小島健輔の最新論文

販売革新2017年4月号
—–2020年のチェーンストア—–
『流通は3年で「想定外」の変貌を遂げる』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング 代表取締役

  日米中など世界中でECが拡大し百貨店からディスカウントストアまでチェーンストアが追い詰められる今、2020年への流通業の変貌を推測するには「線形モデル」でも「周期モデル」でもなく災害予知対策的「不連続断層モデル」が適していると考えられるが、その破綻力学は「矛盾の歪み」に求められよう。

■線形幻想と周期幻想と矛盾の歪み
 「線形幻想」とは直近の傾向が続くと思い込む事、「周期幻想」とは一定サイクルで類似したパターンが繰り返されると思い込む事。どちらも株式投資から売上予測まで日常的に使われる予測モデルだが、何年か何十年か、はたまた何百年か何千年かというスパンでは突然ルールが変わってトンデモナイ事態が発生する。いわゆる「想定外」で、リーマンショックから東日本大震災まで忘れた頃にやって来る。
 2020年と言えばほんの3年先の事だから誰もが「線形モデル」で考えがちだが、どこまでも盛り上がるかのように錯覚された我が国のインバンド特需のように突然、失速するケースもあるし、衰退の一途かと思われた韓国のインバウンド需要が盛り返しているように「周期モデル」に近いケースもある。その「周期モデル」とて半世紀/四半世紀/ディケードなどの周期サイクルが交錯し、ドックイヤー的加速や予想外のバイアス効果も加われば到底、当てには出来ない。確実に対策するには線形や周期の予見を持たず、「矛盾の歪み」が臨界に達する加速度を検証し、臨界圧力が解き放たれた時の爆発力を予測する「災害予知対策的断層モデル」が適しているのではないか。
 流通業における「矛盾の歪み」とは1)店舗運営効率、2)在庫効率、3)物流効率、の三点に尽きる。しかも、その歪みはEC事業との比較で語られざるを得ないのが現実だ。

■店舗運営効率の歪み
 店舗運営効率は売上対比の不動産費率と運営人件費率で問われる。  株式上場アパレル専門店チェーン14社の平均不動産費率は00年の14.5%から15年は17.9%に、そのうちテナント出店型チェーン7社平均は16.5%から20.2%に肥大し、郊外SC店(SPACメンバー)の不動産費率は00年の16.6%から16年には21.4%に肥大している。同じく株式上場アパレル専門店チェーン14社の平均人件費率は14.2%から17.6%に、そのうちテナント出店型チェーンは16.0%から19.3%に、郊外SC店(SPACメンバー)の運営人件費率は00年の12.2%から16年は16.6%に肥大している。
 両者の合計で見た運営経費率(光熱費や包装費を除く)は株式上場アパレル専門店チェーン14社平均で00年の28.7%が15年には35.5%に、そのうちテナント出店型チェーン7社平均は32.5%から39.5%に、郊外SC店(SPACメンバー)の店舗運営経費率は00年の28.8%から16年は38.0%に、それぞれ跳ね上がっている。
 その要因は00年3月に導入された定期借家契約によるイニシャルコストの圧縮とランニングコストへの転嫁、同年6月に施行された大店立地法による営業時間延長がもたらした運営人時コストの肥大で、これにSC開発の急増とイニシャルコスト圧縮がもたらしたオーバーストア化(00年から16年で商業施設面積は60%強も拡大)が加わって同期間にSC販売効率は35.6%も低下している。また定借期間満了に伴う退店要請も広がり、株式上場アパレル専門店チェーン14社平均の退店率は00〜08年の47.9%が09〜15年には93.4%、うちテナント主体型7社平均の退店率は同じく46.8%から114.9%に急増している。これら短期間での退店による除却損失も経営を圧迫していると思われる。
 そんな情況は米国アパレルチェーンとて大差ないようで、大手9社の平均退店率は直近二期間で111.8%、144.5%と急速に悪化している。日米に共通しているのがECへの消費流出と店舗販売の非効率化に他ならない。
 EC売上に対する営業経費率はモールサイトのテナント店こそ11年の31.6%から16年は38.3%と肥大したが、自社サイトは31.5%から32.0%とほぼ横這いで、自社サイトは店舗販売より3.5〜7.5ポイント低い(SPACメンバー)。包装費やカード手数料を加えれば、その差はさらに開く。自社サイトの売上規模が数十億円規模になれば30%を切り、百億円を超えれば25%、千億円を超えれば20%と加速度的なマス・メリットが発揮されるから、アパレルチェーン各社は在庫引き当ての一元化も加わり、モールサイトから自社サイトへと急速に比重を移している。
 ECへのシフトが進んで売上規模も大きい米国アパレルチェーンでは店舗とECの営業経費率格差はさらに大きく、16年1月期のルルレモンでは両者の経費率は18.5ポイント、15年1月期のアバクロでは19.7ポイントも開いていた。

