小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『矛盾を抱えるSC業界にテナントチェーンはどう付き合うべきか』
(2023年08月23日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 ショッピングセンターはコロナ禍からの回復もまだ途上だが、コロナ前から頭打ちで様々な効率も低下傾向が続き、根本的な課題を抱えたままインフレに圧され、テナントもデベロッパーも先が見通せなくなっている。日本のショッピングセンターは何を変え、テナントチェーンはどう転戦するべきなのだろうか。

 

■SC業界の抱える矛盾が臨界点を超えようとしている

 日本ショッピングセンター協会の集計によれば、22年の新規SC開設数は36とコロナ前19年の46に届かず、23年も33と22年を下回る見込みで、総数も22年末で3,133と18年の3,220をピークに減少が続いている。SC総売上額も18年の32兆6600億円をピークに減少に転じてコロナ下の20年は24兆9000億円まで落ち込み、行動規制が解除されて人出が急回復した23年5月も19年比は96.3%、同6月も92.3%にとどまっている(全国百貨店総額の19年比は5月95.1%、6月94.9%)。

 坪当たり販売額は88年の434.6万円をピークに低下傾向が続いてコロナ前19年には214.5万円まで低下し、コロナ下の20年には172.5万円まで落ち込んだ。00年の大店立地法の施行による開発の加速や07年の改正都市計画法施行前の駆け込み開発などによるSC総商業施設面積の急増が背景にあり、00年から08年で1.5倍に拡大している(00年から22年では1.93倍)。それに近年はECの急拡大による消費の流出が加わったことは言うまでもない。経済産業省の調査によれば、物販のEC比率は08年の1.79%から13年は3.67%、21年は8.78%まで拡大しており、SCの主力だった衣料品については13年の7.47%が21年には21.15%まで急拡大している(22年は近々に発表されるが、22.7%前後まで高まったと推計される)。

 販売効率の低下に伴って物販店舗の平均賃料も相応に低下し、売上対比の賃料負担率(賃料+共益費、または共益費を含む総合賃料)は12年からコロナ前19年は12〜13%で大きな変化はなかったが、コロナ下では売上の急落と賃料の減免が交錯して13%台に上昇し、飲食店舗では14〜17%台に跳ね上がって大量撤店を招いた。テナントが負担するのは賃料と共益費だけでなく共同販促費や駐車場協力金、近年はキャッシュレス決済の手数料(デベが包括加盟する決済手数料はDXの遅れもあって直接加盟より2%ほど割高になる)も嵩んで、都心の駅ビルなどでは売上対比20%前後に達するケースも少なからず、実質賃料負担率は大商圏施設ほど高くなる傾向が見られる。

 販売効率の長期的低下もコロナ下の売上急落もテナントを圧迫しただけでなくデベロッパーも相応の負担を強いられたが、ようやくコロナが明けた病み上がりをインフレと人手不足が襲い、これまでの業界慣習の矛盾が臨界点を超えようとしている。

 

■SC業界のローカルルールは是正が急がれる

我が国のSC業界は黎明期から米国のSC業界に学んで発展して来たというイメージがあるが、旧大店法下の普通借家契約における建設協力金や保証金(開発投資のテナント負担)、今も続く「売上金預かり制」など、米国のSC業界にはなかったローカルルールが少なくない。加えて、コロナ下で急進したエッセンシャル&OMO※シフトで、高コストでダイレクトパーキング不可のクローズドモールから低コストでダイレクトパーキング可のオープンモールへSCの人気が移ったことも、SC業界のコスト感覚と運営管理感覚を大きく変えたのではなかろうか。

SC業界が変えなければならないローカルルールの最たるものが「売上金預かり制」で、15日と末日の二回締めで前半分からは固定賃料、後半分からは変動賃料や共益費などを差し引いてテナントに返還されるが、テナントは日銭が入らず22.5日間もキャッシュフローが遅延する。米国のSC業界にはない制度で当然、外資系企業やグローバル展開の大手国内企業、GMSや食品スーパーなど核テナントは適用を拒否しているが、大多数の一般テナントは入居契約に従って否応なく受け入れている。

