小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ユナイテッドアローズに見る大手セレクトの選択』
(2024年08月08日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 ユナイテッドアローズはコロナ禍を乗り越えても売上の回復は鈍く、収益性もコロナ前の水準を回復していない。ラグジュアリーやインバウンドに押し上げられて我が世の春を謳歌する都心百貨店に比べれば病み上がりを否めず、未来へ向けて売上と利益を伸ばしていく展望もロジックも見えていない。それは同社に限らず、大手セレクトチェーンに共通する課題ではなかろうか。

 

■回復が遅れたユナイテッドアローズ

 大手セレクトチェーンにどこまでを含むかは異論があると思うが、かつて四家といわれたユナイテッドアローズ、ベイクルーズ、ビームス、シップスのうち上場して業績を開示しているのはユナイテッドアローズだけで、他社は売上高など部分的な開示にとどまるから、どうしてもユナイテッドアローズの業績を軸に大手セレクトチェーンを語らざるを得ない。

この四家の直近決算期の売上高合計は3776億1000万円(ビームスのみ23年2月期)とコロナ前19年の3993億3000万円の94.6%にとどまるが、パルグループの衣料品事業も大手セレクトに数えれば直近決算期売上高合計は4973億7700万円と19年の4964億3100万円をかろうじて0.2%上回る。パルグループの衣料品事業を除けば、大手セレクトチェーンはようやくコロナ前の売上に回復しつつある病み上がりと見るべきだろう。

大手セレクトチェーンと対比される国内ユニクロの売上もこの間(19年8月期〜23年8月期)に8729億5700万円から8904億2700万円と2.0%しか伸びていないから、大手セレクトから低価格チェーンに顧客が流れているわけでもない。インフレと社会負担増に賃金上昇が追いつかず実質賃金が減少を続ける中、衣料消費が抑制されているからで、好調を続ける全国百貨店の24年上半期売上19年比も、総額こそ100.7と上回ったものの衣料品は89.4と回復が鈍い。商業動態統計「織物・衣服・身の回り品小売業」の24年上半期売上も19年同期の75.7%にとどまるから、百貨店や大手セレクトはまだマシな方だ。

ユナイテッドアローズの24年3月期の売上高は1342億6900万円とコロナ前19年3月期の1589億1800万円の84.5%、単体小売売上は82.6%、小売既存店べースでも90.2%にとどまるから、大手セレクト全体の回復に較べればやや遅れている。パルグループ衣料品の24年2月期売上が19年2月期を24.6%も上回ったのと較べれば回復力には大差があり、営業利益率もパルグループ衣料品の13.9%に対してユナイテッドアローズは5.0%と格差が大きく、コロナ前19年3月期の7.0%にも距離があるから、収益力の回復も鈍いと言わざるを得ない。

 

■財務は回復するも殻を破れず

幾度かの資金流失※で過小資本が指摘される同社だが、23年3月期以降は配当性向も30%強に抑制して自己資本比率を高め(24年3月期58.2%)、過小資本だからROE(同14.2%)もROA(同12.3%)も及第水準に近づいている。とは言っても現業の運営体質は「老舗の伝統」を色濃く残しており、殻を破っての進化も飛躍も見えない。

在庫回転こそ21年3月期の2.87回転から23年3月期は3.14回転に改善されたが24年3月期も同回転と停滞しており、期末在庫ベースでは2.99回と前期の3.05回からやや減速している。12年2月期まで遡っても在庫回転は3回転前後と変わらないから、同社の重在庫・売り減らし体質は長らく変わっていない。おそらく、調達プロセスも在庫運用スキームも販売手法もセレクト業界の伝統的慣習を頑なに守っているのだろう。その枠組みを出ない限り、業績の本格浮揚は難しいのではないか。

売掛債権回転は30.8日と前期から1.5日短縮されたがほぼ1ヶ月と長く、1〜2週間に収まるグローバルチェーンに比べると回収が遅い(売上金預かりのテナント出店が大半ゆえと思われる)。棚資産回転は122.5日と前期から2.8日延びたが、期末在庫の持ち方による差異の範囲。買掛債務回転も59.8日と前期から3.4日延びたが、これも運用差異の範囲。CCC(Cash Conversion Cycle)は93.4日と前期とほぼ変わらず、純資産に対する運転資金率も97.8%と久方ぶりに100%を切った。『伝統的慣習の枠組みの中では』という断りは付くが、財務的にはコロナ禍のダメージを抜けたのではないか。

