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『ユニクロ「値下げ」の衝撃…アパレル業界の「在庫問題」がいよいよ危なくなってきた!』
(2021年03月08日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

ユニクロ「実質値下げ」のインパクト

2020年の衣料消費は総務省家計調査の「被服・履物」支出で18.4%、「アパレル」(洋服・シャツ・セーター)支出で20.2%、経済産業省商業動態統計の「織物・衣服・身の回り品」小売業売上で21.4%、「百貨店+スーパー」の衣料品売上でも26.4%減少したから、アパレル消費は2019年の8掛け弱に落ち込んだと推計される。

全国百貨店の衣料品売上が31.1%も落ち込む一方(百貨店協会)、ユニクロやワークマン、しまむらや西松屋など低価格チェーンは堅調だったから、落ち込みは高価格帯ほど大きく、衣料品でもエッセンシャルシフト(生活必需品志向)が急進した。

3月12日から実施されるユニクロとジーユーの「税抜き価格」表示特例措置終了にともなう同一価格での「税込価格」移行は9.1%の実質一斉値下げで、アパレルのエッセンシャルシフトと低価格化が一段と加速するだろう。

「消費」と「供給」のいびつな関係

消費の急減に対しアパレル業界はどの程度、供給を絞ったのだろうか。

財務省の貿易統計に拠れば、2020年の衣料品輸入数量は33億5965万点と前年から10.8%減少した。これには下着やナイティ、手袋やストールなども含まれ、キャミソールやTシャツ、ルームウエアなどアパレルと見極めにくい品目も多く誤差は避けられないが、うちアパレル製品は22億3300万点と10.5%の減少にとどまったと推計される。

国内生産のアパレル製品は0.2%減の5041万点で、輸入品の減少でシェアは2.2%と2019年の2.0%からわずかに上昇したが、長年の減少に歯止めが掛からないでいる。合計したアパレル製品供給数量は22億8340万点と前年から10.3%の減少にとどまり、アパレル消費の急減に供給の圧縮が追いついていない

家計調査の世帯あたりアパレル購入点数は前年から14.0%減の21.18点だったから、住民基本台帳に基づく2020年初の総世帯数5758万5300万(外国人世帯を除く)を掛けた国内総購入点数は12億1970万点と前年の14億0450万点から13.2%減少したと推計される。

結果、アパレルの総供給数量に対する国内総購入点数は53.4%(輸入衣料品に占めるアパレル比率を高くみると46.8%)と前年から1.8ポイント低下した。

過剰供給は「21年春夏」も続く…

消費支出金額で20%強、購入点数で13.2%も減少したのに(購入単価は8%低下したことになる)供給数量は10.3%の減少では在庫が積み上がり、過剰供給はむしろ酷くなる

実際、緊急事態宣言で百貨店や商業施設が長期休業した2020年春夏物は過剰在庫を抱えて叩き売り状態となり、調達を抑制した秋冬物も年末年初の感染第三波と1月7日の緊急事態宣言の再発令でセール在庫の消化が進まず、資金繰りに窮するアパレル事業者も増えたと見られる。

アパレルの生産から販売まではタイムラグがあり、とりわけ供給数量の98%を占める海外生産品では数ヶ月から半年もズレる。貿易統計の衣料品輸入量は2020年の1月までは増加傾向にあり、2月は中国のコロナ禍による生産の停滞で前年から37.2%も急減したが、3月、4月はほとんど減少せず、5月になってようやく32.5%も急減している。

6月は16%台の減少だったが以降は減少幅が縮小して11月は2.6%減、12月は0.4%減とほぼ前年水準まで戻しているから、アパレル業界は感染第三波を想定せず2021年の春物は前年に近い数量を仕込んだと思われる。

緊急事態宣言の再発令で急遽、仕込みを絞っても、中国の春節期間(2月中旬)も挟んで輸入量が減少するのは3月以降で、春夏物の調達は終盤に入る。2020年春夏物の売れ残り在庫が積み上がったまま新作品の供給も絞れないアパレル業界は、昨年ほどではないにしても過剰在庫に苦しむことになりそうだ。

アパレル業界の「あきれた楽観主義」

2020年の春夏物では血を吐くほど過剰在庫に苦しんだのに、感染の収束を期待して2021年春物の調達も抑え込めず、またぞろ過剰供給と叩き売りの泥沼を繰り返すアパレル業界には自浄作用は期待できない。

2月20日の本サイトに寄稿した『日本人は知らない…日本人がどんどん「貧しく」なっている「本当の理由」』で明らかにしたように、収入が伸びず社会負担増と増税で勤労者の生計が貧窮する日本では不要不急のお洒落支出は切り詰められ、コロナ禍で若者と女性が困窮する中ではアパレル消費の萎縮は止まらない。

たとえ何時かコロナが収束しても、かつてのようなお洒落消費が復活するのは難しく、アパレル消費の衰退が続くという現実を受け入れるしかない。

なのに、『アパレル全体はダメでも自社だけはイケる』と楽観するアパレル事業者が少なくない。そんなアパレル業界のあきれたポジティブ体質が禍し、コロナ禍という未曾有のカタストロフィに直面してもなお、ものづくりと事業拡大の夢を追い続け、互いの首を絞め合っている。

