小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『今、問われている「お値打ち基準」、「衣料品の価格」は何が決めるのか?』
(2024年01月12日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 30年ぶりのインフレは衣料品も例外ではなく22年頃から値上げが目立って来たが、消費者は必ずしも受け入れている訳ではない。通る値上げ、通らない値上げの技術論もともかく、原価と小売価格の両面から衣料品の価格が決まるメカニズムを考察してみたい。

■衣料品の値上げは受け入れられるのか

 衣料品の供給単価(輸入品単価)は22年は832.2円と前年から22.6%も跳ね上がり、23年も1~10月で868.8円と22年同期間から6.6%上昇している。輸入品は22年で供給数量の98.2%、23年も1~10月で98.4%を占めるから、輸入品単価=供給単価と見て良いだろう。価格に敏感な大衆にとって「日本製」はもはや手の届かない高級品で、近年は付加価値を追求する「工芸品」志向も強いから、価格議論からは除外しても差し支えないと思われる。

円安も峠を越えたが依然、140円強と水準は高く、24年も値上げが続くのは必定だ。繊維製品の企業物価(卸価格)は22年は供給単価が22.6%も上昇しても4.0%しか上昇しなかったが、23年は1~11月で供給単価の6.6%上昇に対して6.5%上昇と転嫁が進んでいる。その背景にあるのが公正取引委員会が11月に公表した「企業間取引に関する指針」だ。

発注者と受注者の定期的な価格協議を求め、協議なく支払い価格を長期に低く据え置くと独占禁止法や下請法に触れる恐れがあると警告し、23年初に300名に増員した「下請けGメン」をさらに増員して摘発に注力するとしているから、仕入れ価格のコスト転嫁を拒むのは難しくなる。これまで「企業努力」で吸収して来たコストを売価に転嫁して大幅賃上げを実現し、先進国中最貧国に転落した「安い日本」をなんとか浮上させたい、というのが労働界のみならず産業界と政府の総意だから、逆らうのはもはや困難だ。下手に仕入れ価格を抑制すれば「お恐れながら」と告発されて逆賊の汚名を被りかねない。さすればコストの卸価格転嫁も進み、22年は1.9%、23年も1~11月で1.9%しか上昇していない衣料品の消費者物価もようやくコスト転嫁が本格化するのではなかろうか。

とは言え、インフレに賃上げが追いつかず10月で19ヶ月連続して実質賃金が減少している勤労者にとって、衣料品の値上げは到底、受け入れられるものではない。総務庁の家計調査(二人以上世帯)によれば、10月も前年から8.6%(11月も7.3%)も物価が上昇した食料品の支出負担増(+3.8%/+3199円)に圧迫され、被覆及び履物支出は前年から7.0%(793円)も減少している。

長期的にみても、00年に23.3%だったエンゲル係数は貧困化と共に16年には25.8%に上昇し、コロナ下のおこもり生活で21年は28.5%に跳ね上がった。22年も28.2%と高水準を保ち、バブル前80年代初期の水準まで後戻りしている。代わりに被覆・履物支出シェアは00年の5.1%から22年は3.3%、アパレルに限れば00年の3.0%から22年は1.9%に激減しているから、国民の貧困化と共に切り詰められていく運命のようだ。

■百貨店の宴はもうすぐ終わる

都心の百貨店は富裕層と外国人旅行者の高額消費に沸いているが、おそらく24年中、早ければ夏までで宴は終わる。コロナ明けのリベンジ消費(おこもり期間の消費の後ズレと給付金・補助金による貯蓄の放出)は明けの早かった米国では21年9月から22年末の3シーズンで終わっており、以降、百貨店はほとんどの月で前年も19年も割っている。とりわけラグジュアリーブランドなど高額の衣料・雑貨が冷え込んでおり、コロナ明け以降、復活著しかった欧州のラグジュアリービジネスにも23年第3四半期(7~9月)から急ブレーキがかかっている。米国と欧州の冷え込みに加え、中国経済の失速と消費の冷却というデフレ転落を見れば、我が国百貨店の宴も今夏、持っても今年いっぱいと見るべきだろう。

