小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『購買慣習が変わった今こそ見直したい、
チェーンストアにとってのVMDの役割』
(2023年08月28日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 前世紀には小売業界の大きなトレンドとなったVMD(Visual Merchandising)だが、リテイリングの牽引役がECに移ってOMOやDXの奔流が席巻する今日ではすっかり影が薄くなり、店舗販売の演出スキルに退化した感がある。とは言っても、店舗販売を活性化するだけでなく、マテハンを軸とした店舗運営やロジスティクスの効率を大きく左右するキーテクノロジーという一面を軽視してはなるまい。インフレと人手不足に煽られてニューリテールへの変貌が加速する今日、そんなVMDの役割をOMO視点とロジスティクス視点で見直すべきではないか。

 

※OMO(Online Merges with Offline)・・・ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略。

 

■VMDはチェーンストアのキーテクノロジーだ

 VMDというと今時はディスプレイヤーや販売員の属人的な演出スキルというイメージが定着した感があるが、チェーンストアにとってはフェイシング管理の基点たる「元番地」の「棚割り」と、タイムリーにそこから持ち出してラックエンドや打ち出しスポットに訴求する「出前」の陳列運用体系であり、売上だけでなく在庫管理やマテハンの人時効率を左右する店舗運営のキーテクノロジーだったはずだ。「棚割り」は陳列訴求だけでなくサプライ(補給)の基準でもあり、在庫管理・補充発注やマテハン作業のみならずロジスティクスの精度と効率も少なからず左右する。

 定番品のような「縦売り」(同一商品を補給して継続販売)する商品では「棚割り」は必定で、店舗の規模や販売力でタイプ分けしたフェイシング量の「VMDカセット」を投入して立ち上げ、日々のフェイシング管理(在庫管理・補充発注、棚入れと棚戻しの陳列整理、食品では賞味・消費期限管理も加わる)で販売訴求力を維持する。

「棚割り」が崩れると販売訴求力が落ちるのはもちろん、フェイシング管理の精度と効率も落ちるから、店舗運営のコア業務として作業のタイミングを定め、的確に励行する必要がある。フェイシング管理の頻度は販売回転によってカテゴリー毎に異なり、ラックジョバーにアウトソーシングするカテゴリーもあるから(グロサリーやドラッグ、雑貨では珍しくない)、明確な人時量割り当てと作業指示が必要だ。

 ファストファッションのような「横売り」(同一商品を補給せず売り切る)する商品ではテイストやカテゴリー毎に「元番地」を定めて心太式(商品流動型棚割り)に類似商品を投入し、そこから様々に編集して「出前」を繰り返し消化をドライブしていく。「元番地」は在庫量で自在に拡縮できる必要があり(アドレスリング管理【写真参照】が適している)、「出前」も状況に応じて編集切り口や組み合わす相手を変えて多重露出し消化を加速する。多重露出「出前」はファストファッションのみならず、「GU」などの「縦売り」型SPAでも大量調達した重点商品を売り捌くべく日常的に活用されている。

 商品展開と「棚割り」の性格によって初期投入や補給投入の手法が異なり、店舗のマテハンを効率化すべくDCやTCにおける物流加工(バンドリング)も異なってくる。チェーンストアでは「棚割り」を起点として物流加工から店舗のフェイシング管理までロジスティクスが決まるから、VMD(「棚割り」)はチェーンストア運営のキーテクノロジーと認識すべきだ。

 

■UI・UXのキーとしてITと連携しリテールメディアを担う 

 コロナが明けて店舗販売が活気を取り戻しているが、コロナ下で急進したECシフトとOMOが購買慣習を 一変させた以上、店舗販売がコロナ前に戻るわけがない。肌身離さぬスマホをキーデバイスとしたショールーミング(店舗でネットから情報を得て購入)とウェブルーミング(ネットで情報を得て店舗を選択し購入)のOMOが購買慣習に定着してBOPIS(ネット注文品の店受け取り)も当たり前になり、GPSの近接モードやブルートゥースのインストアモードで移動する顧客にアプローチするライブ・マーケティング(自社アプリが前提)も広がる中、店舗のVMDも変わらざるを得ないのではないか。

手軽にショールーミングしてもらうには見易いところに二次元コードを表記する必要があるから、タグの取り付け位置が不統一だったり意図して隠したりすべきではないが、アパレル店舗ではタグを隠す時代錯誤な慣習が続いている。まずは隠さなくて済む洗練されたビジュアルにして、表記と取り付け位置・方法を統一するところから始めるべきだろう。

