小島健輔の最新論文

ファッション販売2002年8月号
『セレクトショップに学ぶFBのルネサンス』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

時代の主役に躍り出たセレクトショップ

 「ユニクロ」の劇的退潮と呼応するかのようにセレクトマーケットが多様な拡がりを見せている。昨年3月のローライズデニムのブレイクを契機に、平板な工業製品に替わって多様な面を持った手工業製品へとマーケットの嗜好は一変し、様々な後加工や付加加工を効かせたテイストの濃い商品が求められるようになった。徴候は一昨年の十月頃から現れていたとは言え、ローライズデニムのブレイクは手工業製品時代への決定的な転機となった。
 コストメリット優先で調達背景を効率的に絞り込み、面が平板になってしまっていた工業的SPAやナショナルチェーンはこのマーケットの一変に対応出来ず、手のかかった非効率な調達で多様な面の手の込んだ商品を揃えるセレクトショップが時代の主役に躍り出たのだ。「ユナイテッドアローズ」や「ビームス」の復調も新手のセレクトショップの加速も、これらのタイミングとほぼ一致している。

多彩に拡がるセレクトショップ風ビジネス

 SPAからセレクトショップへの時流の一変を見て、大手アパレルからカジュアルメーカーまで、機を見るに敏なファッションビジネスは次々とセレクトショップに進出し、あるいはセレクト的な魅力を全面に打ち出したSPA業態を開発。ブランドビジネスもセレクト的なリミックス技法を取り入れたり、セレクト商品を加えたショップ業態の開発を急いでいる。あたかも、80年代前半のDCブランドブームや数年前のSPAブームを彷佛とさせんばかりの情況だ。
 いったい、これらの何処までがセレクトショップとして、あるいはセレクト的な魅力を持った業態としてマーケットに評価されるのか。その答を探るにはセレクトショップの原点に遡る一方、マーケットの嗜好変化から柔軟に多様な可能性を考える視点も必要だ。
 セレクトショップの原点は世界中から個性の強いブランドやレアな商品を足で集めて独自のフォーカスで編集するインポートセレクト店であったが、今日ではファクトリー別注、それらのスペックを移植した国内ブランドやオリジナル、ユーズドやヴィンテージまで加え、独自のリミックスを主張する店を広くセレクトショップと呼ぶようになっている(セレクト大手五家等、主流の大半が含まれる)。ユーズド編集やヴィンテージ編集の店がオリジナルを軸にリミックス構成を組むようになったものもセレクトショップの範疇に入れて良いだろう(アメリカン・ラグシーやキリワッチ、パラビオン等)。
 加えて、本来は統一した面を主張するブランドショップの中からも、リミックス企画やセレクト商品を加えてセレクトショップ的なコントラストを訴求するケースが急増している(エポカ・ザ・ショップ等)。その先鋭は、オリジナルブランドが大半でありながら計算されたリミックスでセレクトショップに見せてしまう、自社マルチブランドミックス店やリミックスMDブランドであろう。この面ではジュングループのVISやロペ・ピクニックが突出している。セレクトショップを謳いながらもトレンドを追ったオリジナル商品の比率が高い、セレクト風トレンディミックスSPAも急速にメジャー化している(ワールド系、サンエー系等)。
 これら本流、亜流を含めて評価するにはまず、セレクトショップの魅力とは何かを追求しなくてはならない。

