている。
 「鎌倉シャツ」のお買い得価格を実現していたマジックは極めて明快なもので、型・色柄毎にサイズを揃えて補給せず売切り御免に徹し、型・色柄・サイズ毎の消化回転に即して国内工場にストックした素材から売れる枚数だけ週サイクルで生産するから、在庫回転が速く残品もほとんど発生しない。その仕組みに徹していた頃は年間で12回転以上、プロパー消化率99%というマジックが成立していた。それを可能にしていたのがサイズ別ボックス陳列という購買誘導VMD手法で、一般の型・色柄⇒サイズではなくサイズ⇒型・色柄という誘導が奏功していた。
 現在も基本はそうだが、テーブル陳列やハンガー陳列も増えてボックス陳列でサイズから購買を誘導する手順が崩れ、接客で様々に対応するようになってサイズ探しにストック室に入る頻度が目に見えて高くなった。最近の在庫回転やプロパー消化率は知るよしもないが、往時の効率を維持できているのだろうか。ニットやジャケット、パンツまでラインナップを広げているが、シャツのような仕掛けが成り立っているとは思えない。
 NY出店以来、すっかり著名になって“ものづくり”に注力し、素材開発にも拘っても上質になったが、その分、5000円が5900円になり、200番手の8900円、300番手の12000円と価格ラインが上に広がり、かつての「丁寧に作られた控えめな日用品」という姿からは一変してしまった。グローバルブランドと化したのだから好ましい変貌なのだろうが、昔からの顧客としては違和感を否めない。
 素材が上質になった分、柔らかくなって衿下の前立てが落ちノーネクタイでのパリッとした着こなしが難しくなったり、イタシャツみたいにボタンが厚くなって止め外しに手間取るのも困る。マンハッタンラインはともかくクラシックラインまで微妙に洗練されたパターンに変わってサイズピッチも変わり、衿台は1〜2ミリだが剣先の衿羽は数ミリも高くなって顎にあたるようになり、コンチっぽくなってトラッドな清潔感が損なわれたように感じられる。
 ブランドのポジションが変わり顧客も代わっていくのだろうが、昔からの顧客としては「鎌倉シャツ」の変貌には戸惑ってしまうし、異例の高消化回転ゆえ享受できた“お値打ち感”も損なわれてしまうのではと不安にもなる。「鎌倉シャツ」が進化し成長していくことには異論はないが、成功の基軸となったロジックを損ない昔からの顧客が離反する結果にならないよう慎重な対応が望まれる。

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