小島健輔の最新論文

販売革新2014年6月号掲載
『チェーンストア衣料不振の要因と対策』
(株)小島ファッションマーケティング 代表取締役 小島健輔

 

 デフレとともに縮小の一途だった衣料消費も中国産地のコスト高騰を契機にインフレに転じた11年を底に回復に向かい、アベクロミクスに火がついた13年は百貨店衣料が上向いたのにチェーンストア衣料は低迷を深め、消費増税前の駆け込み需要もチェーンストア衣料は期待ほど盛り上がらず、反動減ばかりが目立った。
 消費増税前駆け込み需要の大小は「ブランド価値」の踏み絵となった感が在るが、衣料消費を下支えしているのは単価アップであって数量減は止まっていない。コストインフレ下でも、「ブランド価値」が市場に認められて単価アップが通れば売上も伸びるし、認められなければ単価が通らず客足も退いて行く。高級ブランドはもちろん大衆衣料でも、「ブランド価値」を評価されて売上を伸ばす店もあれば評価されずに売上が低迷する店もある。
 売上不振を天候不順やトレンド遅れ、コストインフレのせいにして言い訳しても、チェーンストア衣料不振の根源は「ブランド価値」の低さに尽きる。ならばチェーンストア衣料ならではの「ブランド価値」とは何か、原点から見直す必要が在る。

■三つの言い訳に反論する
 売上不振を天候不順、トレンド遅れ、コストインフレのせいにするのなら、まずそこから反省してもらいたい。
 天候不順は「シーズンMD展開」の時代ズレであり、抜本からの再構築が必要だ。原因は不明だが(地軸傾斜説?プチ氷河期説?)日本の四季推移は年々、欧州的な高緯度型に移行しており、春と秋が短く夏と冬が厳しく長くなる傾向にある。そのため、春物と秋物を短期で切り上げ、長い夏と冬を前半と後半に切り替えて売場の鮮度を保つ必要がある。春夏期は春/初夏/晩夏、秋冬期は秋/冬/梅春と切り替えるのが近年の実情に適しているのではないか。
 春物は年々、販売期間が短くなって処分ロスが肥大し、三月後半には初夏物が台頭してGWまで主役の座を占め、以降は晩夏物に切り替わる。秋物は残暑に押されて販売期間が短くなり、冬物は10月11月と二ヶ月も展開すれば飽きられ、11月後半には春色春トレンドの暖かい梅春物に切り替えないとバーゲンまで正価を維持出来ない。春物や冬物の売れ筋をリピートしても値崩れを招いて在庫を残すだけでメリットがなく、早期の切り替えが賢明だ。
 トレンド遅れは「チェーンストア衣料の役割」の認識ズレが問われる。毎週のように新規投入する「H&M」でも年間商品回転は3.37回に留まり、巨額のマークダウンロスを巨大ロットのローコスト調達で埋める、週毎の煩雑な在庫再編集と売価変更を要する手のかかるビジネスモデルだ。そんな巨大ロットも大技小技の再編集技術も望めないチェーンストア衣料がトレンドを追っても不振在庫の山と巨額のマークダウンロスを生むだけで、そもそも顧客はそんなファストファッションなどチェーンストア衣料に求めてはいない。
 顧客がチェーンストア衣料に求めているのは、日常生活の中でライフスタイルを手軽に楽しむ季節のベーシック衣料、ちょっと気分を楽しくしてくれる柄物や色物などのアクセント衣料や服飾雑貨であり、普通の人が容易に素材や色柄でルックを組める建築的に構成された解り易いMDを組む必要がある。それには素材/色柄からの計画的開発が不可欠で、短サイクルでトレンドを追っては継ぎ接ぎになってMDが崩れるだけだ。「ユニクロ」並みとは言わないが、素材から組む長射程の開発で機能性や物性、着心地や着崩し(このトレンドだけは絶対に外せない!)をきちんと設計してMDを組むべきだ。そんな基本を外してはトレンド遅れどころかトレンド惚けに陥ってしまう。自身に求められる役割の認識こそ、改善の出発点になるのではないか。
 コストインフレでバリューを訴求出来ないと言うのなら、まずMDの無理無駄を削いで開発ロットを集約する事だ。様々なテイストやトレンドを睨んで素材や色柄、アイテムを分散し、多頻度投入でデリバリーを分散してはロットがまとまらずコストが上がってしまう。まずはデリバリーを集約して生産と物流のロットをまとめ、素材/色柄とアイテムを集約して調達と生産のロットを拡大し、トータルコストを抑制するべきだ。
 売場にしても、世代やテイスト別に細分化しては疑似デパート化して運営コストが肥大するばかりか、開発・調達ロットも細分化してコストが上昇してしまう。チェーンストア衣料に求められるのは市場を細分化するマイクロ・マーケティングではなく、顧客総体に網をかけるマクロ・マーケティングが基本であるべきだ。顧客を詳細に検証しても過度に細分化せず、端々はコンセのブランドに任せ、個々のニーズを大きな塊に収斂する構成力が問われるのではないか。

