小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『J.クルーとニーマン・マーカス
新型コロナが幕引きした2つのマネーゲーム』
(2020年05月05日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナパンデミックによる売り上げ激減で日銭が止まり世界中の小売業者が資金繰りに窮しているが、早々と破綻に瀕しているのはコロナ以前から財務状況が逼迫していた企業だ。ニーマン マーカス グループ(NEIMAN MARCUS GROUP)とJ.クルー(J.CREW)の場合はマネーゲームの果ての自滅と言ったら厳しすぎるだろうか。

60億ドルのLBOが追い詰めたニーマン・マーカス

 米高級デパートチェーンのニーマン マーカス グループが連邦破産法11条(チャプター11)の申請準備を進めており、破綻は秒読みに入っている。新型コロナウイルスの感染拡大で全店舗を休業して日銭が入らなくなったのが直接の契機だが、LBO(レバレッジバイアウト)負債の支払い利息が営業利益の倍にも及ぶという経営難が続いていたことが根本的な要因だ。

 財務的混迷で19年7月期は第3四半期までしか決算内容を開示していないが、18年7月期の四半期進行から推計すれば通期売り上げは46億2000万ドルほど。第3四半期まで1億2818万ドル(売り上げ対比3.6%)の営業利益を稼いでいたが、そこから2億4512万ドルの支払い利息と福利厚生費を差し引かれ、8836万ドルの純損失に陥っていた。

 支払い利息は年間3億3254万ドル(売り上げ対比7.2%)と計算できるから、売り上げ対比3.6%程度の営業利益では半分しか補えず、年々、資本が擦り減って財務が逼迫していく。第3四半期末の長期負債は55億4377万ドルだから、支払い利息から逆算した利率は6.0%とジャンク債並みに高い。長期負債のうちLBO絡みは44億5649万ドルと長期負債の8割を占め、ほぼ年間売り上げに迫る。これではコロナパンデミックによる休業がなくても、いずれ行き詰まったことは想像に難くない。

 ニーマン マーカス グループはハワイ、フロリダを含む全米に平均店舗面積1万2500平方メートルのハイファッションデパート「ニーマン・マーカス(NEIMAN MARCUS)」43店舗、NYセントラルパークサウスにハイファッションストアの「バーグドルフグッドマン(BERGDOLF GOODMAN)」2館(計2万9360平方メートル)を展開し、ピークの15年7月期には51億ドルを売り上げていた。直近19年7月期の46億2000万ドルでも年間坪販売効率は2万4327ドルと、ノードストローム(NORDSTROM、フルライン店)の1万6226ドルを50%も上回り、メイシーズ(MACY’S)の7300ドルの3.3倍にも達するから、米国のデパートとしては突出して販売効率が高い。ECにも早くから注力して売り上げの36%に達しており、ノードストロームの33%、メイシーズの25%を凌駕している。

 16年7月期以降は業績が陰って収益力が低下し、膨大な借金の支払い利息を補えなくなった。16年7月期は4億600万ドル、既存店売り上げが5.2%減少した17年7月期は5億3200万ドルの純損失を計上。18年7月期は既存店売り上げが4.9%回復して2億5113万ドルの最終利益を計上したが、19年7月期は第3四半期までで売り上げが5.6%減少し、再び純損失が拡大していた。

 ニーマン マーカス グループは05年に投資会社のTPGキャピタル(TPG CAPITAL)とウォーバーグ・ピンカス(WARBURG PINCUS)が51億ドルで買収して非公開化し、13年に投資会社のアレス・マネジメント(ARES MANAGEMENT)とカナダ年金計画投資委員会(CPPIB)に60億ドルで売却している。16年以降の業績悪化でIPO(新規株式上場)の目論見が崩れ、13年にサックス・フィフス・アベニュー(SAKS FIFTH AVENUE)を29億ドルで買収したカナダのハドソン・ベイ・カンパニー(HUDSON’S BAY COMPANY以下、HBC)への売却を交渉していると伝えられる。ニーマン マーカス グループが連邦破産法11条を申請すれば資産が保全され負債が分離されるから購入する側の負担が軽くなり、売却交渉が進展すると見られる。

