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『ムダ多く割高!日本のアパレル生産が「ガラパゴスの壁」を越える方法』
(2024年08月14日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 我が国ではアパレルに需給ギャップは付き物で相応の値引きや残品は致し方ないとする諦観が根強く、そのロスが価格に上乗せされるのが当たり前になっているが、DXが先行する欧米やアジアでは生産・供給に要する時間を画期的に圧縮して需給ギャップを最小化するデジタルプラットフォームがサプライチェーンを一変させている。我が国アパレル業界はまたまたガラパゴスに取り残されるのだろうか。

 

■需給ギャップは時差がなければ解消できる

 需給ギャップが生じる最大要因は需要と供給の時間差で、需要と供給に時差がなければ、あるいは需要が供給に先行すれば需給ギャップは生じない。生鮮食品は日々、競りで需給調整が行われ価格変動が需給を擦り合わせるから需給ギャップは短期で解消されるが、需要に生産が何ヶ月も先行するアパレル商品は見込み生産の売り減らしになりがちで、需給ギャップを値引き販売などで無理やり擦り合わすことになる。

 国内産地が衰退してしまった我が国のアパレル業界では、コストと品質を両立しようとすると海外生産のリードタイムが長くなり、相応の需給ギャップは致し方無いというギャンブル諦観論が大勢のように見受けられる。アルゴリズムやAIで需要予測の精度を追求し、作ってしまった在庫の配分や移動、販売消化を工夫して、値下げと残品のロスを抑制することに注力しているが、それでは需給ギャップを解消できないのが現実だ。

どんなに予測精度を上げても予想外の事態が起きれば計画と販売消化が乖離し、値下げと残品のロスも計画値を飛び抜けてしまうが、「予想外」が頻発するのが現実だから予測精度の追求には限界がある。ならば、需要の現実に供給を即応するか需要が確定してから供給する方がはるかに確実ではないか。

欧米やアジアの革新的なアパレル事業者はデジタルプラットフォームを駆使して、作る段階から需給ギャップを最小化するサプライチェーンマネジメントを志向している。『需要の予測は困難でも、需要に時差なく生産・供給を即応すれば需給ギャップは許容範囲に抑制できる』というマネジメントスタンスであり、『生産先行の売り減らしゆえ需給ギャップは致し方ない』と諦観する我が国アパレル業界とは根本的にスタンスが異なる。

 

■売ってから作るなら需給ギャップは生じない

 我が国でもECサイトの先行販売やクラウドファンディングで注文を取ってから作るという「予約販売」が部分的ながら行われているが、韓国や中国の越境ECでは『受注してから仕入れるのでお届けに時間がかかります』と正面切って断る商品も少なからず目に付く。元より消化仕入れの我が国百貨店のECサイトでも『お取り寄せになるので通常より○日多くかかります』と断る商品も散見されるから、珍しい商売ではないようだ。

 これらはメーカーや問屋が在庫を抱えて供給しているから、小売業者は需給ギャップのリスクが無い分、メーカーや問屋が需給ギャップのリスクを負担している。その分、納品掛け率が高くなるが、ブランド品のシーズンに先行する買取発注とシーズン中の当用仕入れの掛け率差は14ポイント程度だから、一般的なアパレル小売の値引きと残品のロスの方が大きい。

 小売チェーンやブランドメーカーが見込み生産した在庫を抱えて売り減らすのではなく、テスト販売の反応で短サイクルに追加生産を繰り返すなら、需給ギャップは確実に圧縮できる。自動ブレーキのロジックで、秒間反応サイクルを数十回数百回と高めるほど安全性は確実に高まる。

我が国の場合、海外生産では企画の生産仕様決定から販売開始まで4週サイクルが限界だが(国内産地の活力が残っていたリーマン前までは2週サイクルも可能だった)、生産地から顧客に直送する越境ECでは週サイクルの需給調整が可能だ。実物サンプルやAIモデル活用3Dバーチャルサンプル(現物サンプルよりモデル着装撮影日数分を短縮できる)の掲載を先行すればリードタイムをゼロあるいはマイナスにすることも容易で、実際に「SHEIN」など中国系産直越境ECでは常套手段となっている。

 生産仕様が確定して実物サンプルやバーチャルサンプルの掲載を先行し、週サイクルに受注数と生産数を擦り合わせていくのだから需給ギャップは限りなくゼロに近づく理屈だが、いくつか課題がある。一つは多頻度小ロットに分割生産するゆえのコスト上昇、一つは企画決定から初期ロット生産開始までの前工程リードタイム、一つは週次の追加生産数量決定から生産開始までの前工程リードタイムだ。

 

■コストとリードタイムを圧縮するデジタル連携

 中国系産直越境ECが成り立つ背景は中小の縫製工場や織物工場、加工場が密集する広州や山東省の産地インフラだが、欧米業界が非難する劣悪な労働環境と低賃金での長時間労働だけが脅威の低価格と即応生産を可能にしているわけではない。

 多頻度小ロットに分割生産しても、素材を低コストかつ機動的に調達できればコストは抑えられるが、前述した産地では小ロットでも低コストに仕上げる織布・染色・後加工業者が揃い、流通素材のバラエティも豊富だから、品質に拘らなければ適時適品適量の調達は難しくない。多頻度小ロットの分割生産でも「生産仕様」が共通し、前工程が手こずらなければ縫製や編み立てのコストは抑えられるが、その要となっているのが実用性の高いPLM※ではないか。