■在庫効率と物流効率の歪み
 チェーンストアはその発祥から多店舗への在庫の物流と店舗内の物流作業、多店舗への在庫の偏在という課題を抱えて来た。販売する商品を悉く各店舗へ運んで積み上げる以上、配分・補充の精度と頻度と物流コストの相克、品出し・補充・商品整理といった店内物流作業が避けられず、各店舗での販売の片寄りから在庫が偏在し、在庫の偏在を修正する店間移動の物流費も嵩むという体質から逃れられないまま、多店化すればするほど在庫効率が悪化するというジレンマを抱えて来た。
 しかも、店舗運営費は売上ではなく在庫量に比例するから、在庫を抱えるほど家賃も人件費も嵩む。不動産コストが低く低賃金労働者が潤沢に供給された往時はともかく、どちらも高騰する今日では従来の店舗運営はコストに見合わないものとなりつつある。高い家賃の売場や後方ストックに在庫を積み上げ、物流作業バイト並みの薄給で店舗労働者を扱き使う従来の店舗運営は破綻の瀬戸際に瀕している。
 そんな弊害を回避する知恵として在庫管理・補充や物流をベンダーにアウトソーシングするVMI、自社でそれらをやり切るエリア・ルート便体制などが工夫されて来たが、在庫の偏在によるロスの発生とそれを回避する物流コストのバランスは難しく、チェーンストアの課題として残されて来た。店舗運営における物流作業を人海戦術でこなし、偏在ロスを調達コストの切り下げで吸収する力技も2010年頃を界に限界に達し、抜本的な仕組みの再構築が求められる中、オムニチャネル戦略が注目されるに至った。
 店舗販売なら全国を数十数百数千の店舗でカバーし各店舗に在庫を積み上げてハンドリングしなければならないが、ECなら数カ所のDCで全国をカバー出来、アルゴリズム引き当てで最寄DCから発送出来る。B2C宅配費の負担は避けられないが、巨大な売上になっても在庫は偏在しないからロスの発生は限られ、DC間の物流費も店間移動の物流費と較べれば桁違いに低い。そんなECの在庫効率・物流効率をチェーンストアの体質改革に活用せんとするのがオムニチャネル戦略の本質なのではないか。