米国でも欧州でも食料品のインフレで衣料消費が冷え込んでおり、我が国も一年遅れで同様に冷え込む公算が高い。23年の秋冬も衣料消費は19年の8掛け強までしか戻っておらず、国家総動員の賃上げ(=コスト転嫁)政策が盛り上がっても衣料品の値上げは容易ではない。勤労者国民が貧困化する中でコスト転嫁して衣料品の価格を上げていくのは抵抗が大きく、何をトレードオンすれば受け入れられるのか、調達原価と流通コストの両面から真摯に検証する必要がある。

■衣料品の価格を決めるのは工賃より素材

縫製現場の視点から著名ブランド/ストアの縫製品質を暴いて人気沸騰のYouTubeチャンネル「わたぬき社長・アパレルの勝算」(23年7月31日登録で1月5日段階チャンネル登録者数6.56万人、2週間ほどで1.8万人も増えている)の「わたぬき社長」は『アパレルの価格は縫製工賃で決まる』が信条だが、工賃は生産地の人件費とロット、ラインの繁閑を反映するものであって、縫製品質とは必ずしも相関しない。

工賃が安い南アジアでも最新の専用工業ミシンや工夫された治具が揃い熟練工が育っていれば縫製品質は相応に高いが、工賃が高い日本でも旧式な汎用工業ミシンと古い治具で未熟な技能実習生が作業すれば縫製品質は相応に落ちる。専用工業ミシンによる縫製仕様は基準が明確だから、検品をクリアできる縫製品質でコストを落とすのは無理があり、工賃が安い生産地の技術優秀な工場に発注が集中することになる。

発注が集中すればラインが逼迫して工賃は上がるから、閑散期を狙って半年も先の発注を入れるという選択もあるが、トレンドに左右されない定番品しか使えない。トレンド品はリードタイムに比例して需給ギャップが広がるから消化歩留まりが悪化し、工賃を抑えた以上に値引きロスが肥大しかねないからだ。

パターンと仕様を簡素化すれば工数が減って工賃を落とせるが、商品の魅力はそれ以上に損なわれるから非現実的な選択だが、パターンや縫製仕様の知識がないまま製品買い上げするようなバイヤーは未だ存在するから、たまに店頭で捨て値で処分されているのを見かける(捨て値ならECで処分する方が簡単だが、返品対応に手間取ることになる)。

下請けGメンが目を光らせる今時は工賃を切り詰めるのは摘発のリスクも売れ残るリスクも大きく現実的ではないから、コストを抑制するにも付加価値を付けるにも素材で勝負するのが正解で、『アパレルの価格は素材で決まる』のが実態ではないか。

『素材で決まる』と言っても用尺をケチってはゆとりがなくなり、着こなしも顧客の体型も制約されるから売れ残りに直結する。昨今は逆にゆとりを持たせて着こなしと体型のカバー率を上げるのが正解のようだ。縫い代を削っては縫製の難易度が上がって工賃がそれ以上に嵩み、解れなどB品も発生し易いから非現実的だ。アパレルでは食料品のようなステルス値上げ(容量削減)は無理と心得るべきだろう。

素材は縫製仕様・始末と異なって素人の顧客でも直感的に優劣や好みを判別できるから、コストを下げるにしても付加価値を訴求するにしても反応が明確に出る。縫製工賃以上に調達ロットによるコスト差が大きいから、ユニクロやZARAのように使用素材を集約して数千反~数万反単位に調達すれば、同一価格で中小のライバルよりワンランク~ツーランク上の素材が使える。ユニクロとロットが一桁少ない無印良品の類似アイテムを見比べれば、その差は歴然だ。ZARAのように染色整理工場を自社内に持てば、大量調達した素材を何段階かに分けて「面」を替え、製品の小ロットQR生産と両立できる。

