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『オシャレはもう死んでいる! 10月に迫る「アパレル危機」の正体』
オシャレよりコミュケとビューティー
(2019年09月10日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

01〔photo〕iStock

     

「衣料消費」暗転の予兆

8月の好調は前年より休日が2日多かったことに加えて、冷夏で落ち込んだ7月の反動もあり、10月に迫る消費税増税前の駆け込みも始まって大きく伸びたが、この勢いが続くはずもない。消費税増税を控えて消費が冷え込む予兆が広がっているからだ。

第一は所得の減少

昨年12月まで17ヶ月連続して前年同月を上回っていた現金給与が1〜5月はマイナスとなり、6月は季節要因で0.4%のプラスとなったものの好転材料は見当たらない。

米中貿易戦争や日韓関係の悪化で輸出や設備投資が失速しインバウンドも減速して所定外労働時間が減少しており、需給が逼迫している若年層はともかく40代以上では所得が減少している

第二は手取りの減少

厚生年金や介護保険の料率高騰に加えて所得控除も年々圧縮されており、所得水準や家族構成にもよるが10年間で2.5%以上も減少したとされる。勤労者の実感はそれどころではなく、これに2%の消費増税が加われば手取りは5%近く減少することになるから消費の失速は避けられない

第三は家計衣料品購入単価と販売単価の乖離

家計調査の衣料品購入単価は16年の1.1%減から17年は2.5%減、18年は2.9%減と三年連続して低下し、19年上半期も2.7%減と下落を続けている。

その一方、上場アパレルチェーン平均の客単価はほとんど横ばいで、家計の衣料品購入単価との乖離は18年で3.3ポイントまで広がり、19年上期も2.5ポイント開いている。消費税が増税されれば乖離は4.5ポイントに広がり、消費は一気に冷え込んでしまう

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オシャレ意欲の冷え込み

たとえ所得や手取りが減って価格抵抗感が高まっても、ホントに欲しいと思えば無理しても買うはずだが、その根本的なオシャレ意欲が年々低下し、底が見えない状況だ。

私は80年代から家計消費支出に占める被服履物支出の割合を食料品支出のエンゲル係数にたとえて「ファッション係数」と呼んでいるが、終戦直後の更生服時代はともかく実質ピークは日米繊維協定が発効して「ファッション化社会」が到来した73年の10.0%だった。

以降、DCブランド時代も落ち止まらず、バブル期までは7%台を維持したものの92年以降はデフレに飲み込まれて急落。01年には5%、15年以降は4%を割り込み、18年は3.75%、19年上半期は3.64%と底が見えない。

その背景は92年以降の低価格化と過剰供給に加え、ユニクロがオシャレ不要な「生活パーツ」で衣料消費をコモディティ化する一方、使い捨てのファストファッションが蔓延し、近年は着たきりTPOレスな「アスレジャー」がカジュアルの主流となったことが指摘される。

オシャレよりコミュケとビューティー

実際、11年から14年にかけてわずかに回復を見せた「ファッション係数」が15年以降、底割れしたのはアスレジャーブームやビジネスウエアの急激なカジュアル化の影響が大きかったと思われる。

若年人口が増え経済が上昇していた80年代まではオシャレが衣料消費を牽引したが、92年以降は経済が停滞してデフレが進行し若者人口が減り続け、社会が服装の個性や性的表現に不寛容になる中、オシャレ意欲が減退して衣料消費がコモディティ化していったと総括されよう。 

衣料消費が衰退した分、消費はどこに流れたのだろうか。

家計消費の分野別支出推移を見れば明らかで、「被服履物」支出が落ちた分、携帯電話料金などの「通信費」、「理美容用品」や「理美容サービス」「保険医療」に流れている。高齢層に偏る「保険医療」はともかく、「通信費」と「理美容費」が大きかった。

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90年には家計消費支出の7.38%を占めていたファッション支出(「被服履物」)が18年には3.75%に激減する一方、ビューティ支出(「理美容用品」「理美容サービス」)は1.99%から2.58%に、通信支出は2.09%から4.67%に激増している。コミュニケーションとビューティーがファッションに取って代わったと言っても良いだろう。

ファッション支出の減少が止まらない中、今春から渋谷109の売上が6ヶ月連続して前年を超えるなど、10年ぶりにヤングファッションに追い風が吹いているが、その主要因は若年労働力逼迫によるバイト時給の上昇に加え、何と携帯電話料金の値下げだった。

29歳以下世帯の「通信費」は18年で平均140,247円と消費支出の5.46%も占めて他の消費支出を圧迫しており、「被服履物」支出は116,346円と「通信費」支出の83%に留まるから、携帯電話料金の値下げがヤングファッションの追い風になるという“風桶話”も真実味を帯びてくる。

実際、「通信費」支出比率は17年の4.69%をピークに19年上半期は4.61%まで低下している。

オシャレはもう死んでいる

世代人口が増加して同世代内競争が強いられた時代には個性的なオシャレが競われたが、近年の少子化が加速する中では仲間内から浮き上がることが極端に憚られ、仲間に共通するスタイルにまとまっていく。実際、JKの制服の着崩し方やヘア&メイクを見ると、どのグループに属しているか一目瞭然だ。

若い世代ほどオシャレよりコミュケ(コミュニケーション)にこだわる風潮は衣料消費を減退させるから、ファッション業界がどうトレンドを煽っても上向くのは難しい。ユニクロやアスレジャーがファッションの主流となった今日、オシャレはすでに死んでいるのかも知れない。

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