リミックスMDと面揃えの妙

 調達手法はどうあれ、セレクトショップの魅力の原点はリミックスの妙と面揃えに在る。  通低するベーステイスト(ピザのクラストにあたる)のキャラの上にシーズンイメージの主張(ピザのチーズにあたる)を拡げ、コントラストを効かせた、或いはハーモニックなテイストを計算ずくでトッピング。随所にスパイスを効かせて“外し”“崩し”の効くリミックスを組む。
 クラストのキャラが薄味だとトレンドのチーズばかりが鼻について安っぽくなってしまうし(トレンディミックスSPAに多い)、逆にクラストのキャラが強すぎてトッピングが埋没してしまうとコントラストが目立たなくなる(メーカー発のセレクトショップやリミックスMD店に多い)。イメージのチーズはダブル、トリプルに重ねたり、ずらしたりもする(ジャーナル・スタンダード等)。
 トッピングは二つづつ組み合わせてコントラストするのが定石だが、対極的に組むかハーモニックに組むかでショップのキャラが決まってしまう。一般にヤングほど対極性が強くキャリアほどハーモニー性が強いが、同じ世代なら日本の方が対極志向が強く欧米の方がハーモニー志向が強い(マップを参照されたい)。日本ではメーカー発を除いてハーモニー型の成功例は極めて限られるから、ストリートではよほどコントラストの効いた歌舞くスタイリングが求められているのであろう。
 スパイスを効かせるとリミックスが複雑になって“外し”“崩し”の巾が拡がるが、マニアックな顧客に片寄るリスクは否めない。
 これらリミックスの結果、各アイテム毎に様々な面が揃う。面とは商品の総合的な仕上がり感で、素材や後加工、裏始末やパターン等による表面感や量感、物性感等が総合された印象である。キレイ目、汚な目、重目、軽目、堅目、柔らか目、モッサリ、シャープ、和む、等など限り無い。これら様々な面の商品をコーディネイトすると、限り無く多彩なコントラストを求める事が出来る。すなわち、店からの提案も顧客の選択も多彩な編集や“外し”“崩し”が可能となるのだ。
 もちろん、リミックスは一品の中にも発揮される。コレクションブランドやファクトリーブランドからのセレクトはもちろん、別注品やオリジナルでも、素材と後加工、ディティールやパターン、裏始末で濃厚にリミックスを重ねた商品はセレクトショップならではの醍醐味だ。もちろん、昨今では常識的な後加工や定番の別注テクなどは安手のカジュアル商品にまで蔓延しているから、素材にも後加工にもディティールにも相当の仕込みが欠かせない。ちょっと手を抜けば顧客に見抜かれてしまうのが実情だ。
 セレクトショップのリミックスは全店共通ではない。ナショナルチェーンとは違って、有力チェーンでもひとつひとつの店がストリートの顧客層に特化しているから、微妙に品揃えとリミックスが異なっている。チェーンにもよるが、全店共通品番は半数から七割止まりと言われている。このような立地の顧客との交信性も、セレクトショップの重要な特徴だ。

和める手工業的VMDの韻律

 店舗の環境や陳列等のVMDも魅力のひとつで、セレクトショップのそれは工業的な規律性の伴うSPAのそれとは本質的に異なっている。
 店舗環境はコンセプトで異なるが、主流を占めるナチュラル/ワーク/トラッド系では古びた木材やレンガをベースにアンティーク什器、白熱球系の温かい点照明ミックスの和める空間が共通している。モダン/シック/エレガンス系では内装は多少モダンになるが、ワンポイントのアンティーク什器やシャンデリア、白熱球系の温かい点照明ミックスは変わらない。
 陳列は、リミックス・コーディネイトのルック回転からピークは定形コーディネイトの面展開へと変化していく主ウォール(一段または二段)、リミックス・スタイリングの“外し”“崩し”をフォーカスするT字やシングルハンガーとトルソー、単品面展開のテーブルや棚什器(定形コーディネイトの畳みルック回転も可)等から構成されるが、SPAと根本的に異なるのが補給とフォルム構成の概念だ。
 SPAでは同一商品を同一フェイスに補充するという台帳型の概念が基本だが(実際は同一素材のデザイン/後加工違い商品のトコロテン補給が多い)、鮮度と希少性を売るセレクトショップでは定形コーディネイトのトコロテン補給(フェイスの配列パターンが同じで商品の面が異なる)、リミックスを変えたリフレッシュを訴求し易いルック回転配列が基本となる。ルックをフォーカスするT字やシングルにしても、SPAはモノ・コーディネイトのカラー回転やディティール回転がほとんどだが、セレクトショップでは“外し”“崩し”を効かせたリミックスのルック回転を訴求する。
 大きく異なるのが陳列フォルム構成で、SPAでは建築的なリピテーション(繰り返し)を基本として工業部品を配列したような規律感が売場のテンションを高めるが、セレクトショップでは詩の韻律のように崩したリピテーションを基本に和める空間を構成している。工業的リピテーションの緊張感と手工業的韻律の和み感、あるいはモダンとポストモダンと対比すればよいのだろうか。 

