小島健輔の最新論文

繊研新聞2024年03月15日付
『高コスト化するSPAチェーンに警鐘』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 直営の衣料品売場から撤退するイトーヨーカ堂がカジュアル衣料平場の商品供給をアダストリアに委任して業界の注目を集めているが、SPAチェーンの高コスト化が指摘される中、SPAチェーンによる商品供給に競争力はあるのだろうか。

 

■アダストリアが商品供給する「ファウンドグッド」とは

 既に多くの報道がなされているので簡略にまとめるが、直営の衣料品売場から撤退するイトーヨーカ堂がアダストリアに商品供給を委任した「ファウンドグッド」は、30〜40代の子育て世代を主なターゲットとするカジュアル衣料平場で、中心顧客が高齢化して地域の世代交代に取り残されつつあったイトーヨーカ堂衣料品の空白を埋めるものだ。

 イトーヨーカ堂衣料品には他にミセス〜シニア向けの「婦人服」、アダルト〜シニア向けとビジネスの「紳士服」、「フォーマル」「ランファン」「肌着」「服飾雑貨」、「子供服・服飾雑貨」「スクール用品・文房具」などの売場が存在するが、既にブランドメーカーのコンセ(コンセッショナリー・・・売上歩合のインショップ)が大勢を占めている。「肌着」「服飾雑貨」を残して直営から撤退すれば、「婦人服」「紳士服」もブランドコンセだけで構成されるようになると思われるが、ブランドコンセは直営平場より価格が嵩むから客層が限られる。

「子供服・服飾雑貨」「スクール用品・文房具」は「ファウンドグッド」での扱いが限られ(子供服の構成比は5%強)、コンセに切り替えるのも難しいから、別のアパレルに委任することになるのだろう。

 「ファウンドグッド」はアダストリアのビジネスプロデュース本部が商品を企画・生産して供給するのみならず売場づくりやVMDも主導し、イトーヨーカ堂スタッフに接客研修や商品説明も行い、アダストリアのスーパーバイザーがOJTも指導するというから、商品供給型フランチャイズ契約に近い。とは言ってもアダストリアがブランドを担うわけではなくサプライヤーにとどまり(衣料品のタグ記載製造者は日本ファッション・アパレル産業協会、雑貨の一部のみアダストリア)、イトーヨーカ堂側が数入れ発注して在庫管理し、消化運用して売り切っていくから、リスクはイトーヨーカ堂が負うことになる。

 ならば、商品に「お、値段以上」の価値がないとイトーヨーカ堂は消化と採算に苦しむことになるが、果たして「ファウンドグッド」の感性と品質は価格を超える魅力があるのだろうか。

 

■「ファウンドグッド」の価格と品質や如何に

 「ファウンドグッド」の価格と品質はまず、元のイトーヨーカ堂PB衣料との比較で語られるべきだが、コンサバなミッシー〜ミセス/アダルト〜シニア層に支持されて来たイトーヨーカ堂PB衣料と今時の抜けて着回せる子育て世代向けの「ファウンドグッド」を同列に比較するのは難しい。

絶対的な価格は「イトーヨーカ堂PB衣料と同等かやや安い」とアナウンスされているが、税込(以下同)でウィメンズのボトムが2900〜4900円、ブラウスが1900〜3900円、カットソー900〜4900円、アウター3900〜9800円ほどで、品質にこだわるアパーライン(松竹梅の松)を欠く一方、裾値アイテム(松竹梅の梅)は「しまむら」とも重なる。

コンサバなデザインとフィット、見慣れた素材と規格通りの縫製仕様のイトーヨーカ堂PB衣料は従来客に安心感があったが、「グローバルワーク」や「レプシィム」の感覚に近い抜けて着回せる「ファウンドグッド」は素材も薄くフィットも緩いから、子育て世代には受け入れられても従来のミッシー〜ミセス/アダルト〜シニア層には安っぽく見えるかも知れない。世代やライフスタイルが違うとデザインやフィットはもちろん、品質感の好みも少なからず違う。

結局のところ、離反するミッシー〜ミセス/アダルト〜シニア層と新たに取り込む子育て世代層の足し引きで衣料品のみならずストア総体の客数がどの程度、増えるのか、イオン系など競合する商業施設に対抗して子育て世代を吸引できるのか、シビアに問われることになる。

