小島健輔の最新論文

ファッション販売2004年1月号
『業態分割なくしては「ユニクロ」のV字回復はない』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

ソフトランディングを誇示した03年度決算

 03年8月、ファーストリテイリングの既存店前年比は106.7%と23ヶ月ぶりにプラスに転じた。残暑で大半の業態が前年割れとなった9月は88.6%と再び落ち込んだが、10月度は109.1%と再浮上(9〜10月計では100.4%)。客単価も25ヶ月ぶりに前年を超え、長かったトンネルの出口もようやく見えてきた。
 03年8月期決算にも既に回復の兆しが見られる。売上高は11.7%減の3018億円(単体ベース、以下同)と2期連続の2ケタ減収に終わったが、上期の20.7%減に対して下期は1.7%増と、01年下期以来4半期ぶりに増収に転じている。通期では13.9%減に終わった営業利益も上期の34.5%減に対して下期は44.2%増、同じく通期では14.2%減の経常利益も上期の34.3%減に対して下期は40.6%増と大巾な増益に転じており、通期ベースの営業利益率は15.4%、経常利益率も15.6%と、ともに0.4ポイントの低下に留めている。
 年間坪効率は301.3万円と02年8月期から19.7%、ピークの01年8月期対比では46.7%も低下。平均売場面積は165坪と拡大したにもかかわらず、1店当り売上高は02年8月期から18.3%、01年8月期対比では39.5%も低下したが、減益巾は最小限に抑えられた。
 坪当り在庫を23.8%圧縮して商品回転を6.4回転と0.3ポイント改善し、マークダウンを抑制して粗利益率を44.7%と1ポイント近く回復させた事、パート&アルバイトの削減等で平均稼働人数を12.4%圧縮し、保守坪数を26.4%拡大して1人当り売上高を2873万円と4期ぶりに上昇させた事、調達先を絞り込んで原価を抑制し物流を効率化した事などにより、利益率の落ち込みを最小限に食い止めている。 2期で28%の減収、46.7%もの販売効率低下にもかかわらず手堅いソフトランディングを果たした事は、ファーストリテイリングのマネジメント力、グローバル調達SPAとしての基本的な収益性の高さを誇示する結果となったのではないか。

攻勢に転じたユニクロ

 前期決算でソフトランディングを果たしたファーストリテイリングは、業績底打ちを背景に再攻勢に転じている。前期は76店の出店に対して53店の退店で23店の純増に留まったが、今期は出店90店、退店40店で50店の純増を計画。200〜300坪の大型店を中心とした出店で増加予定面積は4万5千平米余と前期の倍近くになり、86店の純増を果たした01年8月期に次ぐ増加規模となる。
 商品面でも攻めに転じており、2シーズン目を迎えた‘イタリアンファインメリノ’ニットは昨秋に倍する100万点を調達。同社にとっては高単価商品の‘カシミア’ニット(4900〜7900円)も、洗練を欠く色調にも拘らず十月中に完売したと言う。03年春は「美脚パンツ」を中核にファッション性を強化して若い女性を取り込み、下期のウィメンズ部門売上は2ケタ増を達成して決算段階では28%までシェアを伸ばした。04年春からは婦人インナーを大巾拡充し、キッズ/ベビー服も再強化して客層を拡げていく計画だ。
 ロジスティックス面でも04年春には新生産管理システムへの切り替えを完了する予定で、週単位の販売動向に即応する最適生産・補給体制が本格稼働する。店舗運営の効率化にも取り組んでおり、店舗作業量を数値化して最適人員配置を自動的に割り出すレイバーコントロールシステムの開発を急いでいる。
 これらの施策に加えて店長教育の強化等で販売力向上を図り、04年8月期の既存店売上は前期比1.1%増と3期ぶりのプラスを計画。新店効果も加わって通期売上は9.4%増の3300億円、営業利益は28.2%増の596億円、営業利益率は2.5ポイントアップの18.1%を見込んでいるが、9〜10月の既存店売上を見る限り、十分達成可能な目標と考えられる。

