小島健輔の最新論文

販売革新2013年1月号掲載
『流通業界2013年の読み方』衣料専門店編
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 大震災の復興需要を契機に回復に転じたかと思われた景気も、ユーロ危機に発した世界的な経済の混迷や尖閣諸島問題に発した日中関係の悪化などで冷水を浴びせられ、20年振りにデフレを脱して回復基調にあった衣料消費も夏バーゲン時期の分散を巡る混乱を契機に失速した2012年は散々な年だったが、果たして2013年はどんな年になるのだろうか。
 衆院選での自民党圧勝を受けての経済回復期待からスタートする景気は前半こそ回復基調になると思われるが、その先はユーロ危機の再発や中国問題などから何が起こるか解らない。政治や景気がどうあれ、家電や自動車などの基幹産業が陰って失業者が溢れ、所得水準の低下と生産年齢人口の減少で国民総所得が萎縮し、消費が衰退して行く斜陽の構図は変わらない。そんな中、企業も人材も新天地を求めて海外へ脱出し、国内ではネット通販の急拡大が店舗小売業を圧迫して行く。そんな2013年、衣料品業界ではどんな変化が起こるのだろうか。

ハイブリッド戦略が明暗を分ける

 ネット通販のメジャー化とスマホの急激な普及でショールーミングが一般化し、同一商品の価格が競われる家電量販店業界などでは死活問題となりつつあるが、ブランドの直販流通が一般化した衣料品業界では逆にショールーミングがネットとのハイブリッド戦略の一環として注目されている。
 米国ファッション業界を見ても、店舗に置いた端末から自社サイトにアクセスさせて販売機会を広げる手法は既に定着しているし、顧客のスマホにアプリをダウンさせて店頭で商品のバーコードをスキャンさせサイトの商品プレゼンテーションを見てもらう手法も急速に広がりつつある。顧客にそんな手間を要求するより、手に取った商品のICダグを姿見のセンサーが感知して即刻、デジタルサイネージでサイトの商品コンテンツを見せる方が遥かに効果的で、販売効率の向上と販売経費の圧縮が期待される。2013年はICタグの普及とそんなハイブリッド・テクが両輪となって衣料品販売を革新するのではないか。
 ハイブリッドは店頭のマーチャンダイジングにも波及する。ネット通販では視覚効果の高い柄物や色物から売れて行く事が知られているが、ネット通販のメジャー化とスマホの普及で世界のコレクションシーンに色柄が氾濫し柄柄合わせのルックが広がるに及び、店頭でも柄物/色物が求められる傾向が強まっている。そんな変化を察知して店頭のMDでも柄物色物を増やし柄柄ルックを打ち出すのか、そんな変化を知らずにこれまでの店頭MDを踏襲するのか、で明暗は大きく分かれる事になる。経営層がオンタイムなネット感覚を持っているか否かが問われる時代になったと痛感される。
 ネットとのハイブリッドは在庫運用の効率化や販売経費の圧縮にも効果的だ。店頭在庫のコントロールには物理的限界があるが、ネット在庫は露出や編集、訴求ポイントを工夫すれば物理的制約を超えた消化促進が図れるし、店舗販売より格段に販売経費率の低いネット通販の比率を拡大すれば全社の経費率を圧縮出来る。ちなみに米国ギャップ社では店舗事業部門の営業利益率が8.4%に留まるのに対しオンライン事業部門のそれは22.0%にも達するから、オンライン事業は店舗事業より13.6ポイントも経費率が低いと推計される(12年1月期)。

