小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『コロナ後の損益構造確立へ
適正家賃への店舗資産入れ替えを急げ』
(2023年07月28日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナが明けて店舗販売が活況を取り戻しているが、アパレル店舗の売上は一部の都心施設を除き、未だ19年を大きく下回っている。最低保証賃料の一時棚上げ・切り下げなどコロナ下の救済措置も終わって賃料負担がモロに伸し掛かる中、出店立地と店舗費負担の構図を見直すべきだろう。 

 

■明け方が一番危ない

 3年以上も続いたコロナ禍がようやく明けて人出が戻り、インバウンドも復活した都心の百貨店などでは景気の良い話が飛び交い、百貨店やアパレルの株価も急騰するなど、浮き足立った世情になっているが、その一方で円安とインフレ、人手不足と賃上げが損益を圧迫し、助成金収入も途絶えて最低保証賃料のハードルも元に戻れば、売上の回復が鈍いアパレルは追い詰められてしまう。倒産も不景気のどん底より景気の浮上期に集中するから、むしろこれからが危ない。

 コロナ下の3年間で固定費を切り詰め、不可逆的に変貌するマーケットに対応してマーチャンダイジングもサプライも販売体制も組織も再構築した企業はともかく、固定費の抑制もマーケット対応も中途半端なままコロナ前の世界に戻るのを待っていたような企業は雪解けの雪崩に飲み込まれてしまう。コロナが明けてもコロナ前にはもう戻らないし、コロナ下の非常時体制もアフターコロナの新世界には対応出来ない。当然過ぎる認識だが、対応出来ている企業は限られる。

 コロナ明け5月の百貨店売上回復が華々しく報道されたが、全国百貨店総額は19年の95.1%まで戻しても衣料品は82.9%に留まり、回復著しい東京地区も総額は98.4%まで戻しても衣料品は85.1%にとどまった。6月も全国百貨店総額は19年比94.9%、衣料品は同83.2%、東京地区も総額98.3%、衣料品85.8%と5月から横ばいだった。好調なのは特選雑貨など身の回り品であって、アパレルの回復は鈍い。

上場アパレル各社の6月も、既存店売上が19年を超えたのはワークマン(126.4%)、しまむら(122.9%)、西松屋チェーン(118.0%)、ハニーズ(115.7%)のみで、アダストリアこそ97.9%と水面に迫ったがユニクロは88.5%、ユナイテッドアローズは85.3%にとどまり、TSIは77.0%、バロックジャパンは75.9%、良品計画の衣料・雑貨は75.3%、ライトオンは66.8%に終わっている。各社1割前後の単価アップ(値上げ)が押し上げてもこの水準だから、客数は回復どころか減少しているチェーンが大半だ。

 

■賃料と売上対比負担率の水準

 最低保証賃料のハードルが元に戻り、助成金収入も無くなれば、売上の回復が鈍いと覿面に損益が苦しくなる。早々に売上に対する賃料負担と人件費負担を抜本的に見直して「固定費」の圧縮を図るべきで、今回は賃料負担から出店戦略を考察したい。

まずは自店の賃料水準が割高か割安かだ。割安か割高かは売上に対する負担率という視点、同一商業施設の類似業態店舗との比較という視点で異なるが、まずはマクロデータから検証していこう。

 日本ショッピングセンター協会の集計に拠れば、2022年の物販店舗の坪当たり平均月額賃料は個別徴収方式(賃料+共益費)で17,266円、売上対比13.1%、総合賃料方式で25,606円、売上対比13.6%だった。総合賃料方式の方が賃料水準も負担率も高いのは、個別徴収方式より大商圏商業施設の比率が高いからと推察される。

コロナ前19年と比べれば、前者で賃料は6.6%、後者で10.7%下がったが、販売効率も前者で13.0%、後者では19.9%も下がったから、売上対比では前者で0.9ポイント、後者では1.4ポイントも負担率が跳ね上がった。商業施設の減価償却費は賃料収入が下がっても変わらず、運営・管理コストも大きくは抑制できないからデベの負担も大きく、テナントだけがコロナの打撃を被ったわけではない。

日本ショッピングセンター協会の立地区分では、大商圏の「中心地域」と小商圏の「周辺地域」で物販店舗の賃料水準は個別徴収方式で2.6倍、総合賃料方式で2.2倍違うが、販売効率(徴収方式に関わらず飲食やサービスも含むテナント全体)は1.73倍、「大都市中心立地」と「周辺地域」の比較でも2.04倍しか違わないから、大商圏商業施設ほど売上対比の賃料負担率は高くなる傾向が指摘される。客数が期待出来る大商圏立地に「上る」のも良いが、客数以上に客単価を嵩上げないと賃料負担率が上昇して損益が圧迫される構図に注意するべきだろう。

