小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔が警鐘
『紳士スーツ市場の変貌はもう止まらない』 (2019年08月09日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 昨年11月16日の本サイト『紳士服専門店大手が全社赤字転落“革命”に直撃された紳士スーツ市場』 で紳士スーツ市場の構造的変貌を検証したが、19年に入って既製紳士スーツ市場が一段と陰る一方、IoT仕掛けのイージーオーダースーツやイージーケアなアクティブスーツが急拡大している。果たして今後、男たちのビジネスウエアはどう変わっていくのだろうか。

紳士服市場とスーツ市場は次元が違う

 14年に百貨店を抜いて今や紳士服販売の主役となった紳士服専門店チェーンも、18年4〜9月中間決算(コナカは9月本決算)で全社が営業赤字となり、3月期決算(コナカは中間期)でも減収・減益となったが、その減速はメディアが書き立てるほど急激なものではない。

 19年3月期の既存店売上げは青山商事もAOKIファッション事業も2.2%減と、百貨店紳士服の2.8%減(18年)より健闘している。直近の4〜6月期こそ景気の失速に直撃されて青山商事は6.8%減、AOKIファッション事業も4.6%減と苦戦しているが、百貨店紳士服とて3.4%減少、百貨店婦人服も3.2%減少している。

 紳士服市場がシュリンクしているというより既製紳士スーツからEOスーツやアクティブスーツ、ビジカジやカジビジに男たちのビジネスウエアが移行しているのが実情で、紳士服全体とスーツは分けて見なければならない。

スーツ売上げは紳士服売上げの3分の1に満たない

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 紳士服チェーンというとスーツなどビジネスウエアばかり売っているイメージがあるが、現実には各社ともカジュアルウエアも手掛け、青山商事は百円ショップや印刷事業、AOKIホールディングスはカラオケボックスや結婚式場など異業種も手広く展開している。19年3月期の青山商事のビジネスウエア事業売上は1844億円と全社の73.7%、同AOKIホールディングスのファッション事業売上げは1144億円と全社の59.0%を占めるにすぎない。 

 近年は両社とも婦人服を拡大して青山商事はビジネスウエア事業の16.6%、AOKIはファッション事業の18.2%に達しており、紳士服は青山商事で1444.5億円とビジネスウエア事業の78.3%、AOKIで898.2億円とファッション事業の78.5%まで低下している。

 紳士重衣料に限れば青山商事で962.5億円/52.2%、AOKIで480.9億円/42.0%、さらに紳士スーツに限れば青山商事で558.2億円、AOKIで318.0億円と、それぞれビジネスウエア事業売上の30.3%、ファッション事業売上げの27.8%でしかない。スーツは紳士服売上の3分の1にも満たないのが現実だ。

紳士スーツ市場規模はピークの3掛けを割り込んだ

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 青山商事の紳士スーツ販売着数は前期比7.8万着減、直近ピークの14年3月期の248.2万着からは43.4万着/17.5%減の204.8万着、単価も直近ピークの17年3月期の2万7498円から2万7187円と311円低下している。AOKIの紳士スーツ販売着数も直近ピークの14年3月期の155.2万着から30.5万着/19.7%減の124.7万着で、単価も直近ピークの16年3月期の2万6900円から2万5500円と1400円も低下している。

 紳士スーツ市場のピークは92年で、購入単価5万7300円(家計調査)×1350万着で7750億円程度の規模があったとされる。それが年々減少して11年の大底では購入単価3万2548円(家計調査)×670万着弱の2100億円台まで縮小したが、18年前半までの景気回復局面で購入単価が3万7600円前後まで回復して着数の減少をカバーし、市場規模は2350億円ほどまで回復したと推計される。それが18年秋以降の景気停滞と今春以降の景気失速で再縮小に転じており、19年は2250億円を割り込みそうだ。

 紳士服業界の専門誌「Bespoke News」のHPによると、12年には966万着が輸入され国内生産の190万着と合わせて1156万着が供給され688万着(消化率59.5%)が販売されたと推計している。18年の紳士スーツ輸入数量は861万着、国内生産は160万着程度まで落ちたと見られるから総供給数量は1020万着余りで、販売数量は630万着弱(消化率61%)まで落ちたのではないか(着数にはEO/POを含む)。

 体型やサイズ、素材バリエーションの在庫を抱える既製紳士スーツでは期末セール後6割消化が目安で、3割前後を翌期の品揃えに組み込んでいると思われるが(その差は焼却や売却)、46.9%(18年)というアパレル業界全体の最終消化率と比較すれば驚くほどの数字ではない。

