小島健輔の最新論文

ファッション販売2001年2月号掲載
『個の多様化とバリュー革新の新世紀へ 今こそ反撃に転ぜよ』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

「ユニクロ」一人勝ちの“戦後”

 2000年は「ユニクロ」に始まって「ユニクロ」に終わった年と言っても過言ではあるまい。「ユニクロ」の低価格ベーシック大型MDに業界中が振り回され、カジュアル専門店はもちろん、量販店からメーカー系のファミリーSPAまで、価格競争とカラー展開ベーシックMDのオンパレードに終始してしまった。渋いはずの消費者さえ、本家「GAP」のお株を奪った「ユニクロ」のキャンペーンに共感して門前に市をなし、そろそろ頭を打つのではという業界の期待を裏切り続けた。
 価格訂正はある程度、必然のものであったから、必ずしも「ユニクロ」追従と誹られるべきではない。今や国内流通量の86.2%を占めるに至った輸入品の調達コストが円高もあって二年強で36%も下がり、中国製品等は品質も急改善されたのだから、同品質で価格を30%以上下げるのが当然の対応であった。その実勢を無視して下げなかった企業やブランドは、マーケットから総スカンを食らってしまった。
 米国価格の1.84倍もの高値で販売していた「GAP」が「ユニクロ」に食われて総崩れとなってしまったのはもちろん、単価維持にこだわって価格を下げず、プロパーで売れないからマークダウンを連発したイトーヨーカ堂など、すっかり顧客の信頼を失ってしまった。
 この急激なコストダウン局面でイタリアや英国の素材と生産背景をふんだんに活用し、高品質高感度商品を手頃に供給したセレクト系SPAや一部のブリッジブランドは成功組と評価されよう。
 問題とすべきは、各社が「ユニクロ」と類似したカラー展開ベーシックMDに走ってしまった事だ。「ユニクロ」が手本とした「GAP」やカラー展開ベーシックMDの元祖たる「ベネトン」はともかく、カジュアル専門店ばかりか量販店やファミリーSPAまで一斉にカラー展開ベーシックMDに走り、同質化競争に突入してしまったのは愚かとしか言い様がない。 今冬のフリース企画等、ほとんど総ての店やブランドがカラー展開ベーシックMDを打ち出し、「ユニクロ」価格の1,900円どころか1,000円、しまいには600円という価格競争になってしまった。高機能素材で差別化して高価格を訴求するストアやブランドも見られたが、結果は元祖「ユニクロ」の一人勝ちに終わった。
 フリースに代表されるベーシックMDの戦いで、ライバル各社は企業力とサプライチェーンの格差を思い知らされたはずだ。コストはともかく品質と補給力、イメージ戦略の差は歴然で、同じ切り口のMDを正面からぶつける愚かさを痛感したのではないか。
 ファーストリテイリングは工場系列化戦略を確立しており、今やそれを素資材段階まで押し進めて、トヨタやVWアウデイ型のモジュール・コンソーシアムの形成を射程に入れる所まで来ているから(新日鉄製ERPパッケージの導入がそれを裏付けている)、低価格ベーシック衣料品の品質と補給力ではもはや世界中の誰も追い付けない。「ユニクロ」は遂に、絶対覇者の域に達してしまったのだ。低価格ベーシック衣料品がマーケットに飽きられるその日まで(必ずや来る)、「ユニクロ」は独走することになる。
 戦いが一方的に決した以上、勝者の土俵で類似した切り口で勝負する意味はもはや無い。各社が異なる切り口で異なるニーズを狙い、再び独自のマーケット築いていく“戦後”が始まろうとしているのだ。

自分流のMD軸とスペックで勝負せよ

 逸早く、同質化の罠を抜け出したのが“コムサ・イズム”だ。今秋のフリース企画ではMD展開の軸をデザインとアイテムに切り替え、カラーを6色に絞って108型を展開して百万枚以上を販売。“ユニクロ”と完璧に差別化し、同質化競争から離脱してしまった。マーケットがカラー展開ベーシックMDの氾濫に飽き始めたタイミングを捉えた、絶妙な敵前回頭であった。
 トレンドもクラシックやヴィンテージ、カスタマイズといったデザイン物、素材変化物、後加工物志向へと転じたから、他のファミリーSPAやカジュアル専門店も、来春の企画からはデザイン/ディティール展開や柄/素材展開、後加工展開にMDの主軸を移していくと見られる。来春の店頭では各社がそれぞれのMD軸で個を競い合い、ベーシック一辺倒から多様な付加価値訴求へと一変するのではないか。
 トレンドに乗って類似したデザインの商品が氾濫すればMD軸だけでは差別化しきれないから、製品スペックのオリジナリテイが不可欠となる。オリジナル開発素材や独自の後加工、縫製仕様/始末、付属使いや裏地使いで何処まで味が出せるかが問われよう。
 小売業者はメーカーのようには製品スペックに踏み込めないと考える人も多いが、セレクトショップのオリジナル商品を見れば必ずしもそうとは言えない。バイヤーだから服の構造まで手を入れることは出来ないが、欧米商品の買い付けで知った有力ファクトリーの製品スペックにこだわり、付属使いや裏地使い、縫製始末のような別注加工テクニックを追求して独自のマーケットを築いている。メーカーならなおさらのはずだが、セレクトショップから拡がったこだわりスペックの流れを軽視し、価格競争とQRの弊害で製品スペックの同質化が蔓延しているのは残念だ。
 この転機に独自のMD軸と製品スペックを活かして自分のマーケットを築けるか否かで、21世紀の最初の10年間の命運が決まってしまう。それには自分のMDを展開する売場を持っていること、MDを自分流に味付ける製品スペックを持っていることが不可欠だから、SPA化に出遅れたメーカーや生産を安易にアウトソーシングしてしまったメーカー、製品スペックに踏み込めない小売業者はチャンスを活かせない。