ECでは必定の商品検索、個人情報に基づくサイズ・レコメンドやコーディネイト提案はECサイトにログインしてショールーミングしてもらう必要があるが、逐一ショールーミングするのが面倒なら、ECのささげ情報(色・サイズの展開や寸法・重量、素材や物性など商品説明)を大きめのタグに印刷(裏表の2面、あるいは折り畳み裏表の4面)するというアナログな方法もある。それもECに慣れた顧客に対する今時のVMDではないか。

「元番地」や「出前」のPOPもネットと同期してリアルタイム変更できるようオンラインの大型電子値札に替わっていくのは必然で、インストアモードでパーソナル訴求したりリテールメディアとして運用するにも不可欠だ。となれば「棚割り」もネットやリテールメディアでデジタルツインにAR運用されるようになるのだろう。

インストアモードで店内の商品所在を案内するにはアドレス管理が不可欠で、定置スキャナーによるICタグの自動読み取りや定置カメラによる商品画像のAI認識(データベース照合)でリアルタイムに所在を掴んで案内するようになる。それらの技術は在庫管理やセルフレジの精算管理を第一目的として導入されるにしても、迷い子商品の棚戻しやBOPIS商品のピッキング、顧客の案内にも活用されるに違いない。

こうしたIT装備に加え、アパレル分野ではE2CプレイヤーによるSNSから店舗へのパーソナルタッチな顧客誘導も欠かせない。お目当てのプレイヤーが他店や本部にいて店舗に不在でも、姿見型デジタルデバイスを使えば目の前で等身大に接客してもらうことも可能だ。

OMOは顧客利便とLTV(Life Time Value 長期顧客化)へのUI・UXと位置付けるべきでVMDもその一貫を担うが、IT仕掛けをどこかで補足するヒューマンタッチが不可欠だ。ECではコールセンターや有人チャットからチャットボットへの切り替えが加速しているが(有人チャットは早晩AIチャットに駆逐される)、顧客を失わないためには人との繋がりをどこかに残すべきだ。その点、店舗販売は大なり小なり店舗スタッフとの接触が必然で、マテハンやレジ精算のルーチンワークをITで最小化し、インストアモードでAIが支援すれば、相応の人時量をヒューマンタッチな接触に割けるのではなかろうか。

 

※E2Cプレイヤー・・・SNSやECを通しスタイリング投稿などで顧客に働きかけるスタッフ・インフルエンサーで、アプリで直接・間接の売上が紐づけられ、成果報酬が加算される仕組みが広がりつつある。

※AR(Augmented Reality)・・・現実世界にデジタル世界を重ねる拡張現実

※UI(User Interface)・UX(User Experience)・・・顧客接点・顧客体験

 

■フェイシング管理効率化へのハードルは高い

 コンビニや食品スーパーのセルフレジの精算管理は顧客のバーコードスキャンに頼らない(あるいは裏付けする)商品画像のデータベースAI照合、アパレルのセルフレジは商品に縫い込まれたRFIDインレイを一括読み取りする方式(タグのすり替えリスクを回避)に移行していくと思われるが、フェイシング管理の効率化には様々なハードルが残る。

 食品では商品に印字された賞味期限や消費期限を目視確認する作業に手間取るが、様々な位置に印字された期限を自動読み取りするには人が印字面(あるいはハーコード)を見つけてカメラやスキャナーに向けなければならず、自動化には程遠い。RFIDタグなら容易に一括読み取りできるが、デバイス画面上で期限を一覧して期限切れ商品をマーク出来ても商品を特定するには人の手と目が必要で、結局は使えない。賞味期限や消費期限を自動認識して物理的に特定する簡便なシステムが出来れば画期的でQRコード並みの大発明だが、未だ聞かないのは残念だ。

 古い商品から売り切っていくには「先入れ先出し」(First In First Out)が肝要だが、補充する度に奥の古い商品を前に移動して新しい商品を奥に入れる棚入れ作業は手間取るし、鮮度を求める顧客はそれを見越して奥の商品をピッキングするからイタチごっこを否めない。後方補充方式なら入れ替えの手間はかからないが後方スペースが売場を圧迫してしまうので、セブン-イレブンのようにスライド棚を使うのが現実的だ。

 棚の在庫管理はITで自動化できても物理的なマテハンはどうしても人手が必要で、物流センターのようなロボット活用は顧客のいない営業時間外でないと難しい。ダークストアでの棚入れやピッキングに限られるのではないか。

食品廃棄の抑制へ行政は「先入れ先出し」を前提に消費者に「手前取り」を呼びかけているが、食品廃棄の半分は家庭から出ているのが実情で、スーパーマーケットのロス率(値引きロスと廃棄ロス)が一般食品で1.6%、日配品で4.2%、惣菜でも10.1%(22年、スーパーマーケット協会)で廃棄率は1%未満であるのに対し家庭の食品廃棄率は3.7%にも及ぶから、無意味な茶番劇でしかない。20年7月のレジ袋有料化でも小売業界と行政は消費者の信頼を損なったから(プラ袋削減のはずが紙袋まで有料化され、小売業者の利益になったと恨まれた)、行政の旗振りに協力する消費者はもはや限られるだろう。

