小島健輔の最新論文

マネー現代
『アパレル業界の「価格」がおかしい…!「値引き」のウラで広がる“二重価格商法”』
(2020年12月17日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

実勢価格と乖離した「正価」

コロナ禍の販売不振でアパレルは店頭でもECでも値引き販売が常態化し、実需期でも動きの鈍い商品は2〜3割引は当たり前で、期末のセールともなれば4〜5割引となり、持ち越し品を6〜8割引で叩き売るブランドさえ散見される惨状だが、ここまで値引き販売が常態化した要因は過剰供給と販売不振だけではない。

ブランドが設定する「正価」そのものが実勢価格と大きく乖離していることが根本的な要因と思われる。

百貨店ブランドなど、百貨店の法外な「歩率」(賃料に相当する手数料)と販売人件費だけで売上の半分を占め、値引きや売れ残りのロスを積み上げると「正価」は調達原価の5倍以上にもなる。

主要百貨店の大半に出店しているメジャーなNB(ナショナルブランド)でも1型あたり生産ロットは数千点、大ヒット品番でも2〜3万点止まりで「ユニクロ」とは二桁も違うから、生産コストも格段に割高になる。同じ品質なら百貨店ブランドの価格は「ユニクロ」の三倍になってしまうのが現実で、実勢価格から乖離した「正価」が通るはずもない。

「二重価格商法」のアパレルチェーンの実態

三陽商会は『建値消化率(「正価」販売率)45%、総消化率70%』(昨年の秋冬期と推察される)と開示しているから、「正価」で売れたのは半分以下で30%が売れ残ったことになる。品質に定評のある三陽商会でもそんなものだから、百貨店アパレルの「正価」販売率は半分にも届かないのが実情と思われる。

それは駅ビルブランドやSCブランドとて大差ない。大半のブランドの「正価」は調達原価の3倍程度だから百貨店ブランドほど極端な割高感はないが、中には19%とか16%とか極端に原価を切り詰めて割高な「正価」を設定し、品質の怪しい商品を煩雑なタイムセールで値引き販売する「二重価格商法」のアパレルチェーンもある。

そんなチェーンへの対抗上、他のチェーンも似たような「価格政策商品」を競うからプロパー時期から値引き販売が常態化し、消費者の「正価」不信を煽ってしまう。

調達原価の3倍程度の真っ当な(?)「正価」であっても、売れ行きの鈍い商品は編集陳列など販売消化努力(そんなスキルもないチェーンが大半だが)もそこそこに本部が値引きを指示するから、シーズンの後半は値引き販売が常態化する。

ライバルチェーンが値引きに走れば自社だけ「正価」販売を引っ張るのは難しいから、値引き販売に耐えられるよう調達ロットを増やしたり素材の質を落として原価率の切り下げを競うことになり、結果的とは言え「二重価格商法」になってしまう。それがまた「正価」への不信感を高めて値引き販売を広げるという悪循環が止まらなくなっている。

ユニクロ「未満」…アパレル業者の苦悩

どの分野でも業界首位企業の品質と価格がデフェクト・スタンダードとなって市場価格を決定するが、アパレル分野では「ユニクロ」がデフェクト・スタンダードとなって久しい。

もっと安い商品が氾濫する今日では「ユニクロ」は価格を革命しているわけではなく、その役割は「ジーユー」に譲ったが、百貨店のNB商品並みの品質を三分の一の価格で安定供給する「国民的カジュアルブランド」として、ブランド商品の品質基準となった感がある。

「ユニクロ」未満の品質では「ブランド商品」を謳えないのが現実で、消費者に見限られても致し方ない。

その「ユニクロ」とて「ワークマンプラス」の台頭に加え、コロナ禍の生計不安でデフレが再燃する中、価格ポジションを見直しており、コロナ以前から「ユニクロ基準」から浮き上がっていたブランドは価格の大幅下方修正を迫られている。

