小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『ルルレモンとギャップの明暗を分けたアスレジャーの奔流と機能素材革命
既成概念や成功体験にとらわれると、致命的な地殻変動を見落としてしまう』
(2023年07月06日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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3月に米国に行った時も「ルルレモン」とアスレジャーの変わらぬ勢いとジーニングの凋落を目の当たりにしたが、我が国でも似たようなカジュアルの地殻変動が進んでいる。気が付けば取り残されていたと後悔せぬよう、その本質を見極めるべきだ。

 

■ルルレモンとギャップの明暗はアスレジャーとジーニングの明暗だ

 ルルレモンの23年1月期売上は29.6%増の81億1100万ドルとコロナ前20年1月期から2倍強に増え、13年1月期からは5.92倍に急成長している。その一方でギャップの23年1月期売上は6.3%減の156億1600万ドルとコロナ前20年1月期の95.7%にとどまり、13年1月期からも99.8%と10年間ほとんど成長していない。米国のインフレ率を考慮すれば10年間で売上が8掛けになったも同然で、成長どころか衰退したというべきだろう。

 営業利益率もルルレモンは23年1月期こそミラー社(姿見型デジタルデバイス開発)の買収費用で減益して16.4%に低下したものの、22年1月期は21.3%と極めて高水準だったし、コロナ直撃の21年1月期でさえ18.6%に踏みとどまった(ピークは12年1月期の28.7%)。売上の45.6%を占める(コロナ下21年1月期は51.9%を占めた)オンライン販売部門の営業利益率は31.6%(21年1月期は36.0%)に達する。

対してギャップの23年1月期は6900万ドル(−0.4%)の赤字に転落している。22年1月期こそコロナ下21年1月期の−6.3%の大赤字から4.9%の黒字に浮上しているが、20年1月期も3.5%と低水準だった。最盛期の00年1月期は15.3%に達し、16年1月期までは10%前後から13%強を維持していたことを思えば、収益力は見る影もなく落ち込んでいる。13年1月期までは5回前後を維持していた在庫回転も近年は3回転台前半に低迷している。

 ルルレモンとギャップという両極のアパレルチェーンの明暗を対比したが、それは「アスレジャー」と「ジーニング」という対極のカジュアルファッションの明暗を象徴したものだ。

「アスレジャー」とは機能的なエクササイズウエアで日常をヘルシー&サステナブルに演出するライフスタイルを指す米国発の‘お洒落な’トレンドワードだが、合繊ジャージや合繊クロスのスポーツウエアを普段着や通勤着にしてしまうマイルドヤンキー?なライフスタイルまで広く捉えれば、コロナ下の我が国でも広く蔓延したのではないか。

「ジーニング」はY2Kのセレブデニムブームをピークにフェイドアウトし、メトロポリスサバブ(大都市生活圏)では「アスレジャー」に取って代わられた感があるが、米国ではメトロポリス感覚のライトなキレイ目ライフスタイルデニムとカントリー感覚のヘビーなワークデニムの対極のマーケットが併存している(我が国では後者の衰退が著しい)。

カジュアルマーケットを俯瞰して明日を占うには「アスレジャー」と「ジーニング」のみならず「スポーツ&アウトドア」、「ビジネスカジュアル」の4軸を理解する必要がある。

 

■機能性合繊シフトの本流がカジュアルの4軸を変えた

 カジュアルというと一番に思い浮かぶのは「ジーニング」だが、日本では下手にファッション化したせいか米国のようにライフスタイルに定着せず、06年ごろをピークに失速して右肩下がりの衰退が続いている。米国でも00年前後の「セレブデニム」でブームは終わったが、ライフスタイルに定着しているから大きくは落ち込まず、メトロポリスサバブではライフスタイル感覚のライトなジーニングが台頭する一方、カントリーでは昔ながらのワークなジーンズカジュアルも生きている。前者はライトオンスのアイスウォッシュ・ワイドデニムにスニーカーを合わせてテスラに乗るメトロポリス感覚、後者はヘビーオンスのダメージ加工ストレートデニムにウェスタンブーツを合わせてフォードのピックアップトラックに乗るカントリー感覚、と言えば解ってもらえるだろうか。