セレクトショップの魅力の本質

 セレクトショップの魅力を総括すると、以下の十点が複合して成り立っている事が解る。1)独自のベーステイストの味わいと和み、2)リミックスを効かせた凝った商品やレアな商品、3)シーズナルにフォーカスを効かせた品揃えのシャープさ、4)ベーステイストの上に顔を出す面の多彩さとリミックスの妙、5)多彩な面とテイストの組み合わせがもたらすコントラストの効いた多様なスタイリング、6)それゆえに可能となる店と顧客が互いに仕掛ける“外し”と“崩し”のゲーム、7)店毎に異なる客層に真摯に応える品揃えと“外し”と“崩し”の微妙な違い、8)シーズン初めのリミックススタイル訴求、ピークの定形コーディネイトの面とコントラストの展開、売れ筋を引き摺らずに次のリミックススタイル提案に切り替えていく見切りの早さ、といった速やかな売場展開、9)マニュアルに頼らず基本技術を積み上げた現場が考える韻律的VMDとヒューマンな接客、10)これらの人と商品の動きを包み込む手工業的な和める店舗空間。
 要は手間暇かけて人が研鑽し、技と頭脳を持った現場が顧客と対等に張り合っていく、人間臭い手工業的な事業体質なのだ。それゆえに、世紀が替わってコストカットとデフレのグローバルスタンダードなビジネスモデル経営、サプライ効率至上で絞り込んだ平板な面を金型に押し込んだようにVMD展開するSPAが疎まれた時、若者の気持ちを一気に捉えてしまったのではなかろうか。 

セレクトショップはFBのルネサンスだ

 セレクトショップブームはファッション業界の変化と言うより、効率至上で壁に突き当たってしまった二十世紀文明を否定して、人間性と手工業性の復活を願う21世紀のアールヌーボーであり、ルネサンス運動の一角と知るべきだ。マーチャンダイジングや業態のトレンドという次元を超えて、経営手法の抜本転換を迫る一大潮流と捉えなければならない。  セレクトショップは現場の技が業績を左右する手工業的な事業であり、トップダウンのビジネスモデルでは動かせないし、ナショナルチェーンにもならない。大きくなるには個々の業態の展開数を2ダース程度におさえ、それぞれの事業現場に任せて業態を増やしていくしかない。その好例が前月号で取り上げたベイクルーズの『百人の村の集合体』であり、業績の長期低迷に苦しむナショナルチェーンにとって抜本転換策たりえるものだ。顧客離れと単価ダウンに苦しむ量販店衣料部門とて、IT武装を契機にビジネスモデル型から現場主導型に転換して売場を生き返らせ、顧客を呼び戻してはどうか。グローバルスタンダードの生みの親たる米国陸軍さえ、すでに情報と技を持った現場が主導する戦闘体制へ、はっきりと方向を転じたではないか。  が、現場主導型オペレーションは強い技を持った下士官層と兵士層が充実している事が成功条件だ。トッブダウンのビジネスモデルを押し付け、コストカットの名目で現場の下士官層と兵士層を削り、彼等から考える機能を奪い去った企業の更正は極めて難しい。現場に余剰の人材を抱えて技術研鑽を積み上げるインフレ政策が採れないなら、セレクトショップ的なマーケットに食い込む事は不可能だ。もし橋頭堡を築きたいなら、まず現場の人材育成と技術研修に出費を惜しまぬ事だ。 

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