小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『小島健輔が指摘「ECが儲かる時代は終わった」』 (2019年05月27日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 ZOZOの業績悪化はZOZOSUITとPB、ZOZOARIGATOなど無謀な戦略ミスが要因で、「敗戦処理」が終われば業績は回復すると見る方も多いと思うが、私はそうは思わない。無謀な戦略ミスがなかったとしてもZOZOの収益構造は既に崩れていた。それは他のEC事業者とて大差なく、17年秋から18年春にかけて宅配料金が一斉に値上げされた段階で収益構造が崩れ、C&Cで店舗を物流拠点化する店舗小売業者との優劣が逆転したと見るべきだ。

ZOZOの収益構造は宅配料金値上げで崩れた

 ZOZOの19年3月期決算は取扱高こそ19.43%伸びたが営業利益は前期から70.15億円(21.5%)減少し、取扱高対比の営業利益率は前期の12.07%から7.94%に急落した。その要因はPB在庫の評価損計上やZOZOARIGATOの値引き負担などによる荒利益率の低下30.8億円、ZOZOSUIT配布やPB関連広告など広告宣伝費の増加42.1億円ばかりに目がいくが、これは戦略ミスの「敗戦処理」であって継続的なマイナス要因ではない。怖いのは荷造運賃の増加35.4億円と人件費の増加19.4億円と見るべきだ。

 ZOZOSUITやPBに絡む特別損失は18年3月期に43.23億円、19年3月期に33.93億円計上されているが、これらは営業外で当期純利益に反映されるから営業利益の減少要因とはならないし、「敗戦処理」であって継続するものではない。

 ZOZOの取扱高対比荷造運賃比率は17年3月期の4.2%が18年3月期は5.2%、19年3月期は6.3%と急騰しているが、その要因は17年秋から18年春にかけての宅配料金の一斉値上げであったことは疑う余地もない。ZOZOも18年3月期で27.9億円、19年3月期で35.4億円の減益要因としている。荷造運賃総額を出荷件数で割れば荷造運賃単価が計算できるが、17年3月期の390円が18年3月期は464円、19年3月期は570円と、2期で180円も上昇している。

 人件費の増加を19.4億円としているが、ZOZOの場合は物流関連人件費(業務委託を含む)を分けて計上しており、その増加額は26.63億円と19.4億円では収まらない。18年3月期も31.06億円増加しており、その増加率は取扱高の増加率をかなり上回る。18年3月期では取扱高の伸び27.6%に対して物流人件費の伸びは43.8%、19年3月期でも同19.4%に対して26.1%と、自動化が遅れて人海戦術を出られず、人件費の高騰に直撃されている。時給1300円で非熟練バイトをかき集めていては人件費負担の泥沼にはまり込むだけだ。

 20年3月期は取扱高13.6%増の3670億円、売上高14.9%増の1360億円、営業利益24.7%増の320億円を見込んでいるが、私はいずれも達成は難しいと見る。ZOZOARIGATOの後遺症はともかくC&Cによる大手のZOZO離れが本格化すれば取扱高の伸びが1桁に落ちる懸念を否めず、人海戦術運営のままFBZ(在庫預かり型フルフィル受託)を拡大すれば人件費負担で逆鞘になりかねない。

 ZOZOSUITやPBに絡む特別損失は無くなっても、荷造運賃と人件費の肥大で収益構造は崩れており、ZOZOSUIT配布費用やPB関連広告費の42.1億円が無くなる分以上の営業増益は困難と思われる。
        

img_bfd00d1a6904be0b0724b3d8b659e39514589419年3月期の減益要因〔出典〕ZOZOの決算説明会資料より

SHOPLIST(CROOZ)はさらに深刻

 ZOZOが迷走する隙を突いて加速してもよさそうな後発のファッションEC事業者だが、宅配料金値上げと人件費高騰はその好機も押しつぶしているようだ。

 SHOPLISTの取扱高規模は19年3月期で250億円とZOZOの3230億円とは比べるべくもないが、ファストファッション特化のECサイトとして若い女性に人気があり、販売力が評価されて「宅配出荷委託型」でありながらZOZOを上回る手数料率が成り立っている。

