小島健輔の最新論文

ファッション販売2006年3月号掲載
小島健輔の経営塾3
『COOは三つの顔を持て』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

三つの顔と時間軸の使い分け

 前回は「前方のマーケット/後方の調達/身中の組織の三方を見て情況判断し、この三方同時に攻撃せよ」と提じたが、今回は「COOは職業人として三つの顔を持たねばならない」というお話だ。三つの顔とはコストカッター/クリエイター/ヒューマニストの3人格に他ならない。それは同時に時間軸の使い分けでもある。
 短期の損益軸に立てばコストカッターの顔が、中期の成長軸に立てばクリエイターの顔が、長期の組織育成軸に立てばヒューマニストの顔が前に出る。そんなに器用に顔を使い分けられないと言うかも知れないが、何かを考え検証して行動する場合、時間軸をズームレンズのように動かし、あるいは一眼レフのように付け替えるのは不可欠の対応だ。勢いに乗ってでは難しくても、冷静に整理すれば誰でも出来るのではないか。
 もちろん、使い分けしないという割り切り方もあろう。それは駅伝の区間走者に徹する場合だ。コストカッターに徹した走者がクリエイターに徹する走者にバトンタッチし、さらにヒューマニストに徹する走者にバトンタッチするといったチームプレーがそれだが、巨大企業の経営を見ていると時にその図式通りのドラマを見る事が出来る。バトンタッチを嫌ってもう一区間走りたいというケースも見られるが、区間走者に徹したCEOやCOOが次区間の役割に転じ切るのは相当に難しいようで晩節を穢す事も少なくない。

三つの顔の葛藤

 現実には三者が対立する局面も多く、コストカッターたろうとすればクリエイターとヒューマニストの人格を、クリエイターやヒューマニストたろうとすればコストカッターのそれを抑制せざるを得ない時がある。が、何の葛藤もなく割り切るのとギリギリまで葛藤してバランスを採ろうとするのでは、結果にも多少の差が出るだろうし、何より現場の理解が違う。中途半端になるリスクも否めないが、ちゃんと多面性ある指揮官が心を痛めて決断した結果なら、現場は真摯に受け止めるに違いない。
 時には合理性のみならず雇用関係や社会性に留意して決断しなければならない。会社都合を押し付け過ぎて雇用ルールを逸脱しないか、会社の中では合理的でも社会的には非難されかねない事ではないか等、頭を切り替えて検証する必要がある。当然ながら人事部や法務部の見解を確認しなければならないから、事の決定は先送りされてしまう。それをもって決断が遅いとか優柔不断だとか非難されてはたまらない。踏むべきステップを踏んでこそ確実に実行できるというものだ。
 自分の中の三つの顔の葛藤に加えて周囲やCEOからも遅いだ稚拙だと雑音を入れられるのが常だから、COOのストレスは切れる寸前まで蓄積される。そんな時は自信を持って次のステップを想い描く事だ。通常はそれでストレスを柔らげられるが、自分に自信が持てない時はストレスが鬱積していく。そんな時は部下の支持を確かめたくなるものだが、概して逆効果となるから思い留まる方がよい。あくまで自分の心のバランスの問題だから、カラオケやスポーツで発散させるか読書や趣味で静めるべきだろう。

七つの顔を持てば救われる

 仕事で三つの顔を持って苦しむのなら、プライベートで三つ以上の顔を持って楽しめば良い。いわゆる七つの顔を持つことだ。
 書斎においては文学者か歴史学者か、はたまた同好の志と俳句や短歌に興じてもよい。キャンバスに向かってアートにチャレンジしたり、美術館巡りで心を解放するのもよい。ガーデニングを楽しんだり野山を散策してもよい。ビッグバイクを列ねて遠出をしたり、SUVでカントリーライフを満喫してもよいだろう。“Shall we dance”と洒落てもいいし、素人バンドで盛り上がるのも最高だ。これだけ楽しい顔をプライベートで持っていれば、仕事のストレスも臨界点には遠く届くまい。
 CEOと組織の狭間で三つの顔の葛藤に苦しむCOOたる者、それ以上の楽しみを持つのが武士の嗜みと心得るべきだ。しかして実態は本人だけが知る秘密であろう。

見えなくなったら店に立て

 判断に窮したり自分に自信が持てなくなった時の最良の治療法は店に立つ事だ。「利は元に在り」とか言われるが「利は店で実現する」と言い返すべきで、店に立てば小売業の総ての動きが見える。
 品揃えから編集運用、品出しや陳列整理、接客から御見送りまでスタッフと商品の動きを見ていると、店舗運営からロジスティクス、調達からソーシングまで、店の抱える問題がすべて見えて来る。お客様の動きを見ていても、レイアウトや商品分類、陳列や表示、購買プロセス(=販売プロセス)の欠点が露骨に見えて来る。
 ひとつの問題が別の問題と関連してまた別の問題に波及している流れが手に取るように読めるのだ。ならば、この根を立たねばならないとか、この問題に手を付けるならここまで直すしかないとか、ここを正すには商品部の組織を組み直して配分手法を変えねばならないとか、迷っていた課題に答えが見えて来る。
 店はまた、そこに働く者の技術水準とか意欲とか活力でも大きく変わる。こんな技術を与えればあの課題が解決できるのでは、こんな勤務体系にしてこんなインセンティブを与えれば、もっと活気が出て来るのでは、と次から次へとアイデアが沸き出して来る。そうして悩めるCOOも元気を取り戻すのだから、店は総べてを癒すと言いたくなる。
 店は偉大な実験場であり究極の集中治療室なのだと実感するようになれば、貴方もCOOにチャレンジする資格が備わったと自信を持ってよい。では、次回は「店を元気にする七つの魔法」でも提ずることにしよう。

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