※本誌21年4月5日掲載の小島健輔リポート『新経営陣はユナイテッドアローズを再建できるか』に詳しい。

 

■荒療治の人件費抑制

 売上の回復に伴って粗利益率は51.7%とコロナ前の水準を超えたが、販管費率は前期と変わらず46.7%とコロナ前19年3月期の44.5%を2.2ポイントも上回る。19年3月期と比較して増加が目立つのは広告宣伝費の0.7ポイント、その他費用の2.4ポイント(おそらく物流費とキャッシュレス手数料?)で、賃借料と減価償却費はそれぞれ0.5ポイント落ちているから、店舗投資の抑制が伺える。

人件費率は19年3月期の15.6%を21年3月期で2.4ポイント、22年3月期で1.6ポイント、23年3月期も0.8ポイント上回って収益を圧迫したが、24年3月期は15.7%と0.1ポイント高に抑制して収益を確保している。20年3月期から従業員を868人削減し、19年3月期から21年3月期へ一人当たり人件費を10.9%圧縮した後、売上の回復とともに23年3月期へ14.1%回復させたが、世間が賃上げラッシュとなった24年3月期は逆に2.9%切り下げて531.0万円(平均年収429.7万円/35.1才)に落としている。

この水準は高いのか低いのか、アダストリアの396.2万円(24年2月期、正社員平均年収は442.3万円)、国内ユニクロの478.3万円(大幅賃上げ前の23年8月期)よりは高く、しまむらの539.9万円(24年2月期/平均年収476.3万円)に迫るから低くはないが、接客販売型で平均年齢も近い青山商事の平均年収496.0万円/37.7才(24年3月期)より13.4%も低い。

絶対水準は低くないとは言え、コロナ前19年3月期から5年間(13年3月期からの11年間も同様)、全く水準が上がっておらず(19年3月期比−1.3%)、賃上げラッシュの24年3月期に2.9%も水準を切り下げたというのは組織活力を削ぎ、ガバナンスを揺るがす荒療治だったのではないか。この間の社会負担増やインフレも考慮すると、実質収入は生活を圧迫するほど減少したはずだ。そんな荒療治で売上対比の人件費率を15.7%と5年ぶりに19年水準(15.6%)に圧し戻したが、前期の16.4%、前々期の17.2%からは相当な切り下げで、意欲を失う人や会社を去る人も少なからずあったのではないか。

 

■人時生産性の壁をどう超えるか

 そんな荒療治を必要とした背景は人時生産性(一人当たり粗利益額)の低下だったと思われる。人時生産性は一人当たり粗利益額を平均総労働時間で除して求めるが、総労働時間を開示する企業は滅多にないから、年間の一人当たり粗利益額で代替するしかない。

 ユナイテッドアローズの一人当たり売上は14年3月期の3814.7万円をピークに漸減傾向にあり、コロナ前19年3月期は3375.4万円まで落ちていた。それがコロナ下の売上急減で21年3月期は1967.7万円まで落ち込んだ後、年々回復して24年3月期は値上げも押し上げて3399.8万円と19年3月期水準を超えるまで戻しているが、14年3月期のピークと比べれば89.1%にとどまる。

 これに粗利益率を掛ければ一人当たり粗利益額になるが、そのピークは13年3月期の1892.4万円で、一人当たり人件費が537.4万円でも売上対比人件費率は15.5%、対粗利益労働分配率は28.4%に収まっていた。15年3月期以降は漸減傾向で、19年3月期は1775.5万円まで戻したが、コロナ下の21年3月期は1185.5万円まで激減し、一人当たり人件費を479.5万円まで引き下げても売上対比人件費率は18.3%、対粗利益労働分配率は40.4%に跳ね上がった。24年3月期は1745.3万円と19年3月期水準近くまで戻し、対粗利益労働分配率も30.4%と平時に戻ったが、一人当たり粗利益額は13年3月期を7.8%下回る。