※LBO(Leveraged Buyout):売却される企業の資産や将来のキャッシュフローを担保として、買収する企業が金融機関などから資金を調達する買収手法。買収資金の返済は売却された企業が担うから買収側の負担は軽減されるが、売却された企業は前借金の利息と返済に縛られる奴隷売買に近い

30億ドルのLBOが招いたJ.クルーのギャンブル

200505_jcrew_02-1J.クルーの業績推移

 かつてはオバマ大統領夫妻御用達ブランドとして脚光を浴びたJ.クルーもコロナパンデミックで痛手を負い、親会社のチノスホールディングス(CHINOS HOLDINGS)が5月4日にJ.クルーの連邦破産法11条適用を申請。ヘッジファンドのアンカレッジキャピタル(ANCHORAGE CAPITAL)など融資団と有利子負債16億5500万ドルを株式に転換することに合意して4億ドルの新規融資を確保し、債務と支払利息を圧縮して事業を継続する。「メイドウェル(MADEWELL)」も引き継がれ、今や売り上げの過半を占めるEコマースに注力して早期の再建を図る。

 LBOによる負債に経営を圧迫されていたのはニーマン マーカス グループと同様だが、J.クルーは負債を返済すべくベーシックなプレッピーブランドからスタイリッシュなファッションブランドに変貌せんとしたギャンブルで膨大な不良在庫を抱え、かえって破綻を早めてしまった。

 20年1月期は既存店売り上げが2.0%伸びて総売り上げも25億4013万ドルと2.3%増加し、営業利益も前期の86万8000ドルから7149万7000ドル(売り上げ対比2.8%)と急回復したが支払い利息に圧迫され、最終赤字は前期の1億2008万ドルから7880万ドルに減少しても財務はさらに悪化した。長期負債は前期の16億7328万ドルから16億6030万ドルとほとんど減らず、支払い利息は1億3750万ドルから1億4669万ドルに増加し、売り上げ対比の支払い利息負担は5.54%から5.80%に肥大。支払い利息から逆算した利率は8.8%と、ニーマン マーカス グループの6.0%をさらに上回る。

 こんな高利の借金を抱えていては、よほど好調に業績が推移しないと経営が成り立たない。J.クルーの場合、生え抜きのジェナ・ライオンズ(Jenna Lyons)女史を起用してのスタイリッシュなファッションブランドへの変貌がいっときは大成功したものの結局は膨大な不振在庫を抱え、そのダメージから回復途上の病み上がりをコロナパンデミックが襲ったという悲劇だ。

 J.クルーのマネーゲームは97年、TPGキャピタルが88%の株式を約5億ドルで取得したところから始まった。TPGキャピタルは4000万ドルの赤字だったJ.クルーを再建して成長させるべく、03年にギャップ(GAP)の中興の祖でありながらオーナーのドナルド・フィッシャー(Donald Fisher)氏に解任されたばかりのミラード“ミッキー”ドレクスラー(Millard “Mickey” Drexler)氏を会長兼CEOに招き、米国ファッション史に残るサクセスストーリーが始まった。

 再建は順調に進んで06年には再公開を果たし、カジュアル業態の「メイドウェル」もスタート。08年にはジェナ・ライオンズをエグゼクティブ・ディレクターに起用してファッションブランドへの変貌を開始した。J.クルーのスタイリッシュな変貌は注目を集め、オバマ大統領夫妻御用達のブランドとなって人気が爆発。ファッションジャーナリズムは“カルト的人気ブランド”とさえ賞賛した。10年にはジェナ・ライオンズがJ.クルーの社長に就任し、絵に描いたようなシンデレラストーリーに見えたが、栄華の頂点で次のマネーゲームが仕掛けられた。

