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『だまされてはいけない原価率のマジック』(2020年02月28日付)

 流通業界では「納入掛け率」や「原価率」が話題になることが多いし、消費者の目から見て「原価率」はお買い得かどうかの目安ともなるが、これが結構怪しい代物だ。大衆品から高級ブランドまで、何かと怪しいアナウンスにだまされかねない「原価率」のマジックを解き明かしてみたい。

ユニクロ、しまむら、ワークマンの原価率

 世には「薄利多売」と言うから高級品は利幅が厚く大衆品は利幅が薄いというイメージがあるが、あながち間違ってはいない半面、実態を掘り下げてみると認識を改めるべきことも少なくない。

 アパレルの世界で大衆品を代表するのはユニクロとしまむら、ワークマンというのが今日で実勢だから、この3者の価格と原価率をまず比較してみよう。無印良品(良品計画国内事業)の衣料品比率はインナーまで含んでも29.1%(877億4500万円/19年2月期)にとどまるので、ここでは外したい。

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 価格の水準を表すのが平均販売単価と同客単価だが、決算書で客単価や商品単価は必ずしも開示されておらず、一部は推計するしかない。最も客単価が低いのがしまむらの2553円(商品単価は859円)でワークマンも2671円と大差ないが、ジリジリと高級化するユニクロは客単価も商品単価も前年比のみで実額は一切、公表しておらず4600〜4800円程度と推計される。

  原価率はしまむらが68.2%と最も高く、ユニクロが53.3%で続き、ワークマンが44.9%(加盟店のみだと48.1%)と最も低い。決算書に記載される原価は売上原価であって、値引きや廃棄処分の減損が加わって調達原価より高くなる。各社の売価変更の頻度や部分的な公表値から調達原価率をバックリ推計すれば、しまむらが61.4%と最も高いが、値引きがほとんどないEDLPのワークマンが44.3%とユニクロの36.5%を逆転する。ワークマンとユニクロの8ポイント弱の差は売価では22%ほどの差になるが、店頭の商品価格にはもっと差があるように感じられるのはなぜだろうか。

 価格に対する割安感が調達原価率にスライドするとすれば、この順にお買い得ということになるが、ことはそんなに簡単ではない。

調達原価率のマジック

 調達原価は工場出し値(EXW)に、a)生産地での物流加工や仕分け、空港や港までの物流費、b)関税や保険料、貿易決済手数料、c)生産地から国内倉庫への物流費、d)国内倉庫での保管料や仕分け出荷費用、e)一括納入ではなく分納だと長期保管料や金利、在庫リスクの分担コストまで乗ってくる。このどこまでを含んでの調達原価なのかが問われるが、ベンダー企画の製品仕入れが大半のしまむらは、このほとんどを含んだ調達原価率だから、当然に高くなる。ワークマンは過半に迫るPBこそ直貿が多いにしてもb) やc)はともかくa)まで自分で負担しているかは不明だし、仕入れ商品はベンダーに在庫補給を委託するVMIだから、しまむらに近いと思われる。

 ユニクロは「製造情報小売業」の建前としてはこの全てを自分で負担しているかのようだが、現実は全く異なる。18年8月期第2四半期まではa)からe)まで商社が負担し、国内倉庫からユニクロの店舗に出荷された時点で在庫の所有権がユニクロに移るという商社依存体制だった。生産地工場から国内倉庫までの物流がブラックボックス化してC&CなOMO戦略に立ち遅れ、18年8月期第3四半期から国内倉庫に入荷した時点でユニクロに所有権が移る会計処理に変わったが(それで在庫は2.4倍になった)、生産地工場から国内倉庫までの在庫運用は依然、商社に依存したままと思われる。ユニクロの調達原価率には商社が負担するこれらの業務の手数料が乗っており、手数料分を差し引けばユニクロのEXW(工場出し値)原価率は34%を切ると推計される。

 三者のEXW(工場出し値)原価率をバックリ推計すれば、ワークマンが43%と最も高く、しまむらが40%で続き、ユニクロが34%弱と最も低くなる。推計を重ねた全くアバウトな数字だが、顧客の印象にも近いのではないか。

 グローバル展開やブランディングのコストが肥大するユニクロは「低価格高品質ベーシックSPA」から「適正価格高品質ベーシックNB」へとマーケットポジション自体が上滑りしており、EXW原価率で他社とお買い得感を比較する次元ではなくなっているのかもしれない。

  • OMO(Online Merges with Offline):ネットと店舗の垣根を超えた融合を意味し、モバイルフォンをキーデバイスにウェブルーミングとショールーミングを駆使して顧客利便と在庫効率を高めるニューリテール戦略。
  • EXWEx Works:ICC(国際商業会議所)が定める貿易規定インコタームズが区分する取引形態の一つで、最も価格が低くなる「工場渡し」を指す。他にFOBやCIFなどがある。
  • NB:ナショナルブランド。

LVMHとケリングの原価率

 高級品を代表するのは2大ラグジュアリー帝国とあがめられるLVMHとケリングがふさわしい。LVMHは536億7000万ユーロ(約6兆4400億円)を売り上げて115億400万ユーロ(約1兆3800億円)の営業利益を、ケリングは158億8400万ユーロ(約1兆9060億円)を売り上げて47億7800万ユーロ(約5730億円)の営業利益を稼ぎ出しているラグジュアリービジネスだ(どちらも19年12月期、以下同)。

