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WWD 小島健輔リポート
『ワールドとユナイテッドアローズの決算に見る経営スキル』
(2021年05月14日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ワールドとユナイテッドアローズが5月10日、2021年3月期の本決算を公表したが、どちらもコロナ禍のダメージが大きかったとはいえ、両社の営業対応と財務対応、構造改革の徹底度合いは対照的だった。ワールドにはしたたかに構造改革を進めても再び壁に当たり構造改革を繰り返す悪循環が指摘され、ユナイテッドアローズには従来の事業構造が壁に当たっているのに財務的な制約もあって抜本改革に踏み切れないもどかしさが指摘される。

 ワールドは売上収益が1803億2200万円と23.7%減少し、営業損失216億3700万円、親会社株主帰属当期損失171億4900万円という史上最大の損失を計上する厳しい結果となったが、145億5600万円のIFRS対応永久劣後ローンという資本性金融商品(負債でなく資本に計上できる)によって資本の減少を32億9900万円に抑え、自己資本比率(親会社所有者帰属持分比率)を前期の31.1%から32.0%にわずかながらも改善するという財務的ウルトラCを演じてみせた。

 売掛債権回転日数こそ43.95日と前期から15.55日延びたが、値引きによる在庫消化で粗利益率を53.88%と4.6ポイント落としても棚資産回転日数を95.8日とわずか1.1日の延びに抑え、買掛債務回転日数を144.49日と11.3日延ばして運転資金回転日数を5.06日のマイナス(前期は10.41日のマイナス)に抑え込み、25億円(前期は67億円)の回転差資金を確保した商品財務スキルもしたたかと評価されるべきだろう。運転資金負担がないのだから一時的な損失を資本導入で補填すればよく、145億5600万円のIFRS対応永久劣後ローンで構造改革費用の138億1200万円を埋めきっている。

 営業損失216億3700万円のうち、459店の退店や計18ブランドの終止に伴う店舗資産や暖簾の減損96億6500万円、2回計434人の希望退職に伴う一時金26億円など大規模な構造改革費用計上による一時的損失が大きく、事業運営による損失は64億9900万円(売上対比3.6%)と限られる。その分、コロナ収束後の回復に期待したくなるが、営業損失も構造改革損失も大半は従来のブランド事業で生じており(250億300万円の損失)、期待のデジタル事業も営業損失20億3300万円(20年3月期も21億1700万円の営業損失)と黒字転換が見えていないのは課題が残る。

 ワールドのECはプラットフォーム事業もあって売り上げの捉え方が難しいが、21年3月期は15.4%増の393億円、全社売り上げに占めるEC比率は7.7ポイントアップの21.8%と発表されている。テナント店やインショップ中心で路面店が限られるワールドはC&C(クリック&コレクト)※1.など顧客利便のOMO※2.に出遅れており、路面店展開チェーンとの業務提携など流通面でもウルトラCを見せてほしい。他社アパレルにも提供するデジタルソリューション事業やデジタルマーケティング、デジタルサプライチェーン構想も注目されるが、テクニカルに流れて拡張性あるローコスト・プラットフォームを確立できないとコスト倒れに終わるリスクも指摘される。

 今期は売上収益で8.9%増の1964億円、営業利益で63億5000万円、親会社株主帰属当期利益で35億円を計画しており、売上収益は20年3月期の16.9%減、営業利益は同48.6%減、親会社株主帰属当期利益は同56.7%減と、コロナ禍の収束が遅れると見て慎重な予算を組んでいる。

 過去の事業構造のゆがみを巨額の費用を伴う構造改革で一掃したことは評価されるが、ワールドは16年3月期にも500店を閉めて453人が希望退職し、20年3月期にも294人が希望退職している。今期と合わせれば1181人の社員が希望退職し、19年3月期以降の720店と合わせて1220店も退店している。構造改革で一息ついてはまた店舗と事業を広げ、壁に当たってはまた構造改革を繰り返す悪循環も否めず、サステナブルな事業モデルへ抜本転換が急がれる。