80年代には賃料の100ヶ月分、90年代でも50〜30ヶ月分に達した普通借家契約の「差し入れ保証金

」(00年以降の定期借家契約では10ヶ月分が相場の「敷金」に移行)は担保に充当することも出来ず、テナントの財務を圧迫して破綻を招いたことも少なくなかったが、「売上金預かり制」もテナントの売上債権回転日数を遅延して財務を圧迫しており、外資系企業やグローバル展開の大手国内企業とは相応の格差が生じている。敷金を預かっている以上、売上金を預かる法的な根拠も薄弱で、何れ崩壊せざるを得ないと思われる。

二つ目が「管理営業制」だ。駅ビルやファッションビルから大小のショッピングセンターまで大半のテナント店舗はデベロッパーの管理運営下で一体の営業を強いられる「管理営業店舗」だが、路面の独立店舗やストリップモール店舗、パワーセンター店舗※などは営業時間や休日を自在に設定できる「自由営業店舗」と性格が分かれる。

「自由営業店舗」はパワーセンターを除けば独自に集客する力量がないと成り立たず、金銭収納やセキュリテイも個別に業者と契約する必要があるが、営業時間や休日は自由に設定できるし、店頭へのダイレクトパーキングが可能だから、BOPISや店出荷はもちろん店頭でのイベントも自在だ。何より大きな利点は売上金の預かり制度がないことで、日銭が入ってくるからキャッシュフローも「管理営業店舗」よりほぼ3週間も有利に回り、共益費などの管理コストも不要か格段に安い。

「管理営業店舗」は様々なプロモーションを打って施設全体で集客してくれるし、金銭出納やセキュリテイはもちろん従業員の求人や福利厚生までサポートしてくれるが、その分、販促コストや管理コストの負担が重い。営業時間や休日も施設の方針に従わなければならず、売上金を預かられて日銭が入らずキャッシュフローを圧迫されるデメリットは甚大だ。

日本ショッピングセンター協会の定義からして『SCとは一つの単位として計画、開発、所有、管理運営される商業・サービス施設の集合体』と謳っているから「管理営業制」が前提とも受け取れるが、物理的に運用可能なら一定範囲で営業時間や休日をテナントの裁量に任せる「自由営業制」を取り入れても良いのではないか。

大手デベロッパーの駅ビルや大規模モールなど、従業員の採用や福利厚生までサポートしてくれる一方で売上管理や入退館管理も厳重だから、運営管理コストが共益費を押し上げていると推察される。「売上金預かり制」を廃止すれば売上管理のシステムもシンプルになり、運営管理コストも下げられるのではなかろうか。

※OMO(Online Merges with Offline)・・・ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略。

※BOPIS・・・Buy Online Pick-up In Storeの略称で、ECで発注して店舗で受け取るショッピングスタイル。米国で広がったCurbside pickup(駐車場受け取り)もその一種。

※ストリップモール・・・駐車場に面して独立店舗や連棟店舗が並ぶロードサイドのオープンモールで、駐車場に並行して一列に店舗が並ぶ様を「ストリップ」(細長い形状)と言い表したもの。巨大な駐車場を囲んで環状に独立店舗や連棟店舗が並ぶオープンモールは、ディスカウント業態が核店舗機能を担うこともあって「パワーセンター」と呼ばれる。

 

■テナントチェーンから見た店舗コストと出店政策

 日本ショッピングセンター協会の集計した物販平均賃料負担率はさまざまな業種を含めたもので、大商圏施設から生活圏施設まで販売効率も賃料も大差があるから、上場アパレルチェーンの決算データから坪当たりの平均月額賃料、売上対比の店舗費負担率を算出して立地ごとの目安を見てみよう。

 月額賃料の絶対額も売上対比の負担率も一番高いのは都心の駅ビルで、都心の駅ビルやファッションビル中心に郊外でもアップスケールなSRSCしか出店していないユナイテッドアローズ(23年3月期単体)の平均月坪賃料は44,334円、減価償却費を加えた店舗費は54,105円、売上対比の負担率は15.4%と推計される。郊外の駅ビルやSCに出店する「グリーンレーベルリラクシング」がまだ30店ほどだった08年3月期の店舗費は76,219円と7万円を大きく超えていたから、同業態の多店化に伴って(23年3月期末は84店舗)店舗費の絶対水準はかなり低下したが、販売効率も相応に低下したから、負担率は逆に上昇してしまった(08年3月期は13.1%だった)。