 LVMHは「ルイ・ヴィトン」「クリスチャン・ディオール」「フェンディ」「セリーヌ」など多数のスーパーブランドを抱えるファッション&レザーグッズ部門が売上げの41.4%、営業利益の63.8%を占め、売上げではコスメのセレクトストア「セフォラ」や免税店の「DFS」などからなるセレクティブリテイリング部門が27.6%、営業利益では「ドンペリ」や「モエシャン」「ヘネシー」などをそろえるワイン&スピリッツ部門が15.0%を占める。「ディオール」や「ゲラン」など人気ブランドをそろえるパヒューム&コスメティクス部門が売上げの12.7%、「ブルガリ」や「ウブロ」などを抱えるウォッチ&ジュエリー部門が売上げの8.2%を占めるが、20年半ばに買収手続きが完了してティファニー(売上高44億4200万ドル/19年1月期)が加われば、ウォッチ&ジュエリー部門の売上げは40億ユーロ以上押し上げられる。

 ケリングはラグジュアリーブランドのLUXURY HOUSES事業が売上げの96.8%、営業利益の105.5%(他部門は赤字)を占め、その中のグッチ部門が全社売上げの60.6%、営業利益の82.6%、サンローラン部門まで合わせると売上げの73.5%、営業利益の94.4%を占める。

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 LVMHの売上原価率は33.8%と意外に高いが、原価率の高いブランド仕入れのセレクティブリテイリング部門を除くと27.6%程度と推計される。高級ブランドビジネスが96.8%を占めるケリングの売上原価率は25.9%と、両者に大差はない。売上原価率は値引きや廃棄処分による10%程度の減損が乗っているから、バックリだがLVMHの生産原価率は17.6%、ケリングの生産原価率は15.9%と推計できる。

原材料からの自社工場生産

 両社の高級ブランドは原材料から仕込んで自社工場で生産しているから、設備投資の減価償却はかかっても外注工場の出し値(EXW)より5ポイントぐらい低く計上されているはずで、LVMHの実質的な生産原価率は22.6%、ケリングは同20.9%になる。20%を切ったわが国百貨店ブランド(ほとんどが外注工場からの製品調達)に比べれば法外とはいえず、品質とブランド価値を考えれば、むしろお買い得な値付けなのかも知れない。

 欧米高級ブランドの価格が法外に上昇したと感ずるのは、わが国の経済的地位が低下して円の価値が相対的に低下し、円建てでの価格が高くなったからだが、外国人観光客が日本に来て欧米高級ブランドを買い漁るのは、それでも日本での価格設定が海外より割安だからだ。日本の消費者は低価格品のみならず高級ブランドでもデフレの恩恵を受けている。

 外部工場へ生産を委託する高級ブランドも多く(いっときは洋服でもバッグでも「中国製」が目立った)、時計や服飾雑貨ではあからさまなOEMも横行しているから、自社工場生産にこだわる両社の高級ブランドの品質やセンスが顧客に評価されるのは理解できる。とりわけ「ルイ・ヴィトン」は素材・部材から自社開発して自社工場で生産しており、他メゾンブランドではOEMも少なくないウォッチでも製品組み立てはもちろん、ムーブメントまで自社生産している。ブランド神話は一朝一夕に成立するものではなく、真摯なものづくりと緻密なブランディングの長い積み上げによって磨きがかかるものなのだ。

「お値打ち」は原価率とブランド価値で決まる

 自社で素材・部材から開発して自社工場生産に徹し品質も流通も管理する高級ブランドから、外注工場に委託生産させた外部企画商品を在庫管理から物流まで商社やベンダーに依存して分納で製品仕入れする大衆ブランドまで、「原価率」の意味も重みも全く異なるが、工場出し値(EXW)を基準に実質生産原価率を推計すれば大まかな「お値打ち」は比較できる。

 とはいっても、「お値打ち」は実質生産原価率だけで決まるものではなく、「ブランド価値」に大きく左右される。流通や販売の仕組み、売価政策や広告宣伝のセンスだけでなく、企業の社会的姿勢や経営のモラル、顧客に渡った後の二次流通での評価など、さまざまな要素が絡んでブランド価値が高められ、あるいは毀損される。

 ブランディングはセレブが登場する華やかな広告宣伝やパブリシティで付加価値をあおるという一面は否定できないが、素材・部材からの自社工場生産による徹底した品質管理、緻密な流通政策や売価政策、在庫コントロールから二次流通の管理まで、手を抜かない真摯なマーケティング活動の積み上げで磨かれていくという本質を軽んじてはいけない。

 高級ブランドでは洗練された慎重さが求められる戦略や対外発言も、大衆ブランドでは抑制を欠いて粗っぽく垂れ流されることが多いのは、ブランディングに対する経営陣のロイヤルティが低いからだと思われる。しまむらやライトオンはもちろん、ユニクロやZOZO、楽天にもCBO(チーフブランディングオフィサー)がいるとは聞いたことがない。いたら、あれほど顧客や取引先とすれ違う経営行動はとらないのではないか。

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