グループ売上1兆円構想へ再挑戦

 ファーストリテイリングは「2010年のグループ売上1兆円」という目標を掲げており、その目標に向かって「ユニクロ」は国内1000店を目指して出店を再加速している。が、前期の1店当り売上高は4億9710万円だったから1兆円の目標は国内店舗だけでは到達し得ない。それを埋めるべく海外市場獲得と新規事業開発を進めて来たが、海外戦略は英国では21店中16店を閉鎖、中国でも進出1年を経て未だ2店と成功にはほど遠い。新規事業開発も食品事業の先行きは読めず、今後はシューズや帽子、ホームリネン等、ファッション関連分野に絞ると発表している。
 新規ファッション関連事業の開発は当然、M&Aも含めて考えられている。前期末時点の連結ベースの手元流動資金(現預金+有価証券)は前々期から164億円増加して1237億円に達しているが、その3分の1をM&Aを含めた関連事業へ投資するという。その第一弾がセオリーへの資本参加であり、米セオリーグループ株式の89%を取得した(株)リンク・インターナショナルの株式の47.1%を取得。共同で新ブランド/業態を開発し、米国進出の足掛かりにする事も視野に入れている。
 同社の圧倒的な資金力があれば有望ビジネスをM&Aで獲得し、第二、第三の核として育てていく事は十分可能だ。自社でいちからノウハウを開発していくより早いし、成功の確率も高いと考えられる。が、如何にM&Aを駆使しようと、「ユニクロ」の本格回復なしにはグループ売上1兆円も画餅に帰してしまう。

業態分割なくしてV字回復はない

 確かに03年度下期はわずかながらも増収に転じたが、直営部門で伸びているのはウィメンズ、キッズ、小物等で、基幹のメンズウエアはセーター(シェア1.4%)を除いて回復していない。メンズ5部門の通期売上は1456.7億円と前期から20.8%、前々期からは33.1%も減少しており、シェアの大きいカットソーやコーディネイトの軸となるパンツは下期も水面下に留まった。
 パンツが回復しない限りメンズの本格的な復活はあり得ないし、下期も64.9%に留まったアウターが浮上しないとビジカジの上げ潮にも乗れない。直近のメンズ商品を見てもアウターの質感は貧弱だし、パンツにも決定打は見い出せない。トレンドを追った同質化商品の隣に過去のベーシック商品がチグハグに並ぶ状態で、‘旬のベーシック’という中核が見えなくなっている。
 ファッション性を追ってレディスを増強する一方でメンズの回復が進まないと、『グローバルSPAならではの低価格でバリューが突出した‘旬のベーシックカジュアル’が色/サイズ豊かに揃う』という「ユニクロ」の本質的なマーケット価値(ブランド・ポジション)がますます希薄になっていく。レディスのファッション化やキッズの拡充でかさ上げした回復は見せ掛けであり、リ・ブランディングによるV字回復にはほど遠い。
 業態分割も課題として残されたままだ。デザイン研究室が既に本格稼働しているのに加えて「セオリー」から部分的にでもノウハウが流入して来るとすれば、一段とファッション化が進行して‘旬のベーシックカジュアル’から遠離り、レディスのシェアがさらに高まってブランド・ポジションが変質しても不思議はない。が、都心店はともかく生活圏の店舗においてはそれらが裏目に出る可能性が高いし、それを恐れては都心店のファッション化も徹底しない。
 ごく近い将来、進出が確実なH&M(確実に最強のライバルとなる)に対抗出来るほどのファッション化を急ぐなら、ヤング〜団塊ジュニア世代向けの都心店舗とノンエイジな生活圏店舗の業態分割は絶対に避けられない。都心や郊外メガモールの大商圏店舗はファッション性を高めて洗練されたVMDに転換し、商品構成の過半を若い女性向けにする。生活圏店舗は‘旬のベーシックカジュアル’とファミリー商品に集中して従来の台帳型単品VMDを継承し、ホームリネンなどのラインを加えて大型化するとともに価格をワンランク下げるべきである。
 この業態分割なくしては「ユニクロ」のリ・ブランディングは有り得ないし、1兆円構想の実現も遠離ってしまう。国民的ブームだった頃の記憶がマーケットに残っている内に、潤沢な資金を注ぎ込んで二つの「ユニクロ」をブランディングしてしまう事こそ、ファーストリテイリングの最優先すべき戦略課題ではないのか。  

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