小島健輔の最新論文

ファッション販売2003年7月号掲載
『六本木ヒルズに見るファッション店の新潮流と都市文明』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 4月25日、17年の歳月と2700億円の開発費を投じた巨大コンプレックスシティ“六本木ヒルズ”がついに開業した。11.6ヘクタールの敷地中央には54階、238メーターの森タワーが聳え、オフィス、ホテル、アパートメント、美術館、アカデミー、社交クラブ、商業機能を複合した延床面積は75万9000平米に及ぶ。シネコンやレストラン、専門店等からなる商業施設だけでも約4万平米と、大型SCに匹敵するスケールだ。
 商業施設は、タワーの基底部に張り付くように巡らされた“ウエストウォーク”( 68店)、“ヒルサイド”(28店)から“けやき坂コンプレックス”(14店)、ラグジュアリーブランドの路面店が並ぶ“けやき坂通り”(34店、但し、「ルイ・ヴィトン」「ヴェルサーチ」等の開店は秋になる)と流れるが、66プラザを挟んだ“ハリウッドビューティプラザ”にも41店が鏤められている。
 どの店も“オンリーワン”を標榜するだけに店舗デザイン、VMD、商品ともに工夫が凝らされて見どころが多いが、凝りに凝った建築レイアウトと随所に顔を出すアートのせいか、地図を片手に頑張ってもすぐ迷ってしまう。まるでギリシャ神話の迷宮か“ゴッサムシティ”の巣窟のようだ。レトロフューチャーな“未来都市博覧会”を楽しむなら最高だろうが、スピーディなショッピングを求めるならターミナルの百貨店かファッションビルへ行ったほうが良さそうだ。
 年間来街者数は開業半年で1、320万人という“丸ビル”を上回る年間3、650万人、商業施設の初年度売上目標は400億円と計画されている。開業四日間の来館者数は“丸ビル”の同50万6千人に倍する百万人を軽く超えたと伝えられるから、集客力は目論み通りと期待して良いだろう。飲食は繁昌間違いないが、物販店は知名度や迷宮内の位置によって明暗が避けられそうもない。“丸ビル”に比べればアクセスに難が在る上、“ヴィーナスフォート”のように物見遊山の客が引いた後を考えると、パイロットストア的位置付けでないと苦しいかも知れない。
 商業施設としての安定した売上には疑問が残るが、ファッション業界や建築/インテリア関係者にとっては見逃せないパビリオンである事は間違いない。なかでも「キートン」や「アンテプリマ」のシャドースクリーン演出、「デューコート」のミッドセンチュリーモダンなインテリア、「ロロピアーナ」や「ヒューゴボス」等の洗練された高質なVMD、靴やバッグ等の雑貨におけるテーブルセッティング感覚のVMD、シャツやハンカチ、パラソル等のシングルライナーにおける単品バリエーションVMDは参考になるだろう。
 開業以前から“六六プロジェクト”として注目されて来たのは、“丸ビル”“汐留”を遥かに上回る民間最大の都心再開発事業という事のみならず、森稔社長の構想してきた次世紀に遺す文化遺産たれる“超高層コンパクトシティ”の具現化だからだ。それは米国の金ピカ20’sが夢想したロックフェラーセンターやエンパイヤステートビルに匹敵するスカイスクレイパー童夢の実現であり、夜空に見上げた森タワーは“ゴッサムシティ”を彷佛とさせる。1920年代と80年代末期という日米バブル文明の華が二重映しになって21世紀の落日のTOKYOシティに聳え立つ様は、あたかも人類が都市文明追求の果てに辿り着いたバビロンの塔のようだ。

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