小島健輔の最新論文

東レ経営研究所「繊維トレンド」2007年11・12月号掲載
『日米百貨店市場の衰退と大手アパレルの事業再構築』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 70年代には200社を超えていた百貨店が再編・統合の果てに20社を割るまで集約された米国の後を追うように、我国の百貨店業界も統合ラッシュに直面している。03年6月の西武百貨店とそごうの統合によるミレニアムリテイリングの誕生に続き、07年9月には大丸と松坂屋ホールディングスが統合してJフロントリテイリングが、同年10月には阪急百貨店と阪神百貨店が統合してエイチ・ツー・オーリテイリングが誕生。そして08年4月、伊勢丹と三越が統合して三越伊勢丹ホールディングスが誕生する。
 一応は統合後の売上高順に三越伊勢丹ホールディングス、Jフロントリテイリング、高島屋、ミレニアムリテイリングの四強にエイチ・ツー・オーリテイリングが続く構図となるが、これで統合劇が終わるとは業界の誰も思っていない。ビッグ5の再統合に加えて東急、小田急などの大手電鉄系百貨店や地方百貨店を巻き込む第二幕が上がるのは時間の問題と見られているからだ。
 百貨店の統合は百貨店を主戦場とする大手アパレルの経営にも大きな影響を与える。かつての統合例を見ても米国の事例を見ても、納入掛け率が切り下げられたり、取り扱いブランドが集約整理されたり、物流の主導権が百貨店側に移ったりと、マイナス方向の変化が推察される。となれば、米国の大手アパレルが百貨店の統合による経営効率化に直面して一斉に脱百貨店の事業再構築に走ったドラマが日本でも再現される事になるのではないか。
 百貨店は何故かくも急激な統合に走るのか、大手アパレルはどのような事業再構築で対応するのか、日米を比較しながら今後の展開を予見したい。

縮小する米国百貨店市場

 米国商業センサスによれば、全米小売業総売上(自動車関連/フードサービス除く)は92年の1兆3964億ドルから07年は上半期実績の年換算で3兆1276億ドルと2.24倍に拡大。この間、消費者物価も47.5%上昇したが、物価上昇を除いた実質ベースでも52.5%拡大している。小売業総売上の半分強を占めるSC売上高も歩を合わせるように拡大しており、92年の7682億ドルから05年には1兆5394億ドルと1.99倍、実質ベースでも43.0%拡大。小売総売上に占めるシェアは92年の55.0%から05年の54.6%とほとんど変わっていない。
 百貨店市場も92年の873.8億ドルから99年には1003億ドルと14.8%拡大したが、この間に小売業総売上は46.3%も拡大しており、百貨店売上シェアは92年の6.26%から99年には4.91%まで低下した。00年以降、百貨店市場は縮小に転じ、07年は上半期実績の年換算で841.2億ドルとピークの99年から16.1%減少し、小売総売上に占めるシェアは2.69%まで低下。2010年までにさらに5%程度減少すると推計されている。
 80年代に急成長したディラードも00年度から06年度にかけて10.9%の減収。フェデレイテッドとメイも01年度以降3期連続の減収で、05年8月の合併後はメイ系店舗のメーシーズ転換や重複店舗の撤収による売上減少もあって00年度から06年度にかけて12.6%減少。07年度第2四半期も1.7%の減収/40.8%の営業減益と低迷を続けている。復活が評価されるJCペニーの売上は00年度から06年度にかけて6.1%増加したが、物価上昇を差し引けば実質減収だった。
 バブル消費の追い風を受けたニーマンマーカスやサックスも実質ではほとんど伸びておらず、大巾に拡大したのはダブル・メーシーズ(全米80ケ所と言われる旧メイ系の重複店舗)退店後の後釜としてラブコールを集めるノードストロムのみ。それでも00年から06年の名目伸び率は55.3%とこの間の小売売上総額の伸び(37%)をやや上回ったに過ぎず、ディスカウント・デパートメントストアのコールズが同期間に2.5倍増、アップスケールDSのターゲットが倍増したのと較べれば堅調な伸びに留まった。ノードストロムはセレクトショップの複合による専門大店であってNBインショップへの依存はほとんどなく、通常の統計では百貨店には分類されない事を付け加えておこう。

脱百貨店へ向かう米国大手アパレル

 百貨店市場の縮小と経営統合による納入コスト圧縮は百貨店を主戦場とする大手アパレルに深刻な影響を与え、事業再構築のドラマが始まった。99年頃から急進したのがM&Aを駆使したマルチブランド化によるシェア確保で、その代表がリズ・クレイボーン。99年の“ダナ・バックマン”“シーグリッド・オルセン”“ラッキー・ブランド”に始まり、01年には“メックス”、02年には“エレン・トレーシー”、03年には“ジューシー・クチュール”、その後も“プラナ”“C&Cカリフォルニア”“ケイト・スペード”等を次々に傘下に収め、業容を拡大していった。ライバルも同社を追うようにM&Aに乗り出し、VFコープは“ノーチカ”“アールジーン”“ジョン・バルベイトス”“ヴァンズ”“ナパピリ”等、ジョーンズ・アパレルは“キャスパー”“アンクライン”等、フィリップ・ヴァン・ヒューゼンも03年に“カルバン・クライン”を買収し、強いブランドのラインナップによるシェア確保を狙った。
 百貨店市場の縮小はブランドビジネスのダイレクトコントロール戦略を喚起し、ラルフ・ローレンは“ローレン”“ポロ・ジーンズ”のライセンス権を強引に買い戻した。両ブランドのライセンシーだったジョーンズ・アパレルは自社ブランドの開発でカバーを試みたが埋め切れず、ホールセール売上は04年度から07年度にかけて16%も減少してしまった。ラルフ・ローレンのダイレクト戦略は日本市場でも同様に遂行され、07年5月、ライセンシーであるインパクト21のTOBという形で決着した。
 マルチブランド戦略で増収を重ねて来たリズ・クレイボーンも百貨店市場の縮小に抗えず、ホールセール売上は05年度から07年度に13%減少。フィリップ・ヴァン・ヒューゼンのホールセール部門はまだ増収を続けているものの、06年度は営業減益に転じている。結局は売却したが、ジョーンズ・アパレルは04年末に“バーニーズ”を買収してリテイルビジネスに活路を求めた。リズ・クレイボーンは今期から百貨店ブランドを売却してブランド直販ビジネスに投資を集中、フィリップ・ヴァン・ヒューゼンは高収益な“カルバン・クライン”のライセシング&リテイルビジネス強化と、生き残りを賭けた脱百貨店戦略を進めている。