競合は総合スーパー(いわゆるGMS)の衣料品だけではない。イトーヨーカ堂の大半の店舗が立地する地域圏※には価格帯の近い「ユニクロ」はもちろん、一回り低価格の「GU」や「coca」、「スマイルシードストア」(アダストリアの地域圏業態で「GU」価格)、足元の生活圏には「しまむら」もある。「GU」や「coca」、「スマイルシードストア」は顧客の世代もウエアリングも「ファウンドグッド」に近いから、一回り価格の高い「ファウンドグッド」はお値打ちを比較されると苦しいかも知れない。

※店舗小売業の立地・・・・最寄り性の強い「近隣商圏」(コンビニなどが立地する人口5000人前後の商圏)、「生活商圏」(「しまむら」などが立地する人口25000人前後の商圏)から、最寄り性と買い回り性が交錯する「地域商圏」(CSCやパワーセンターが立地する人口10万人前後の商圏)、多数の店舗が集積する買い回り性の「広域商圏」(RSCやターミナル商業施設が立地する人口40万人以上の商圏)に大別される。

 

■SPAによる商品供給は割高になるのか

世代やライフスタイルが違うと品質感の好みも少なからず違うと言ったが、「好み」という定性的な要素はともかく、「小売価格対比の生産原価率」という定量的な物差しで比較すると競争力の格差が見えて来る。

小売価格は仕入れ(調達)原価に小売業の値入れを乗せたもので、値入れから値引きや売れ残りのロスを引いたのが粗利益になる。仕入れ原価はサプライヤーにとっては卸売価であり、サプライヤーの粗利益が開示されていれば生産原価を推察できる。最も仕入れ原価率が高いのが「しまむら」(しまむら事業部)で、ついでGMS衣料品PB、最も低いのがSPAだが、生産原価率もその順に低くなる。

「しまむら」衣料品の粗利益率は売上対比32%弱だが、ロス率が6%強と低いから仕入れ原価率は62%程度と推計される。しまむらの上位納入問屋の粗利益率は20%に届かないから、納入問屋のロスを考慮すれば生産原価率は小売価格の48〜49%程度とコスパの高さは突出している。

GMS衣料品PBの粗利益率は売上対比33%前後と「しまむら」と近似していてもロス率は20%近いから、仕入れ原価率は48%を切っているはずだ。取り組む専門商社の粗利益率は15%程度だから、専門商社のロスを考慮すれば生産原価率は38〜39%程度と「しまむら」より10ポイントも低い。

ミャンマー自社工場の生産比率が高いハニーズの60.9%は例外として、外部に生産を委託するSPAチェーンの粗利益率は50〜55%でロス率は15%前後だから、仕入れ原価率は30〜35%と推察される。SPAチェーンの商品生産を受託する専門商社やOEM業者の粗利益率は15%程度だから、彼らのロスを考慮すれば生産原価率は25〜29%と格段に低く、GMS衣料品PBより10ポイント以上低い。

SPAの生産原価率は低いと言ってもユニクロ(国内事業)は別格で、調達原価率38%、商社との関係や直貿比率は推察の域を出ないが生産原価率は34〜35%と推計する。素材の集約と生産ロットが桁違いな分、数字以上の品質になるから、他のSPAチェーンと比べれば格段のお値打ちがあるのは間違いない。

ユニクロを除く大手SPAチェーンの生産原価率を中間値の27%と見れば、GMS衣料品PBより小売価格が4割も割高になる。ましてや「しまむら」と比べれば小売価格は8割近く割高になるから、サプライチェーンとしての競争力は期待できそうもないが、実際はそこまでの大差は無い。

 生産原価は素材の集約や生産ロット、リードタイムの長い計画生産か引きつけた当用生産かで大きく違うから計算上の生産原価率がストレートに品質のバロメーターになるわけではない。加えて、セルフ販売のGMS衣料品の販管費率(収支一杯だから粗利益率に近似)は、セルフ販売の国内ユニクロ(34.7%)は例外として、接客販売のSPAチェーン(アダストリア単体48.3%、ハニーズ46.9%)より格段に低いから、その分、実際の生産原価率は高く出来る。

