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WWD 小島健輔リポート
『壁に当たったアパレルチェーンの経営構図 今こそ断捨離を決断せよ』
(2021年06月01日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アパレル製品を企画・販売する企業は、製造業寄りから小売業寄りまでさまざまで、「製造小売業」たるSPAなどアパレルチェーンも同様だ。商品やマーチャンダイジング、販路ミックスや店舗運営、サプライチェーンや物流プロセス、決算報告を仔細に見れば違いは分かるが、その根底を定めている経営構図をつかめば企業行動の本音が見えてくる。コロナ危機は肥満して壁に当たった経営構図の断捨離を強いているのではないか。

「在庫運用」と「店舗運営」が営業実務の二軸

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 アパレルチェーンの営業実務は付加価値を創造する「マーチャンダイジング」を起点として、「在庫運用」が粗利益の歩留まりを左右し、「店舗運営」が営業経費を左右し、結果として「営業損益」が決まる。

 「在庫運用」は粗利益という結果だけでなく商品が販売されて換金される速度も左右するが、「在庫回転」がイコール「資金回転」になるわけではない。在庫回転速度たる「棚資産回転日数」に売上金の回収速度たる「売上債権回転日数」が加わり、そこから仕入れ代金決済の「買掛債務回転日数」を差し引いた「運転資金回転日数」が実際の資金回転速度になり、期間の売上を掛けた金額が運転資金の目安となる。

 その要となるのが「商品財務戦略」で、スキルの巧拙で「在庫運用」のフリーハンドも大きく左右される。財務戦略をベースに「資金繰り」と「在庫繰り」のバランスを図るマネジメントスキルと捉えるべきだろう。

 「店舗運営」の経費は個別店舗の出店条件と運営経費の積み上げで決まるから、売上予測の精度、家賃条件と最低保証売り上げ、店舗の規模・形状とレイアウト、運営効率とレイバーコントロール精度が問われる。出店の積み上げがキャッシュフローと投資回収の大枠を決め、少なからぬ資金が寝て減価償却や将来の減損リスクも生じるから、「出店財務戦略」は企業の将来を大きく左右する。

 「マーケットアナライザー」など小売業向けの商圏分析システムに自社独自の結果指数を積み上げて売上予測の精度を高めて物件を精査選別し、月度売り上げを平準化して端境月の最低保証割れを回避することが必須で、希望的観測で無理な出店を決めてはならない。アパレル小売りにはどうしても人気の波があり、好調サイクルの強気の出店が不調サイクルで足を引っ張ることが多い。不調サイクルの売上水準で出店採算を図る原則を崩してはなるまい。

 営業経費の二軸は賃借料と人件費だが、どちらも出店段階の契約条件、店舗の位置・規模・形状、レイアウトで大枠が決まってしまう。運営コストが高くなる小型変形店舗を避けて運営効率が高い大型整形店舗を確保し、保守効率と作業効率の高いレイアウトに注力するべきだ。

商品財務の要

 「売上債権回転日数」は販路構成に左右される。路面の独立店舗なら日々の売り上げが即、現金収入になるが、キャッシュレス決済比率が高いとその分、回収が遅れるし、月2回締め支払いの商業施設テナント店では平均22.5日、消化仕入れの百貨店インショップでは平均45日遅れ、卸し取引ではさらに遅れる場合が多い。キャッシュレス決済がほとんどを占めるEC(ネット通販)では、モールサイト店は週締め支払いのアマゾンこそ速いが他は商業施設や百貨店と大差なく、自社サイトでも決済代行会社を使う限り商業施設や百貨店と大差ない(別途手数料を支払えば速められる)。

 「棚資産回転日数」はBS(バランスシート、貸借対照表)に計上された商品在庫の回転(売上原価÷在庫原価)を現すもので、小売業的な「製品仕入れ」ではアパレル企業が発注していても、アパレル企業の倉庫や店舗に納品されない限りBSには計上されないから、見かけの在庫回転が速くなる。VMIなどサプライチェーン同盟では生産地在庫のみならず国内倉庫在庫もサプライヤー側が負担しているケースがあり、決算書からは実体がつかみにくいが、大手SPAでは店頭在庫25〜30%、国内倉庫在庫40〜45%、生産地在庫30〜35%というバランスが推察される。

 国内ユニクロは2017年8月期まで店舗在庫だけをBSに計上していたが、国内倉庫在庫も計上した18年8月期は坪当り在庫が2.45倍に跳ね上がったから、店舗在庫と国内倉庫在庫の比率は4対6だったと推察できる。良品計画単体は店舗と倉庫(本部)の在庫比率を開示しているが、年々店舗比率が低下して20年8月期には27.4%まで落ちている。両社とも、これ以外に生産地在庫が存在するが、良品計画はソーシング子会社が抱える国内向け在庫が連結決算で加わって1.4倍ほどになる。国内ユニクロの生産地在庫は商社が管理しており、ファーストリテイリングのBSには出てこない。

