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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『SPA神話もチェーンストア神話も崩壊している』 (2018年08月27日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 後ピンのPOS情報に頼って顧客と売場を見なくなる弊害が指摘されるわが国のチェーンストアだが、後ピンの虚像を追っているのはベンチマークするビジネスモデルも同様だ。とっくに“神話”となって使えなくなった運営理論やビジネスモデルに固執する様は蜃気楼を追うさまよい人のようで、幻影を追って消耗する時間と費用を使える“実話”の運営理論やビジネスモデルに投ずれば違う未来が開くに違いない。

CMIもマスの論理も“神話”となった

 前世紀までは何でも米国が先行し、わが国の流通業界やアパレルチェーンは米国企業のビジネスモデルや運営手法をベンチマークすればよかった。今や分野によっては欧州や中国の方が先行し米国企業のビジネスモデルも運営手法も一変したのに、昔日の“神話”を現実のように思い込んでベンチマークする企業が今も少なくないのは不思議でさえある。

 米国のチェーンストアは中央集権のCMIに徹していると大昔に教えられたものだが、今やクラウドネットワークを介してVMIやSMIを組み合わせ、個店対応の品揃えとサプライに注力している。人種の坩堝といわれる米国市場は地域どころか住宅地ごとに人種構成も宗旨構成も異なり、地域催事も52週の販売指数も大きく異なる。移民の流入が加速する近年の欧州も事情は同様で、エスニック対応のローカルマーケティング精度がチェーンストアの生命線となっている。

 第二次大戦によるリセットから生活文明再建の30余年間は日本に限らず欧米も均質化へ向かい(Suburbanization)チェーンストアの黄金時代を築いたが、東西冷戦終結以降は生産がグローバル化する一方で消費は地域的民族的多様化に転じてエスニックマーケティングが必須となり、クラウドネットワークが定着した昨今ではCMIでもVMIやSMIを組み合わせてローカル対応するのがチェーンストアの常識となった感がある。EC軸のIoTでパーソナルなD2Cが急進する今日、CMIに縛られたチェーンストアが生き残れる状況ではない。

 それは単一民族(4万年にわたる多段階移民の混血が単一に近い民族文明を形成した)のわが国とて同様で、食品や衣料品を見る限り地域やライフスタイルの違いは多民族市場と大差ないローカル多様性を示している。故にナショナルチェーンよりローカルチェーンの方が経営効率が高くなるのは必然で、スーパーマーケットでは歴然だ。

 衣料品でもロット拡大による調達原価圧縮が多店舗展開による在庫の偏在ロスをカバーして収益性を高めるロジックは2010年を最後に崩れ、以降は調達規模よりローカル対応の精度と速度が売上げと収益を決めるようになってきている。アパレルでもローカルチェーンの方が優位になるのは時間の問題ではないか。

SPAも“神話”になった

 SPAにしても“神話”と“実話”は大きく異なる。1990年代までは米国の方がSPA化で先行し、リテールチェーンではギャップやリミテッド、近くはアバクロやアメリカンイーグルなどがオリジナル商品によるSPA業態を確立し、アパレルメーカー系ではラルフローレンやゲス、VFコーポ(「ザ・ノースフェイス」「ティンバーランド」「ヴァンズ」「ディッキーズ」)やPVH(「カルバン・クライン」「トミー・ヒルフィガー」)などが多数の直営店を布陣したが、ECがアパレル販売の主流となるにつれ店舗運営のコストと在庫の偏在が重荷となり、先行企業は店舗網をリストラして脱SPAに舵を切っている。

 リテールチェーンでは運営コストも在庫効率も優位なECへのシフトを急ぐ一方、調達を短サイクルに小口化して値入れより在庫回転と消化歩留まりを重視する調達政策に変わりつつある。前世紀にはわが国アパレルチェーンより高粗利益率で格段に低回転だった米国アパレルチェーンが、今日ではわが国アパレルチェーンより低粗利益率で高商品回転と逆転してしまった。

 米国株式上場アパレルチェーン上位20社平均の粗利益率47.5%、商品回転4.59回(最新本決算)に対し、わが国株式上場アパレルチェーン16社平均は粗利益率51.1%、商品回転3.72回(最新本決算)と、かつての関係は逆転している。わが国アパレルチェーンはコスト重視の大ロット調達で高粗利益率は実現したが在庫回転は8期で8掛けに減速し、交叉比率(190.2)も米国(218.0)に逆転されてしまった。利幅と在庫回転どっちが収益につながるか、3期で売上高が14%しか伸びていないのに在庫は84.4%も積み上がり、営業利益率はピークの07年度(23.5%)から13.2ポイントも急落したH&Mの惨状を見れば明らかではないか。環境が変われば優先すべき軸も変わるのに、過去の幻影にとらわれては判断を誤る。

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 アパレルメーカーではECやOPSの拡大で直営店事業が経費倒れに陥っており、運営経費も在庫リスクも格段に軽いホールセール事業の方が高収益という逆転現象が広がっている。直営店事業比率の高いラルフローレンの営業経費率が52.6%とかさんで営業利益率が8.1%(前々期は店舗リストラで赤字決算だった)に留まるのに対し、卸型のギルダン・アクティブウエアは営業経費率が13.7%と格段に低く営業利益率は15.4%、ヘインズブランズも営業経費率が25.2%と低く営業利益率は14.3%も稼いでいる。

 ひと昔前までは直営店販売比率の高いアパレルメーカーほど高収益だったのに、スマホとECがショッピングスタイルを変えてしまい、直営店事業は経費倒れのお荷物と化してしまった。“店持ちアパレル”が高収益だったのは昔日の話で、今や新興アパレルは経費のかさむ直営店を最低限しか布石せず、身軽なポップアップストアを巡回して顧客をつかみ、ECで商売するというD2Cビジネスモデルに転じている。

経営環境が変われば“神話”も崩れる

 チェーンストアを取り巻く環境は東西冷戦終結以降、3段階のパラダイムシフトを経て一変した感がある。90年代初期、旧共産圏が西側の生産圏に組み入れられてグローバル水平分業体制が確立され、先進国はデフレの奔流に飲み込まれた。“ケイレツ”など国内中心の垂直協業にこだわってグローバルなコスト競争に遅れをとったのがわが国産業界で、“失われた20年”を招いた。

 第2のパラダイム転換は00年前後に集中した規制緩和で、産業に新たな活力をもたらした一方で数々の弊害と世代交代をもたらした。店舗小売業、中でもテナント出店チェーンは定期借家契約の導入と一気の適用拡大で店舗が資産から“利用権”に一変。保証金が敷金に変わって出店費用が激減した一方で実質家賃というランニングコストが跳ね上がり、運転資金の余裕でロット調達のSPA化が急進した一方、ランニングコストを吸収すべく調達原価率の切り下げも進み、オーバーストアと相まって販売不振が深刻化していった。

 崖っぷちの店舗販売の背中を押したのが11年以降のEC、とりわけモバイルショッピングの急拡大で、売上げがECに流れて損益分岐点の高い店舗は次々に閉店に追い込まれ、在庫一元化とC&Cの急進で売れ筋という兵糧までECに奪われ、もはやEC主導でお試しや受け取りのサービス拠点(ショールーミングストア)として生き残りを模索する段階に追い詰められている。

 このあたりの事情は筆者の近著『店は生き残れるか』(商業界刊)に詳しいが、状況は5月末の出校段階からわずか3カ月で格段に深刻化している。このペースで事態が進めばチェーンストアという流通システムそのものの存亡が問われかねない。“神話”にとらわれては“実話”の世界で生き残れないのが現実なのだ。

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