 

■出店立地でこんなに賃料水準は違う

出店立地による賃料水準と売上対比の負担率を上場アパレルチェーンの個別データで比較したいが、その前に賃料水準や営業の自由度を左右する出店立地と施設の特性を確認しておきたい。出店立地はまず、路面の独立店舗やフロア貸店舗、ストリップモール店舗やパワーセンター店舗※などの「自由営業店舗」、駅ビル店舗やファッションビル店舗から大小のショッピングセンター店舗までの「管理営業店舗」に分かれる。

「自由営業店舗」はパワーセンターやストリップモールを除けば独自に集客する力量がないと成り立たず、金銭収納やセキュリテイも個別に業者と契約する必要があるが、営業時間や休日は自由に設定できるし、商業地区のフロア貸店舗を除いて店頭へのダイレクトパーキングが可能だから、BOPISや店出荷はもちろん店頭でのイベントも自在だ。何より大きな利点は売上金の預かり制度がないことで(北米ではモールデベも売上金を預からない)、日銭が入ってくるからCCCも「管理営業店舗」よりほぼ3週間も有利に回るし、共益費などの管理コストも不要か格段に安い。

「管理営業店舗」は様々なプロモーションを打って施設全体で集客してくれるし、金銭出納やセキュリテイはもちろん従業員の求人や福利厚生までサポートしてくれるが、その分、販促コストや管理コストの負担が重い。営業時間や休日も施設の方針に従わなければならず、何より売上金を預かられて日銭が入らずCCCを圧迫されるのが辛い。

日本ショッピングセンター協会の調査対象は「ショッピングセンター」と規約で定義される施設だからテナントは「管理営業店舗」であり、定義に外れる自由営業のストリップモール店舗やパワーセンター店舗はその分、低コストになるはずで、前述したショッピングセンター協会集計の家賃水準より格段に低い。各々のケースを開示することは出来ないが、出店立地が異なるアパレルチェーンの平均月額賃料と売上対比の負担率を比較すれば水準の相違が掴める。

都心の駅ビルやファッションビル中心に、郊外でもアップスケールなSRSCしか出店していないユナイテッドアローズ(単体)の平均月坪家賃は54,105円(減価償却費を加えた売上対比の店舗費率は15.4%)と推計されるが、駅ビルやファッションビルに加えて郊外のRSC中心に一部はCSCまで出店しているアダストリア(単体)は同36,532円(同店舗費率は18.1%)、銀座の一等地から生活圏のロードサイドまで多様な立地に出店している国内ユニクロは出店形態が様々で減価償却費の比率が不明だが15,800〜16,000円(同8.6%前後)と推察される。

CSC中心にRSCや駅ビルにも出店しているハニーズは8,842円(同21.2%)、都心の駅ビル、ファッションビルからRSC、CSCはもちろんパワーセンターやロードサイドまで広範な立地に出店しているABCマートは21,642円(同14.7%)、ほとんどがロードサイドの定期借地権方式※の独立店舗である「しまむら」事業は減価償却費率がやや高く、平均月額賃料は4,023円(同6.3%)と算出できる。

賃料に減価償却費も加わって店舗費の負担が決まるが、どこまでを店舗費に含めるか各社で計上方法の違いもあるので、ここでは立地による賃料水準を見定めるに止めたい。

駅ビルやファッションビルで10万円近い(あるいはそれ以上)賃料を払っているアパレルチェーンもあれば、郊外のパワーセンターやストリップモールで10,000円を下回るチェーンも多く、生活圏ロードサイドの定期借地権店舗なら減価償却費を合わせても6.000円未満に収めることも可能だ。賃料も管理コストも高く、営業の自由も制限され、日銭も入らない「管理営業店舗」への依存率を下げることも必要なのではないか。

 

※ストリップモール・・・駐車場に面して独立店舗や連棟店舗が並ぶロードサイドのオープンモールで、駐車場に並行して一列に店舗が並ぶ様を「ストリップ」(細長い形状)と言い表したもの。巨大な駐車場を囲んで環状に独立店舗や連棟店舗が並ぶオープンモールはディスカウント業態が核店舗を担うこともあって「パワーセンター」と呼ばれる。

※定期借地権方式の出店・・・定期借地権で地主から土地を借り、自ら建築して出店する方式で、地代は安いが減価償却費が嵩む。前世紀は地主に保証金(建設協力金)を入れて店舗を建ててもらい家賃を払うリースバック方式が主流だったが、地主の税務会計負担が大きく、借地借家法改正以降は定期借地権方式が大勢になっている。