フェイシング管理の効率化が困難でマテハン人時量を抑制できないなら、店舗まで商品を運んで陳列し、顧客にピッキングと持ち帰り、近年は精算の労働まで強いる店舗販売という流通方式が合理的か否かという本質論に突き当たる。

 

■店舗販売軸のローカルOMOが突破口になる

 顧客がわざわざ店舗に来て商品をピッキングし自ら持ち帰るという購買慣習は、会社勤めが一般化して核家族的な男女の役割分担が確立した1920年代以降に成立した近代の慣習であり、それまでは自営の職人など日中に在宅する家が多く「御用聞き」や「棒手振り」といった訪問販売が主流で、大正期には代引き郵便小包(SHEINに似てますね)による通信販売がブームとなった。それは米国とて同様で、19世紀末から台頭した通信販売は1920年代末に乗用車の普及でチェーンストアに主役が移るまで主要な購買手段だった。

我が国戦前の通信販売ブームは1923年の関東大震災による顧客名簿焼失というデータベースセキュリティ崩壊で終焉したが、米国の通信販売は戦後のショッピングセンターエイジも生き抜き、70年台には注文と受け取りの拠点たる「カタログショールーム」がブーム化した。「カタログショールーム」はBOPISの魁となり、その生き残りたる英国のアルゴスは2013年以降、分厚いカタログをアップルのタブレットに替えてデジタルストアに変貌し、ヨドバシ流のOMOロジステイクスで一世を風靡した。

そんな流通の歴史的変遷を振り返ってみれば、店舗へのロジスティクスにも店舗運営にも相応のコストを要し、顧客にも来店とピッキング、持ち帰りの労働を強いる店舗販売は、女性就業率がスウェーデン並みに上昇して核家族が崩壊した今となっては永続性が疑わしいし(ECに出遅れたIKEAの苦境に象徴される)、様々なアプリで補完しても現品確認が困難で返品率が高く、宅配物流や出荷倉庫運営など高コストな人的労力に依存する電子通信販売(EC)にも限界は見えている。

以上は筆者が2018年に商業界から刊行した「店は生き残れるか ポストECのニューリテールを探る」に詳しいので、アマゾンなどで探して一読することをお勧めする。今読んでも結構新鮮な論展は参考になると思う。

24年問題を待つまでもなく、集中FC出荷型(ハブ&スポーク型宅配物流※依存と同義)の電子通信販売事業者の多くはコストインフレの顧客転嫁を余儀なくされ、日常消費における価格競争力を失っていくだろう。アマゾンなど消費地前進分散デポ出荷型(LCC型ローカル宅配業者※活用と同義)の電子通信販売事業者は勝ち残るにしても、広域対応集中FC出荷型のネットスーパーを採算に乗せるのは極めて難しい。店舗販売とてコストインフレは同様だが、ウォルマートに象徴されるようにBOPISや店在庫出荷など店舗軸のローカルOMO※を駆使すれば、コストを抑制してUI・UX利便を提供し、EC専業者より遥かに有利に顧客を囲い込める。

BOPISや店在庫出荷を前提とすれば店舗は消費地前進分散デポの役割も担い、在庫量が積み増されて棚割りやフェイシング管理の概念も一変する。地域内の店舗で役割を分担し、出荷拠点店舗では品出しやピッキングの作業時間帯と店舗販売の営業時間帯を区分するべきだろう。

 

※ハブ&スポーク型宅配物流・・・大手宅配業者はデイリーにエリア集荷➡︎リージョナル仕分け➡︎リージョナル間夜間配送➡︎エリア仕分け➡︎宅配というハブ&スポーク物流のサイクルを繰り返すゆえ、複雑で高コストになり、必ず一晩を跨がねばならない。対してローカル地盤のデリバリー・プロバイダーは載せ替えもリージョナル間配送もない直行宅配(LCC型)で、速い(2〜4倍速)・安い(ほぼ半額)を両立する。

※ローカルOMO・・・EC向けのFC在庫を持たず、購入方法を問わずエリア内の購入に対応してエリア内店舗に商品を供給し、店舗とECの隔てなくエリア顧客の購買履歴を掴んで購買誘導する。賃料負担などが有利でダイレクトパーキング可能な大型店舗に補給在庫を積んで近隣店舗に在庫を融通し(テザリング)、エリア顧客にEC注文品をローカル出荷する。

 

 

 

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