■バリューとブランド価値の本質
 「バリュー」は商品価値と提供価値の掛け算だから、双方を最大化する必要がある。商品価値は素材と生産ライン、物流を集約してコストを圧縮する一方で使用価値を高めれば最大化出来るが、使用価値をトレンドにばかり求めては価値が流動化・同質化して削げ落ちてしまう。品質は重要だが過ぎたるは及ばすで、玄人視点で不要な品質やディティールに拘るより、日常衣料としての機能性や着心地(フィット感や軽さ、通気性や保温性、洗濯の容易性などが大切)とコスト合理性のバランスに帰着させるべきだ。加えて着回しの解り易さやシーン演出力など、トレンドに流されない安定した価値の追求が先決なのではないか。
 提供価値はショッピングの容易さや楽しさ、とりわけ購買労働の最少化が問われる。快適な売場環境や分類配置の解り易さ、陳列階梯の合理性はもちろん(これが本当のVMDなのです!)、オムニチャネルな便宜が競われる今日、『いつでもどこでも選んで買って受け取れる』販売と物流の分離が不可欠だ。それは店舗労働者を店内物流業務から解放して接客に集中させるから、販売効率を高めて店舗運営コストを大きく圧縮出来る。結果、ロスとコストが圧縮されてマークアップを抑制出来るから商品価値も高められるはずだ。
 提供方法の革新性こそチェーンストアの競争力の源泉であり、顧客の購買労働と店舗要員の販売労働を最小化してロスとコストを抑制し提供価値を最大化するのが本来の存在意義だと思う。その原点を忘れて前世紀の非効率な提供方法に固執しては競争力が失われてしまう。提供方法の革新性を取り戻す事こそ、チェーンストア衣料品浮揚の第一歩なのではないか。
 「ブランド価値」は大枚をかけた広告宣伝によって創り上げるイメージとは限らない。商品価値と提供価値が顧客に認められて購買慣習が定着すれば、それが正真正銘の「ブランド価値」になる。トレンドや売れ筋を追えば商品価値が流動化し、提供方法を革新出来なければ購買慣習が定着せず、「ブランド価値」を確立出来ない。商品価値と提供価値を革新して顧客と暗黙の契約が成立する事、それがチェーンストアにとってのブランディングなのだ。

■組織の論理より顧客の利益を
 こんな当たり前の事が出来ない真の要因は、組織が上を向いて現場を顧みず、組織の論理が顧客の利便より優先されているからだ。前世紀のチェーンストアは低所得・店内物流労働者を底辺とした多層階梯組織であり、事業規模の拡大とともに多層化と分業化が進み、組織の維持と前年実績の確保が至上命題となって、顧客に対応する現場の視点が希薄になって行く。
 そんな組織体質に陥ると顧客や現場からの変革が厭われる反面、トップダウンの政策や上司受けするスタンドプレイが横行して政策のブレが大きくなり、顧客には何屋か解らなくなって購買慣習が崩れ、単品バリューで比較購買される‘赤い海’に溺れる事になる。既存店の前年割れが何年も続くという状況は、組織が市場から乖離して事業の存在意義が問われている事に他ならない。
 チェーンストア衣料の再生は、まず組織を顧客と売場に向けてシンプルな階梯と分業に再編する事から始まる。さすれば顧客の支持を得て市場で存在し得る立ち位置も朧げながら見え始め、商品政策のブレも収斂し、チェーンストア衣料としてのバリューの在り方も、オムニチャネルな競争環境下で提供方法をどう革新すればよいのかも、霧が晴れていくように見えて来るはずだ。
 チェーンストア衣料の根幹は、顧客のライフスタイルに根ざした生活衣料をブレない商品構成と買い易い陳列配置(購買ストレスを最小化する)で提供し購買慣習として定着させる事であり、商品計画からVMD(分類配置と陳列階梯誘導)まで一貫するアーキテクチャーが不可欠だ。それには浮ついたトレンド性より確実に支持される機能性や着心地、時代のライフスタイル感や着崩し感のアイテムを素材構成からシーズンストーリーとして建築的に組み上げ、一見して構成が解るVMDに表現して着実に補給・維持しなければならない。短サイクルにトレンドを追って継ぎ接ぎの品揃えを煩雑に編集運用するファストなビジネスとは対極のビジネスモデルなのだ。ちなみに、年20サイクルも投入するファストな「H&M」が3.37回転しかしていないのに、4サイクルの投入に留まる「ユニクロ」は5.87回転もしている。ファストなトレンド対応より計画的なベーシック対応の方が如何に効率的か、如実に示す数字だと思う。
 チェーンストア衣料の再生は、時代のライフスタイルに適したベーシック衣料を如何に計画的に開発し如何に建築的に構成し如何に買い易く陳列し、顧客の購買労働と売場の販売労働(店内物流労働を含む)を最小化する提供方法を確立出来るかにかかっている。オムニチャネル時代のこれから、販売と物流の分離を如何に仕組むかが問われるのは言うまでもない。

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