セールが日常化して「正価」が崩壊する

 一部の百貨店や駅ビルが「バーゲン正常化」を謳った夏バーゲン後送りが招いた混乱で夏物在庫の処理に窮したばかりか、夏物処分のずれ込みで秋物立ち上がりも遅れて10月まで販売が低迷したアパレル業界は在庫に神経質になり、冬バーゲンも混乱が残ると怯えたブランドが11月から不振在庫のコーナー処分に走るなど、『羹に懲りて膾を吹く』例えを地で行くような過剰反応に陥った。結果、これまで期末しかセールを行わなかったブランドまで期中セールを行うようになり、まさに「バーゲン日常化」という状況を招いてしまった。
 加えて、トップのツィッター暴言に発したスタートトゥデイの送料無料化と実質常時10%オフ(ポイント付与)断行が競合サイトにも広がってアパレルネット通販は常時10%オフ状態となったから、同じようなブランドが並ぶ駅ビルやファッションビルにも波及は必至と見られる。かつてはシーズン一回だったカード顧客10%オフキャンペーンが多頻度化しつつあったところに、急拡大するネット通販業界から常時10%オフが広がったのだから、常時はともかく10%オフキャンペーンの月例化は避けられないだろう。
 バーゲン日常化に常時10%オフが加われば、わざわざ「正価」で買う顧客は居なくなるだろう。値引きコストが館の家賃料率やネットの販売手数料率に織り込まれればアパレル業界は一段と原価率を切り詰めざるを得ず、バリューが低下してますます「正価」で買う人が減ってしまう。それがまたセールを氾濫させるという悪循環は、もはや止まりそうもない。2013年は「正価崩壊」の年になるのだろう。

「小売りの環」のカタルシスが来る

 「失われた20年」とともに消費が衰退しアパレル生産が空洞化するにつれ、アパレル業界は自社開発体制を放棄してOEM/ODM調達に流れ、リスクを張る計画MDを圧縮して期中QR調達を肥大させ、売れ筋後追いの継ぎ接ぎMDに堕してブランド価値を損ない、同質化とバリュー低下がもたらすセール依存でマークダウンロスを肥大させ、顧客の価格信頼感を失ってしまった。
 OEM/ODM依存の継ぎ接ぎMDは世界のファッションビジネスでは市場(いちば)とファストファッションを除けば異端であり、ブランドビジネスではタブーとされる邪道であったが、日本のアパレル業界では主流となった感がある。まさしく異端の進化?を遂げたガラパゴス現象であり、ガラ・ケータイからスマホへの交代劇と同様、ファッション市場のグローバル化とともに早晩、駆逐されていくと思われる。  継ぎ接ぎMDの結末は同質化と値崩れのもたらすバリューの低下と経営効率の劣化であり、マークダウンロスとマーケティングコストの肥大をカバーすべくアパレル事業者の原価率は年々、切り下げられ粗利益率も上昇の一途を辿って来た。言い換えれば、品質を切り下げて業界の取り分を拡大し顧客を欺いて来た訳で、それがさらにマークダウンロスとマーケティングコストの肥大を招くという悪循環を続けて来たのだ。そんな天に唾する不合理な商売が続く訳もなく、原価率が高く経営効率の高い誠実な商売をする一部企業の爆発的な成長を招いてしまった。
 限界を超えて非効率化した日本のアパレル業界は、かつて専門店卸し流通がSPA流通に取って代わられたように、ファーストリテイリングやしまむらに続くバリューが確かで経営効率が高い(ロスと経費率が低い)誠実なSPA事業者に駆逐されざるを得ない。その限界点は『原価率がユニクロ以上、マークダウンロスはユニクロ以下』と線引きされよう。限界点に満たず「正価」が崩壊したアパレル事業者は顧客に見放され、「小売りの環」によるカタルシスに消えて行くしかない。「正価」が崩壊し消費者が既存事業者に失望を露にする2013年は劇的な世代交代の年となるだろう。

※2013年のキーワード「ハイブリッド」
 異質な手法を組み合わせて単独では果たせない目的を達成する技術または戦略。内燃機関と電気モーターを組み合わせて燃費の壁を越えるハイブリッドカーはもちろん、オンラインとオフライン(店舗)を組み合わせて販売訴求し経費率を圧縮するのもハイブリッドだ。様々に行われているコラボレーションもハイブリッドの一種と言えよう。

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