 

 

■同じ商業施設内でも賃料水準には10倍近い開きがある

 同じ商業施設に出店しているテナントでも業種が違えば坪当たりの賃料水準には10倍近い開きがあり、同じアパレルチェーンでも4〜5倍の開きは当たり前だが、デベとしては不当に差別しているわけではない。人気か不人気か販売効率が高いか低いかはもちろん大きいが、業種や館内のロケーション、区画の大小や奥行きの使い方で賃貸効率が大きく異なることを反映した賃料設定になっているのだ。

 賃料が一番高いのは粗利益率も販売効率も高く、面積の小さい島店舗を使うジュエリー・アクセサリー系のテナントで、間口税的に円周率分(3.14倍)割高に設定される。次に高いのが粗利益率は高いが顧客の間口が狭く、奥行きも使わない小型(間口がワンスパンで奥行きが2スパンまで)のアパレルや服飾のテナントで、定価(公式家賃)が適用される。

 一番、賃料レートが低いのが粗利益率は低いが日々の集客力が高く販売効率も高い食品系核店舗(スーパーマーケット)で、賃料レートはアパレルの半分ほどと低くても販売効率の高さで結果的な賃料水準はユニクロ並みに高い。賃料貢献が低いのが量販店の非食品(衣料・服飾・ホーム関連)部門で、核店舗として広大な面積を使いながら販売効率が食品部門の4〜5分の1にとどまり、月坪賃料は1万円に届かない。もっと販売効率が低いのはホーム関連やインテリア雑貨の大型店で、賃料も1万円に遠く届かない。

 アパレルでも外資系の大型店舗はユニクロ並みに奥行き深く大きな区画を使うので賃料レートはユニクロ並みに低いが、販売効率はユニクロに遠く及ばないため、結果の賃料水準は1万円に届かないケースも多い。上層階あるいは昇降動線から離れた奥行き深く大きな区画を使うのが家賃を抑制するポイントで、良品計画など意図してそんな区画を選択しているように見える。

逆に、賃料が高くてもとびきりの一等区画を選択して好結果を出しているアパレルチェーンもある。賃料レートは定価になるが店頭通行客が多いから販売効率も高く、アパレルテナント平均に倍する賃料を払っても高収益を確保している。どちらを志向するのか、売上に対する負担率と粗利益率に加えてブランド/業態のライフサイクルも考慮し、戦略的に判断するべきだろう。

商業施設デベもサーキット型やダブルサーキット型、サブストリート併設型などモール間口長の最大化に努め、吹き抜けを小さくしてモール上の島店舗区画を増やしたり、後方のサービス施設や物流動線を上手く配置して奥行きの深い大型店向けの区画を抑制したり、低販売効率の大型店舗向けに低建築コストの別棟を設けたりして賃貸効率(延べ床面積に対する賃貸面積率×平均賃料)を高めているが、出店するテナント側もそんなデベ側の事情を裏読みすれば、区画の選択や賃料交渉が多少なりとも有利になるのではないか。

 

■店舗資産を入れ替えて損益構造を改善するラストチャンス

 アパレルチェーンの損益はECモール店も含め個別店舗損益の積算で決まるから、勢いに乗って高販売効率を前提とした損益分岐点の高い出店を重ねれば、逆風下で何年も苦しむことになる。

アパレルには好不調の波は必然で、3年サイクルで昇り下りするリズムが散見されるが、その振れが10%なら吸収出来ても30%にも及べば損益を直撃し、財務的に破綻するケースも過去には多々見られた。逆風下で赤字店舗が拡大すれば巨額の減損やペナルテイを覚悟で退店を急がざるを得ず、傷がさらに深くなるからだ。

 好不調の振れが最小になるようマーチャンダイジングの継続性を高めて顧客のLTV化※とインベントリー(在庫とサプライ)コントロールの精度向上に努める一方、固定費を抑制して売上の振れに対する耐性を高めておくことが肝要だ。固定費の片輪(もう片輪は人件費)たる店舗費の抑制は店舗資産をひとつひとつ入れ替えていくしかなく、長い時間と費用がかかるが、誰もが出店意欲を高める好調期では思うように進まない。コロナ明けの回復局面は店舗資産入れ替えのラストチャンスかも知れない。

 

※LTV・・・・Life Time Value(顧客生涯価値)の略で、新規顧客開拓と比較して既存顧客の長期定着メリットを言う。

論文バックナンバーリスト