小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『スノーピーク大幅下方修正の衝撃 アウトドアとアスレジャーはどうなるか』
(2023年08月16日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 スノーピークの2023年12月期業績予想の大幅下方修正でキャンピングブームのピークアウトが露呈したが、コロナが明けての日常の復活でアウトドアとアスレジャーも失速するのだろうか。

 

■スノーピークの失速は予見されていた

スノーピークは8月10日、2023年12月期連結の予想売上高を2月発表の360億円から278億5000万円(22.6%減)、営業利益を同50億円から10億9100万円(78.2%減)、純利益を同28億4900万円から6億1500万円(78.4%減)と大幅下方修正した。同日発表した23年4~6月業績も、売上高が前年同期比22.7%減の66億6000万円、粗利益率が前年同期の58.4%から56.6%に1.8ポイント低下した一方で販管費率は同39.5%から53.0%に13.5ポイントも跳ね上がり、営業利益は同16億2300万円から2億4100万円と85.1%減少。営業利益率は同18.9%から3.6%に急落し、純利益率も同12.4%から3.5%に落ち込んだ。

韓国・中国の売上は13.6%減、台湾は13.8%減に踏みとどまったが、米国は27.1%減、日本は28.9%減と大きく減少し、国内では在庫が積み上がったディラー卸が同4分の1(23.0%)と壊滅的に落ち込み、インストア(卸のインショップ)も4分の3に落ち込んだ。ブームがピークアウトしたキャンピング用品が失速し、アウトドアの売上は7掛けに落ち込んだ。販管費では売上の低下に伴う地代家賃の9.1%増に加えて販売促進費の56.0%増が際立ったが、それほど流通在庫の消化に注力せざるを得なかったと思われる。

 その兆候は既に前中間期(22年1〜6月期)業績に現れており、22年9月30日の本誌に掲載した小島健輔リポート『社長電撃辞任 「スノーピーク」の本業に死角はないのか』で予見した通りになった。2022年12月期上半期の急激な在庫の積み上がり(売上は34.5%増なのに製品在庫は2.56倍)という異変はコロナ下で過熱したキャンピングブームのピークアウトに直撃されたもので、創業社長が復帰しての立て直しも急激な冷え込みに追いつかなかった。前社長(創業者の実娘)の「既婚男性との交際及び妊娠による辞任」という異例な公式発表も、振り返って見れば世間の関心をスキャンダルに引きつけておきたいという目眩しだったのだろうか。

 それから1年経った今中間期の業績は売上も利益も急減して在庫はさらに積み上がるという危機的なもので、在庫は2.56倍に急増した前中間期からさらに85.6%も増加した。棚資産回転は前中間期の268.3日から595.0日と20ヶ月に迫り、売掛債権回転(95.0日→68.7日)を短縮しても買掛債務回転(76.8日→47.9日)も短縮したからCCCは286.5日から615.8日と危機的に長期化し、運転資金が1.8倍に嵩んで純資産対比も83.1%から131.9%と危険水域に跳ね上がっている。

 その急激な暗転ぶりはスキーブームの終焉による98年のゴールドウインの失速に重なって見える。今をときめくゴールドウインも当時は流通在庫が積み上がって98年3月期には営業赤字に転落し、翌期と合わせて96億円もの最終損失を計上している。ゴールドウインが失速前の売上規模(96年3月期の779億円)を回復したのはアウトドアがブーム化した19年3月期(849億円)で、実に20年以上を要している。スノーピークがこの危機を乗り越えて売上規模を回復するのは、いったい何時になるのだろうか。

 

■アウトドアブームも終わるのか

 スノーピークの失速と前後するように、既に昨年からアウトドア業界ではキャンプ用品の販売不振と在庫の積み上がり、それに伴う乱売と値崩れが異口同音に伝えられており、ロゴスの23年2月期売上も前年を割り込んだ。コロナ下で過熱したキャンピングブームが日常の回復でピークアウトし、カントリーアウトドアからメトロなライフスタイルに回帰する引き潮に、急成長で膨れ上がったキャンピング業界が押し流されている状況だ。

 ではアウトドアウエアまで引き潮に引きずられ失速しているかというと、必ずしもそうではないようだ。キャンピング絡みの土臭いアウトドアウエアは頭打ちでも、アウトドア機能を備えたアーバンウエアは好調を保っている。

ゴールドウインの直近24年3月期第1四半期(4〜6月)はアウトドアギヤこそブームの反動で減速し在庫も積み上がっているが、全社売上は前年同期から9.7%伸びて売上、経常利益・純利益とも第1四半期としては過去最高を更新している(営業利益は前期の99.9%)。とは言え、在庫は12.9%増と売上の伸び以上に増えているし、粗利益率も前年同期の52.7%から50.6%に落ち、営業利益率も同10.7%から9.8%に低下しているから、ブームのピークアウトはそれなりに影響している。「ギヤは定番品が多いから来年売れば良い」と余裕を見せているが、内心は穏やかではないだろう。

「ザ・ノースフェイス」は好調を保っているが、アウトドアのパフォーマンスライン(6.9%増※)よりライフスタイルライン(9.6%増)、アーバンなファッションライン(32.5%増)方が格段に好調で、その代表が「TNFパープルレーベル」だ。「TNFパープルレーベル」は代官山のクリエイションショップ「nanamica TOKYO」とのコラボレートラインだが、アウトドアの機能性にアーバン感覚のファッション性を加えている。「TNFパープルレーベル」よりこなれたアーバン感覚で幅広い顧客層を捉えているのがTNFから派生した「ニュートラルワークス」で、スポーツコンセプトのライフウエアとしてメジャーに広がっていくと思われる。