 接客販売型小売業の人時生産性低下をもたらす最大の要因は客単価の低下で、セルフ販売型では一人当たり保守面積の縮小が人時生産性の低下に直結する。これに陳列方式と補充頻度によるマテハン作業量、精算作業量が続くが、ユナイテッドアローズの場合、客単価の低下をカバーするほど保守面積の拡大がなく、低単価事業でも高単価事業と大差ない接客販売が志向されたため、人時生産性が漸減していったと推察される。

 ユニクロのようなセルフ販売の大型店ならRFIDタグ読み取りのセルフレジで精算作業量を圧縮できるが、手厚い接客販売を志向するユナイテッドアローズでは精算は販売の最終段階としてのクロージングであって、セルフ精算という選択はないだろう。重在庫で低回転だから見栄えやシワを考慮すれば全てを売場に陳列できず、接客中に後方ストックとの出し入れが頻発してマテハン作業が接客を中断するというアイロニーを解消できておらず、人時生産性も販売効率も頭打ちにならざるを得ない。

 

■GLRは両刃の剣だった

 客単価の低下をもたらしたのはGLR(グリーンレーベルリラクシング)だったのではないか。ユナイテッドアローズとしては手頃価格で、郊外ターミナル中心に多店化して成長を牽引したが、人時効率を引き下げて収益を圧迫する両刃の剣でもあった。

 GLRはユニクロのようなカジュアル業態ではなく、ユナイテッドアローズの品揃え編成をPB中心に手頃化したもので、子供服を拡充して郊外のニューファミリーを志向するかと思えば、通勤のビジカジやオケイジョンを強化したりと、価格が通る出店立地の限界もあって政策の蛇行が続いた。価格はユナイテッドアローズの6掛け程度だったが、低価格なアパレルチェーンが揃う郊外の大型モールなどでは飛び抜けた高価格で、価格が通るのは相当にアップスケールな広域モールか郊外ターミナルの駅ビルなどに限られ、今日でも85店舗にとどまる。

陳列手法や接客スキームはユナイテッドアローズと大差なく、客単価が低い分、人時効率が低くならざるを得なかった。高価格な既存業態では出られなかった郊外のターミナルやアップスケールな広域モールに多店化して売上拡大には寄与したが、人時効率の低さで収益性の足を引っ張ったのではないか。

  24年3月期の平米当たり販売効率はトレンドマーケット(ユナイテッドアローズ、ビューティ&ユース)の172.5万円に対してミッド・トレンドマーケット(GLR)は94.0万円と54.5%にとどまる一方、一人当たり保守面積はトレンドマーケットの22.0平米に対してミッド・トレンドマーケットは29.7平米と1.35倍でしかなく、掛け合わせた一人当たり売上はトレンドマーケットの3795.1万円に対してミッド・トレンドマーケット(GLR)は2791.2万円と前者の73.5%にとどまる。コロナ前19年3月期は平米当たり売上が前者の184.8万円に対して後者は126.9万円(68.7%)、一人当たり保守面積が19.2平米に対して24.6平米(1.28倍)、一人当たり売上が3539.0万円に対して3117.2万円と前者の88.1%だったから、人時効率格差は一段と開いている。

24年3月期の平米当たり売上はトレンドマーケットが19年3月期の水準の93.3%まで回復したのに対してミッド・トレンドマーケットは同74.1%にとどまり、一人当たり売上も前者が19年3月期を7.2%上回るのに対して後者は89.5%と回復も鈍く、効率格差が拡大している。

 直営店売上に占めるミッド・トレンドマーケット(GLR)の比率は13年3月期の24.9%から拡大してコロナ前19年3月期の35.5%でピークを打ち、コロナ禍を経て販売効率が落ちて結果的に売上シェアも24年3月期は32.1%に低下し、それが収益回復を下支えしたと推察される。

人時効率が落ちていったのはGLRの拡大だけでなく、格段の高客単価で売上に貢献していたクロムハーツ事業を会社分割したダメージも大きかった。16年3月期に直営店売上の12.2%を占めていたクロムハーツ事業を同年10月に会社分割した結果、16年3月期から18年3月期で一人当たり売上は9.6%も低下している。