 PLMというと企画・生産のみならず流通・販売や経理処理とキャッシュフローまで一貫して管理するERP※のイメージが強いが、実務上は企画と生産ラインを時差・誤差・誤解なくオンラインで擦り合わすPDM※のデジタルプラットフォームが中核となっている。PDMの基本は商品企画を工場と擦り合わせて「生産仕様」に詰め、想定した生産ラインのワークフロー(工程と使用機材、分業流し方式)を組んでコストと時間を積算して納入価格と納期を見積もり、工程の人員配置を組んで進行を管理するものだが、そのデータ連携の方向と方法は我が国アパレル業界の現状とはかけ離れている。

 我が国では企画側が仕様書発注するにしても工場の生産機材を想定した「生産仕様」に落とすわけではないから、コントラクター(OEM/ODM事業者や商社)が間に入るにしても工場直にしても、工場の「生産仕様」に沿ったサンプルを作製して幾度も擦り合わすことになる。アナログゆえの擦り合わせ精度は期待できるが、時間と労力の浪費は否めない。

見積もりも納期も想定した生産ラインのワークフローや人時コストをシミュレーションするわけではなく、仕事の詰まり具合と職工の頑張りでアバウトに受けているから市況や力関係に流されがちだ。逆に言えば、脆弱な生産機材と非効率なワークフロー、無駄の多いアナログなやり取りで割高になっている面も否定できない。

いざ「生産仕様」と見積もり・納期が確定して発注する段階になっても、マーキングのCADデータをFAXやメールで送っては工場側のCAM機材との連携が間接になり、思わぬ時差や誤差が生じることもある。ましてやマーキングを工場側に依存しては、柄合わせや織り組織の向きが食い違って見た目や物性が意図とズレたりもする。追加生産数量を決定してもサイズ別数量のバランスは毎回異なるから、工場側にマーキングを任せては素材の無駄や無理が生じやすく、前工程に時間を取られる。ZARAの近隣国(ミルクラン圏)生産ように自社工場でマーキングはもちろん裁断までして付属も揃え、工場に渡すのが理想だが、そこまでは出来なくても、発注側がマーキングしてプロトコルが共通するデジタルプラットフォームでCADCAM連携するのが今時のデフォルトではないか。

中国系産直越境ECの低コスト短納期生産を可能にしているのはPDMのデジタルプラットフォームではないかと推察されるが、それは欧米のアパレル事業者とアジアの生産工場を繋ぐコントラクターも同様だ。

 

※PLM(Product Lifecycle Management)・・・商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するITマネジメントシステムとされるが、実際の運用では企画・発注側と受注・生産側の見積り合わせとオンラインCADCAM連携が要となる。

※ERP・・・Enterprise Resources Planning(経営資源管理システム)の略で、商流・物流・金流を一体に管理しヒト・モノ・カネを的確に配分して企業運営を効率化する。

※PDM(Product Data Management)・・・企画と生産のCADデータ連携、コスト&タイム見積り、ワークフロー管理の実務マネジメント。

 

■グローバルサプライチェーンに取り残される日本のアパレル

 大手商社繊維部門のセグメント情報からは読めないが、マツオカコーポレーションなど日系コントラクターの粗利益率や販管費率、営業利益率などの経営効率、売上債権回転や棚資産回転(とりわけ製品在庫回転)などの商品財務効率は、欧米とアジアを繋ぐ中華系コントラクターと比較して大きく劣っている項目が目に付く。ドル建て受注比率もともかく(マツオカコーポレーションもユニクロの海外売上拡大の恩恵で7割に達している)、企画や仕様の提案と擦り合わせ、見積もりと生産進行管理、売掛管理を一貫するデジタル化の遅れが効率の格差をもたらしているのみならず、欧米アパレル事業者取り込みの障壁となっていると推察される。

 私も専門外で中華系コントラクターに通じているわけではないが、断片的な情報から推察すれば、著名な欧米アパレル事業者と中華系コントラクターは共通するPLMのデジタルプラットフォームに拠って企画と生産仕様、納期と単価の見積もりを迅速に擦り合わせ、ワークフロー管理や売掛債権管理を的確におこなって行き違いと無理・無駄を排除し、時間(=需給ギャップ)と費用を最小化しているようだ。その主流となっているシステムベンダーは多くの導入事例を挙げて「業界標準」を自負し、アジアの各生産地にローカルオフィスを置いてクライアントをサポートしているが、韓国には置いても我が国には置いていない。 

言語とアナログな取引慣習、あるいはプロトコル(デジタルプラットフォーム)の相違が壁になっているとしたら、我が国アパレル業界がグローバルなサプライチェーンから取り残される一因となりかねない。

 我が国のアパレル業界でもDXが謳われて久しく、政府の助成金も後押ししてCADCAM機器の導入は進んでいるが、PDMが自社の生産管理にとどまって受発注取引の業界共通デジタルプラットフォームになっておらず、ましてや英語圏のアパレル事業者との間には言語と取引慣行の壁が立ちはだかっている。メイド・イン・ジャパンを海外に発信するにも、そんなアナログとデジタルの壁、ガラパゴスの壁を解消する必要があるのではないか。

 

 

 

 

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