 前者はメジャーなマーケットで、トレンドも速く競争も激しいためブランドやチェーンの消長が激しい。「GAP」はこのメトロポリスマーケットでライフスタイルデニムを徹底できず、「アスレジャー」にも乗り遅れて業績が悪化した。一時は「ルルレモン」を追っていた「アスレタ(Athleta)」も機能開発とアンバサダーによるLTV(生涯顧客化)活動で引き離され、前期以降は失速している。 

 後者はローカルなマーケットだが、トレンドが緩慢で競争も緩く、カントリー立地に限定すれば成長は望めなくても安定した売上と収益が期待できる。米国で最も高収益なカジュアルチェーンとして知られるジーニングの「バックル」(23年1月期売上13億4520万ドル、営業利益率24.4%)、ウェスタンブーツとカウボーイハットに合わせてジーンズを売る「ブートバーン」(23年3月期売上16億5760万ドル、営業利益率14.0%)がその代表だろう。

 「ジーニング」にとって決定的なダメージとなったのが11年頃から米国で台頭し16年頃から国民的ライフスタイルとなった「アスレジャー」で、行動が生活圏に閉じ込められたコロナ下ではエッセンシャルなデイリーカジュアルとなって一段と浸透し、トレンディなお出かけカジュアルもワークなジーンズカジュアルも駆逐した。

ワークウエアに発した「ジーニング」がデニム軸とすればエクササイズウエアに発した「アスレジャー」はジャージ(スウェット)軸と言えるが、吸汗速乾など機能性が不可欠だから必然的にスポーツウエアと同様な合繊素材になる。ジャージと言えば綿素材と思う世代も居られるかも知れないが(それはワーク系やヴィンテージ系)、今風の「アスレジャー」はほぼポリエステルやナイロンなどの合繊素材だ。

 第三は「スポーツ&アウトドア」で、「ナイキ」や「アディダス」から「ザ・ノースフェイス」まで機能的なウエアやシューズを軸としたブランドが巨大化している。吸汗速乾、撥水透湿、難燃防炎(キャンピングでは必須)など機能性を追求すれば合繊素材になるのは必然だ。今や「スポーツウエア」と「アスレジャー」の境は消え、「アウトドアウエア」と「ワークウエア」の際も曖昧になり、ワークウエアまで合繊シフトが急進している。「ワークマン」や「ワークマンプラス」を覗いてみれば即、実感できるのではないか。

 第四は近年、テーラードスーツスタイルを急速に駆逐している「ビジネスカジュアル」だ。1986年にリーバイ・ストラウスが売り出した「DOCKERS」(センタープレス・チノパンツ)に始まって「INCOTEX」(コットンパンツ)などに代表されるイタロビジカジに広がった「ジャケット&パンツ」スタイルに続き、2018年頃から「adidas」や「DESCENTE」などスポーツウエアブランドが売り出した機能素材(当然に合繊素材)の「アクティブスーツ」(セットアップ)が大手紳士服チェーンやユニクロにまで広がっている。

 軽くてイージーケアな「アクティブスーツ」は急な出張や現場作業にも対応できるタフさに吸汗速乾、撥水透湿、消臭抗菌などの機能が加わり、使い勝手の良さと手頃な価格でマーケットが急速に広がった。紳士服チェーンはもちろんカジュアルチェーンの低価格品にまで広がり、旧来のウーステッドなビジネススーツはエグゼクティブや金融関係、お洒落着やフォーマルシーンに限定されつつある。

 このように「アスレジャー」から「ビジネスカジュアル」まで機能性を求めて合繊シフトが急進し、今やコットンなど自然素材のカジュアルは「ジーニング」と「ワーク」の一部に限定された感がある。昔ながらのカジュアル観に囚われていてはマーチャンダイジングが偏り、変化していくマーケットニーズとすれ違ってしまうのは必然だ。

 