分割前16年3月期のクロムハーツ事業の一人当たり売上は1億1660万円にも達していたから収益貢献も大きかったと推察されるが、代わりに高額なブランド事業ではなく単価の低いGLRやコーエンを拡大したから人時効率が低下し、収益の足を引っ張った。ユナイテッドアローズの現在に至る意思決定を振り返ると、経営陣が自社の運営体質と収益構造の本質を理解していないのではないかと疑いたくなるミスジャッジが幾度も見られる。

 

■接客の付加価値を企業文化と謳うなら高客単価事業に集中すべき

 創業期から同社の紆余曲折を見て来た筆者としては、資本政策の欠如からオーナーシップが失われてガバナンスが形骸化し、創業の理念が絵空事になっていった経緯が返す返す悔やまれる。

 「進化する老舗」を謳ってものづくりと接客販売を極めるという企業理念は、必然的に人手がかかる非効率な調達と販売が避けられず、収益を確保するには高単価・高付加価値な商材が大前提となる。その本質を理解するなら、「ユナイテッドアローズ」より高客単価の事業を広げるべきなのに、目先の売上拡大に目を奪われて低客単価のGLR、さらに低客単価のコーエンにまで手を広げてしまい、理念に共感して集まった接客スキルも給与水準も高い従業員たちの人時コストに見合わない仕事を押し付け、給与水準を切り下げるという大失態を演じた経営陣の責任は重い。

 スキルも意識も給与期待も高い従業員たちに応え、収益性を高めて投資家の期待にも応えるには、まず第一にコーエンを切り離し(外部への売却が好ましい)、GLR事業の人時効率をトレンドマーケット事業の水準に嵩上げることが必定だ。新規開発のブランドや事業も現状より人時効率が高いことが絶対条件で、このルールを崩してはならない。

 GLR事業は「シテン」など魅力のあるインブランドの投入、機能性ビジネスウェア&ツール、ルームウエアやインナーウエア、ベッドリネンなどライフスタイルカテゴリーのラインロビングによる店舗規模の拡大で保守面積を飛躍的に拡大する一方、価格が通る出店立地に集約して店舗数は無理に増やさず、人時効率を高めて収益性を引き上げたい。ウィメンズ/メンズの2ブロック編成からウィメンズ/ライフスタイル/メンズの3ブロック編成に一新し、現状の平均284平米を400平米以上に拡大すれば、トレンドマーケット事業との一人当たり売上格差は解消される。ラインロビングするカテゴリー毎に素材から開発して生産スペックを磨くサプライヤーとJB(Joint PB)を取り組み、オンデマンドなVMIサプライを敷くなら、重在庫体質に陥ることなく事業を拡大できるのではないか。

 もう一つの人時効率改善策は、せっかく倉庫運営・出荷まで自営化したECインフラの活用だ。元より自社運営ECの人時効率は店舗販売の数倍から十倍と格段に高いから、アダストリアやオンワードの自社ECが手がけているようにマーケットプレイス化して他社商品を広げれば売上も人時効率も高まる。セレクトショップなのだから他社ブランドの扱いは顧客にも違和感がなく、在庫負担なく売上を拡大できる。

在庫を預かって出荷するフルフィル方式とサプライヤーの倉庫から出荷するドロップシッピング方式をカテゴリーの特質に合わせて組み合わせ、フルフィル方式では一括店舗物流で店受け取りも選択できるようにすれば、宅配物流費を抑制して来店客数を増やすOMO効果も得られる。

過小資本なのだから投資は人時効率を高める分野に集中すべきで、人時効率が望めない低客単価事業からは一刻も早く手を引くべきだ。クロムハーツに代わるような顧客型のラグジュアリー事業こそユナイテッドアローズの販売資本(人材)を活かす王道であり、顧客を積み上げて来た「ドゥロワー」をラグジュアリービジネスの定石手法に乗せてカテゴリーを広げ、日本発のインベスティメントブランド※に育てるなら、いささか色褪せたユナイテッドアローズの「神話」も甦るのではないか。

※インベスティメントブランド・・・・ラグジュアリーの中でも再販価値の高い投資型ブランドで、「エルメス」や「シャネル」に代表される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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