■誤解されて来たオムニチャネル戦略
 ECに浸食される店舗小売業の反撃として米国で注目されたオムニチャネル戦略だが、その建前と現実は大きく乖離し、EC事業者側が店舗利便を取り込んで一段と小売業者を追い詰める情況になりつつある。オムニチャネルを鳴り物入りで打ち上げたメイシーズはフルフィルメント体制が追い着かず、店出荷など店舗への負担が嵩んで経費倒れになり、順調にEC比率を高めて来た専門店チェーンとて片手間のフルフィルではEC専業大手に対抗出来なくなりつつある。それは国土が広く宅配インフラが割高で、独自のフルフィル投資が避けられない米国のローカル事情なのだろう。
 それに対してカタログ通販時代のインフラが残る欧州ではフルフィル基盤を活かしたデジタル化が進んでおり、宅配より指定受取所渡しが多く、高い返品慣習に対応する受取システムやショールームストアなど、独自のローカル進化が注目される。国土が狭く宅配インフラが高度に発達し90年代に通販インフラが確立された我が国では米国のような独自のフルフィル投資や店出荷の必要性が薄い反面、百貨店や商業施設デベの理解が遅れ、一部の先行する企業と取り残される百貨店などとの格差が拡大している。
 オムニチャネル化は店舗販売と通信販売の際を超えた顧客利便と運営効率を追求するもので、ローカルな購買慣習とインフラ基盤がその発展を左右するから、米国が先行しているとか日本が遅れているとか優劣を問うても意味が無い。重視すべきはカテゴリー別のEC比率で、おおむね二桁に乗った段階で購買慣習が一変する。
 EC比率が28%にも達する家電/PC、事務用品/文具、22%に達する書籍やAVソフト、それに近い家具ではECでの購買慣習が定着し、店舗はショールーム化してECとの連携が当然のように要求される段階に達している。逸早くフルフィルを確立したヨドバシカメラがアマゾンと覇権を争い、それに出遅れたイケア・ジャパンが苦戦しているのも必然と言うべきだ。  16年で10%の転換点に達したばかりなのが衣料・服飾雑貨だが、ブランドビジネスやSPAがオムニチャネル体制を加速する一方、百貨店や商業施設デベの大半は背を向けたままで、このままでは彼らは消費者にスポイルされる事になる。ECと店舗を連携してオムニチャネル化を進めているかに見えるブランドビジネスやSPAとて10%の転換点を理解しておらず、購買慣習の急変に対応出来る企業は限られる。
 10%は購買慣習の臨界点であり、それを界にして店舗にEC同様の利便、ECに店舗同様のサービスが求められるようになる。店舗ではEC同様にECと各店舗の在庫情報が瞬時に提供されて当然とされ、ECでは店舗と同様に何点も試して選べるのが当然とされるだろう。前者はICタグの導入や在庫管理システムのオンライン化で済むが(大日本印刷はRFIDタグの単価を2020年までに5円、2025年までに1円にするそうだ)、後者は欧州並みの20%30%という返品率を招きかねない。
 店舗がEC一体のショールームとして機能し、EC商品を取り寄せて散々試して返せる場となり、EC商品を取り寄せて試して返せる受け取り専門店がコンビニぐらい沢山あって、EC業者も再販売可能な状態で返品を回収出来る仕組みが不可欠になる。東欧や英国にはキオスク型の受け取り拠点ビジネスがあるが、店舗のようにゆっくり試着してフィッティングサービスが受けられる受け取り拠点は存在しない。「TBPP」(Try Buy Pickup Point 試して選んでから支払う受け取り拠点で、私の造語)は我が国特有のオムニチャネル購買慣習として世界に先駆けて確立される事になるだろう。宅配現場の限界的疲弊から料金体系が見直され、宅配料金が値上げされる一方でロッカー渡しや受取所渡しの低料金サービスが導入される今後、「TBPP」は急速に普及して行くと期待される。

■チェーンストアはどう変貌するのか
 ECが消費生活に定着して店舗とECを隔てない利便とサービスが競われる2020年、すべてのチェーンストアはオムニチャネル・リテイラーに変貌しているに違いない。変貌できなかったチェーンストアは、その時点でもう消えているからだ。オムニチャネル・リテイラーたる必須条件は以下の4点だと考える。
1)DC/店舗/BB物流/BC物流の全段階をトレース出来るリアルタイム・オンライン在庫管理システムを確立している。
2)DC内/店内の在庫ロケーションをリアルタイムに掴める位置情報システムを装備し、棚卸しやピッキング、販売精算がワンタッチで完了できる。
3)快適に抵抗なくショッピング出来る良く出来たECシステムと完全に連動するショップAIサービスを確立し、ECと店舗を隔てなく使える利便を提供する一方、店舗の販売要員はフィッティングなど専門的接客サービスに集中出来る。
4)EC商品を店舗に取り寄せて試し、フィッティングとお直しサービスが受けられる。小型店やショールームストアでも全商品が取り寄せられ、売場面積に制約されない品揃えを提供出来る。
 加えて、5)自社商品やグループ企業商品に限らず広範囲なEC商品を取り寄せて試して買える「TBPP」として機能すれば品揃えも顧客も無限に拡張出来る。

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 買う側にとっては店舗販売とECの際が無くなって利便が高まり、売る側にとっては運営効率も在庫効率も物流効率も高まって‘チェーンストアの呪縛’を解かれ、店舗労働者を薄給で扱き使う必要も無くなり、店は再び魅力的な職場に甦ると期待される。

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