素材で差別化して価格を通すには、機能素材を使ったり機能加工を加える方が容易だ。大ロット調達は相応の販売量を要するから誰もが使える手法ではないが、機能素材は合繊メーカーのランニング供給体制に乗ればロットの大小によるコスト差が極端ではないから、中小の事業者でも容易に活用できる。汗染み防止、防シワ・形態安定、抗菌防臭、UVカットから接触冷感、吸汗速乾、透湿防水・撥水、吸湿発熱・蓄熱、保湿、帯電防止、難燃・防炎、防刃・防弾・・・・など、様々なストレスから解放する機能性は確実な付加価値になる。際物扱いしないで真摯に取り組むべきだろう。

■衣料品の「調達原価」と流通コスト

 衣料品の小売価格には調達原価に加え、流通のコストとロスがたっぷり乗っている。流通方式にもよるが、調達原価の3倍から5倍が小売価格になる。欧州生産のラグジュアリーブランドだと工場渡し原価(自社工場生産も多い)の6倍近くになるのではないか。

 「調達原価」と言ってもインコタームズ(国際商業会議所が制定する貿易取引条件)によればEXW(工場渡し)からDDP(関税込み持ち込み渡し)、FOB(船積港渡し)からCIF(運賃保険料込み仕向け港渡し)まで多様でコスト差も大きく、LCL(混載)かFCL(コンテナ単位)か、クーリエ便(宅配便)か航空便か船便かで物流コストも大きく異なるから、ここでは簡便に購入事業者の指定する国内倉庫渡し価格を「調達原価」と規定することにしたい。直貿のケースも国内倉庫に到着するまでの全てのコストを含んで「調達原価」とするべきだ。厳密には生産地でタグ付けやバンドリング、店舗仕分けなど物流加工がどこまで行われるかもコストに勘案すべきだろう。

 国内倉庫で渡された後、棚入れしてからピッキングして出荷するのか、棚入れせず方面・店舗仕分けしてスルー出荷するのか、EC向けや店舗向け補給在庫をどの程度、倉庫に積むのか、それを一ヶ所に集中配備するのかリージョナルに分散配備するのか、配備倉庫からの店舗物流やEC物流(宅配)をどうするのかで、物流費負担も少なからず異なる。EC比率やその中の宅配比率でも異なるが、店舗物流だけなら売上対比3%台(店間移動頻度にもよる)、EC物流だけなら取扱高対比10~12%(出荷単価や宅配方法による)だったが、24年以降はどのくらい上がるのだろうか。

 「調達原価」に乗せられて小売価格を押し上げる最大要因は「販売人件費」と「店舗不動産費」ないしは「販売手数料」で、アパレルチェーンの場合、前者は売上対比12~20%、後者は同6~20%、ECモールの「販売手数料」は25~40%と幅がある。ECモールではこれ以外に検索広告などの販促費が必須で実質は30~45%にもなると言われるが、「販売人件費」がほとんどかからないから(売上規模にもよるが店舗販売の10分の1以下)、自社EC販売比率が高いと店舗販売より確実に低コストになる。

■消費者の選択肢を担保する「値引きロス」と売れ残り

 小売価格を押し上げる元凶とされるのが「値引きロス」(厳密には減耗ロスも加わる)だが、ほとんどゼロに近いチェーンから20%を超えるチェーンもあり、格差が大きい。開示するチェーンは稀だが、しまむらは「ファッションセンターしまむら」で6.1%、「アベイル」で14.1%だったと開示している(23年2月期)。「ファッションセンターしまむら」は当用調達主体の仕入れ型ならではの低いロス率だが、ロット買取比率が高い「アベイル」はひと回り高い。オリジナル開発のSPAではアダストリア(23年2月期の単体)が実現粗利益率と推計調達原価率の差から21~22%程度と推察されるが、計画生産の「縦売り」型SPAはもう数ポイント高いと思われる。

売れ残り在庫の全てが値引き処分されるわけではなく、翌年に持ち越して販売され、それでも残れば減損処理される。通常は原価計上されるが、コロナ下で販売機会が損なわれたり事業を廃止した在庫などは特別損失に計上されることもあり、その場合は粗利益率には反映されないから、最終的なロスはもう少し大きいかもしれない。