 ZOZOは在庫を預かって受注に引き当て出荷する「フルフィル型」で、手数料を売上高に計上しているからPBやごくごく一部の買取商品以外は在庫も計上しないが、SHOPLISTはオンラインで受注情報を得た出品者がSHOPLISTの倉庫に納品してから出荷する「宅配出荷委託型」(当然、タイムラグが生じる)で、消化仕入れ決済するから在庫も計上しており、取扱高イコール売上高になる。その仕入れ原価率は59.0%(19年3月期)だから手数料率は41%で、『高い!』と言われるZOZO(19年3月期の受託販売手数料率は28.1%)をほぼ13ポイントも上回る。

 そのSHOPLISTの営業利益が18年3月期の8.66億円(売上対比4.0%)から19年3月期は3.35億円の赤字に転落した構図は、ZOZOのような戦略の暴走がなかった分、状況の一変を如実に現している。

 売上高は前期の12.6%増から16.4%増にやや加速し、荒利益率も41.0%と前期から0.2ポイント上向いたのに、物流費が58.9%も増加して売上対比も11.5%から15.7%と4.2ポイントも高騰したのが直撃し、赤字転落してしまった。新倉庫への移転に伴う約5000万円の臨時費用を除いても56.9%の増加で、下期の売上伸び率鈍化に加え、物流費の急増が赤字転落の主要因であったことは間違いない。

 実際、SHOPLISTの「物流単価」は18年3月期の552円から19年3月期は797円と一気に245円も急騰しており、出荷単価が5201円と同期のZOZOの9454円の55掛けと低いことも急騰につながったと思われる。SHOPLISTの経費項目はZOZOのように「荷造運賃」が切り出されておらず倉庫運営費用も含まれるから「物流単価」=「運賃単価」とはならないが、245円(臨時の物流費用を除いても235円)の急騰は宅配運賃値上げに人件費の上昇が加わったことが要因と推察される。
       
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宅配料金値上げの実勢と損得

 宅配料金値上げの実勢がどの程度だったのか、ヤマトホールディングス(ヤマト運輸)とSGホールディングス(佐川急便)の決算指標から検証してみよう。

 口火を切ったヤマト運輸は17年10月に個人向け運賃を平均15%値上げし、佐川急便は同11月、日本郵便は一歩遅れて18年3月から追従。前後して各社は法人向けも個別交渉を進めたが、それまで個人向けに比べて値引き幅が大きかっただけに法人向けの値上げは大幅なものとなった。

 ヤマト運輸の運賃単価は値上げ前の17年3月期の574円から値上げが一巡した19年3月期は702円と128円(22.3%)も跳ね上がり、同じく佐川急便も17年3月期の511円から19年3月期は613円と102円(20.0%)も上昇している。ヤマト運輸の値上げ直後の18年1〜3月期では個人・小口法人の13.4%アップに対して大口法人は23.9%もアップしていたし、値上げ前は280円を切っていたとされるアマゾンジャパンの大口包括運賃は400円強に45%前後も値上げされたと推計されるから、通販事業者の負担増は経営を揺るがすものであった。
     

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 結果、主要なECモール事業者は送料の顧客負担に転じ、16年(3月、以下同)調査で4モールあった「完全無料」が18年調査では皆無になり、「買い上げ金額に関わらず定額徴収」が1モールから9モールに増え、アマゾンジャパンも19年5月からプライム会費の値上げに追い込まれた。

(※4月17日配信:小島健輔が指摘「プライム会費値上げで露呈した宅配依存というアマゾンの弱点」を参照されたい)

 宅配料金値上げがZOZOやSHOPLISTの経営を圧迫して業績の暗転を招いたのは前述した通りだが、それと引き換えにヤマトホールディングスが営業利益を226.6億円、63.5%も伸ばした(19年3月期)のには考えさせられるものがあった。なぜなら、速くて確実、便利で手軽なインフラとして国民生活に定着していた宅配便システムが高コスト化し、C&CというB2B物流を背景とした受け取りシステムに取って代わられる契機となったからだ。それはB2Bに強い佐川急便の優位を高め、ヤマトの競争優位を根底から揺るがすことになる。