 メーカー的な「工賃払い調達」ではそんなサプライヤー負担はなく、製品在庫、仕掛り在庫、原材料がBSに計上されるが、生産工程に踏み込むほど仕掛り在庫と原材料の負担が高まる。グローバルSPAで最も「工賃払い調達」に踏み込んでいるのはインディテックス(INDITEX)で、自社工場のCADCAMで裁断した生地パーツと付属を揃えて周辺フランチャイズ工場(スペイン、ポルトガル)にミルクランで部材供給・製品回収して自社工場でプレス仕上げしているが、仕掛り在庫と原材料の在庫金額に占める比率は6.2%(20年1月期)に止まるから、製品比率で10%強程度と推察される。

小島図表2インディテックスの資料から

「買掛債務回転日数」は支払いサイトに近いと思われるが、ブランド商品の展示会発注が多いセレクトチェーンが最も短く、「製品仕入れ」のSPAは商社金融で延ばせるし、直貿なら銀行ユーザンス※1.が使える。「工賃払い調達」では工賃は現金払いでも素材代金は支払いサイトが長く、工場に仕様書発注した「製品仕入れ」は銀行ユーザンスでサイトを延ばせる。

結果としての「運転資金回転日数」をどうコントロールするかが問われるが、「棚資産回転日数」の長期化がそのまま「運転資金回転日数」の長期化につながる企業もあれば、「棚資産回転日数」が長期化しても「買掛債務回転日数」を延ばして「運転資金回転日数」はほとんど動かないという企業もある。前者の場合は在庫回転が悪化すれば資金繰りが逼迫するが、後者の場合はそうはならない。ワールドやインディテックスが後者の好例で、コロナ禍決算でも運転資金を要さず、逆に回転差資金を確保していたほどだ。その差は調達手法ミックスやサプライチェーン同盟の強かさ、調達ファイナンスのスキルによると思われる。

※1.ユーザンス…信用状決済による貿易金融の支払い猶予期間

在庫運用の要

 在庫運用には(A)BS計上済み在庫の配分・補給・再編集・店間移動・売価変更というディストリビューション、(B)BS計上以前のサプライヤーとのVMI※2.によるオンデマンド補給・生産という二面があり、どちらか片方だけでは限界がある。
セレクト仕入れやロット発注では(A)ディストリビューションしかできず、シーズン中の消化にこだわれば値引きロスが肥大して粗利益が損耗してしまうが、(B)オンデマンド補給・生産が上手く作動すれば過剰在庫も機会ロスも避けられ値引きロスも抑制できる。定番性商品の長期的サプライチェーン同盟ではサプライヤーが抱える生産地在庫の翌シーズンへの持ち越しも可能で、コロナ禍では少なからぬ在庫が持ち越されたようだ。

 オンデマンドなVMIにはサプライヤーの資本力と物流体制、企画・生産・物流を一貫するDX(デジタルトランスフォーメーション)※3.が不可欠で、AI(人工知能)精度やCAD/CAM※4.装備が高まる今後は一段と効果が発揮されるに違いない。ならば、(A)ディストリビューションだけに頼る在庫運用のアパレル企業は相対的に競争力を失うと見るべきだ。

 そうは言っても(A)ディストリビューション在庫運用はアパレル企業の粗利益確保スキルの中枢であり、VMDと物流の組み方が店舗のマテハン※5.人時量も売り上げも大きく左右する。かつては倉庫から多店舗への配分と補給の精度を追求すれば済んだが、今日では物流の形状と店着タイミング、店舗在庫と店舗向け倉庫在庫、EC向け倉庫在庫の配分(物理的配分とは限らない)とデータ連携、ローカル単位のC&C(クリック&コレクト)とテザリング※6.など、在庫連携とOMO体制が問われて高度化しており、もはやDXを欠いては運用は困難だ。

 ディストリビューション在庫運用については20年2月26日に本誌に掲載した「在庫問題を解決する決定打 DBからデジタルVMI」に詳説したので是非とも読み返してもらいたいが、VMDと物流を連携させないと店舗のマテハン人時量も物流費も膨れ上がって損益を圧迫する。商業施設のアパレルチェーンを見るにつけ、VMDが編集陳列とディスプレイに終わって、店舗マテハンと物流が連携していない非効率な運用が大半だ。

 いったいアパレルチェーンで、元番地のアドレス管理をして搬入商品の陳列位置をタグなどで指示している会社がいかほどあるのだろうか。初期投入と補給投入の曜日と時間を定め、元番地の棚入れとフェイシング管理をルーチンにしている会社がいかほどあるのだろうか。消化を促進する再編集陳列のテクは山ほどあるから元気なうちに伝承しておきたいが、それ以前にアパレルチェーンとしてのVMD(=マテハン)運営体系を確立するのが先決と思われる。