百貨店市場は日本でも縮小の一途

 商業販売統計によれば、国内小売業総売上(自動車関連/フードサービス除く)は92年の128.9兆円から02年には117.2兆円と10年間で9.1%減少したが同年を底に回復に転じ、07年は上半期の年換算で119.9兆円と02年比2.3%増加している。とは言え、92年以降の15年間では7.0%減、物価上昇を差し引いた実質では8.4%減少しており、同期間に2.24倍(実質でも52.5%増)に拡大した米国とは雲泥の差がある。  SC売上高は大店立地法施行前の00年まで急拡大を続け、92年の16.84兆円から00年には28.13兆円と8年間で67.0%も増加。新規SC開発が激減した01〜02年は縮小したものの03年以降は再び増加に転じ、07年は年換算で26.96兆円と02年比3.2%増加しているが、絶対額もシェアもピークの00年には及ばない。その要因は多くのSCで核店舗となっているGMSの売上減少である事は言うまでもない。92年以降の15年間では60.2%増(実質57.8%増)と実質増加率は米国の43.0%増を上回り、小売業総売上に占めるシェアも50%を越える米国には遠く及ばないものの、92年の13.1%から07年には22.5%まで上昇している。  その中で、百貨店売上高は92年の95.2兆円から95年には85.6兆円と3年間で10.1%減少。96〜97年と回復したが98年以降は再び縮小が続き、07年は年換算で77.9兆円と97年から15.2%減少。92年からは19.2%の減少と米国百貨店のピークからの減少(99年→07年、16.1%減)を上回る落ち込みを見せ、小売業総売上に占めるシェアも92年の7.38%から07年は6.49%に低下している。  00年以降、疲弊した地方百貨店の経営破綻が相次ぎ、上野百貨店(宇都宮)、松菱(浜松)、丸正百貨店(和歌山)、さくら野百貨店(仙台)、大黒屋(いわき)、藤越(いわき)、福岡玉屋(福岡)等、あるものは金融支援を受けて再建を目指し、あるものは廃業に追い込まれていった。大手百貨店も苦戦を免れず、高島屋/三越/大丸/西武百貨店/伊勢丹の合計売上は96年度から06年度にかけて16.2%も減少している。消費の郊外流出に対応すべく有力百貨店のSC進出も試みられているが、納入業者に依存した消化仕入れ体制では低販売効率の郊外SCで採算に乗せるのは困難で、成功例はほとんど見当たらない。

脱百貨店を急ぐ有力アパレル

 駅ビル/ファッションビルやSCのテナント店に対して百貨店の不動産費率(歩率)は格段に高く、百貨店アパレルの収益を圧迫して来た。高不動産費が足枷となってバリュー競争力で他チャネルに遅れを取り、それが百貨店市場の縮小に拍車をかけているのが実情だ。この状況下、有力アパレルが百貨店外に活路を求めるのは必然で、オンワード樫山/ワールド/サンエーインターナショナル3社の百貨店売上合計が02年度の2797億円から06年度は3363億円と566億円(20.2%)の増加に留まったのに対し、新流通チャネル(駅ビル/ファッションビル/SC/路面等)のそれは950億円から2157億円と1207億円(2.27倍増)も拡大。新流通売上シェアは25.4%から39.1%まで上昇している。
 新流通チャネル開発で一歩も二歩もリードしているのがワールドで、百貨店SPAが02年度の1202億円から06年度は1406億円と203億円(17.0%)の増加に留まったのに対し、高感度型バイイングSPAやファッション・コモディティ業態等の新流通チャネルは464億円から889億円増の1353億円と2.91倍に拡大し、07年度は百貨店SPAを上回る事が確実だ。サンエーインターナショナルの新流通売上も 483億円と半分に達し、オンワード樫山も321億円と17.7%まで拡大。05年度から開示を始めた三陽商会も今期は170億円(シェア11.7%)を計画している。
 百貨店の統合ラッシュはさらなる納入コスト削減を招き、アパレルの収益は一段と圧迫されざるを得ない。納入コスト削減はさらなるバリュー競争力の劣化を招き、百貨店市場の縮小はさらに加速する。売上減と収益減の二重の苦しみが降り掛かる中、有力アパレル各社は生き残りを掛けて百貨店脱出に拍車をかける事になる。新流通チャネル開発に出遅れた企業は有望SPAなどの買収で一気に遅れを取り戻そうと動くはずで、米国同様、M&Aを軸にした事業再編が急進すると見られる。

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