※1.C&C(Click&Collect)…ECから店舗に取り寄せて試したり受け取る顧客利便。一括配送の店舗物流を使うから送料無料で、店在庫を引き当てれば倉庫から出荷するより受け取りも早くなる。売り手にとっては顧客利便と在庫効率を高め物流費を抑制するOMO(ネットと店舗の融合)戦略
※2.OMO(Online Merges with Offline)…オンライン(EC)とオフライン(店舗販売)を融合するマーケティング戦略

守りに徹したユナイテッドアローズ

 ユナイテッドアローズは売り上げが1217億1200万円と22.7%減少し、営業損失66億1300万円、親会社株主帰属当期純損失71億9700万円という上場来の赤字決算となった。助成金収入10億4100万円などで補って経常損失を48億7800万円に抑えたが、減損損失19億300万円、関係会社株式売却損4億5700万円、賃貸借契約解約損3億3100万円などの特別損失で親会社株主帰属当期純損失が71億9700万円に膨らんだ。

 そこから配当17億3000万円、自己株式処分3億2400万円、子会社(クロムハーツ・ジャパンとフィーゴ)の連結除外34億2500万円などで純資産が298億4400万円と122億2800万円も減少し、借入金が110億円も増えて156億円に肥大した。損失や純資産減少が即、借入金の肥大に繋がるのは本サイト4月5日掲載の「新経営陣はユナイテッドアローズを再建できるか」で解説した延べ296億4300万円の資本流出による財務逼迫が要因だ。

 営業損失66億1300万円にはワールドのような構造改革費用は含まれておらず(特別損失に減損損失と賃貸借契約解約損、計19億3400万円を計上)、店舗もフィーゴとクロムハーツの26店が連結から外れて減少する一方で新たに21店を出店し、不採算店の退店は子会社コーエンの4店を含めて24店に留まる。大規模な不採算店撤退や希望退職募集もなく、構造改革は先延ばしにされている。今期の出店計画も新規8店、退店11店と大規模な店舗の入れ替えは予定されていないが、不採算事業・店舗の精査で11億円の特別損失計上を予定している。

 純粋な営業損失も売上対比5.43%とワールドの同3.60%に比べて大きく、コロナ禍以前から店舗販売の効率が低下して賃借料負担と人件費負担で収益が圧迫されていたから構造改革は待った無しのはずだ。賃借料負担は14年3月期の12.5%が20年3月期は14.3%、21年3月期は16.3%に、人件費負担は14年3月期の15.4%が20年3月期は15.9%、21年3月期は18.3%に肥大している。ならば店舗資産の積極的入れ替えや複合化で店舗規模を拡大し、人時効率を高め人件費負担と賃借料負担を軽減して採算性を抜本的に改善するべきだろう。

 20年3月期に2カ月半停止した反動で自社ECサイトの売り上げは伸びてもECモールサイトが伸びず、EC全体は326億3000万円と11.7%の伸びに留まったが、EC比率は9.4ポイント上昇して32.0%となった。コロナ禍ではアダストリア(23.4%増の538億円)のように2割以上伸ばしたアパレルも多く、ユナイテッドアローズのECはいまひとつ勢いを欠いている。今期は自社ECサイトをリプレースしてOMO体制を確立し、利益率改善を伴う売り上げの拡大を目指しているが、店舗在庫引き当てによるC&Cとローカル・テザリング※3.で在庫効率と物流効率を根本から改善しないと絵に描いた餅になりかねない。

 売掛債権回転日数は37.03日と前期から10.64日延びて資金繰りを圧迫したが、値引きを繰り返して粗利益率を45.21%と5.6ポイントも落として棚資産回転日数を108.98日と前期から23.12日も短縮したのは、コロナ前の20年3月期から持ち越した在庫が多かったことを推察させる。買掛債務回転日数を43.13日と7.97日短縮したのは不可解で11.3日延ばしたワールドとは対照的だが、結果として運転資金回転日数は102.9日と4.5日短縮され、22.7%の売上減少で運転資金負担は343億円と25.7%圧縮された。それでも純資産対比運転資金率は前期の109.8%から115.0%に悪化し資金繰りを圧迫しているから、売上金を直接収納できる路面や商業施設準核の大型複合店の開発を急ぐべきだ。