C&Cで攻守は逆転する

 顧客の注文を受けて逐一、ピッキングして宅配便で送っていては、もはやECは儲からないから、フルフィルコストを抜本的に切り下げる改革を断行しない限り、事業の将来は閉ざされてしまう。その突破口がC&Cとスルー出荷であることは疑う余地もない。

 C&C(クリック&コレクト)は筆者の近著『店は生き残れるか ポストECのニューリテールを探る』などで幾度も解説してきたが、基本はネットで注文した商品を店舗や専門受取所で受け取ったり試したり返品できるサービスで、店舗小売業者は店舗をオムニコマースの物流拠点として活用できる。

 販売者にとっては、1)倉庫から店舗までB2B物流で一括配送して物流費を圧縮し(個別宅配便より1桁安く済む)、2)店舗在庫を引き当てて在庫効率を高め、受け取りまでの時間を短縮し、3)EC顧客を店舗に呼び込んで「オムニコマース顧客」化する。顧客にとっては、1)送料負担を回避できる、2)遠隔地の倉庫から発送するより速く受け取れる、3)試してから購入を決定することもできる、4)フィッティング、お直しなどの接客サービスが受けられる、など販売側、購入側のどちらにもメリットが大きい。

 ちなみに、店舗とECの両方を利用する「オムニコマース顧客」の年間購入額はSPACメンバー平均で「店舗だけの顧客」の2.2倍、「ECだけの顧客」の3.3倍に達する。しかも「オムニコマース顧客」は顧客全体の11%しかいないから、C&Cで「ECだけの顧客」を「オムニコマース顧客」に変えていけば加速度的に売上げを増やすことができる。

 これらC&Cの巨大なメリットは店舗網を持っていないと享受できないから、ECに押されて採算が悪化しお荷物になりつつあった店舗網が一転して稼ぐ拠点に化ける一方、店舗網を持たないEC専業者はC&Cのご利益を享受できず、フルフィルコストの高騰で収益が圧迫されていく。『宅配料金値上げを契機に店舗小売業者とEC事業者の攻守が逆転した』という指摘がご理解いただけると思う。

EC事業者の突破口

 宅配料金や倉庫運営人件費などフルフィルコストの高騰に圧迫されC&Cのご利益も得られないEC事業者は一転して苦境に立たされているが、突破口がないわけではない。1つはTBPP(付加価値型お試し受け取り所)の展開による部分的なC&C効果獲得、1つは倉庫業務のスルー化による抜本的コスト圧縮だ。

 TBPPについては幾度も解説しているし、『ZOZOSUITの代わりにTBPPを展開していればZOZOは10分の1のコストで収益構造を大きく改善できたはずだ』(2019年3月29日配信:ZOZOSUITS大コケで分かった「ECフィッティングの本命はTBPPだ」)と指摘したので、ここでは詳説しない。これまでの指摘を参照してほしい。

「倉庫業務のスルー化」は効率化・自動化の難しい棚入れとピッキングを回避して倉庫運営コストを抜本的に圧縮するもので、商品が入庫する時点で行き先が決まっていれば容易に実現できる。棚入れすれば倉庫スペースが肥大しピッキングの手間を免れないが、スルー化すれば自動ソーターによる種まき処理で速度は3桁上がり、コストは1桁下がり、広大な倉庫スペースも不要になる。ユニクロの有明自動倉庫を無用の茶番だと言った意味が分かってもらえると思う。

 在庫を預かる「フルフィル型」はスルー化できないから採算が望めず、受注情報をオンラインで出品者に流してEC事業者の出荷倉庫をスルーさせるだけの「宅配出荷委託型」に徹するしかない。さらに言うなら、ECフロントの受注と決済に徹する「ドロップシッピング」にして一切のフルフィルから足を洗うという選択もある。

 EC事業者はビジネスモデルと投資戦略を抜本から転換しないと店舗小売業者のC&Cに対抗できず、事業の将来が閉ざされてしまう。ZOZOのFBZ戦略を『ZOZOSUITに匹敵する暴挙だ』と指摘した意味も分かってもらえたと思う。

 C&CとTBPPの具体的な仕組みやスルー化のプロセスについては6月19日に開催する『攻守逆転の決定打 C&C戦略ゼミ』で詳説したい。

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