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マネー現代
『紳士服業界、なぜか「AOKI」と「洋服の青山」の明暗が分かれてきたワケ』
(2020年07月17日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

米国の老舗紳士服専門店ブルックス・ブラザーズが7月8日、連邦破産法11条を申請して破綻したが、大手紳士服専門店、テイラード・ブランズ社も業績が悪化し、傘下の「メンズウエアハウス」が債務の利子610万ドルを払えず、連邦破産法の申請も時間の問題と囁かれている。

このテイラード・ブランズ社は「米国版・青山商事」と例えられるほど事業規模も領域も商品も店舗スタイルもよく似ている。青山商事も財務は盤石とは言え紳士服販売の翳りは否めず、20年3月期は売上が13%、営業利益が94.4%も減少し、200億円の特別損失を計上して169億円の純損失となった。コロナ危機に直撃された4〜6月期も売上が前年同期から45.0%も減少し、店舗が全面再開した6月も34.3%減と回復せず、売上が急回復しているカジュアルチェーンとは明暗を分けている。

リモートワークの定着などでアフター・コロナも紳士服需要の回復は望めず、ビジネススーツは滅多に着ない裃のような「礼服」になってしまいそうだ。

いまアメリカで起きていること

テイラーズ・ブランズ社は紳士服専門店のメンズウエアハウスが同業のJos.A.Bankを合併して16年1月に設立した持株会社で、合併で1700店舗、年商35億ドルに迫る紳士服チェーンが誕生したが、18億ドル相当の買収費用で合併初年度は10億ドル超の最終赤字となった。

その後は持ち直したが、米国でもカジュアル化の加速で紳士服市場は衰退しており、20年1月期は売上が28億8000万ドル、営業利益は9780万ドル(売上対比3.4%)に留まった。紳士既製服中心ゆえ在庫回転は199.8日と遅く、202.7日の青山商事(20年3月期)と奇妙なほど近似している。

20年1月期末で「メンズウエアハウス」717店、「Jos.A.Bank」474店など1450店をロードサイドやモール内に展開し、主力の「メンズウエアハウス」は平均521平米で217万8000ドル(約2億3500万円)を売り上げたから、2期で19%も売上が減って平均586平米で1億6300万円しか売れない「洋服の青山」(891店)より6割ほど販売効率は高い

コロナ危機に直撃された20年第1四半期(2〜4月)は売上が前年同期から60.4%も減少して1億2200万ドルの赤字となり、役員はもちろん従業員まで給与カットし、95%の従業員を長期休暇扱いや一時解雇し、サプライヤーには仕入れ代金、店舗オーナーには家賃の支払い延期を飲んでもらっても手元現金が6月5日には2億0130万ドルまで減少し、負債は14億ドルに膨らんだ。

すでに20年1月期末段階で8228万ドルの最終赤字を計上して9830万ドルの超過債務に陥り、株価も19年に入ってはつるべ落としで3月には10ドルを割り込み、今年5月13日には1ドルを切っているから、株価はすでに破綻を織り込んでいる。

日本の青山商事は業績悪化も財務は盤石

日本の青山商事は財務が盤石でテイラード・ブランズ社のようには追い詰められていないが、営業業績の悪化は似たようなものだ。

20年3月期は前年10月の消費税増税と3月のコロナ危機で売上が13.0%、営業利益は94.4%も減少。加えて「アメリカンイーグル」事業の撤退損失85億円、「ミニット」事業ののれん減損54億円、青山商事の店舗減損95億円など200億円の特別損失を計上し、169億円の純損失となった。

主力のビジネスウエア事業は売上が1533億円と16.9%減少してもなお全社売上の70.4%を占め、営業利益は97.7%減少しても3億1400万円と赤字転落は回避した

とは言えスーツの売上は22.3%も減少してビジネスウエア事業に占めるシェアも28.7%(前期は30.6%)に落ち、スーツの販売着数は160万1000着と21.8%減少し、14年3月期の248万2000着からは35.5%、88万着も減少した。

169億円の純損失で株主資本は225億4100万円毀損してもなお2151億4800万円も積み上がっており、純資産も250億1200万円毀損しても1991億5800万円と2000億円近く、自己資本比率も52.1%と盤石で、破綻寸前のテイラード・ブランズ社とは天と地ほどの差がある。

コロナ危機に直撃された4〜6月期の売上は前年同期から45.0%減少したから、粗利益率と前年同期の販管費から推計して100億円強の営業赤字になったはずだが、2000億円近い純資産から見れば軽微な損失で、コロナの第二波が来ても青山商事の財務は盤石だ。