 上質で定番的な商品も少なくないユナイテッドアローズがあれほど値引きを繰り返して在庫処分を急ぐ必要があったのかと訝られるが、財務的逼迫に加えて前期からの持ち越し在庫が資金繰りを圧迫していたのだろう。ユナイテッドアローズのマーチャンダイジングや在庫運用の行き詰まり、人件費率や賃借料率の肥大はコロナ前から露呈していたことで、コロナ禍で構造改革がさらに遅れたことが悔やまれる。

※3.テザリング…店舗間で在庫を融通して在庫効率を高めるローカル・ディストリビューション手法で、修理加工の集約やC&Cの店出荷と連携される

新経営陣の経営方針では何も変わらない

 今期は売り上げで2.5%増の1248億円、営業利益で30億円、当期純利益で17億5000万円を計画しており、売り上げは20年3月期の20.7%減、営業利益は同65.7%減、当期純利益は同50.3%減とワールドよりさらに慎重な予算を組んでいる。

 新経営陣は「マーチャンダイジングの改革で在庫効率を改善しつつ、OMOを推進して収益性の回復を進める」として、具体的にはマーチャンダイザーとディストリビューターの役割と責任範囲の明確化、発注数量の抑制と重点商品の奥行確保、販売消化が計画を下回る品番の早期見切り、などを挙げているがふた昔前の教科書の域を出ず、直面する現実を変えていくリアリティを欠いている。

 まず変えなければならないのはアフター・コロナのサステナブルなライフスタイルに対応するマーチャンダイジングとサプライチェーンのサステナブルな連携であり、マーチャンダイザーとディストリビューターは分権するのではなく、業務と責任を一蓮托生するペアと位置付けなければならない。賞味期間も販売期間も長い工場直のファクトリーブランドやダイレクトPB(プライベートブランド)など定番性商品を拡充して何年も継続展開し、顧客との関係もサプライヤーとの関係もサステナブルなものにすべきで、販売消化が計画を下回れば早期に見切るような安直で機械的な対応は価格信頼感も商品価値も損なうだけだ。

 サステナブルな定番性商品なら、販売消化が計画を下回ればVMI※4.連携したサプライヤーが補充生産にブレーキを掛ける一方、OMOな販売連携や売場での編集訴求でプロパー消化を進め、それでも残れば来シーズンに持ち越せばよい。シーズン内消化にこだわって叩き売れば価格も価値も崩れ、顧客との継続性もサプライヤーとの継続性も損なわれてしまう。サステナブルなマーチャンダイジングに乗らないファストな企画やギャンブルな企画はリスクを飲み込める範囲に抑制するべきだ。

 ほどほどオシャレで上質な定番で顧客とのサステナブルな関係を築きながら、スタイリッシュなギャンブルマーチャンダイジングに走って「カルトブランド」とまで賞賛された挙句、定番の品質を落として顧客が離れ不振在庫が積み上がり、叩き売りの果てに破綻した米「Jクルー」の二の舞を演じてはならない。

 サステナブルなライフスタイルに応えるサステナブルな顧客商売はサステナブルなサプライチェーンでもあり、「進化する老舗」を謳った創業経営陣の理念とも通じる。綻びた創業理念をアフター・コロナの新たな時代環境下で再興するには事業モデルの抜本的再構築が不可欠だ。売上対比45%も50%も販管費を要する高コストな事業モデルは顧客にもサプライヤーにも負担を強い、誠実で効率的なサプライシステムとは言い難い。販管費率を40%未満まで落とすには何をすべきか、私は「新経営陣はユナイテッドアローズを再建できるか」の「新経営陣への七つの提言」で言い切った。

 新経営陣は壁に当たった事業モデルを教科書的手法でテクニカルに改善したり足し算するのではなく抜本から改革することが急がれるが、大きな投資や出血を伴う改革にもサステナブルなマーチャンダイジングにも財務的裏付けが欠かせない。コロナ禍決算でしたたかな財務スキルを見せたワールドに知恵を借りてはどうか。

※4.VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態

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