自分流のチャネルでコストカットを

 自分のMDを展開する売場を持っていても、百貨店のようにコストの高いチャネルに依存していてはバリュー競争に耐えないから、逸早くコストの低いチャネルにシフトしなければならない。アパレル系SPAの場合、百貨店とSCのコスト差は売上対比で20ポイント前後もあり、百貨店依存度の高いブランドでは原価率を25%以下に抑えないと利益が残らない。原価率を抑えただけバリュー競争力は劣るから、その商品をSCに持っていっても販売効率は極めて低いものとなる。
 SCでストア展開するなら工場調達原価率で30%以上、低価格を訴求するなら同35%以上(「ユニクロ」は40%超)で物造りしてバリューを訴求すべきで、それだけ店舗のイニシャルコストとオペレーションコストを抑えることが求められる。小売店から見ればこの調達原価率は低く思えるかも知れないが、専門店が仕入れているブランドの工場調達原価率の方が25%〜30%と低いのだ。
 集客力のある大型商業施設が有利とも限らない。類似店舗が食い合って施設内競争が激しく、コストが高い割りに販売効率が低位に留まるケースが少なくないからだ。商圏は小さくても施設内競争がほとんど無くて独占を謳歌できれば、コストの割りに高い販売効率が得られる。業態によっては大型SCより有利な選択となるケースもあるから、出店戦略の発想を変えてみる価値はある(類似店舗が存在しない業態が理想ではあるが)。路面にしても、通行客の多いメインストリートが有利とは限らない。客層がマッチすれば、低コストな裏通りの方が収益性は高くなるからだ。
 手頃な価格と上質なスペックでバリューを訴求してマーケットの支持を得るにはチャネルコストの圧縮が不可欠だから、高コストなチャネルから果敢に脱出し、これまでの常識や一律な発想を脱してコストを圧縮する独自の出店戦略を模索すべきであろう。

自分なりのファクトリー・ダイレクトを築け

 バリューを追及してチャネルコストを圧縮した究極の姿がファクトリー・ダイレクト(工場直売)だ。生産者が最終消費者とダイレクトに結び付くのだから中間業者による搾取はまったくないし、流通ロスも極小化されるから、工場原価率は最も高く(価格は割安に)設定できる。
 理屈はそうだが、工場自体にマーケットを捉えて企画する力量と魅力的な製品スペックがないと成り立たないし、店舗を開発して運営する体制も必要だ。欧州ではゼニアやベネトン等、少なからぬ成功例が見られるものの、既に産地が疲弊しきった我が国ではそんな工場は限られるから、現実には魅力的な製品スペックを持った工場を消費者と最短に結ぶSPAやセレクトショップがその役割を果たすことになる。百貨店の業態化平場の一翼も、その役割を果たすかも知れない。
 この手のオペレーションは小回りの効く小規模業者が有利とされるが、ファクトリー・ダイレクトのメリットを極大化するには、工場の生産効率を保てるだけの販売ロットと安定した売上が不可欠。アパレル分野ではどんな大ロットでもバッジ生産になって販売とのギャップが発生してしまうが、販売と真に直結したファクトリー・ダイレクトならオンライン生産も可能だからだ。
 オンライン生産が成り立つ販売ロットというと「ユニクロ」級を想起しがちだが、靴下のダンなど、モジュール・コンソーシアムに近似した産地コンバーター型SPAのビジネスモデルを確立して、販売に即応するオンライン生産を実現している。アパレルでも国内の小ロット工場を前提とするなら二ダース程度の店舗網でも回すことが出来るが、それには素材と加工プロセスの集約が不可欠で、生産ラインを前提としたMD設計が求められる。  このような本質を理解してファクトリー・ダイレクトなビジネスモデルを構築するなら、圧倒的なバリュー革新によって様々なサクセスストーリーが実現する。訴求したい製品スペックや狙う顧客、事業スケールは様々でも、オンライン生産まではいかなくても手作り感覚でも、自分なりのコンセプトで様々な事業者が手掛けて欲しい。これまではアパレルメーカー主導のビジネスモデルが主流であったが、ファクトリー・ダイリクトでは小売業者や産地コンバーター、産地の気鋭の工場等、アパレルメーカー以外のところから火の手が上がることになるのではないか。

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