※2.VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態
※3.DX(Digital Transformation)…デジタル技術でプロセスやサプライチェーンを繋ぐ業務革新
※4.CAD/CAM…コンピュータ・グラフィック支援の設計と製造
※5.マテハン(Material Handling)…荷役・物流作業
※6.C&C(Click&Collect)とテザリング…ECで注文したり取り寄せて店舗で受け取ったり試したり、近隣の店舗在庫を引き当てて店舗で渡したり店舗から宅配出荷し、顧客利便と在庫効率を高め物流費を抑制するOMO(ネットと店舗の融合)戦略がC&C。その仕組みに乗せてエリア内店舗間で在庫を融通・補給するのがテザリング

店舗運営の要

 「店舗運営」の経費は賃料と並んで人件費が大きく、営業時間を保守する最低人員配置をベースに搬入・陳列・棚整理・再編集・ピッキング・在庫管理などのマテハン人時量が加わり、低単価店ではレジ精算、高単価店では接客や顧客管理・営業の人時量もかさむ。

 ざっくりとした経験値だが、アパレルチェーンの店舗運営人時量は、低単価店ではマテハンが4割強、レジ精算が2割弱、保守・待機が2割強、接客と客注在庫探しが2割弱、高単価店ではマテハンとディスプレイが3割弱、レジ精算と顧客管理・営業が2割弱、保守・待機が2割強、接客と客注在庫探しが3割強ぐらいではないか。このうち保守・待機の人時量はレイバーコントロール(勤務シフト)の精度向上や営業時間の短縮、マテハン人時量は入荷・移動の集約とVMD運営体系の整備、レジ精算はICタグ読み取りなどの自動化で大きく圧縮できる。

 これら必要人時量を曜日・時間帯ごとに計算してレイバーコントロールを組み、最小人時量で運営することに注力するが、営業時間が無駄に長いと売り上げにつながらない保守人時量がかさみ、商品の入荷や移動が分散するとマテハン作業が煩雑になり、陳列作業も重複して売り上げにつながらない人時量が肥大してしまう。入荷や移動のタイミングが集約され、什器レイアウトや元番地陳列と出前編集陳列のVMD体系が確立され、ICタグが導入されていればマテハン人時量が抑制され、時間帯毎の必要人時量も容易に読める。

 曜日・時間帯別の必要人時量に社員やパート&バイトのシフトを組み込むとき、要となるのが社員・準社員の「変形労働時間制」で、労使協定で定めて週間や月間、年間の総労働時間の枠内で日ごと、週ごと、月ごとの勤務時間を一定枠で短縮したり伸ばしたりして機動的に勤務する。会社側の都合だけで導入しても上手くいかないことがあり、ワーク&ライフバランスを改善するスタンスから時間をかけてコンセンサスを形成した上で導入するのが賢明だ。

 社員・準社員の「変形労働時間制」をベースにパート&バイトのシフトを組む体制ができても、店舗が小さいと最低保守人数を当て込むだけで精一杯で、閑散時と繁忙時のメリハリを付けることができない。繁忙時には最低でも閑散時の倍、理想は4倍の人員を配置するべきで、販売効率やレイアウトにもよるが、倍のメリハリを付けるには250平方メートル、4倍のメリハリを付けるには1000平方メートル近いフラットな店舗規模が必要になる。小型店舗では最低保守人数が繁忙時対応人数になってしまうから、勤務シフトで生産性を高める余地がない。

 平均店舗面積が1000平方メートル近い国内ユニクロの1人当たり年間売り上げが3000万円を超えるのに対し、多くのカジュアルチェーンは250平方メートルにも届かず2000万円前後にとどまっている。店舗運営の人件費負担率は店舗規模に逆スライドするのが現実で、業態の大型化・複合化はアパレルチェーンに取って不可避の課題と思われる。

断捨離による「お値打ち」と経営構図の再構築

 アパレルチェーンの経営構図は経営のスキルだけで成り立つわけではない。「商品」と「マーチャンダイジング」に時代のニーズに応えるインパクトと普遍性があり、生み出す付加価値が「在庫運用」の歩留まりと「店舗運営」の経費に見合って「お値打ち」を継続的に実現できないとマーケットに生き残れない。「商品」と「マーチャンダイジング」に「価格」を超える魅力がなくては、どのような経営スキルを駆使しても継続的成長は困難だし、存続も難しいだろう。

 「商品」と「マーチャンダイジング」に最適な調達手法を確立し、サステナブルなサプライチェーンを築けば描いた経営構図が成立し、出店財務と商品財務を崩さずフィロソフィーを貫徹すれば、成長軌道を外れず市場の飽和点まで走り続けられる。逆に言えば、今、壁に当たっている多くのアパレルチェーンはそのいずれかを崩して成長軌道から外れたのであり、崩れた要件を修復すれば壁を抜けられる可能性がある。

 消化歩留まりが低く売価変更ロス率が15%あるいは20%を超え、営業経費が小売売り上げの45%を超えて肥大し、調達原価率を切り下げかろうじて収益を確保しているアパレルメーカーやアパレルチェーンの商品が「お値打ち」であるはずもなく、経営が「効率的」でもあるはずもない。顧客が離れ肥満のロジックが破綻するまで肥満し続けるのか、徹底して断捨離し「お値打ち」と経営構図を再構築するのか、コロナ危機が決断を迫っているのではないか。

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