■スポーツウエアがカジュアルマーケットを侵食して行った

 「アスレジャー」が台頭する前の00年代まで、米国カジュアルチェーンは素材軸の6ブロック編成が基本だった。それが店舗構造に定型化されていたのが最盛期の「アバークロンビー&フィッチ」で、メンズとウィメンズで左右に分かれた売場が店頭から「デニムブロック」「チノブロック」「スウェットブロック」で構成されていた。それはトゥィーンズ向けの「アバークロンビー」も同様で、サーフカジュアルの「ホリスター」も似たような構成だった。いずれもほとんどが綿100%の商品で構成されていたが、「アスレジャー」の台頭によって「チノブロック」が消滅し、綿製品の「スウェットブロック」も勢いを失って業績は急速に悪化していった。

 「GAP」も90年代までは似たような6ブロック編成だったが、「チノブロック」はその時々のトレンドで大小し、「チノブロック」が縮小するサイクルではロゴ商品ばかりの「スウェットブロック」が水増しされるだけでウェアリングのバラエティが損なわれ、売上が伸び悩んだ。安定していたのは「デニムブロック」だけで、それも「アスレジャー」の台頭とともに勢いを失っていった。

 米国の00年代以降は機能性のスポーツブランドがライフスタイルに定着してカジュアルマーケットを侵食し、10年代以降の「アスレジャー」のブーム化はその傾向を一段と加速した。ギャップやアバクロなど主要カジュアルチェーンは既成概念に囚われてその地殻変動を理解できず、成功体験の中での試行錯誤に終始して業績を悪化させていった。

 スポーツブランドと「アスレジャー」によるカジュアルマーケットの侵食という地殻変動は我が国とて大差なかった。矢野経済研究所の調査によれば、2012年からの10年間で「アウトドア」「トレーニング」「ライフスタイル」カテゴリーのスポーツアパレル市場は1.5倍強に拡大したが、その間にジーンズカジュアルチェーンの売上は半減している。

最大手のライトオンを例にとれば、ピークだった07年8月期の1066.8億円が22年8月期には482.3億円に激減し、19年8月期以降は最終赤字を抜け出せないでいる。早くからカジュアルマーケットの変貌を察知して合繊メーカーの東レと戦略同盟を組んだ「ユニクロ」(国内事業)がこの間に売上を4247億円から8103億円(21年8月期は8426億円)に伸ばしたことと比較すれば、視野狭窄による無為無策を責められても致し方あるまい。

 

■素材背景とサプライチェーンの変化対応は消費財産業の必然だ

 ここまで米日カジュアルマーケットの地殻変動を検証して来たが、自分の世界の既成概念や成功体験に囚われて致命的な地殻変動を見落としてしまう(見えていても頭脳が無視してしまう)という暗転劇はアパレル業界に限らない。ECの急拡大を予見出来ずアマゾンエフェクトを許してしまった小売業界はもちろん、EV革命に乗り遅れた既存自動車業界にも言えるのではないか。2010年8月に刊行した私の著書「ユニクロ症候群」でもサムスン電子やBYDオートに追い落とされていく日本の産業界の視野狭窄を憂いていて、今、読み返してみても結構、新鮮で面白い。それは2018年に商業界から刊行した「店は生き残れるか」も同様で、BOPISや店出荷を軸とした店舗回帰を予見している。

 素材背景とサプライチェーンの変化対応という具体的なアクションに話を戻そう。これまで関わって来たクライアントの多くも既成概念や成功体験に囚われて、新たなライフスタイルやウエアリングに対応する機能素材・機能アイテムの拡充には消極的で、手を替え品を替えて説得しても、それがマーケットと売上機会を大きく損なうとは認識していなかった。その結果は私が予見した通りになったが、おそらくは今も認識していないかも知れない。刷り込まれた既成概念による視野狭窄はそれほど頑迷なものなのだ。

 アパレル事業者はもちろん、すべての半耐久消費財(数年間の使用に耐える)事業者は既成概念に囚われず、マーケットの変化を直視して素材背景からサプライチェーンを見直すべきだろう。

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