ここまで来れば業界ぐるみの「減産カルテル」を断行して過剰供給の根を絶つべきだと思うが、中小零細から巨大企業まで事業者が多すぎてそんな話がまとまる業界ではないから、個々の企業が過剰供給と叩き売りの泥沼を抜ける方策を提示しておこう。

過剰供給と叩き売りを解消する「6つの方法」 

第一は「計果ギャップ」を最小化することで、無理な計画を立てず計画と結果の乖離を最小化する。機会損失はあるがロスとコストの減少の方が遥かに大きく、組織が無駄なく機能して運営精度が向上し収益力が格段に高まる。

第二は「需給ギャップ」を最小化することで、調達を小口化して引き付ければ需要と供給のギャップを圧縮できる。調達コストは上昇するが在庫ロスと運営コストが圧縮され、在庫回転とキャッシュフローが劇的に改善されるから経営のフリーハンドが高まる。

第三は「時空ギャップ」を最小化することで、発注から販売開始までのリードタイムを短縮し、在庫を顧客に近づければ、需給ギャップによる機会ロスも在庫ロスも減って売上も利益も伸び、物流コストも抑制できる。

在庫を物理的に集中することが最善とは限らず、顧客に近づけて分散しても的確に引き当てできれば在庫効率は高まる。C&Cにおける店(地域)在庫引き当てによる店渡しや店出荷、テザリングもその好例だ。

第四は「賞味期限」を最大化することで、定番性の商品をEDLP(セールしない常時お値打ち価格販売)でシーズンを通して継続販売し、売れ残れば翌シーズンに持ち越して「正価」販売する。値引きロス無しだからお値打ち価格での販売が可能で、それがまた顧客の支持を得て何年も継続することになる。ワークマンやユニクロに共通する勝ち組の方程式だ。

第五はサプライチェーンの「継続性」だ。第四に挙げた商品の「継続性」を実現するには取引関係の「継続性」が不可欠で、POS情報をサプライヤーとオンライン共有して販売予測のアルゴリズムを追求すれば製販同盟のVMIが成立する。

補給在庫のリスクをサプライヤーが分担して生産ラインをコントロールする理想的な製販同盟で、単シーズンで過剰在庫が発生しても翌期も継続販売して解消するからワークマンやユニクロの生命線となっている。

「サステナビリティ」が突破口になる

第六は受注先行のノーリスク「無在庫販売」だ。D2Cの新興ブランドでも購入支援型クラウドファンディングで受注生産すれば容易に実行できるが、採算数量まで受注が集まってから生産するから納品まで一ヶ月以上も要する。

継続展開して拡大するにはCAD/CAM装備のスマートファクトリーとDX連携した短納期C2M事業体制が不可欠で、採寸・受注から納品まで一週間以内というスーツやシャツ、シューズなどのPO(パターンオーダー)ビジネスが拡大している。

需要が激減して品揃えが困難になっている紳士既製スーツなど、短納期POや低価格高機能アクティブスーツに代替されていくのではないか。

何れにしても、トレンドを追った流動的なマーチャンダイジングなどでは過剰供給と叩き売りの解消は困難で、品揃えの継続で顧客との関係を継続し製販同盟VMIでサプライチェーンを継続するか、DX装備の短納期生産で顧客と直結するC2M事業体制を確立しない限り、泥沼から抜け出す方法はない。

「サステナビリティ(継続性)」こそアパレル再生の突破口なのではないか。

※C&C(Click&Collect)……ECから店舗に取り寄せて試したり受け取ったりできる顧客利便。一括配送の店舗物流を使うから送料無料で、店在庫を引き当てれば倉庫から出荷するより受け取りも早くなる。コロナ禍では食品スーパーなどのカーブサイド・ピックアップ(駐車場受け取り)も広がった。
※EDLP(Every Day Low Price)……セールに頼らずお値打ち品を常時低価格で販売する価格政策。セール依存のH&L(High & Low)価格政策と対比して使われる。
※テザリング……店舗間で在庫を融通して在庫効率を高めるローカル・ディストリビューション手法で、修理加工の集約やC&Cの店出荷と連携される。
※D2C(Direct to Consumer)……ブランドメーカーが店舗やネットの小売業者を通さず、自社のサイトやショールーム、ポップアップストアで直販する販売形態。
※VMI(Vendor Managed Inventory)……あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給(補充生産も含む)を委任する取引形態。
※C2M(Customer to Manufactory)……ネットやショールームで受注してからデジタル生産や3Dプリンタで素早く生産して“個客”に届けるパーソナル対応の無在庫販売手法。
※CAD/CAM……コンピュータ・グラフィック支援の設計と製造。
※スマートファクトリー……企画段階とデジタルに連携して短時間生産するCAD/CAM装備の工場で、消費地に近い場所に立地する。
※DX(Digital Transformation)……デジタル技術でプロセスやサプライチェーンを繋ぐ業務革新。

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