駅ビルやファッションビルに加えて郊外のRSC中心にCSCまで出店しているアダストリア(23年2月期単体)の平均月坪賃料は29,133円、減価償却費を加えた店舗費は36,532円、売上対比の負担率は18.1%と計算できる。駅ビルやファッションビルの比率が高かったポイント時代08年2月期の店舗費は45,873円だったから、以降の郊外SC出店の加速が反映している。

銀座の一等地から地方や郊外のロードサイドまで全方位に出店している国内ユニクロ(22年8月期)はテナント出店から定期借地出店まで出店形態が様々で減価償却費の比率が読めないが、平均月坪賃料は15,800円、減価償却費を加えた店舗費は19,600円、売上対比の負担率は8.6%前後と推察する。同様に推計した08年8月期の店舗費は20,605円だったから、都心店舗が増えているようでも出店立地のバランスは大きくは変わってないようだ。

CSC中心にRSCや駅ビルにも出店しているハニーズ(23年5月期)の平均月坪賃料は8,842円、減価償却費を加えた店舗費は10,283円、売上対比の負担率は21.2%と計算できる。08年5月期の店舗費は14,253円だったから、以降の郊外シフトが推察される。ほとんどがロードサイドの定期借地権方式※の独立店舗である「ファッションセンターしまむら」事業(23年2月期)は減価償却費の比率が高く、平均月額賃料は4,023円、減価償却費を加えた店舗費は5,397円、売上対比の負担率は6.3%と算出できる。

大半が生活圏ロードサイドの自社開発「自由営業」店舗である「ファッションセンターしまむら」は、営業時間を10時〜19時に抑えてパート従業員のシフトを無理なく効率化し、平均1,045平米の店舗を正社員1.3人とパート5.8人(8h換算)で運営して年間32,511万円(一人当たり4,593万円)を売り上げ、平均人件費528.1万円と高待遇ながら人件費率を12.8%に抑えている。

アパレルではないが、都心の路面店や駅ビル、ファッションビルから郊外のRSCやCSC、パワーセンターやロードサイドまで、「管理営業店舗」と「自由営業店舗」のバランスを取って満遍なく出店しているのがABCマートで、平均月額賃料は21,642円、減価償却費を加えた店舗費は24,623円、売上対比の負担率は13.1%(ECと卸を除いた純店舗売上に対しては14.7%)と計算できる。

 

出店立地は低店舗費を求めて下る(生活圏志向)のも高販売効率を求めて上る(大商圏志向)のも政策次第で商品政策との合致(下るなら価格志向と横売り志向、上るなら付加価値志向と縦売り志向)が不可欠だが、それによって売上対比の負担率がどう動くかを慎重にシミュレートすべきで、保守効率や一人当たり売上がどうなるかも精査しなければならない。加えて、「管理営業店舗」と「自由営業店舗」のバランスも考慮し、最適な損益構造とキャッシュフローに着地させるマネジメント精度が問われる。

それは店舗販売のみならずオンライン販売とて同様で、ECモール出店も手数料の低い「自由営業店舗」(出店型)と手数料が高い「管理営業店舗」(販売委託型)があり、キャッシュフローの遅い国内資本とキャッシュフローが格段に速い外資(米国資本)があるから、それを踏まえてチャネルミックスを設計する必要がある。それについては別の機会に詳説したいと思う。

 

※定期借地権方式の出店・・・定期借地権で地主から土地を借り、自ら建築して出店する方式で、地代は安いが減価償却費が嵩む。前世紀は地主に保証金(建設協力金)を入れて店舗を建ててもらい家賃を払うリースバック方式が主流だったが、地主の税務会計負担が大きく、借地借家法改正以降は定期借地権方式が大勢になっている。

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