「ユニクロ」を追う大手チェーンでも、品目数や素材の絞り込みができず、あるいは多ブランド展開で調達ロットが桁違いに小さいチェーンは調達コストが割高で、同品質なら「ユニクロ」よりワンラインもツーラインも価格が高くなるし、価格を競えば品質、とりわけ素材が素人目に判るほど落ちてしまう。

これでは「正価」が通るはずもなく、値引き販売が常態化するのも必然だ。

ジーユー、ワークマンプラスに飲み込まれる「価格」

売上が拡大して調達ロットが大きくなった「ジーユー」も値下げ攻勢を仕掛けており、「ユニクロ」のワンランク下の「しまむら」など量販衣料クラスでもデフレ圧力が高まっている。

調達コストの高いアパレルチェーンは下手をすれば「ジーユー」や「ワークマンプラス」の価格帯に飲み込まれてしまうのではないか。

リーマンショックで消費が冷え込み「ジーユー」が990円ジーンズを売り出した09年の状況に近似しているが、今回のコロナ禍のほうが生計への打撃は格段に深刻かつ広範で、ライフスタイルの生活圏シフトもあって通勤着やお出かけ着のニーズも激減し、衣料消費は壊滅的に落ち込んでいる。

そこに過剰供給のツケたる売れ残りの流通在庫や消費者のタンスから放出された中古衣料が激安価格で溢れるのだから、新作品の割高な「正価」が通るはずもない。

大多数のアパレルチェーンやアパレルブランドにとって、これまでの価格設定だと「正価」での販売はほとんど期待できない状況で、大半を値引き販売することになれば「正価」が有名無実化するばかりか「二重価格商法」を疑われかねない。

「二重価格商法」の是非

販売不振から結果的に値引き販売が大半となる「二重価格」はともかく、元から値引き販売を前提とした割高な「正価」を設定して値引き販売すれば「二重価格商法」が疑われる。

景品表示法では消費者の「有利誤認」を誘う偽装二重価格を禁じているが、「正価」で2週間以上販売実績があれば、元「正価」が如何に割高に設定されていても摘発はできないから、事実上のザル法になっている。2週間の間に「正価」で買った顧客は騙された感を否めないだろう。

かつては宝石製造販売最大手の三貴(「ジュエリーマキ」「じゅわいよ・くちゅーるマキ」)が公正取引委員会から排除命令を受けたり(95年)、イトーヨーカ堂が公正取引委員会から口頭で警告を受けたりしたが(99年)、消費者庁に管轄が移って以降は健康食品や美容機器などが摘発されることはあっても、「二重価格商法」でアパレル事業者が摘発されたケースは聞かない。あまりに値引き販売が常態化し、意図的な「二重価格商法」を特定することが難しくなったからと推察される。

余程に意図的で「正価」と実売価格の乖離が極端でない限り(三貴は最大9割引を謳った)、2週間以上の「正価」販売実績がある限り、消費者庁が「二重価格商法」を摘発することはないが、消費者は「二重価格商法」の実態を見透かして「正価」での購入を回避するから、「正価」での販売はほとんど困難になる。

「GAP」が長年に渡って様々な値引き販売を駆使した結果、「正価」での販売が困難になり、価格信頼感を取り戻すのに四苦八苦しているのは誰もが知るところだが、コロナ禍の過剰在庫を叩き売った百貨店ブランドやアパレルチェーンとて、もはや事態は大差ないだろう。

ブランドの信頼が失墜しかねない

価格と品質への信頼感を損なえば「正価」は存在意義を失い、顧客は値引きした価格で価値を判断するようになる。

結果的とは言え「二重価格商法」が常態化すれば、「正価」が信頼を失うばかりか「ブランド」も信頼を失ってしまう。

「正価」と実勢価格が乖離して値引き販売が常態化しているアパレルブランドやアパレルチェーンは早急に「正価」を切り下げて実勢価格と一致させ、「二重価格商法」を解消するべきだ。

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