 「売れただけ仕入れる」なら値引きロスは限りなくゼロになる理屈で、発注から販売までのリードタイムが長くなるほど需給ギャップが広がって値引きロスも肥大しがちだ。短サイクルなQR生産で需給ギャップを小さくするほど値引きロスは小さくなり、越境ECのSHEINのようにサンプル(実物とは限らず3D画像も使われる)の先行掲載で小ロット短サイクル生産を繰り返せば限りなくゼロに近づけることができる。補給と補充生産をサプライヤーに委託するVMI※でも似たような効果が期待できるが、サプライヤーが持ち越した在庫を翌シーズンも継続販売出来る長期取組が必要だ。

 初期配分と補給、店間移動と集約処分、補給終了商品や不振商品の本部DB.※からエリアMgerへの運用権限バトンタッチなど、ディストリビューションの仕組みとスキルも値引きロス圧縮に有効だが、データ蓄積とスキルの熟練が必要で、成果が出るのに何年もかかる。AIの活用が進むにしても、毎シーズンのようにマーチャンダイジングが蛇行しては精度が上がらない。ユニクロのように振れることなく何年もデータを蓄積しない限り、AIが需給ギャップを圧縮する成果を出すのは難しいのではないか。

  衣料品は生産のリードタイムが長いこともあって、生鮮食品のように「競り」による価格と需給の調整が作動せず、需給ギャップ覚悟で様々なバラエティを揃えて過剰供給する体質が定着している。毎年、供給数量の20~30%が翌年に持ち越されており、小売段階だけでなくサプライチェーンの各段階で在庫を分担していると推察される。我が国に限らず世界中で大なり小なり消費者の選択肢を非効率な流通が支える構図が定着しており、技術的に抑制するにしても需給ギャップ(=値引きと残品のロス)を前提に効率化を図るしかないのが現実だ。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

※DB.(Distributor)・・・一般には在庫を所有して配送する卸業者(所有しない卸御者はBroker)を意味するが、チェーンストア運営では調達した商品を多数の店舗に最適配分・補給・移動する在庫運用責任者を指し、値入れの減耗率をマーチャンダイザーやバイヤーと連帯して評価される。

■確固たる「お値打ち基準」が問われる

 需給ギャップを前提とすれば小売価格にはそのロスが織り込まれるのは必定で、ギャップが生じても利益が残るよう「付加価値」という保険をかけた価格が設定されている。そこには原価と経費とロスの積み上げという基本はあってもルールがないのが現実で、恣意的な価格設定がまかり通る。ラグジュアリーブランドなどコストと関係ない値上げを繰り返すケースもあり、『高価なほど価値が高まる』という論理が暴走することもある。そんな暴利がいつまでも続くわけがなく、ブランド人気が陰れば付加価値も剥げ落ち、在庫が積み上がって価格が通らなくなる。

かと言ってギリギリに抑えた価格で頑張っても、コストに押されて値上げすれば価格に敏感な客層は潮が引くように去っていく。継続して顧客でいてもらうにはお値打ち(価格と価値のバランス)を維持向上させていくしかなく、インフレ局面でも確固たる「お値打ち基準」を維持しなければならない。それは縫製仕様と素材のクオリティであり、様々なサプライヤーや工場から調達するにせよ、コストインフレに押し上げられるとしても、値上げは顧客が許容する範囲(22~23年では4~8%)に抑え、それを超えるなら素材のクオリティや機能をランクアップして抵抗感を回避する必要がある。

調達事情に流されたり恣意的に価格を上げたり下げたりを繰り返せば「お値打ち基準」が定まらなくなり、販売データの精度も落ちて顧客の反応が見えなくなる。状況に流されず恣意的に振れることなく顧客を見据えて「お値打ち基準」という“お約束”を守り続けることこそ事業繁栄の大原則であり、衣料品もその例外ではないだろう。

 

 

 

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