SPAチェーンがGMS衣料品に商品供給すればコスト構造はどうなるのか。あくまで一般論だが、SPA的な陳列表現と接客を多少は取り入れないと期待する販売消化が望めないから販管費率を36%、ロス率と営業利益率の合計を20%に設定すれば、仕入れ原価率は44%。SPAチェーンがMD設計や商品企画のロイヤルティとして専門商社より多少乗せた値入れで供給するなら生産原価率は36%弱になる。GMS衣料品が専門商社から直接調達するより3ポイント前後低くなるだけだから目立った割高感は生じないが、裾値商品では素材や縫製仕様の粗が目立つかも知れない。

「ファウンドグッド」を検分した印象もそれに近いが、競争力を失ったイトーヨーカ堂PB衣料と比較しても意味がない。イトーヨーカ堂衣料品と競合する地域商圏の衣料品チェーン、とりわけ対象世代もウエアリングも近い「GU」や「coca」は一回り安い「しまむら」価格だし、「しまむら」が抜けて着回す今風のウエアリングに目覚めたら足元の子育て世代は流れてしまう。それらと競合する裾値商品のお値打ちを格上げして品揃えも拡充する必要があるのではないか。

 

■高コスト化するSPAチェーンに警鐘

  今や手頃な衣料品供給の主役となったSPAチェーンだが、ファストファッションなど低価格なイメージとは裏腹に、近年のインフレもあって「お値打ち」が疑わしくなっている。家賃など不動産費や人件費、ECやOMOに絡む運営コストが肥大して販管費率が上昇し、ユニクロやしまむらを除けば40%台後半に集中してクロージング系など50%を超えるチェーンも少なくない。

アルゴリズムやAIによるデータマイニングが活用される一方、編集陳列や店間移動集約など在庫消化運用スキルの低下は否めず、値引きや売れ残りのロスが高止まりしているのが実情だ。販管費とロスが値入れを食い潰して調達原価率が切り下がり、「お値打ち」も怪しくなって、関税も消費税も回避した激安価格の中華系越境EC(SHEINやTEMU)の草刈り場になっている。

30年ぶりというインフレ下で高付加価値政策に流れ、19年比で15〜20%もの単価上昇を上回る客数減に陥っているチェーンも少なくないが、食料費や光熱費、住居費など必需消費の高騰で衣料消費は日米共通してダウンサイジング(下方移動)が急進しており、高付加価値政策を継続すれば客数減が深刻化しかねない。

ブランド商品に対する価格合理性(お値打ち)で衣料消費の主役となったSPAチェーンだが、「お値打ち」が怪しくなれば存在価値を失って「小売の輪」の淘汰される側に堕ちてしまう。目先の状況対応で視野狭窄に陥り、長期的なドメイン(生存領域)戦略を誤ってしまうとしたら、取り返しのつかないことになる。

小売業の競争力はマーケティングとマーチャンダイジングを軸としてサプライサイドとリテイルサイドの両輪で決まるものだ。リテイルサイドの効率が低ければサプライサイドに皺寄せされて「お値打ち」が殺がれ、競争力が落ちてしまう。SPAチェーンはその存在意義を賭けて今一度、配分・補給と編集陳列、店間移動・集約など在庫消化運用スキルを再構築すべきではないか。

その肝はシーズン後半での本部から現場への在庫運用権限移管にあり、プロフィットセンター(店長なのかエリアマネージャーなのか)と移管タイミングを見極め、ルールを定めて実行すれば驚くほどの成果が得られる。米国の例だが、同じジーンズカジュアルチェーンでも、シーズン末まで本部が在庫運用するギャップ社の業績が低迷して23年1月期は営業赤字に転落したのに対し、エリアに在庫運用権限を移管するバックル社の営業利益率は同じ23年1月期で24.4%に達している。

ロス削減の在庫管理というと近年はデータマイニングばかり注目されるが、現場の在庫運用スキルを欠いては成果が得られない。SPAチェーンに限らず、小売業の原点に回帰して現場の在庫運用スキルを再構築すべきだろう。

 

 

 

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