 推計が大きく間違っていないとすれば販売着数はピークの46.5%、市場規模は30%弱まで萎縮したことになるが、数字だけでは捉えられない変化が指摘される。

既製スーツとFO/EO/POの比率は

 前述の「Bespoke News」によると、ザ・ウールマーク・カンパニーが2002年まで行っていた調査では既製服が78.5%、EO(イージーオーダー)が19.8%、FO(フルオーダー)が2.6%で、12年当時は既製服が76%、EO/PO(パターンオーダー)合わせて23%、FOが1%と推計していた。現在の比率を知る方法はないが、FOやEO、一部既製服からPOに移行しているとはいえ、12年の推計バランスから大きくは変わっていないのではないか。

 総販売数量を630万着としてEO/POが23%なら145万着になるが、平均単価5.0万円(カシヤマ・ザ・スマートテーラーの平均単価は6.6万円)と見ても725億円という市場規模は業界で見積もられている数字をかなり上回るから、もう少しシェアは低いのかもしれない。

 各社の威勢の良いPO拡大計画を積み上げると145万着という枠には収まらなくなるから、既製スーツからの転換が進まない限り、いずれ限られたパイの食い合いになる。各社の販売着数は大きく伸びているが、一部では頭打ちも聞かれるから杞憂ではないようだ。

 近年、急成長しているイージーオーダースーツはIoTなCAD仕掛けのPOであり、生地や寸法はもちろんだが、細かなディティールまで選択肢を広げ過ぎてPOの手軽さを損なえば既製スーツ客の取り込みは難しくなる。オーダー感覚のパーソナル対応とPOの手軽さの兼ね合いが問われるのではないか。

アクティブスーツは既製スーツを食うか

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 POスーツ以上に急拡大しているのがイージーケアに徹した合繊の機能性アクティブスーツで、トラックスーツ的な低コスト生産も可能だから低価格化も急進している。そのアクティブスーツが何万着に広がっているのか、スーツ販売着数の何%を占めているのかはつかみようがない。なぜなら、アクティブスーツは紳士服各社が「スーツ」に分類していないからだ。

 1つの例だが、若向きな紳士服を展開している某チェーンでは既製スーツが76%、POが3%、アクティブスーツは「セットアップ」に分類して21%を占めており、前年が11%だったから倍近く伸びている。他の紳士服チェーンが「既製スーツ」に分類しているか「セットアップ」に分類しているか調べようがないが、価格帯や売り方から見て「セットアップ」に分類しているチェーンが多数を占めると推察される。

「セットアップ」で3万円前後のアクティブスーツはもちろん、トラックスーツ的生産で2万円以下の低価格アクティブスーツは「カジュアル」に分類されるから「スーツ」の販売着数には含まれるはずもないが、アクティブスーツが既製スーツを食っていることは間違いない。EO/POの23%というシェアが多少は増えるにしても、既製スーツからアクティブスーツに流れる顧客の方が格段に多いはずで、その分、スーツの販売着数は減少が加速する。600万着を割り込んでいけばPOがシェアを伸ばしてもいずれ販売着数は頭打ちになるが、紳士服各社はそんな構図が見えているだろうか。

スニーカー通勤がビジネスウエアを変えていく

 職場でのハイヒール強制に反抗して女性たちが「KuToo」と声を上げ、オフィスはもちろん店頭でも携帯大手各社がスニーカー勤務に切り替えるなど、脱パンプス(ハイヒール)の流れは決定的になった感があるが、18年3月15日の本稿で『スニーカー通勤でビジネスウエアが一変する!』 と題して『彼女たちがパンプスを捨ててスニーカー通勤に走り、男性向けに提案されたアクティブスーツを受け入れるのも必然』と断じたことが思い出される。

 女たちがパンプスを拒否したように男たちも足腰に負担を強いる革底のビジネスシューズを拒否し、見た目は革靴でもゴム底のビジネススニーカー、おしゃれな男たちはモードスニーカーに転じている。足元が機能的に変わればビジネスウエアも機能的なアクティブスーツやジャケット軸の「ビジカジ」、ジャージジャケットやブルゾン軸の「カジビジ」へと変わっていくのは必然で、かしこまったスーツスタイルは社用車で移動できるエグゼクティブかお堅い業種の営業マンなどに限られていく。

 そんな変化が急進するなら、スーツ販売着数が600万着どころか500万着を割り込むのも時間の問題かもしれない。ならば紳士服業界はガラスの天井が迫るPOの限界を見極め、アクティブスーツやビジカジの拡大に注力すべきではないか。

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