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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『ゾゾスーツの挫折に学ぶ「リープフロッグの罠」』 (2018年11月13日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 初代ゾゾスーツは量産の失敗で40億円もの特損を計上し、2代目ゾゾスーツも採寸精度が期待値に達せず、今後はゾゾスーツなしでPBが注文できるように切り替え、将来的にはゾゾスーツを廃止するとしているから、ゾゾスーツ採寸に基づくZOZOのPB戦略は挫折したと言わざるを得ない。挫折に至った要因は以下の3点だったのではないか。

(1)未成熟なニューテクに賭けて「リープフロッグの罠」にはまった

 ボディスーツ着用による立体採寸のアイデアは悪くないが、人間の体は単純な寸法で測れるものではない。体調や朝夕で寸法は動くし、生きている筋肉は緊張したり弛緩したりするから、圧着するボディスーツによる採寸の精度はもとより限界があった。映像解析の方が精度が高くコストも急ピッチで下がっているから、ボディスーツによる採寸はいずれ消えていく過渡期の技術だった。

 初代の40億円に続いて2代目はそれ以上の損失を積むことになりそうだが、あと1年、決断を伸ばして加速する技術革新をトレースしていけば、桁違いに手軽で精度の高い技術にたどり着けたかもしれない。日進月歩するニューテクの世界では未成熟な技術にうかつに手を出しては初期投資がかさみ、その実用化と償却に手間取る間に、新技術を低コストに取り入れたライバルに追い抜かれてしまう。ZOZOはそんな「リープフロッグの罠」にはまったのではないか。

(2)慣れない物作りの泥沼にはまった

 ZOZOはアパレルを取り扱っていてもECプラットフォーマー(流通業者)であってアパレルの物作りに通じているわけではない。アパレルの物作りは感性のみならず、糸から製品までの長いサプライチェーンに精通して、ロットとコストとスピードと完成度の4次元方程式を解いていく生産工学でもあり、タイミングと需給で“解”が異なるという難易度の高い玄人芸だ。

 ODMやOEMで製品買い上げするだけでは見えない前工程や素資材供給はもちろん、セル生産かモジュール生産かライン生産かなど縫製工程の分業設計にも通じていないと、工程管理もコスト管理も納期管理もできはしない。計画的なロット生産でも相当な習熟を要するのに、ゾゾスーツ採寸に基づくパーソナルオーダー生産ともなれば、精度と収率の相克を詰めていくマーキングCADのプログラミングも難易度が高く、縫製機器の調整にも手間取る。実験的に作るならともかく、大量の注文をこなすには縫製現場に精通した生産管理の匠を服種別にそろえる必要がある。

(3)服と体の狭間の深い空間にはまった

 衣服と体の間なんてわずかの隙間しかないようだが、そこにはワトソンでも“解”を見いだせない無限の空間が広がっている。体と衣服のなじみと反発、体を地面に引っ張る重力と支えようとする衣服の張力はもちろん、ボディコンな着こなしや抜けた着こなし、ストリートな着こなしやガテンな着こなし……ボディスーツ採寸や映像AI採寸をいくら極めても、一人一人に心地よい“解”は容易に見いだせない。そんな深い狭間にはまってしまったのではないか。

 物理的・光学的採寸にはおのずから限界があり、作るにも試すにも体と衣服のなじみや反発を計る必要がある。デザインとパターンメイキングと素材物性は不可分だし、衣服と体のフィッティングには熟練のスキルと顧客一人一人の着こなし嗜好の掌握が不可欠だ。衣服流通の主流がECに移り接客販売がAI化されても、フィッティングは最後まで残るアナログ業務だと思う。

システム投資には「リープフロッグの罠」が付きまとう

 技術革新が日進月歩で進むデジタル業界ではリアル世界での検証を欠いたまま投資が決定されることも少なくないが、常識を打ち破る革命的成功の一方で、その何十倍、何百倍もの失敗が繰り返されている。0か1で割り切られるデジタル世界と0と1の間に無限が存在するリアル世界は必ずしも同調しない。デジタル世界の技術やロジックはアナログ世界で通用するか、さまざまなケースを想定した実証実験で負荷を与えて運用してみることが不可欠で、そこから実用性の高い技術が育っていく。

 ゾゾスーツに限らずニューテクには実証実験の積み重ねが不可欠で、時間を惜しんで実証を蔑ろにすれば実用化できない設備投資に足を取られて「リープフロッグの罠」にはまり、競争から脱落することになる。世界中ではやりの無人店舗(無人決済店舗に過ぎないが)の多くは開発途上のシステムを装備しており、ほとんどは過渡期の高くついたギミックに終わるだろう。システム投資では、技術革新の先を見据えて「リープフロッグの罠」を賢明に回避する者が低コストで収穫を丸取りするのが現実だ。

アナログ世界のリアリティを失えば空間識失調に陥る

 IT仕掛けの自動化倉庫にしても四半世紀も前の技術(当時は「メカトロ」と呼ばれた)であり、デジタル制御の精度とコストが人手不足と人件費高騰の時流に乗って実用の域に達し、急速に広がり始めたものだ。同様に四半世紀以上も前の集中処理時代の情報技術であるPOSにしても、多大な弊害を回避して使いこなせている流通業などおそらく皆無だろう。それも管理会計軸のERPに統合すれば重装備な投資になって償却と更新に手間取り、「リープフロッグの罠」にどっぷり漬かってしまう。

 私はかつて前澤氏に『ゾゾスーツよりTBPP(お試し受け取り所)が突破口となる』と提じたが、アパレルのC&Cにおける要はリアルのフィッティングであり、TBPPの姿は「NORDSTROM LOCAL」を思い浮かべてもらえば分かると思う。流通業のデジタル技術はリアル世界の運用に定着して初めて成果につながる。デジタル技術が空間識失調に陥って「リープフロッグの罠」にはまらぬよう、アナログ世界の地に足がついたリアリティを忘れてはなるまい。

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