※各ラインの伸び率は「ザ・ノースフェイス」に限らず他のブランドも含むが、「ザ・ノースフェイス」は全売上の8割強を占めるから、ほぼ同率に見て良いと思われる。

 

■酷暑の夏が一変させた日本人の対暑衣服感覚

アウトドアがピークアウトする一方、この夏は「接触冷感」や「吸汗速乾」などスポーツウエアに発した機能性の合繊アイテムが現役世代(ティーンズやシニアを除く)のライフウエアとなって旧来の綿系カジュアルに取って代わった感がある。

この7月は我が国(観測開始来125年ぶり)のみならず世界的(1978年以来45年ぶり)な猛暑となって大気が沸騰したが、そんな中で日本人の対暑衣服感覚も一変したのではないか。日本人の対暑衣服感覚は「肌離れ」という素材物性と通気性に象徴されてきたが、今年の猛暑は「肌離れ」では対処できず、全く逆の「接触冷感」(肌にひんやりした素材が纏わり付く)に転じたからだ。

 「肌離れ」は綿や麻、レーヨンなど植物由来の強撚糸を使った爽やかな触感の素材を緩く着て通気性を確保するもので日本の夏の風物詩でもあったが、今年の夏は機能性あるいは機能加工の合繊素材を使った「接触冷感」「吸汗速乾」「UVカット」などの機能訴求アイテムが席巻し、アメカジ系の植物素材アイテムに取って代わった。業界が声高に謳う「地球に優しいサステナブル」やリサイクルとは逆行する現実だ。

 実際、アパレルチェーン各社の綿Tシャツの売上は前年を大きく割る一方(ほぼ半減というチェーンもある)、合繊系の機能訴求Tシャツは大きく売上を伸ばしている。それはアロハなどの開襟シャツも同様で、「接触冷感」のテロ系が席巻している。街ゆく若者の夏姿はテロテロのシャツやTシャツに合繊系のゆるフィットパンツが目立ち、綿Tシャツに短パンなどの懐かしい夏姿は高齢者に限られる。色彩も夏らしいビビッドカラーよりシックなハーフトーンやモノトーンが目立つが、後述するようにアーバン感覚の「ライフウエア」とはそんなものだ。

 コロナが明けて素材のトレンドもキレイ目にシフトして合繊系が主流になっており、コロナ下で好まれたナチュラルあるいはヴィンテージな面はオフトレンドになっている。それはアパレルチェーン各社の夏商戦結果にも如実に現れている(アダストリアの明VS.無印の暗、中間がユニクロ)。

 コロナ下でブームとなった輸入古着にもブレーキがかかっており、今年上半期(1〜6月)の中古衣類輸入量は4月を除いてマイナスが続き、上半期累計で前年比7.3%減と前年同期の12.3%増から失速している。為替レートが9.6%円安に振れたこともあって単価も1,229円と前年同期の1,051円を16.9%上回り、割安感が薄れたことも足を引っ張ったと思われる。

 スポーツウエア由来の機能素材ライフウエアの奔流はアメカジやジーニングなど伝統的なカジュアルを駆逐しており、この夏の猛暑がそれに輪をかけた。米国に発したアスレジャーはコロナが明けてアーバン感覚のおしゃれなライフウエアに変貌したが、それはどこか土臭いアウトドアウエアとは根本的に異なるものだ。

 

■カジュアルは都市型「ライフウエア」に変貌する

 4月24日の本誌に掲載した小島健輔リポート「米国アパレルマーケットの変貌」で詳説したように、カジュアルにはデニム軸ワークカジュアル/ジャージ軸スウェットカジュアル/チノ&合繊クロス軸ビジネスカジュアル/機能合繊軸スポーツ&アウトドアカジュアルの4軸があり、ノームコア以降、スポーツウエアに発した機能合繊素材がスウェットカジュアルをアスレジャーに、ビジネスカジュアルをスタイリッシュなニュートラルカジュアルに変貌させ、伝統的な綿素材のワークカジュアルやスウェットカジュアルは衰退していった。

13年頃から広がった「ノームコア」(究極の普通)とは服装をファッショントレンドから解放する「ライフウエア」化であり、様々なストレスから躰と心を解放するニュートラルコンセプトだが、機能合繊素材がその牽引役となったことは疑う余地もない。ニュートラルコンセプトたる「ライフウエア」はスポーツウエアの機能性から発したとは言え、カントリーというよりメトロエリア、アウトドアというよりインドアのライフシーンがメインであり、アウトドアの派手な色彩ではなく都市環境に馴染むハーフトーンやモノトーンでストレスなくゆるスキニーに躰を包む。「ルルレモン」も「ニュートラルワークス」も、そんな「ライフウエア」に位置付けられる。

コロナが明けてメトロエリアの日常が戻り、アウトドアのブームがピークアウトしても、ニュートラルコンセプトの「ライフウエア」たるアスレジャーやニュートラルカジュアルはますます拡大していくのではないか。その奔流に乗れるか取り残されるかで、アパレルメーカーやアパレルチェーンの業績は大きく左右されることになる。

「ユニクロ」や「ワークマンプラス/女子」「無印良品」のみならず、カジュアルチェーンや紳士服チェーンがマーケットの支持を得られるかどうか、「ライフウエア」への対応如何にかかっているのではないか。

 

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