とは言え、スーツの販売回復は望めず、頼みのカジュアル事業も膨大な特損を計上して撤退している。財務は盤石でも、奇跡でも起こらない限り業績の回復は望めそうもない。

緊急事態宣言が解除されて店舗が全面再開した6月の売上も、ワークマンの44.0%増(既存店37.2%増)を筆頭に、しまむら27.4%増(同27.0%増/20日締め)、ユニクロ26.2%増(既存店も同じ)、ライトオン9.3%増(同9.8%増)、アダストリア0.2%減(同0.1%減)とカジュアルの回復が目立つのに対し、青山商事は34.3%減(同34.8%減)と際立って回復が鈍く同業のAOKIファッション事業の8.6%減(同3.9%減)と比べても落ち込みが大き過ぎる

AOKIと「格差」が開いたワケ

AOKIファッション事業の重衣料売上比率41.2%に対して青山商事ビジネスウエア事業の重衣料売上比率は51.6%とひと回り高く、同じくスーツ売上比率もAOKIの26.5%に対して28.7%(19年は27.8%に対し30.6%だった)とやや高いにしても、これほどの格差になるはずはない。

スーツの販売単価もAOKIの2万5000円(前期は2万5500円)に対して青山商事は2万7088円(前期は2万7181円)と8%ほど高いだけだ。

この8%の単価差が手頃なアクティブスーツ比率の違いによるものだとしたら一つの要因となるが、それ以上に格差を広げたと思われるのが、青山商事が昨年10月の消費税増税と同時に芝居がかった演出で導入した新価格表示だ。

紳士服専門店業界では二着セールや閉店セールなどセールイベントが年中行事で、「正価」など在って無きがごとき状態が続いていたが、青山商事は元から低価格にした「正価」に切り替えて正常化しようとした。特売訴求のHigh&Low型から常時低価格のEDLP型に切り替えようとしたわけだが、これが顧客の購買慣習とすれ違い、売上を落とす結果となった。

AOKIファッション事業と青山商事ビジネスウエア事業の既存店売上前年比の推移を比較すると、19年上期(4〜9月)は3.2ポイント差だったのが、下期(10〜2月)は10.3ポイントに開いている。その中身を見ると、客数はAOKIが14.1%減、青山が14.2%減と差がなかったのに、客単価はAOKIの1.5%減に対して青山は12.5%も減少し、結果として売上はAOKIの15.4%減に対して青山は24.9%減と10.3ポイントも開いてしまった。「正価」での一着販売より「二着セール」の方が客単価が高かったのだ。

その差はコロナに直撃された4〜6月で一段と広がり、AOKIが客数4.6%減、客単価17.1%減で売上が20.9%減だったのに対し、青山は客数35.1%減、客単価29.0%減で売上は53.9%も減ってしまった。客単価ももちろんだが、慣れない「正価販売」に戸惑った顧客が離反したという指摘は免れないだろう。

「購買慣習を変える」のはあまりにリスクが大きい…

テイラーズ・ブランド社も買収したJos.A.Bankが青山商事同様、二着セールどころか「Buy 1 Suit Get 7 Items」まで駆使した価格訴求を行なっていたのをシンプルな「正価」表示に改めたところ、顧客の混乱を招いて売上が急落し、株価は15年6月の66ドルから16年1月には10ドルまで急落した。

買収した側のメンズウエアハウスはEDLP型の販売政策だったので、Jos.A.Bankも同様な販売政策に変えようとして顧客の離反を招いたと思われる。単価の張るスーツは何らかの着用機会か販売イベントがあって購入する性格が強く、二着セールなどの仕掛けを欠いては売上が減ってしまう

同様な事例は2012年のJCペニーでも起きた。連日バーゲン状態に陥っていたJCペニーはアップルストアを成功させた立役者ロン・ジョンソン氏をCEOに招いてITとブランドショップ揃えで正価販売を実現しようとしたが、既存店売上は12年第1四半期が▲18.9%、第2四半期が▲21.7%、第3四半期が▲26.1%、第4四半期が▲31.7%と加速度的に悪化し、13年1月期の売上は24.8%も減少して13億ドルの営業赤字を計上したという“事件”だ。全米業界最高の年俸5300万ドルで招聘したロン・ジョンソンの“革命”は17ヶ月と1週間で終わり、同氏の解任で終わった

西友を傘下に入れたウォルマートもEDLPへの切り替えに苦労し、西友を復活させるには至らなかったから、セール訴求からEDLPなど正価販売への切り替えが如何に困難か理解されよう。一度、顧客の購買慣習に定着した販売政策を変えるのは想像を超えるリスクがある。

顧客としては、“お約束”になった購買慣習を一方的に変えられるのは合理性があっても抵抗がある。百貨店のカード会員優待でも、購入時値引きからポイント積立による事後値引きに変えた時は相当の抵抗があった。ゆめゆめ顧客を御し易い羊の群れなどと勘違いしないほうが賢明だ。

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