 10年11月、TPGとレナード・グリーン・パートナーズ(LGP)はJ.クルーの非公開株を30億ドルで購入して再び非公開化。ミッキーは株式所有比率を11.8%から8.8%に引き下げる代償として2億ドルの現金を手にし、TPGとLGPは以降、6億8500万ドルの配当と1000万ドルの手数料を得たが、カルト的変貌は予期せぬ結末を招く。

 急激なファッションブランド化はベーシック・プレッピーを支持してきた顧客を戸惑わせ、11年から14年の非公開下の急成長期に不振在庫が積み上がり、運転資金を圧迫して15年1月期には7億999万ドルを減損処理して5億8502万ドルの営業赤字に転落。続く15年度第1四半期は既存店売り上げが92%に落ち込んで不振在庫が再び積み上がり、またも5億3336万ドルの減損処理に追い込まれ、5億2059万ドルの営業赤字を計上して成功神話は崩壊した。長期債務は20億ドルに膨れ上がり、17年4月にはジェナ・ライオンズが退任。7月にはミッキーもCEOを退任して会長に降り、19年1月には会長も退任して役員会のアドバイザーに退いている。

 30億ドルでLBOを仕掛けたTPGとLGPは再上場も画策したが業績の急落で目処が立たず、17年には売却を目論んでファーストリテイリングも買収を検討したが、頂点を打って坂を下るブランドに50億ドル(負債15億6000万ドルを含む)という価格では折り合わず、紆余曲折を経てチノスホールディングスの手に渡った。

 18年には業績が底打ちして格付け会社のムーディーズ(MOODYS)が「ポジティブ」に格上げし、20年1月期には売り上げ対比2.8%の営業利益を計上するまで回復。3月2日段階では「J.クルー」182店、「メイドウェル」140店、アウトレットストア170店を展開していた。チノスホールディングスは好調な「メイドウェル」を株式公開して負債を減らそうと目論んだ矢先、コロナパンデミックが襲って全てをご破算にした。

LBOがビジネスをギャンブルにした

 ニーマン マーカス グループのケースでは、05年のTPGキャピタルとウォーバーグ・ピンカスによるLBOから13年のアレス・マネジメントとカナダ年金計画投資委員会への売却でTPGキャピタルとウォーバーグ・ピンカスはイグジットの収穫を手にしたが、ニーマン マーカス グループは多額の負債を抱え、アレス・マネジメントとカナダ年金計画投資委員会はジョーカーを引いた。J.クルーのケースでは、1997年のTPGキャピタルによるLBOから2006年の再公開、10年のTPGとLGPによる買収と再LBOから14年の売却、二度に渡るマネーゲームでTPGはイグジットの収穫を手にしたが、J.クルーは膨大な負債を抱え、最後にJ.クルーを手にしたチノスホールディングスはジョーカーを抱えた。

 両者ともTBGキャピタルがマネーゲームの収穫を手にし、ニーマン マーカス グループではアレス・マネジメントとカナダ年金計画投資委員会が、J.クルーではチノスホールディングスがジョーカーを引き、ニーマン マーカス グループもJ.クルーも事業の収益では金利も払えないほど膨大な負債を抱えて苦しんできた。ファンドを引き込んでのLBOがどれほどリスクのあるギャンブルか、結果が如実に示しているのではないか。

 加えてJ.クルーでは、ミラード・ドレクスラー氏が2億ドルのキャッシュに目が眩んでハイリスクなギャンブルに会社を引き込んだという指摘もあるかも知れない。壮大な野望がジェナ・ライオンズというシンデレラを生み、そして奈落に引きずり下ろした。「小売りの神様」と賞賛されアップル社の取締役まで務めたミラード・ドレクスラー氏は自ら仕掛けたギャンブルの栄光と挫折を演じ、コロナパンデミックとデジタルトランスフォーメーションが「小売りの時代」に幕を下ろした。

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